俳句 田畑益弘俳句の宇宙

田畑益弘 俳句 新作


10月

美しきひと十月を闊歩せり

昃れば愁ひ顔なる秋の嶺

秋風や文字間違へし絵馬一つ

膝小僧ちふ骨かなし秋の風

鵙の朝パンにも耳のありにけり

ひとり見る一人行く人秋の暮

穴惑ひ裏参道は藪貫くる

青北風や鬼門の嶺もうつくしき

無宿者ひそかに銀河つかさどる

螻蛄鳴いて月蝕の闇つかさどる

美(うま)し魚食うべて菊の節句かな

睡魔去り妙に覚めゐる夜業かな

夜業して機械に億を計算す

仮眠てふ哀しき刻の夜業人

雨の夜のこほろぎに湯の滾ちゐる

喪ひし母を捜さむ大花野

学び舎の屋上おもふ秋の雲

日の丸の美しかりし雁渡し

鰯雲おもひだすことばかりなり

鰯雲胸一杯にひろごれる

白川のしづかに耀らふ秋簾

白川にかにかく柳散る日かな

柳散る祇園甲部となりにけり

濁り酒得体の知れぬ漢らと

末枯やかゝげたる実は朱を尽し

芥子粒のごと我らゐて天高し

??(まくなぎ)にわつと好かれてしまひけり

ゐのこづち互(かた)みに取りて妹背かな

おとうとに一つ貰ひし蝉の殻

いもうとに嫌はれにけり草虱

バスに乗り電車にも乗り草虱

空港のロビーに気づく草虱

うつくしき山の容の秋思かな

静物のごと椅子にあり秋の雨

この辺りむかしのままや木守柿

芒よりその夕風を手折りたく

澄む水の秘めたる流転おもふべし

水澄みて近江に富士のありにけり

水白く先をあらそふ秋の川

秋水に攫はれさうな逢魔刻

いなびかり豊けき明日待つ如く

初紅葉ひととせ斯くもなど早き

何もたらすや霧のなか霧うごき

昨日(きぞ)のこと猫は忘れて秋うらら

無月なる天より暗き鞍馬山

竜田姫いまだ来まさぬ麓村

家ぬちにちちろ鳴きをり鳴かしおく

ぎす鳴くや死を知らざればおほどかに

鳴きゐしも滅びたる夜や火の恋し

耳塚やこほろぎの声すさまじき

哀しきは雁の羽音も聞く耳よ

草の絮空想旅行してゐたる

海峡にすれちがひたる草の絮

月を浴びては凄まじく父老いき

寄り来ては猫の甘ゆる夜寒かな

鈴虫を奥に飼ふらし京町家

白壁をまだらに濡らし秋時雨

きちきちと鳴るばかりなり村貧し

木の家が木の音立つる夜長かな

蟷螂の怒り忘るゝ天気かな

蜻蛉やしろがねに耀る潦(にわたずみ)

秋耕のひとりに早やも岳の影

灯火親し猫一匹と一人にて

鳥は飛び人は歩みて菊日和

秋冷の風紋を踏む別れかな

浮世とや漢哭きをる濁り酒

何ならむ不意に淋しき大花野

来たりては死を思ひしも大花野

光陰の殻の嵩増す落花生

朝寒や褥に聞ける雨の音

珈琲のお代はりに秋惜しみけり

ふりむけば己が影法師秋深し

ふるさとの先づは蚯蚓の鳴くこゑよ

鬼の子の宙ぶらりんの一世かな

一つだに思ひ違へず蟻群るる

群るゝだけ群れゐて蟻の争はず

百足出づ篠突く雨の音に覚め

毘沙門の使ひの百足殺めしも

仰のけとも俯せとも捨案山子

生きて死ぬそれだけのこと天の川

秋の空キリンにきつと睨まるる

暮の秋象も猿(ましら)も淋しけれ

コンドルが金網を咬む秋夕焼

水夫火夫デッキに酌むよ星月夜

濡縁に死にゝ来たるか秋の蜂

遠山は別の世のごと秋の暮

長き長き小説読めり露の音

きりぎりす昔男に鳴いてをり

もみづるや金堂の前ひときはに

一粒の貫禄の耀る丹波栗

惜秋や人の率ゐる影法師

玲瓏と霜降の空ありにけり

生くること哀しきまでに水澄めり

みちのくの偏屈者の濁り酒

天地の天を淋しう帰燕かな

啄木の見し天才の秋雲か

あてどなく都会に出づも秋の雲

この天の高さに思想掲ぐべし

曇りのち小鳥来てゐる金閣寺

秋水や絶え間なく雲うつろへる

冷やかにをとこの乳首心電図

?みたる蝗はおよび汚しけり

半眼に猫の見透かす長き夜

赤とんぼ大人になつてしまひたる

木守柚子ひとつが空に充満す

年上のひととふたりや柚子の夜

母のごと酢橘搾つてくれしひと

をみなごに見ゆる観音初もみぢ

露の夜の星にも命ある話

しんしんとして人恋し火恋し

黄落がデッサンの線走らする


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