俳句 田畑益弘俳句の宇宙

田畑益弘 俳句 新作


7月

室町も二階囃子の夜風かな

鮑食ふための一泊旅行かな

頭(ず)の中をからつぽにしてラムネ干す

日焼してハヤシライスの好きなひと

法善寺横丁に酔ふ鱧の皮

現し世のひとゝきやさし螢舟

日盛のしんと色町よぎりけり

一本の道一人ゆく日の盛

捨仔猫鳴くほかなくて鳴いてをり

蜻蛉のまなこ背後の我も見る

渦のこす蚊遣の灰のやうなもの

蟻地獄に蟻を落して童らは

御持たせの柿の葉鮓をともに食ぶ

黒駒の黒瞳美し雲の峰

風なきに自づと流れ竹落葉

迅雷に鏡の国の青ざむる

炎天を受け流しゐる舞妓かな

「通りぬけできます」と路地涼しけれ

涼しさのうぐひす張りの長廊下

知恩院に七不思議あり五月闇

夾竹桃白し人は皆よごれ

蠅飛んで俄かに安き他国かな

人群れて蠅群れてゐるアジアかな

もう作るなよ出目金のやうなもの

金魚視てけふ金魚より無聊なる

三条も四条も見えて川床涼し

あぢさゐやお茶屋の址に歌碑ありて

一介の老爺に釣られ大鯰

狐の嫁入り片虹を残しけり

噤みゐる或る白百合をかなしめり

一匹の蠅にもの云ふピエロかな

蚊遣の灰美しよべが早や遠し

眠らざる街を見下ろす麦酒かな

女人のみ泊むる禅林沙羅の花

蠅虎出でて遊ぶや閻魔堂

三条に大橋小橋灯涼し

銀鱗のつゆ濁らざる濁り鮒

地の涯に見し浜梨と暗き海

夕立や碧眼に逢ふ本能寺

白妙の小流れに遇ふ木下闇

天麩羅にするか鰻か河原町

喪の酒に喪主は酔はざり鱧料理

冷奴京の井水も頂きぬ

大鯰口を開けたる冥土かな

月涼し薄暮ゲームと云ひしころ

ナイターの幾万の眼に大ファウル

立呑の冷酒膝より効いてきぬ

火の酒にしだいに醒むる白夜かな

すつぽんの生血に始む暑気払

大市のすつぽん鍋に暑気払ふ(大市=だいいち)

暑気払ひ舌(タン)と心臓(ハツ)ちふもの食うて

天牛の角より電波出てゐぬか

冷し中華更けてにぎはふ裏通り

冷奴放つておいてくるゝ見世

片蔭の町家の奥のなほ暗き

水打つや石塀小路の石畳

長城の端(は)に燃え残る夕焼かな

水底の闇のゆらりと井守現る

まひまひの舞に落日落ちかぬる

炎天を来て水槽の鮫を見る

まひまひの人目に暫し舞をとく

プールサイドぶらりと蜂の訪ね来る

すずめ蜂その美しき尻怖し

猿山の猿も夕焼に遠目がち

不良少年ぶんぶんを愛しけり

松蝉やとろりと暮るゝ与謝の海

汝が炊きし筍飯を食ふ別れ

初蝉のしるしばかりに鳴きにけり

水槽の鰻を見をり今に食ふ

炎天に杭を打ち込む鋼の背

蝸牛また同じ語をひとりごつ

蛞蝓(なめくじり)にも行き場ある地球かな

日焼子の教へてくれし防空壕

忌のための夏座布団が二十枚

一〇〇二頁に執しをるきららかな

つれづれに聖書読むなど避暑ホテル

くさぐさの屍も目につきて夏旺ん

夏痩せて火の酒いよゝ美味かりし

大寺に大蟻の国ありにけり

病葉の町川に降り町を去る

 

「祇園祭」六句

清正の鎧も屏風祭かな

しみじみと屏風祭の裏通り

また太き雨がふるなり鉾祭

宵山をぬけ暗がりにふたりきり

鉾すでに帰り囃子の淋しさに

鉾まはす男のきほひ美しき

 

鯖鮨や真竹の皮につゝまれて

何の木かこの緑蔭のここが好き

アメリカへヨット忽ち眼路の果

なにもかも悉つてをるなり天の蜘蛛

傍にゐて水着の乙女はるかなり

奥の宮へと夏木立大いなり

薫風も九十九折なる鞍馬かな

鳳蝶コクリコの碑に触れで過ぐ

地下鉄の出口たがへし大西日

黙々と工夫土用の飯を食ふ

冷房車音もなく海荒れてをり

漂泊のくらげ羨しと思(も)ひしこと

夏蝶の翅に骨格ありにけり

夏蝶のふかぶかと失す鞍馬山

散らばりて眼を遊ばするヨットかな

銭金よりいま玉虫の欲しきかな

かなぶんを虚空へかへす放り投げて

為すべきこと同じか蟻も人間も

蟻潰すとき確かなる固さかな

大切な臍に掛けおく夏蒲団

土用波さみしさの四肢開きたる

おとなしく酒断つ土用太郎かな

甘露煮のうまし鰯や土用入り

山積のバナナの中の日本かな

金魚掬ひ事切れたるも漂へる

金輪際砂の汚れぬ蟻地獄

何待てる我が身の内の蟻地獄

瓜畑はは方の祖母おもほゆる

白蓮の早やも窄みし日影かな

ひらく音すなる蓮華を聞き澄ます

緑蔭やベンチの位置の又ちがふ

デッキより夜の海に捨つ枇杷の種

白黒の昭和の写真蝉鳴けり

空蝉の既にあなたを見て来し眼

たたなはる山たたなはる蝉時雨

蝉時雨さへ退(しさ)りゆく東福寺

重さなく小草にとまる糸蜻蛉

この辺を離(か)れぬおはぐろとんぼかな

子かまきり一人前に斧かざす

子かまきり無数のその後知らざりし

庭花火このひとの耳うつくしき

蟻地獄地獄の砂の美しき

土用蜆母の繰り言よみがへる

炎天に屈み瞑(めつむ)り拝(おろが)みぬ

青春の『されどわれらが日々』曝す

ハイヒールに足踏まれたる巴里祭

向きかへても人の顔ある金魚かな

白日や供物にたかる無敵の蠅

炎天を歩く生き身に水差して

鳴き龍を鳴かせて堂の涼しけれ

穴一つある涼しさよ紙の鶴

地球儀の蠅北極へ歩きをる

横書きの源氏読みゐて夜の秋

うすうすと睡魔からみ来夜の秋

水バーに水を味はふ夜の秋

日盛りの町内といふ静寂(しじま)かな

書くこともなしと書く日記羽蟻の夜

夏深し効かぬ薬を火に捨つる

夏惜むわさび利きたる鉄火巻

蝉しぐれ葬始まりて葬了る

旱天や紙の葬花の紙の音

骸骨に白布かぶせて夏休み

嘘つくこと子が覚えたる夏休み

肉付きの良きいうれいや夏芝居

手花火のしまひは魂となりて落つ

揚花火十万発の平和かな

もの言へば崩るゝこころ遠花火

万の眼に雪崩るゝ仕掛花火かな

水晶の髑髏置きたる夏館

炎昼や新(さら)の包丁うつくしき

真つすぐに片蔭なせり獄の塀

鉛筆のしづかに走る夜の秋


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