俳句 田畑益弘俳句の宇宙

田畑益弘 俳句 新作


6月

己(し)が重みもて余しゐる西瓜かな

梅酒や年に似合はぬことを云ふ

父の死後いたく老けたる竹夫人

端居して全て忘れし人のごと

楠若葉楠の木霊に齢なし

雲海のうへ今生のうへを翔く

まぎれなく雲海の上を飛ぶ我か

ぷあぷあと掬はれさうな金魚かな

青梅雨の河童ゐさうな濁りかな

外(と)は若葉眼科に暗き検査室

螢火や眠り薬の効(かい)もなく

まぼろしの繊(ほそ)きかんばせ初螢

丑三つに何で醒めたる青螢

燦々と腑に光るがに山清水

昼顔や捨猫日向臭かりし

おもむろに月さし初むる端居かな

風聞の蛇がだんだん大きくなる

滴りの洞(ほら)深々とありにけり

泰山木風を吹かしむ日を照らしむ

楠茂り楠の言の葉噴き出だす

一二三四とよむも螢火明滅す

子かまきり無数おほかたはその後見ず

滾ちつつ一期の鮎を上らしむ

大旱の賽の河原となりつるか

滴りの底なしの闇ありにけり

冷素麺ひとり微笑み食べて候

東京とふ坩堝見おろす麦酒かな

悪口もほどほどにせよ冷奴

籐椅子の凹みも遺るものにして

道をしへ母郷の道は忘れぬに

昼寝覚なゐありしとぞテレビ云ふ

削り氷の旗のうしろの嵐山

ひろびろと父母の亡き夕焼かな

捜索の打ち切られたる青葉潮

蟻群れて骸をはこぶ無言劇

夜の蟻も負ふうつしみの影法師

きらきらと蜥蜴の残す捨台詞

蝮には気をつけよとぞ鞍馬山

噴水のひたと停まりし星夜かな

朝焼や誰かきれいに死ぬ予感

三尺寝北枕など憚らず

楽浪(ささなみ)の国のそよ風昼寝せむ

三十三間千体千手五月闇

六月やすでに毟れぬ草の丈

竹皮を脱ぐ乙訓(おとくに)の風やはし

炎天を歪みて過る道路鏡

花火見てゐるカルメ焼とリンゴ飴

向日葵の大き黒瞳に魘(うな)さるゝ

日は衰ふれど向日葵哄笑す

出水して戻らざる亀太宰の忌

昼寝覚ふはりとガリレオ温度計

梅雨じめる身ぬちも心(うら)も桜桃忌

甚平被ていよいよ懈(たゆ)く坐しゐたる

人を恋ふ黄砂に四方の見えぬ日も

たれかれに吠ゆる痩せ犬日蔭街

金魚玉夕青空は海に似る

夏が来る少年が来るひかりかな

夏来る我(あ)にとこしへの少年記

決めかぬる明日シャワーを全開す

禿筆も香水瓶も捨て難し

掛香や生前のまま小抽斗

仙人掌の花を咲かせてガラス張り

白猫の薄目艶なる片蔭り

をさな子は十まで算(よ)めて初螢

鯖鮨や錦市場をとほるたび

おほらかに乞食の嗤ふ五月闇

水着きる全き肉(しし)をうらやめる

虹なして油泛かみぬ桜桃忌

めまとひを払ふ彼方の大落暉

夥しき蚋の彼方の明日かな

死ぬ人の辺に寝まる猫明易き

美少年たちまち老けて夕焼中

白き蛾の真黒き影に怯えけり

雪渓の裾曲(すそわ)花束置かれあり

雪渓やとはに朽ちざる死を想ふ

月に醒め雪渓に醒めゐたりけり

海月漂ふ赤き灯青き灯に染まり

なかなかに重き海月を陸(おか)に揚ぐ

地下茶房しゞに混めるも入梅(ついり)かな

相合へる高野も賀茂も梅雨濁り

髪切つて梅雨空すこし軽くなる

頬杖に卯の花腐し支へゐる

たまさかに君子も酔ひぬ芋焼酎

蝮酒まむしの魂(たま)と思(も)ひて飲む

嶮にして泉につゞくけもの道

いくたびも寄る同じ窓同じ梅雨

時の日をせはしく去りぬ黒揚羽

時の日の時を過りし飛燕かな

父の日のせめて遺影を拭はばや

父の日や後ろ姿の思ほゆる

父の日の父に苛立つゴリラかな

父の日の機嫌の悪きゴリラかな

諦めて見下ろすばかりお花畑

水馬(あめんぼう)数多ぶつかることもなく

清水の舞台より翔つ夏の蝶

死の臭ひ初めて知りき兜虫

残照へ独りになりにゆくヨット

あらぬこと思ひて永き端居かな

七曜のおほかたは雨七変化

街娼の眼のあをあをと白夜かな

ぐづぐづとまだ起きてゐる夏の風邪

水中花とはに咲(わら)へる我が死後も

蚊の声す寂一文字の墓のまへ(法然院・谷崎潤一郎墓)

めまとひと哲学の道ゆきゆきぬ

葉柳やお昼はかるく蕎麦にせん

白描に風の生まるゝ夏座敷

青嶺より母郷の青嶺望み見る

童んべの声にも怖ぢて鹿の子かな

冷し中華まだ開いてゐる店さがし

釣堀の水の臭ひが好きで来る

大丸の前で貰ひし団扇かな

夕景のやうやう夜景冷し酒

白描の山水に替へ九夏かな

炎帝を呼ぶ白描の山水に

掌に受けてみて滴りの痛かりし

蟹白し死んで潮に裏返り

空梅雨かバイクの騒ぐ夜の底

葛切や祇園の燈し美しき

猥らなるネオン見えゐて鰻食ふ

木屋町は夜の町なり泥鰌鍋

緑蔭や風水学に読み耽る

今ありし虹を疑ふ疲れかな

車軸とふ雨が降るなり大夏野

黒潮に攫はれさうな浮輪かな

クロールの眼中になく対ひ来る

クロールの一直線とすれ違ふ

背泳に雲の後れて蹤いてくる

断崖(きりぎし)を見やれば淋し立泳ぎ

山門に雷雨過すや知恩院

梅雨晴やおかき焼く香の嵐山

森深く鳥啼き交す網戸かな

夕汐を浴ぶ淋しさの四肢ひらき

蝸牛雨戸閉ざして睡るべし

かゝはらず夜釣の人の黙(もだ)と黙

星涼しくてアメリカの見えさうな

夕網のものばかりとぞ夏料理

母郷去るまだ誘蛾灯見えてゐて

夜の噴水二人来て一人去り

麦熟れて油絵のごと夕山河

麦熟れて大きな風となりにけり

変身の唐くれなゐのサングラス

釜山の夜爆弾酒(ポクタンジュ)にて暑気払ふ

まなうらに沈む軍艦おもふ朱夏

流離ひて二億年後もくらげかな

石庭の石なまめきぬ瑠璃蜥蜴

熱帯魚五十二階の窓辺なる

熱帯魚ひかりの中に飼はれけり

くちづけも眼をみひらきて熱帯魚

眠草触るゝ指よりねむくなる

しほざゐに全開したる夏料理

をとゝひの逢瀬は遠し螢火も

ケチャップのとろりと垂るゝ暑さかな

炎天より熱きもの塗り道なほす

愛とふも罪深きこと捨仔猫

猫の舌おのれを舐むる溽暑かな

蔦茂る館の人を誰も知らず

蝦蛄食うて妙に強気になる日かな

灼くる地の歯並びの良き髑髏かな

灼くる国髑髏(しゃれこうべ)みな哄笑す

ゆたかなる闇を孕みて薔薇明し

薔薇園の薔薇に囲まれ面はゆし

下京に隠れ宿あり鱧の皮

高原の蝶の来てゐる網戸かな

水に泛くゆゑになかなか死ねぬ蛾よ

青空ののこる夕餉の豆御飯

夜濯ぎのたゞ一枚や海の旅

夏の星腹の底まで煙草すふ

大阪の水の匂ひや夏の月

夏の雨天も一息入れにけり

遠景にかもめ群れ飛ぶ更衣

浦島草狐の嫁入よぎりけり

曝書すやわが思春期に三島の死

夜の蟻に迷路めきたるキーボード

鬼瓦みんな獅子鼻夏旺ん

淋しさのどこまで広く平泳ぎ

魚屋も廃れて久し蝿捕器

ザリガニのバケツの中に早も死ぬ

炎(ほ)に光る鵜の眼といふは哀しい眼

案の定百足の出づる雨気かな

蠅愚か弧を描きては戻り来る

蜘蛛の囲のかなた落日落ちかぬる

ごきぶりにほとほと醒めてしまひけり

下闇やさゞれ石置く猫の墓

黴臭き殊に六法全書かな

捩つても放り出しても熱帯夜

一本のローソクともる胆試し

あの夏の納屋に終りし少年期

夏雲や情死せしもの羨める

くらげにも考へありて沈みゆく

名に負ひて流石に光るきららかな(きらら、雲母=紙魚)

夥しき蟻を集めて何の屍か

蟻の列黒人霊歌聞こえくる

夏霧にけふもはじまる字(あざな)かな

夏邸のなにやら怖し古時計

蛞蝓も意思ありて這ふおそろしき

千人の千のまなざし氷中花

この下闇を祇王寺と云ふべけれ


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