俳句 田畑益弘俳句の宇宙

田畑益弘 俳句 新作


5月

薫風や猫に猫撫で声もどる

欄干(おばしま)や皆撫で肩に春惜む

蠅にまた侮られゐる雪隠よ

平成も十九年にて迷ふ蟻

ふるさとはなんにもなくて夏日かな

ナイターの坩堝にはたとひとりなる

箸置は小舟のかたち夏近し

僧の頭(ず)の青々と夏立ちにけり

わが死後もとこしへの黙(もだ)水中花

極道の裸に楚々と臍がある

マヌカンにお臍はなくて紐水着

簾して諍ふときも京言葉

荼毘のあと百人前の夏料理

白粥に梅のくれなゐ夏暁なる

父に仕へし扇風機にも寿命かな

籐椅子も己(し)が図体も軋むかな

エジプトをほじくつてゐる麦藁帽

渋滞のさなか憲法記念の日

打水や石塀小路の風やはし

釣忍一雨来ると女将云ふ

風鈴の夕青空となりにけり

嫁ぐとふ一つの別れ花氷

逢ひしこと訣れしことや花氷

いのち懸けて紙を破りし金魚かな

夏座敷戦艦大和置いてある

夏の河ふぐりも濡らしかち渉る

てつぺんまで北山杉や夏の雲

こどもの日電気でうごく犬を買ふ

百姓の骨身つらぬく山背かな

マッチ火は不幸のにほひ大西日

晒しても永久に濡れゐる山椒魚

はらわたを抜かれて魚の涼しかろ

朱鷺すでに舞ふことのなき夕焼かな

水のなきプールに水のにほひせり

レモネード気の抜け切りし別れかな

夏わたつみ形見一つも残さざる

ふらここのひとりは風になりにけり

万の墓その一つへと白日傘

万年を生くる筈なる子亀の死

大決断ありて海亀首を出す

しをらしき猫にも頒つ初がつを

夏蛙駅ごとに鳴き裏日本

変身の唐くれなゐのサングラス

射る如き瞳無数に子供の日

それ以上白くはなれぬ帆船かな

サーファーは陸(おか)をふはふは歩きけり

人類の殲びし星の油虫

疑ふな死ぬ人ひとり見し虹を

初夏の静脈あをき腕かな

火のにほひして少年と夏が来る

眼下夏海あをあをと魔は誘ふ

春愁の触るればまはる地球儀よ

西日の扉愛憎一つ鍵二つ

初夏やチェスのごと船散らばれる

まざまざと己が毛脛見て明易き

葛切や祇園の暮色見やりつつ

冷房や街の音なく街うごく

茶を喫す卯の花腐し聞き澄まし

幸とふは事もなきこと新茶汲む

がさがさと茶漬掻込む夕立かな

青葉若葉人に知られず身罷らむ

すでに亡き星も光れる露台かな

東京の闇深うしぬサングラス

でで虫やすゝむは未来ある限り

砲丸の美しかりし夏天かな

出色のでき栄えとなる皐月富士

父も逝き耳に棲みつく青葉木菟

母の日や用なく遺る鯨尺

卯の花にやさしき家族住みなせり

川床の昼はあばらを晒しけり

打水の玉のさ走る二年坂

好晴や目高の群に乱れなき

横書きの紫式部灯の涼し

喧騒の中おもひだす寺山忌

観音経懺悔文にし紙魚光る

大の字を焼印として青き山

切り結ぶ真竹と真竹青嵐

夏シャツとふ襤褸をまとふアジアかな

時計せぬ腕がかろしハンモック

これやこの青蓮院の樟若葉

とりあへず陀羅尼助のみ夏に入る

日本のをんなの腰が田を植うる

植ゑしばかり苗も田水もよくそよぎ

短夜や忘れてゆきし耳飾り

青林檎描きをへたら齧るなり

噴水のしぶくを見つめ考ふる

飛魚(とびお)食うてをとこの旅のつづきけり

痩せぎすで達者な人や更衣

 

「火蛾・灯取虫・火取虫」五句

影ほどは大きくはなし灯取虫

恍惚と蛾の集ひくる宴の灯

群れてゐて皆孤独なりひとりむし

火取虫その死のかろき水面かな

水面に火蛾の骸とうたかたと

 

冷蔵庫卵が減ると不安になる

夜店の子夜店の飴を欲しがらず

をちこちに供華を訪ぬる夏の蝶

蜻蛉の眼に無数なる吾のをり

夏めくや箸の先なる箸休め

遺言なし星になるまで耕して

鰓呼吸するもの静か夏真昼

ひるがほも水平線も見飽きたり

水母と書きくらげと読むは哀しけれ

母の日や写真嫌ひの母なりき

箱庭の永久の釣人ともしかり

光るもの止りて黄金虫となる

毛虫焼きゐて美しき虚空かな

蚊を打つて己を汚す己の血

夏草のその強靭な足腰よ

草茂る不屈なる意志おそろしき

舟虫を知れど舟虫の貌知らず

蝦蟇鳴いて月蝕容赦なくすゝむ

幼な日の記憶に浸かる蝮かな

滴りや山は太初の闇蔵す

西空はまだこがね色田草取る

恋とふは苺つぶして食べあふこと

余花に逢ふ京(みやこ)の果の御陵に

名も知らぬ魚とつてくるキャンプかな

焼香に順番のある暑さかな

あいうえお順は無難や夏落葉

甘酒に酔ひてしまひし忌明かな

いささかの後ろめたさや昼寝覚

楼蘭のありし辺りか昼寝覚

東京の夜景の透きて熱帯魚

隆々と仁王の立てる暑さかな

まつすぐな胡瓜が並ぶおそろしき

麦秋を差別の如く河曲る

相席となりて醒めゆくビールかな

蚊遣香夜半に風向き変りたり

夏の潮うねりて過去がよみがへる

青葉木菟もはや夜爪も憚らず

後の世へ顔向けてゐる端居かな

まつすぐに我を見つむる捨仔猫

惜春の空気の缶詰買ひにけり

ごきぶりを叩き潰して病めりけり

今宵うなぎと決めてゆく河原町

蟇は鳴き我は無明の酒に酔ふ

引く鳥の空一枚を引きゆけり

会席のしまひのメロンこころ足る

大夏野戦争ごつこしてみたし

白昼にキャベツ転がりゐる平和

甘藍といふ空漠を剥く刻む

太陽に味ありとせばトマトかな

落柿舎の縁を借りたる端居かな

落柿舎の柿より茂りはじまれる

疵一つなく白靴の遺りけり

珈琲はブラックが良き夏暁かな

増やし過ぎて金魚死なせてしまひけり

水捨てゝすぐに忘るゝ金魚の死

一些事として一尾(いっぴき)の金魚の死

目蓋なき金魚の不眠おもふべし

夏落葉有象無象も掃き集む

北行きを上がると云ひて京暑し

麦秋や女につよき糸切歯

睦むほかなくて裸の平和かな

床涼み伏見の酒を所望して

器みな清水焼や床涼み

京のもの皆あえかなり川床料理

昏るゝほど滾ちの白き貴船川床

しほさゐに耳もなじみて避暑の宿

いつよりを晩年といふ夕焼川

おほん歳百の素食や夏来る

迷妄の財布にしまふ蛇の衣

門燈に家守を飼ひてゐる如し

癒えて聞く鉄風鈴の音の確か

箱庭や橋も庵も陶(すえ)にして

髪型もかへたるひとや更衣

落柿舎の小暗き土間の涼気かな

冷房の効きゐて壁に地獄図絵

アフリカや死が近き児に蠅たかる

青柳や鴨川さして水奔(はし)る

青柳やお茶屋の並ぶ向う岸

糸柳舞妓と出逢ふ小橋の上

雨燕ふつと別れしひとのこと

この家並(やなみ)変ふべからざり初燕

蟻が運び去り一件落着す

三畳の修羅となりたる大西日

桜桃や月山の冷え思ひ出づ

ちちははの世の釘のこる簾かな

遠のきしことのみ想ふ桐の花

籠枕外出の気持ち失せてゐて

黒猫の眼のこがね色片蔭り

縁側に月を纏ひて竹夫人

仏飯を喰ふ捨仔猫喰へばよし

空想の中に吾あり籐寝椅子

寂寥の斑猫の貌己が貌

網戸よりわが身不在のわが家見る

樹の上の蛇人類を見てをりぬ

この辺の主とふ蛇に憧るる

昔日の殺めし蛇が今哄ふ

くちなはも後ろ姿は淋しけれ

掻い抱けばほのと螢のにほひかな

螢火やきれいな嘘をつきしこと

まぼろしのやまとごころの螢かな

螢火の今宵をとことをんなかな

ときどきは肋に触るゝ団扇かな

いつぱいに扇開きし山河かな

尺蠖の一枝加ふる山河かな

山繭や卑弥呼の睡りとこしなへ

思ひ切り石を抛りて暮春の河

猫交るそこは月下の大墓群

蛇踏んで蛇もおどろく鞍馬山

病葉のすぐに踏まれて新宿区

病葉やところどころに狭き空

子かまきり身構ふ教へられずとも

沢蟹の右利きらしき螯(はさみ)かな

孑孑の持病にあらず棒振るは

蚊の姥や独りの夜のせんなさに

ががんぼの何で執する破れ障子

あめんぼや電線多き町外れ

螢火を据ゑ置く闇の真ん中に

鮎食うて風通し良き総身かな

青無垢の山ひときはに甲斐の雨

はらわたに男滝の谺ためておく

滝壺の恐ろしければ又覗く


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