5月

けものみち歩みて夏に入りにけり

ジーパンで労働をして夏に入る

いまも眩しや昔日の青葉潮

涼しさや薄暮ゲームと云ひしころ

水底の水かたまつて水母(くらげ)かな

水母を透けて水底の見えにけり

若葉から死にゆく暗き世のありし

馴らさるる眼と耳と鼻春愁ひ

遺伝子の螺旋階段銀河へと

若葉光小さき葬ほど悲しくて

右手幸左手不幸若葉寒

傘と傘ふれ合ふも縁花の雨

誉められてまた誉められて富士笑まふ

青嵐吹かるる度に人老ゆる

モナリザの瞳をして春の風邪引きぬ

荒壁のごとく象ゐる花の雨

麦秋の中年の魔羅うらがなし

晩春のわたしを映す古鏡かな

外人がガム噛んでゐて夏に入る

目薬の目より溢るる緑かな

仮の世に空蝉残るうつつかな

端居して越の寒梅賜りし

斥候(せっこう)の如く翔びくる生(あ)れし蝿

湖の魚(いお)喰みつつ湖の春惜む

朧夜の木魚の音も眠かりし

君のため吾がため青き林檎買ふ

闘ふをやめしごとくに日蔭街

唇づけの二度三度四度薔薇真紅

少年の火薬の如くゐる夏夜

緑さす少年といふ刃物かな

嫁してより金魚になつてしまひけり

カルシウム足りない春の愁ひかな

夏に入る鉄分足りぬ影法師

蛇の子は蛇嫌はれて輝けり

平行線交はらぬこと春愁ひ

夏に入る砲丸投ぐる美少女も

青年の鎖骨光りて立夏かな

夏に入る徒手空拳となりにけり

緑陰にわたしを狙ふ銃口あり

西日して娑婆(しゃば)を彷徨ふ影ばかり

春愁の猫語のわかるわたしかな

薫風を声の如くに聴いてゐる

風薫る老青年のテニスかな

大いなる袈裟懸(けさが)けの疵(きず)山滴る

生きてゐて良かつたと云ふ青田風

灯虫ゐて二十四時間寿司回る

欺けぬ齢となりぬ竹落葉

リラ冷えやあなたの薄き唇も

落椿くちづけの間をおびただし

君去れば忽ちひとり若葉寒

二の腕が細くて夏を嫌ひけり

虹を見し二人のむかしむかしかな

人死んで何を昂ぶる夏の星

蟻抓(つ)みて大きな夜に帰しけり

群れて生き群れて死にける白魚(しらお)かな

薬指見せて乙女の五月かな

麦秋や太るばかりの去勢猫

麦秋の多産の村でありにけり

半生を過ぎてしまひし竹落葉

平成の面輪(おもわ)の少女日焼せず

冷酒や酔へば必ず武勇伝

何よりも吾関せずの涼しけれ

上向きの蛇口ばかりや緑さす

大渦の縁にいかなご集(よ)るあはれ

青嶺屹つ水美しく酒旨し

サングラス掛けても喪の眼痛々し

本閉ぢて眼を閉ぢをれば青葉木菟(あおばずく)

病葉踏み非情の街を行きゆきぬ

春惜む都大路の暮れ色に

去来の墓拝(おろが)む蜂に急かれつつ

我に憂さひとつ残して春行きぬ

どちらかと云へば善人金魚飼ふ

金魚死んで極悪人が泣いてゐる

容赦なく攻めてくる水夏の河

滝落ちて肩よりちからぬけてゆく

滝落つる放下(ほうげ)の水となりにけり

失意の刻不思議と蝶の舞ひ呉れし

実(げ)に蝿の往生際の悪さかな

どう見ても微笑む仏母子草

木屋町の朧に消ゆる二人かな

夏山の棘(おどろ)も洞(ほら)も愉しめり

緑陰に先づ言の葉のよみがへる

賽銭を入れ緑陰に憩ふべし

吾と汝隔つる海を鳥帰る

欄干の朱をくれなゐに春しぐれ

横顔が素敵な悪女アマリリス

カーネーション白きを少し買ひしひと

腰つよき蕎麦のよろしき夕立あと

夜のプール光体として人うごく

まつくろな夜の片隅水中花

「密豆は食べないでしょ」と先に云ふ

過去(すぎゆき)に悔なしとせず日日花

ありし日の母へおはぐろとんぼ翔ぶ

滝壷と太虚(おおぞら)まさに照らし合ふ

昼顔に早やも巷(ちまた)の埃かな

死に顔が百合は嫌ひと云うてゐる

春終る我に塞ぎの虫残し

瀑(たき)のまへ我一切の無言なり

大瀑布人間一切無なりけり

噴水はきつと退屈なのだらう

亜細亜から雨つれて来し燕かな

夏めきし今日このごろを縁先に

日の永さ頼りに来たる未知の町

夭折を悼む青野に石拾ひ

冷し酒先づ薀蓄(うんちく)を聞かさるる

薀蓄をかたむけて呑む焼酎か

夏の嶺に入らば魑魅(ちみ)の音すなり

修羅場とはかの雷雲のあたりかな

冷酒に身ぬちの修羅を鎮めけり

死にしひとの帽子とおもふ水母かな

肋木(ろくぼく)とジャングルジムの遅日かな

夏風邪の瞳に帆船は瓶の中

青嵐将門塚(まさかどづか)の石毀(こぼ)つ

母の日の蝶を見てをり亡母想ひ

母の日は亡母の日吾が消ゆるまで

母の日を遊子の如く彷徨へる

人生の恥の数だけ薔薇咲きぬ

夕立つてくるわだかまる心へと

おめおめとビールに酔ひし喪服着て

老爺(ろうや)なほ諸肌をぬぐ祭かな

存(ながら)へて老父巧みに抜き手きる

白皙(はくせき)の婦人警官新樹光

雷神の過ぎ行きし後の睡魔かな

金星の輝り残りたる蓮見(はすみ)かな

若葉寒十七歳を怖れけり

若葉光白髪きらりと見つけらる

仮の世にかりそめに置く花氷

愛執の永さが夜を短うす

い寝がての同じ闇なる青葉木莵

夏帽子御妃美しく老い賜ふ

恋捨てて麦の村へと嫁ぎけり

麦秋にバイク倒して二人消ゆ

夏潮が眩(まばゆ)し小家つつ抜けに

宵越しの小銭残りて明易し

夕永し「ミラボー橋」を諳(そら)んじて

夕立のはづれの駅に蕎麦啜り

亡びゆくものの宿命(さだめ)に蝿たかる

草笛鳴つて中年が嬉しがる

宵宮が一番好きな乙女かな

田舎に生れキャベツを馬鹿にして育つ

吾も汝もパセリをいつも残す人

花束を誰(た)が投げ入れし卯波かな

基地といふ異国をのぞむ鉄線花

平凡な日々が幸せ花は葉に

うようよと落ちて歩めり子かまきり

団塊の世代の如き子かまきり

蟷螂(とうろう)の静かに生るる不安の日

夏服を着て痩せぎすの気弱かな

あえかなる汝の二の腕夏の服

文殻(ふみがら)を燃やす決心虹消えて

鳳梨(あななし)や東シナ海晴れ極む

パイン畑姿は見えねジェット音

人形の頭(ず)におが屑の暑さかな

逢へぬ日々つづく卯の花腐(くた)しかな

短夜や銀河鉄道ゆく夢に

深宇宙の話してゐて明易し

主人(あるじ)なきあばら屋を守(も)る女郎蜘蛛

市立堀川高等学校青柳

死はそこに来てゐるのかも夏落葉

薔薇折れてゐて不吉なる予感せり

父が先づ徒渡(かちわた)るべき夏の河

徒渡つてみよと夏の川雄々し

桐咲いて秀(ほ)にあらたしき日をあつむ

棕櫚の花咲き黄昏(たそかれ)をあつめけり

栃咲くと落花見しより知り初むる

ゆびさして二人仰向く栃の花

噴水も夜の言葉も色づきぬ

遥かより来て初蝶となりにけり

つばくろにダムとなる渓ありにけり

逢ひたさにとほく見る癖朴の花

泰山木の咲く天上天下かな

遠江沖津白波夕薄暑

清貧といふ涼しさに未亡人

蚊柱が立つ温暖化の真ん中に

生きてゆく傷ついてゆく薔薇の花

躁の日と鬱の日のある七変化

ガーベラを見て炎ゆるもの消さずゐる

白雲に風のせせらぎ花水木

一の丘二の丘ありく薫風に

煉獄(れんごく)に炎天といふ空がある

青嵐死魚干からびて石の上

須佐之男(すさのお)のいます神域青嵐

不倫とふ恋に卯の花腐しかな

蕗(ふき)を煮る花見小路のをんなかな

蕗売りの蕗のにほひの京言葉

片蔭に海のもの売るをんなかな

糸とんぼ筧(かけい)の音に驚きぬ

幼児につかまへられし糸とんぼ

玉虫を陽の中に見し金閣寺

女郎蜘蛛屋根にも草が生えてゐる

蟻地獄おのれも手持ち無沙汰かな

蟻地獄娑婆の汚れた空がある

葵祭午後より終(しま)ふ若葉雨

打ち水になほ暮れ残る京の塔

東山低きを愛でて川床(ゆか)料理

酸欠の金魚の上目遣ひかな

京の路地悉り尽くしたる金魚売

鱧(はも)買ひに姉三六角蛸錦

あぢさゐや夢の中でもねむたくて

身の火照り冷まされてゐる七変化

あぢさゐや閨(ねや)にゐるごと話しをり

人の死にあぢさゐの藍きはまりぬ

紫陽花の昃(ひかげ)ればすぐ雨気(あまけ)かな

端居してさきほどのこと早や忘る

ありなしの風をよろこぶ夕端居

端居して暫し一樹の如くあり

夾竹桃こころ汚して勤めゆく

くちなしや夢の中でもひと薫る

ゆきずりの遊子と詣づ業平忌(なりひらき)

言問ひし道行き人と業平忌

そのかみの小町ばかりや業平忌

屍に群るる蟻うごめくも無音なる

寂莫(じゃくまく)と日輪ありし蟻群れて

落魄(らくはく)に紫陽花がまた咲いてゐる

黒酢など飲み始むるも夏用意

夏料理雨の夜景もよろしけれ

夏料理海の没日のきらきらす

遠街(おんがい)の灯の美しき夏料理

夏の喪より帰り黙して茶漬食ぶ

タイガースリードしてゐるビヤガーデン

水打つて己れの影も濡らしけり

海を見て日傘のひとの何思ふ

日傘のひと太平洋へ歩み寄る

牡丹咲く百里四方の人あつめ

端居して火宅忘るる如くなり

薔薇真紅濃き水割りのいよよ濃く

酔眼に薔薇はときどき魔女めきぬ

白日を貪(むさぼ)る蟻の群れ静か

薔薇に唇づけて魔女とも聖女とも

白鷺(しらさぎ)の嘴(はし)にザリガニうごきをり

鶴と見て青鷺と知る翔ぶ姿

雷鳥の彼は誰れ刻にまぎれけり

この旅の川鵜(かわう)見しより淋しけれ

軽鴨(かる)の子を子を生(な)さざりし二人見る

風鈴やとうに母亡き物干しに

卯の花腐し頬杖をして眼を閉ぢて

人の世に夜の端居より帰り来し

森あらば森に入らまし夏あかつき

衣更へて所在無きまま明日が来る

死にたしと云ひてしひとも衣更ふ

潮風に裸身浄むる如く佇つ

たをやかな丘いくつある裸身かな

裸となり喪ひしもの映しをり

ともに裸身にて嘘つく男かな

人の世の不意にはろけき昼寝覚

ちぎれ雲泳ぎてよぎる金魚玉

地図になき径に入りゆく捕虫網

一人づつ死んで残りぬ水中花

腹蔵なく話す仲なり心太(ところてん)

回転ドアに香水の香のまはり

いつしかに残響となる青葉木菟

コップ酒一息に呑み夏日なる

橘のさすがゆかしき月夜かな

生涯の未通女(おとめ)でありし百合の花

浜昼顔水着の砂のすぐ乾く

高瀬川渇(から)ぶことなし夏柳

夏燕本降りを翔ぶ羽根つよし

どしや降りに卵抱きをる浮巣かな

若き肉叢(しし)燦々と濡る夏の雨

地図の径ここより失せて花茨(はなうばら)

卯の花にやさしき家族住まひをり

橙が咲いた二階の窓が好き

きぬぎぬに花柚の香り漂ふも

草の波泳ぐ如くに草刈女

草むしる暫く己れ忘れつつ

郭公の声まぼろしの板橋区

人生に大差はなくて夕焼る

仕合せな人の少なき西日かな

朝焼るビルの裏側都市みにくし

西日中醜き機械新聞刷る

沿線にアパート多き西日かな

アパートの赤子すぐ泣く西日かな

西日中子が子を負ひてゐし頃よ

生れずに死にし子のゐる花藻(はなも)かな

日焼子が云ふ算数は嫌ひです

豆飯が好きで太りし亡母なりき

若葉雨静かにものを思ふべし

誘蛾灯儚きものの犇(ひしめ)ける

愛憎の振り子のままに明易し

とりあへず一本は呑むビールかな

かほりつつ鮎美しく食はれけり

枇杷(びわ)食へばとほき団欒(だんらん)思ほゆる

青林檎食べて言葉を濁すまじ

朝焼て無数のビルが恥づかしがる

夕焼のはづれに飯を炊いてゐる

咽(むせ)ぶほど夕焼てゐる場末かな

青嵐わが身に揺れて騒ぐもの

夏の雨白き空より落ちてくる

自転車が光つてとほる田水沸く

見まはして若者のゐぬ青田かな

音たてて野太き雨の青田かな

賀茂の水湧きて奔(はし)れり山椒魚(はんざき)

サガン読む少女のうなじ若葉光

泉湧く黄泉(よみ)とは浄らけきところ

雲海の上空にあり別れ来て

雲海の端火を放つ落暉(らっき)かな

雲海に一声落とす嗚呼(ああ)とのみ

消えてゆく虹消えてゆく母の瞳より

ゆくりなく虹見て哀し病舎の上

虹消えていつもの目抜き通りかな


BACK  俳句 田畑益弘俳句の宇宙HOME