俳句 田畑益弘俳句の宇宙

俳句 田畑益弘俳句の宇宙 俳句新作


9月

目玉焼しかと焼き上げ震災忌

裸婦像は空を見上ぐる震災忌

なにゆゑに気になるけふの露の音

ひとの背のまぎるゝ釣瓶落しかな

水澄みて高野と賀茂と相合へり

裏町やたつきをかくす簾とも

秋すだれ祇園甲部の昼淋し

在りし日のごとく掛けたる秋簾

そのままに形見となりし秋扇

母郷よりとゞく新米母亡くも

松手入せし香を歩む妙心寺

珠のごときをのこご生まる秋高し

しんしんと澄む秋天や御子生る

坐しゐても心そゞろや萩の風

新涼や淡き墨にて御供と

歩まねば径も消えゆく秋の風

少年に木の匂ひして秋澄めり

生きながら冷えてをるなり蝸牛

はらわたを水うごく音夜の長き

コスモスは揺れてまぎるゝコスモスに

松茸飯携へて来し逢瀬かな

起き伏しに秋の吾が影つき添ひぬ

夜の浜に寝ねて醒ませし濁酒かな

鉦叩年とることのあな早し

大食ひは父の筋なるとろゝ飯

さ迷ふや温め酒を欲る闇夜

赤とんぼ味方の如く吾にとまる

拭ひたる母の鏡台星河濃し

見てをれば蝶の下り来し天の川

死ぬ人に障子をひらく銀河かな

秋草を活けしのみなりけふも暮る

ひとり食ふ秋の七草買ひにけり

敬老日の夫婦位牌を拭ひけり

暮れ残るもの金色(こんじき)の花芒

死ぬるまで息み息みて法師蝉

鮎落ちてゆく離宮のほとりかな

長き夜の「偸盗」「好色」「藪の中」

宵闇や掌の中の手を温めつつ

黒猫の瞳(め)の金色の無月かな

高野槇そびへて蒼き良夜かな

つゆけしや吉田松陰「留魂録」

よそものを忌む峡村の濁酒かな

杉の香の驟雨となりし新走り

古酒孤り酌みて己をねぎらはむ

一雨の予感に騒(そめ)く大花野

秋郊や雲の影追ふ雲の影

風の名も変はり馬は肥えにけり

夜寒さや職安通と人の呼ぶ

肌寒や夜の女の低きこゑ

蟻潰す悲鳴をつひに聞かざりし

栗独り剥きゐて父に似てきたる

ひさびさに文記しをり秋の蝉

葡萄おもたし精魂の充満す

蟷螂の強気羨(とも)しむ病かな

蟷螂を怒らせてゐて無為徒食

弔ひの送信二秒天の川

彼岸花入日も色を尽しけり

曼珠沙華その夜生家の炎ゆる夢

曼珠沙華終りてもなほ心火かな

みちのくの或るみちのべの男郎花

猫じやらし裏切者の死に場所よ

はろばろと帰り来たれば草虱

鬼の子揺れていかな夢見てゐるらん

蓑虫揺れてあれも夢これも夢

銀漢や窓の閉まらぬ外厠

稲妻に醒めて眠れぬ柱かな

レモンの黄眼に沁み入りて恢復期

灰色の街に檸檬買ふ流離かな

癒ゆる日へ胡桃を握りにぎりゐる

白桃にむしやぶりつける漢かな

男坂又男坂法師蝉

玲瓏たる坩堝となりぬ虫の夜

萬籟のなか鉦叩まぎれなし

初秋刀魚おほめに飯を炊く日かな

五十階の灯にひとりなる夜食かな

箸もつ手ネオンに染まる夜食かな

亡き人と夢にまみえし菊枕

谺して山河あらたし威し銃

路地夕焼隣りもさんま焼く人ぞ

婆さまが爺さまと呼ぶ案山子かな

老夫婦いとど跳ねしをつゆ知らず

秋の蚊の猫には見えて消(け)ゆきけり

捨猫のこゑ遠(おち)にして秋高し

きりぎりす聞く白昼のがらんだう

大きなる空虚の中のきりぎりす

きりぎりす常に孤りを択び来し


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