俳句 田畑益弘俳句の宇宙

俳句 田畑益弘俳句の宇宙 俳句新作


8月

蜘蛛の巣の夜々に大きく胸を病む

冷房の隅にさゆらぐ造花かな

冷房の壁のわが影ひとり言つ

大の字を焼印として青き山

てんとむし御伽の国へ飛び失せぬ

頭(ず)の中で旅してをりぬ雲の峰

我ながら窶れしと思(も)ふ青林檎

そこにゐる守宮を宥す孤独かな

蛇這ひて毫も汚れぬ身をもてり

易々と死すべからざる蚯蚓かな

つつがなく目高群れゐる虚空かな

水虫や昭和は遠くなりぬるも

これやこの源氏の庭の桔梗かな

朝焼の褪せて東京起動せる

生者より死者はしあはせ夕焼空

人生のどのあたりなる夕焼川

冷房のきゝて雑念満ちゐたる

追憶の現(あ)れては消えて蚊遣香

身のうちの鬼が悦ぶ冷し酒

長江に入る日見とゞけけり晩夏

寄り来れば鯉につぶやく端居かな

八月の陽の重たさに病みゐたり

文月や別れしひとの今いづこ

露の音父母在らざれば空家めき

ひとつぶの露の中なる月夜かな

揚羽来て石庭の石不動なる

秋蛍一つ二つと数ふれど

秋蝶の己と離(か)れゆく水鏡

簡単に諦めてゐて秋の蝉

井戸水にのみど響きて星月夜

ゆふづきて鐘の遠音も秋のこゑ

いさゝかの漁火泛かむ天の川

かりそめに鳴るオルゴール星月夜

ゑひ醒めの水しみとほる銀河かな

銀河濃し零るゝ如く人死すとも

霧深く訣れの泪はゞからず

霧と化すまで霧をゆく流離かな

長旅の途中や我も秋蝶も

添水鳴ると去来の墓に来て気づく

忘れ物に遺骨もありて秋の風

渤海に釣瓶落しを見をはんぬ

死なばかの秋白雲に仰向きて

東京に不二見えてゐる終戦忌

ゆびきりの刻守られし台風裡

秋天に胡坐をかけば肝すわる

母郷より字(あざな)も失せしとろろ飯

母郷へと山たゝなはる秋の蝉

暮れてより杉の香しるき新豆腐

かたみに齧る青春の林檎かな(かたみに=互みに)

ほつほつと灯(ともし)の消えて大文字

二階へと家人こぞる大文字

ときどきは瞑(めつむ)りてゐて大文字

ひぐらしのこゑのみ透きて杉襖

過疎の村とんぼにとんぼとまりをり

肩に来て重さなかりし赤とんぼ

盆過やほうたる一つさ迷へる

しんがりの精霊舟も消(け)ゆきけり

秋風や路肩に積みし古瓦

けし粒のごとき存在秋高し

愛宕より比叡(ひえ)の埋もるゝ野分雲

ひぐらしの昂ぶり吾の鎮もれる

遠蜩聴き澄ますたび年をとる

かなかなのかなかなと鳴く知命かな

ひぐらしや人生の午後始まれる

とんぼうは背後も見えて飛びたちぬ

爽やかや勝者敗者の礼(いや)深く

さやけしや文豪の墓寂一字

冷やかに眼底を覗かれてをり

手も足も魂も揃ひし踊かな

亡き父も上戸なりしよ冷奴

秋の夜の空けてしまひしナポレオン

いまに死ぬ蜉蝣と思(も)ふ歩きをり

鳴きやみてしんじつ寂し法師蝉

柳散る祇園新橋灯ともれば

夜の蟻つまみて夜へかへしけり

人工の星も美(くわ)しき夜の秋

膝小僧に覚えなき疵夜の秋

サーカスの去りし静寂流れ星

秋山の高きは愁ふ昃(ひかげ)れば

秋嶺の影鋭角に早や倒る

秋蝉や忘るゝための旅にして

ミステリー読み耽りゐて避暑ホテル

ゆくゆくは吾も入る墓洗ひけり

下町に電線多しいわし雲

秋虹やとぎれとぎれに歌憶え

日あたれる畳したしき秋昼寝

颱風の目のひとときの逢瀬かな


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