4月

三鬼忌の嘘より真実(まこと)罪深し(西東三鬼忌・四月一日)

三鬼忌をガバリと起きてすることなし

生活(たつき)とは蜆(しじみ)の殻のむらさきに

東山見ると眠たき花曇り

すぐ捨つる透明の傘花の雨

夢多き少女なりしよ桃の花

丸い時計四角い時計春愁ひ

春昼のときどき停まる時計かな

キャンパスの大きな時計暮遅し

薔薇の芽の膨らむほとり白昼夢

フロッピーディスクにしまふ桜かな

三鬼忌の真つ赤な嘘をつく舌よ

目借時(めかりどき)己れ疑ふ齢(よわい)なり

用もなく出で春塵にまみれたる

春日へ出で買ふものもなかりけり

古草に学生街も廃(すた)れけり

クレヨンの散らばつてゐる春の草

ゴッホ見ていよいよ春の愁ひ濃き

雨男雨女にてさくら狩る

雨男ぽつんと佇てり義士祭

啄木忌そろそろ日記嫌になる(石川啄木忌・四月十三日)

地下鉄の多き都の遅日かな

城下出て城下見下ろす踏青(とうせい)なり

花粉症別れの泪少し混ぜ

四月馬鹿電光ニュース虚空に消え

燕来るホテルと云へど皆家族

燕来る山のホテルの物語り

道股に蝶迷ふとき風迷ふ

裸婦像によく来し鳥も帰りけり

カルメンの終曲椿落ちてをり

黄塵の竜を愛して中華街

春風も朱に染まりたる中華街

西陣を西へ平野(ひらの)の桜冷え

百合植ゑて未通女(おとめ)に仄(ほの)と恋ごころ

ダリア植ゑ人には言へぬ間柄

ほつこりと朧の裡(うち)に父老いぬ

古くなりいやあな奴になる四月

悪玉が食うてをかしき蜆汁(しじみじる)

苗札に亡母の字あれば墓標たり

「考へる人」に微熱や春闌(た)くる

変人と呼ばれて桜見にゆかず

綺麗な目すれ違ひざま風光る

春暑く死人(しびと)の顔を拝むかな

箸墓(はしはか)は不思議なところ陽炎(かげろ)へり

少年は母逝きし日ゆ春嵐

春昼の盆の窪より眠くなる

永久歯永久でなく春愁ひ

ピッコロが鳴り蜆蝶(しじみちょう)双つとぶ

白蝶の舞ふフリュートの高き音

蝶とゆく速さアンダンテアンダンテ

初蝶を舞はせて息を殺しけり

沢水の煌(きらめ)く蝶を見失ふ

夜桜を見て来し眼なり充血す

夜桜を見てまつくろな夜を帰る

眼底(まなそこ)に夜桜の咲く陰画かな

夜桜がふと妖怪に見えしこと

花冷えや亡母の使ひし銀の針

花人のすれちがひざま目が綺麗

わたくしの命のために苗木植う

春睡の竜宮城といふところ

水温む峨々(がが)たる山を映しつつ

夕星(ゆうづつ=金星)にまみるる蜂の行方かな

天と地の不意に淋しき寄居虫(ごうな)かな

一目惚れしたる楊貴妃桜かな

山人のその雄ごころの山桜

老桜死力尽して咲きにけり

死んでゆくをとこに仄(ほの)と花あかり

夕桜癌とたたかふひとと見る

花しぐれ女盛りを濡らしけり

花見つつ花に見らるる思ひせり

花見して皆限りある命かな

花冷えのひときは胸の古き疵

花冷えの点りて淋し水銀灯

ひとりづつ減りゆく家の春落葉

坪庭を好んでくれし蜆蝶

霞目(かすみめ)にあらざる遠き桜かな

捨つるもの我が身に増ゆる桜かな

鈴鳴つてまた鈴鳴つて花散り散る

中年の口笛掠れ啄木忌

父に聞く亡母(ぼうぼ)との恋雁帰る

風掴(つか)むかたちに下りぬ残る鷹

夜桜の艶をたよりに商へる

ひとひらの花ひらひらと豆腐の上

花散りて水のひかりにつながりし

花あかり水あかりして胸冷ゆる

花冷えの己が内臓(はらわた)癌や否

バケツとは馬穴と書きて四月馬鹿

百年の柱の艶(つや)や朧月

囀りてさんざめく都市とほくせり

トルソーの不思議な色気花の雨

春塵の古鏡そのまま廓跡(くるわあと)

恋猫のまた争へる廓町

百か日花咲く頃と思ふかな

納骨の日の大いなる花の天

花冷えに喪帰りの塩ふりにけり

夜半の春かなブランデー揺らしゐる

秒針の音聴いてゐる桜かな

雄ごころの死語になりたる桜かな

もしかして散るをよろこぶ桜かな

名水に名酒割りたる桜かな

時刻表買ひて使はぬ春寒し

春宵の途中下車して河原町

言霊の如くに花の咲きゆくよ

殊更に真水を欲(ほ)るも花疲れ

花のもと美しき歯のよく笑ふ

春風邪や医師と看護婦そと笑ひ

新宿やふらここに揺れ中国人

新宿のブランコいつも軋み泣く

しやぼん玉吹きて都心のイラン人

春風の臭ひいろいろ東京は

東京の壊れた空に芽吹きをり

蝶の影地に瞭(あきら)かに正午たり

一生を見てしまひたる桜かな

美しき幽霊しだれざくらかな

花人のさざなみに似る皓歯(こうし)かな

鳥帰る京都大学時計塔

不夜城の空燦々と鳥帰る

馬術部の馬場より見たる比叡笑む

はんなりと火影人影花の雨

淡雪のひとひらとまる肩繊(ほそ)き

撫で肩を怒らせてゆく寒き春

鳩尾(みぞおち)にとまるあなたの春の汗

春昼やチキンライスの小さき旗

花の下黒きネクタイしてとほる

乙女座より溢れてしだれざくらかな

視線より疲れて花見疲れかな

花疲れ灯ともし頃をともさずに

目裏(まなうら)のなほ燦爛と花疲れ

花疲れ一雨欲しき夜となりし

花冷や淡墨(うすずみ)色の夢を見て

なかんづくパノラマで撮る桜かな

春の夜の何を匂はす汝(な)が語かな

それとなくひとを誘ひし花の夜

リラの香に二度愛し合ふ未明かな

心急(せ)く日なり速駈くる日蔭蝶

ビル街を貴人の如く蝶のゆく

老残を愁ふる父に弥生来る

国宝の弥勒菩薩の春愁ひ

花しぐれ泣けば身体が軽くなり

夕桜死人見し眼に炎え立ちぬ

新宿をゆるしてしまふ蝶を見て

カーテンでつくる暗がり花疲れ

嘘泣きをせるきぬぎぬの落花かな

散る花と泡沫(うたかた)流れ去りにけり

亡き母に叱られてゐる春の夢

浮世絵の女眺めて春惜む

洛中図隈々(くまぐま)を見て春惜む

地獄図絵飽かず見つめて春惜む

懇(ねもご)ろに五体を洗ひ春惜む

春惜む一万分の一の地図

やゝ残る灯油を蔵(しま)ふ啄木忌

ただ蒼き虚空を帰る花疲れ

眼窩(がんか)暗き若き自画像春を恨む

春愁のパセリを残す大き皿

昏れかぬる新宿といふアンニュイよ

石段を斜めに走る花しぐれ

放せば飛ぶ除籍謄本春疾風

スメタナを鳴らせば水も温みけり

暗くしてとあなたが云ふ春燈(はるともし)

竹秋やうりざね顔の人古ぶ

葉桜の奥に勝気な人棲めり

花は葉となる狛犬(こまいぬ)の阿吽(あうん)かな

花は葉に水流れ来て流れ去る

田舎のバスいつも遅れて余花の道

春昼の何かにつけてマヨネーズ

天窓に落花ひとひらいづくより

夜桜のにほひと思ふ火の匂ひ

蒲団から脚の出てゐる朝寝かな

春睡の蒲団を抱いてをりにけり

十指より眠たくなりし夜半の春

水草が生ふと想ひ出すひとがゐる

淋しくなる浮草浮くを見し眼より

春の夜を忍ぶる仮面舞踏会

靴下も脱いでしまひし春の芝

春暁の元気な人とすれちがふ

鷹帰れども人生に我迷ふ

桃咲いて夜半さへ仄と水明り

瞑(めつむ)れば面影となる濃山吹(こやまぶき)

静かなる雨域に入りて朝寝せり

東風(こち)吹かばまた半ドアの非常口

薔薇の芽にけふのはじまる光りかな

あつさりと勝手口より夏めきぬ

万人の陽炎(かげろ)ふ核の時代なる

陽炎や不惑を過ぎて我惑ふ

けふ生(あ)れし雲の白さや花辛夷(はなこぶし)

辛夷咲き日本の空うら若き

囀るや山気いよいよ清潔に

花の雨ひとの耳朶(みみたぶ)薫りけり

亡母の声そら耳にして春蚊出づ

この路地や沈丁の香に住み慣れて

桜蘂(さくらしべ)降る中年のまなかひに

一盞(いっさん)や一期一会の花人と

四十より五十に近き春惜む

其の山の絶唱として山桜

やはらかな石に坐りて春惜む

オキザリスまことしやかに事務執るふり

シクラメン買ひて真顔の恋しをり

ヘリオトロープ人生に倦む思ひせり

都忘れ逢はずに五年過ぎにけり

ためらひを我に残して鷹帰る

晩春や月も重たき東山

大鐘の余韻の中の暮春かな

花買はず花の種買ふ日曜日

いつしかに花の種買ふ男となり

葱坊主(ねぎぼうず)ばかり眼につく淋しき日

帰らうか苧環(おだまき)の花昏れてきた

淋しい村菜の花ばかり殖えにけり

桂川(かつらがわ)落花浮かべて大人しき

若芝に雨脚迅く降られけり

鳥の巣の真下に山雨やり過(すぐ)す

脹(ふく)らんで魚眼レンズの海は春

春の風邪いよいよ老父世を厭(いと)ふ

存(ながら)ふる父に咲きたり豆の花

天ぷらを揚ぐる香のあり春の昼

春深し天ぷら食うぶ河原町

どこからも見ゆる鉄塔雲に鳥

讃美歌を漏れ聞く庭の恋雀(こいすずめ)

細かなる雨脚見せて水草(みくさ)生ふ

ダリア植う母の忌日に咲かさむと

春空や彩とりどりの熱気球

油かけ地蔵こつてり春暑し

春昼に投げ出してゐる手足かな

老い父に老い猫帰る暮の春

嵐の夜のはうれん草の色確か

東山重たくなつて夏めきぬ

韋駄天(いだてん)の風あをあをと柳かな

遠目にも風たつぷりと柳かな

双ヶ丘春の夕焼まろらかに

藤を愛で熊蜂に嫌はれにけり

藤棚に重たき風の生れけり

藤房に揺れてゐるなり天も地も

遅桜花にも血筋ありにけり

山吹を見に行く古き男女かな

振り向けば恥らふごとし濃山吹

柳絮(りゅうじょ)とぶ旧き運河のささなみに

春夕焼遠嶺の雪に燃え付きぬ

春愁の気圧の谷に入りにけり

日めくりを千切り忘れし春の風

風光る起死回生の白石に

白蓮が先づ月影に光りけり

春愁や己が臍(へそ)の緒見ることも

ふらここに退職したる男かな

胸薄き女のヌード桜冷え

ひばり野のいづくに失せし亡母ならむ

青くないわたしは怖る青麦を

藤揺れてふつと見返り美人かな

柳絮とぶただ柳絮とぶ白昼夢

ブランコに乗れぬ子のゐる遠き空

伽羅(きゃら)の香に亡母思ほゆる春霖雨(はるりんう)

美人画の美人に惚れて春惜む

朝寝して夢の中にも会社あり

春の夢タイムカードを押してゐる

春の夢別れしひととまた別れ

春朝のまどろみに鳴る花鋏(はなばさみ)

遺しおく母の茶道具春蚊いづ

剣山も亡母のおもひで白椿

溶けさうな落花をのせて水鏡

蛇出でて己れを睨む水鏡

春逝くや聖鐘惜しみなく鳴りて

掌に大河を掬(すく)ひ春惜む

駘蕩たる大河眺むる欠伸(あくび)かな

京菓子の皆つつましき初音(はつね)かな

春蝉に暮れかねてゐる女坂

潮風に音程変る春の蝉

春蝉のけだるく鳴ける四十路かな

洞(ほら)深く陰(ほと)の神へと春波濤

巌(いわお)にも雌雄のありて春の波

春の夢故人ほゝゑむばかりなり

少年のかはゆき恋の桜草

花束を買ひてゆくひと四月かな

真夜中も眠れぬ鏡シクラメン

朧夜を眺めて眼(まなこ)休めけり

鳥雲に母の戒名憶ひ出づ

岬とふ美しき語やつばくらめ

駘蕩と平野と大河ありにけり

夏めくや肘が汚れてゐることも

アネモネや英語のメールまた届く

長きながきメールとなりてミヨソティス(わすれなぐさ)

薄暑へと関門海峡越えにけり

大学の青葉闇にて唇づけし

若葉して恋人たちを匿しけり

別れねばならぬ卯波(うなみ)となりにけり


BACK  俳句 田畑益弘俳句の宇宙HOME