9月

渾身の蝉一つゐる震災忌

外したる風鈴熱き震災忌

茶を喫する五十三階震災忌

しあはせか秋果を盛りて独りなる

幸薄し輪切りレモンの薄さほど

さびしさに梨丸齧りしてゐたる

秋水の我を離(か)れゆく迅さかな

水の秋鯉に背筋のありにけり

あくびして何か忘ずる秋の昼

はたはたの飛べる音聞く無聊かな

きのふ愉しけふは淋しき秋の天

草ひばり彼は誰れ星に鳴き初むる(彼は誰れ=明け方)

鰯雲電線多き場末なる

何も買はず何も持たぬ手さやかかな

同じ刻おなじ人影秋ともし

秋霖やきのふのけふを地下酒場

きりぎりす互みに鳴きてかゝはらず(互みに=かたみに)

逃ぐること忘じてをりぬ秋の蝿

台風の眼の只中の逢瀬かな

台風の置いてゆきたる鼠かな

台風圏メロスの如く来たりける

台風一過不意の睡魔にからまれて

東京の五十二階の夜業かな

刃を入るゝに惜しき林檎の真紅かな

秋蜂の客死してをる畳かな

蟷螂の斧をねぶりて飢ゑにける

眠られぬ耳の奥処の鉦叩

考へを止め鉦叩聴きゐたり

たれかれとなく遊子めく秋夕焼

山霧に大きなる蝶見失ふ

大の字に寝ねてひとりや濁り酒

新米の夕青空に炊き上る

秋簾町家も減りし町家筋

亡き父の座椅子に更かす秋の夜

沖より見て九月の渚淋しけれ

一人の餉つかの間に済む昼の虫

人生は永すぎるなり虫啼けり

天水に濡れて色めく鵙の贄

新走りをとこ同士で酌むべけれ

落鮎の離宮のほとり過りけり

化石竜見てゐて残る蚊に喰はれ

秋の風ふりむけば人失せてをり

みちのくのある道の辺のをみなへし

大陸の匂ひがしたり落花生

はたはたに蒼々として空貧し

蒼茫と亜細亜大陸バッタとぶ

人生の岐路に降るなり秋の雨

秋のこゑ佇むひとに聞こえけり

月光や大屋根をゆく白き猫

屋根づたひどこへも行けて月の猫

秋水に映るきものの似合ふひと

空蝉をくだきて遊ぶ童かな

秋晴をたかだか千歩あるきける

一票投じ来て秋刀魚焼いてをり

同棲の一人は秋刀魚嫌ひなり

卒然と秋めく今朝のシーツかな

悪人に近寄り難く水澄めり

秋晴の見たくなきものまで見ゆる

眺めゐて愁ひ満ちたり秋の嶺

粧ふ山愁ふる山とこそ言はめ

秋晴のゴリラ一頭ヒト百頭

亡き数に入るといふこと天の川

一塵のごと吹かれゐて天高し

銀やんま湖は光を溢れしめ

新涼の歩調も合ひて他人なる

仲秋の体重計にそつとのる

秋風やいまさら疼く古き傷

夜霧降る深手負ひたるもののため

釜山より秋霖かこつ便りかな

秋風や四五枚積める古瓦

風邪に臥せば母の白粥おもほゆる

仮病我に林檎摺り下ろしし母よ

白雲の仔細にうつる水の秋

ひとりぽつちなり飲食の灯に秋蛾(飲食=おんじき)

無口なる虫売の過去誰も知らず

雨落ちの石の凹みや素嗄れ虫

秋蝶の二つ三つ四つ后陵

人知れずお隠れになる星月夜

長き夜の猫のお相手致しけり

いくたびも仰ぐ秋雲放浪記

草の名知らず鳴く虫の名も知らず

昼の虫石にもこゑのある如し

鳴るからに秋の風鈴淋しかり

銀漢や枕の下の怒濤音

猫抱けば草の匂ひや十六夜

秋風や人の心のうらおもて

大栗や字の残る母の里(字=あざな)

大粒の母郷の栗を賜りぬ

秋刀魚焼きて日本晴といふ日なり

一円貨拾はれぬまま天高し

秋灯の一つ必死に考ふる

白芙蓉あさきゆめみしゑひもせす

永きながき団欒となりぬ台風圏(団欒=まどい)

等分に林檎を切りし母の愛

生まれつき涙もろくておでん酒

石ころもゑまふ如しよ月今宵

長き夜の一分ほどをオルゴール

暮れてなほ雲の白さや祭笛

もの言へば消えてしまひぬ秋の虹

人にみな背中一枚秋の風

夜食摂るかな不器用な背を曲げて

百万ドルの夜景すべて秋ともし

生きて死ぬそれだけのこと秋澄めり

まぼろしの龍よ麒麟よ天高し

蟷螂が小首傾ぐるこの世かな

曼珠沙華そこらに咲いて嫌ひなり

身のうちの鬼を宥むる温め酒

嘘を云ふ二十世紀を齧りつつ

コーヒーを飲み残しゐて秋曇

夜寒さの誰ぞやに似る己が影

ゆるやかな下り坂ゆき秋彼岸

ゐごこちの良き縁にして秋思かな

蔦紅葉かかる館に栖まひたし


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