8月

蝸牛の三尺ほどの流離かな

孤軍奮闘といふ語や兜虫

飛込みの緊褌一番なかなかに

サルビアや女の嘘がつみかさなる

向日葵の眩しさ何もかも遠し

向日葵は時に窺ふ眼となれり

夏椿死に順番のありにけり

原爆忌の気づかぬほどの日照雨かな(日照雨=そばえ)

ひぐらしの火責めの如き頭上かな

かなかなの奥の奥にもかなかなかな

かなかなや近くて遠き九十九折(つづらおり)

売り家と大書してあり百日紅

洗ひては汚しては夏旺んなり

消ゴムで父消してゐる夏の果

鉛筆を削り削りて暑に耐ふる

手花火の二人ぽつちでありにけり

蝿打たる愚かなる弧を描き来て

一抹の淋しさもあり夜の秋

地の水のみるみる乾ぶ原爆忌

けふの日記大紫を見しとのみ

水打つて創業三百五十年

透きとほる刺身の薄さ夏料理

口漱ぐ山女の水を掬びては

夏帽を脱ぎ捨てゝ子の反抗期

ゆきゆけば青野の果は風の岬

熱帯夜焦れて時計の二つ鳴る

無精ひげ剃りたる顎や今朝の秋

茹で卵するする剥けて今朝の秋

冷酒や日暮れてあをき如意ヶ岳

下京の知り尽しゐる片蔭り

蕗を煮て町家の奥の暗きかな

母の忌の近づく日頃秋のこゑ

秋めいて思ひ出でざる名の一つ

階段に猫の寝そべる涼気かな

爽やかに人の散らばる渚かな

空蝉に恍惚の目見のこりけり(目見=まみ・目つきのこと)

うしろから秋忍び寄る夜道かな

秋めくや弥勒の指の曲りほど

耳掻きのころがつてゐる残暑かな

大阪の水の輝く残暑かな

白熊の汚れてゐたる残暑かな

つくつくし白き日記に鳴いてをり

ひとつひとつ供華を訪ぬる秋の蝶

祇王寺へ足をのばすや秋の蝶

旧仮名にてしたゝむる文秋の蝶

秋蛍いつも短き嵯峨の雨

青野行くあの日のおのれ捜すごと

いうれいが集まつて食ふ即席麺

天瓜粉むかしむかしの香をまとふ

閑かなる起き伏しに添ふ秋の翳

川の名の幾度かはる下り鮎

天領の水音あらた下り鮎

落鮎の水の迅さとなりにけり

稲妻や寝物語のとぎれがち

月に冷ゆ父の形見の竹夫人

夏行くや反故に燃えゐる未完の詩

秋蝉や遠くが見ゆる眼となりて

かくれんぼいつしか終り秋夕焼

蝉に倦み太陽に倦み終戦忌

唖蝉の執する老樹終戦忌

来てみれば花背に騒ぐ蜻蛉かな

 

「大文字(だいもんじ・だいもじ)」五句

大文字消えて眼の大空虚(眼=まなこ)

大文字見とゞけし後の強き酒

おばしまに置く手重ねて大文字(おばしま=欄干)

大文字や連れてゆきたきひと遠く

人々の息しづかなり大文字

 

寝ねがてや唯一つなる秋の蚊に

蚯蚓鳴く化野なれば然もあらん(蚯蚓=みみず)

秋蝉のこゑの限りにして遠し

それぞれにそれぞれの帰路秋の蝉

秋燈下形見分けてふことをせし

ひぐらしや貴船口とふ停留所

ひぐらしのこゑのみ透きて杉襖

秋の蝶草生をゆけば脛濡れて

母の忌も過ぎて閑かや牽牛花

初秋の畳をありく子かまきり(ありく=歩く)

パソコンの前を離れぬ夜食かな

お地蔵がこんなところに草の花

なかなかに成らぬ一句や法師蝉

爽やかに席を譲りし黒眼鏡

死ぬ人にさやけき笑みを返されし

少年に教へてもらふ夏の星

寝ねがてに出でたるデッキ流れ星

風向きの幾度かはる千草かな

つくづくと三日坊主の残暑かな

八月も二十日の渚もとほりし

手も足も心も揃ふ踊りかな

魚追うて魚のさ走る秋の水(魚=いお)

新涼や湖の砂吐く蜆貝

露けしや二人ときどきものを言ひ

遥かなる母郷の方やいなびかり

冷麦を食べて独りに甘んじて

露けしや時計の刻む音に醒めて(音=ね)

冷やかや眼鏡の似合ふ女医にして

おもひでの一つ二つや秋蛍

冷酒に現し身あつくなり始む

微睡となりてしまひし端居かな(微睡=まどろみ)

猫の屍の眼を見ひらける夏野かな

大夏野行方不明もよろしかろ

花野発うつし世行のバス待ちぬ

露けしや掌に三粒の腹薬

キムチラーメンふうふう食ひて夏惜む

長考に沈む扇を置きにけり

とこしへに寒蝉よりも遠きひと

水抜きしプールの底のちちろかな

自動販売機の声して無月かな

夏痩せてゐて一行詩生まれけり

鳩吹いていよゝ鞍馬の九十九折

竹伐つて裏参道といふがあり

秋声を聴くべく玻璃戸磨きけり

夜食とる一人に離れ一人かな

どんよりと処暑の風鈴謳はざる

秋暑の街喪服のひととすれちがふ

街灯の一つわななき秋めきぬ

食へばまた母おもほゆる南瓜かな

無為にしていよいよ曲る糸瓜かな

太白ゆ零れて鳴ける草ひばり

さびさびと青まさる空きりぎりす

きりぎりす独りに慣れてしまひしよ

叩かねば亡きに等しく鉦叩

鉦叩闇ふかぶかとこの世なる

赤蜻蛉他国なれども懐かしく

蜻蛉のみるみる殖ゆる高気圧

蜻蛉のげに騒がしき大和かな

とんぼうにとんぼうとまる日和かな

鈴虫や川といふ字に寝落ちたる

鈴虫の美鈴のうちに寝落ちけり

鈴虫の鈴のうちなる眠りかな

虫の夜の独りごちたる影法師

新涼のおはやうといふ一語かな

新涼の砂踏みて砂鳴かしけり

あす死ぬる蜉蝣飛ぶや夕山河

うつ伏せに寝てゐるをんな夏の月

星屑の無限をかゝぐ虫の闇

階かゝる虫の闇より琴座へと(階=きだ)

こほろぎや白く輝く夜の雨

各駅に停まるちちろに停まるかな


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