7月

遠きもの皆七月の日に耀れり

蟹紅し哀しきまでに水透きて

茹で過ぎて黒ずむ卵夏あらし

夏旺んなり蟻喰は蟻を喰ひ

雲水と乗り合はせけり半夏雨

篁に比丘尼と出逢ふ青水無月(篁=たかむら、竹林)

水無月の下京に鱧食うべけり

いづくへも出でざる日頃竹落葉

茂り中胎内仏ををろがみぬ

ひとりゐの男の部屋の水中花

蛍狩遠街の灯もうつくしき(遠街=おんがい)

夜空より祇園囃子のしだれけり

遠花火言ひさしのまま年経たり

キリストを地べたに置きて夜店の灯

夜店あかし鼈甲色は飴の色(鼈甲=べっこう)

いうれいに訊ねてみたる落し物(いうれい=幽霊)

京に骨埋むる気なり鱧料理

喪の酒に酔ふ鰻屋の二階かな

空蝉の眼をして昼酒に酔へり

空蝉や仮寝の夢に黄泉の景

梅雨空のやさしさけふも熟睡して(熟睡=うまい)

斑猫にしたがひ帰り来ぬ一人

蝿見事打ちて大御歳九十(大御歳=おほんとし)

蝿打ちてなほ存ふるおぢいさま

人生のきれいな一と日鮎喰みて

片蔭や美貌の猫に鳴かれたる

蜥蜴走りきれいな雨に濡るゝ垣

しましまのきらきらなりし蜥蜴かな

光悦の工みの里の瑠璃蜥蜴(工み=たくみ)

うなぎ屋に酔ひて生臭坊主かな

浮輪して太平洋のすみつこで

帰り来る祇園囃子の残響と

避暑の宿ピンポンばかりしてゐたる

エマヌエル夫人に逢ひぬ避暑ホテル

箱庭の人漂泊の風情なり

事もなく箱庭の日も暮れにけり

曝書して昭和時代を旅してをり

腕時計はづして過す籐寝椅子

嬉しくてうれしくて夏蝶になり

ひもすがら鯰を釣つてゐる和尚

目瞑ればおもかげとなるアマリリス

つつがなく水虫ぐすり塗つてをり

歳月やわが水虫の昭和より

まなうらに尚しだれけり遠花火

鮑噛み独酌にして淋しからず

夏の蝶赤信号を渡りゆく

なめくぢの澪の如きが月の縁(澪=みお)

螺子捲きて明日をつくる時計かな

羽蟻翔つ生くるためはた死ぬるため

空蝉を脱げば短きいのちなる

サルビアや嘘の如くに爆心地

非業の死へ天竺牡丹供へける

花芥子の盛りなりけり飢餓の国

死の数に如かず万の百合捧げても

兜虫父のなき子に愛されて

兜虫死す壮年の死の如く

夏の風邪大き烏と目が合ひぬ

考への空白海月浮いてをり

海月沈むいささかの意志ありぬべし

魅入られて滝壺の魔をまた覗く

死蝉を落としては天晴れ極む

蝉しぐれ只中にして踏み迷ふ

逆光の原爆ドーム蝉しぐれ

超新星爆発の夜の蝉のこゑ

蝉鳴いて尚暮れ泥む電波塔

瞑想の底ひに消ゆる蝉しぐれ

母が逝き父が逝き紙魚光るなり

止まり木に孤独を好む冷酒かな

夢の中根の国に水打つてゐし

水打つてむらさきに昏る京の隅

梅漬けて母おもほゆる一と日かな

籠枕日記にしるすこともなし

雨降れば雨を愉しむ籠枕

一病を孕む身にして游ぐなり

空真青にて背泳の孤独なる

洛中に一枚の畑夏大根

下京の御屋敷に棲む蚊喰鳥

鯖鮨の京に七口ありにけり

幾何学を蜘蛛に教へてもらひけり

蝮酒もつとも暗き処にしまふ(処=と)

蜻蛉生れ密やかに吾れひとと逢ふ

はんざきになりて浮世を侮らん(はんざき=山椒魚)

大蛸の足百グラム買うて足る

蛸の足ばらばらにして尚刻む

佳き日なり錦市場に鱧買うて

お囃子に開けおく障子鱧料理

たまさかや四条に出でゝ鱧食ふも

ががんぼのまだ出て行かぬ破れ障子

太る猫太る蚤ゐる平成か

火蛾白き午前零時の一人かな

常の景つねなる刻の端居かな

ことのほか鰻をこのむ寡婦にして

墓のまへ日傘たゝめばうら若し

夕景のいつしか夜景冷し酒

夏帽子外房線に忘れ来し

風鈴や筆と硯と佳き墨と

扇子閉づると長考に沈みゆく

病葉や白一色のニュータウン

簾しておもかげの母座りゐる

遺りたるものにわたしと扇風機

火星にも水ありしとぞ長端居

雷のあと首を廻せば骨鳴りぬ

七月の触れて寂しきあばら骨

日盛りの即席カレー食ふひとり

水打つて憂世を少し宥めける

蝸牛が聴き澄ましゐる独り言

炎天下よれよれの風よぎりける

炎帝の死角へ出づる非常口

地球儀に埃のたまる暑さかな

片蔭道美貌の猫の通りけり

総身のねぢれねぢれて熱帯夜

訣れてもなほ香水の香の記憶

真紅なる火酒をもて暑気払ひとす

文しるす風鈴の音となりにけり

曝書して吾が知らざりし父に遇ふ

白日傘シルクロードに忘れあり

大阪に遊びに来たるアロハかな

やまとんちゆと呼ばれてゐたり夏の海

夏海にまんまと浮いて鉄の舶

骨の如き白き朽木や土用浪

網戸より恙もなけれ夕餉の香

人体は所詮みづもの炎天下

雪渓の滅び待ちゐる姿とも

大雪渓をとこら歩々に汚しける

昼花火暇もてあます顔上げて

無為にして彼方かなたの昼花火

おもかげは横顔ばかり海夕焼

汗噴くやすつぽんの血も肉も喰み

これがまあ京の暑さや阿国像

白地図にいつも涼しき風の音

手花火を手向としたり猫の墓

神のまへ汗のししむら畏まる(ししむら=肉叢・肉体)

ミイラ仏に恥かしき汗見られけり

冷房に美食の猫と籠りゐる

石蹴つて帰省の径となりにけり

ぶらぶらと昭和をおもふ素足かな

夏果の飽くまで夜景見てゐたる

貝殻と綺麗な石の夏の果

日盛りの無聊の暗き畳かな

三伏の掌に三粒の正露丸

三伏の箸の先なる箸休め

冷房に熱き茶啜るほどの幸

夏果の三々五々の家路かな

日輪の裏手に消ぬる黒揚羽

団欒ありき扇風機の風頒かち

鍵善に葛切り食うべ佳き日なり(京都祇園、鍵善良房)

母在らば葛切り食うぶころなりし

一滴に夕立はじまる本能寺

延々としてきのふなり熱帯夜

水鉄砲手にもう子供にはなれず

亡き人のビデオに笑まふ帰省かな

なにもかも写真と化して夏終る

少年の号泣をもて夏終る

けふのこと半分忘じ夜の秋

炎昼を葉書ひとひら迷ひ来る

炎帝の死角の闇へ投函す


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