6月

鏡よりなかなか出でぬ更衣

骨相といふ顔のあり昼寝人

しほさゐと耳殻と遊ぶ昼寝かな

空白を埋むる術なし昼寝覚

身のうちを透るしほさゐ昼寝覚

懐郷の如く箱庭見てゐたる

若葉冷さすりて傷のなつかしく

死にさうな金魚をひとつ掬ひけり

砂時計一分間のすゞしさよ

たれもゐずたれもとほらず誘蛾燈

西日さす獄にあらねど小さき窓

西日中造花もつとも華やげる

再た水を打つ遠来の客待ちて

大夕焼一握の飯炊き上る

ゆふやけこやけ一人の飯はすぐ炊けて

焼酎や眼に真黒な日本海

漁火を数へてさびし冷し酒

星涼し水晶の出る山の上に

白蝶の未だ眠らぬ夜涼かな

場末とはこの釣堀のにほひなる

裏通りなりラーメン屋と釣堀と

片蔭や町家の奥の嫗の眼(嫗=おうな、老女のこと)

燃え足らぬ夕空梅雨の兆しかな

S女史の五月雨髪の機嫌かな

ハチ公はつひに忠犬梅雨滂沱

蜜豆を食べつつ別れ云へるひと

水更へて金魚に鳴らすモーツァルト

青蔦や未だ家人の顔知らず

空梅雨か知らん隕石落ちてくる

キューピーが万歳をして出水川

巓は雲に突つ込みお花畑(巓・いただき)

爆心や裸の夏の月が出る

空に富士顕たせて卯波皐波かな

青鹿毛の臀光り切る大夏野

まなかひに男嶽昏れゆく冷酒かな

山彦をまれびととして冷し酒(まれびと=賓客)

滝音や身は管のごと貫かれ

滝音にしとゞ濡れゐる身ぬちかな

滝音の中うつし身を忘じけり

滝の音滝へかへして世に還る

恍惚と瀑に近づく蝶を見し

父遠く母なほとほく青葉木菟

蝸虫や怯えてちゞむ感受性(蝸虫=ででむし)

蝸虫の如く閉ざして家にをる

蝸虫の後ろ姿を見つつ病めり

遅々として蝸虫の意志固きこと

御陵の前にて消ゆる道をしへ

少年の音読ながきみどりの夜

サングラス掛けても泪光りをり

漢らの言葉乏しき麦酒かな

太陽を一個残してラムネ干す

亡父が云うてゐし父の日などいらん

夏座敷これこれ足を拭きなさい

夏座敷卓一脚と筆硯と

剥製の鷹翔つかたち夏邸(なつやしき)

甲冑があるじの如く夏邸

大いなる水槽に鰐夏館

喪の家の更に明うす夏灯かな

その中に胡蝶も遊ぶ夏灯かな

土曜日のしづけき朝の入梅かな

膝に寝て猫の重たき入梅かな

しがらみやもんどり打てる男梅雨

五月闇標本室の蝶にほふ

ある夢に蝶探しをり梅雨深し

鞍馬山五月の闇をくはへける

貴船川しるく奔りて五月闇

五月闇他人の空似かも知れず

鑑真像梅雨闇を聴きおはします

麦秋や寺山修司ポケットに

蛍火やもの言はずともよき二人

ほうたるのほうたるになるゆふべかな

ひらかなはちからをぬきてほたるかな

蝦蟇出でて動かず弁慶をおもふ(蝦蟇=がま)

大夕立池に逃げ込む亀迅し

保育器に数多のいのち夕立過ぐ

ヨット傾ぎ半分没したる夕日

ゆびさきに覚えなき傷虹懸る

滴るやいのち生まれし日の如く

読みさしの自殺のすすめ明易し

逆立ちの子が空梅雨を歩きをり

黴臭きもろもろ高く売れにけり

この星に緑蔭のあり憩ふべし

水音の方へ歩むや大緑蔭

鮎食うぶきれいな雨の降る里に

生返事して向きかへぬ端居かな

一匹の蚊を退治して寝落ちける

疎ましきかな蚊のこゑとわが執心

地球儀の北極圏に蝿執す

羽蟻飛び自問自答の夜が更くる

あぢさゐや目元さやけくすれ違ふ

あぢさゐや早くもめぐる七七日

七曜の早くもめぐる四葩かな(四葩=よひら)

馬蹄音ゆるく確かに夏木立

水筒の水の重たさ大青嶺

雪渓に火玉の如き落暉見し

病葉は樹の吐息とも涙とも

病葉や還暦と云ふ無宿者

病葉の屈みて己れ抱くかたち(屈む=くぐむ)

空蝉のふと天水を零しける

裸子の眼に取り巻かれ異国なる

あばら骨摩りて五十なる裸

沖縄忌けさの卵に黄身二つ

アイスティー口つけぬまま別れたる

爆心やアイスキャンデー舐ぶりつつ

爆心やのぼる構への蝉の殻

父の日や父とほくなるとほくなる

父の日や厳父遙けくなるばかり

百足殺し夢で仇をとられける

寝ころんで病葉になる男かな

ビール酌む三十六峰夜も碧く

絶つべくして思ひの深む冷酒かな

吾が酌みてちちははの世の梅酒かな

同じ径同じやんまと擦れ違ふ

鬼やんまの後ろ姿に憧るる

あこがれのたとへば甲斐の鬼やんま

蛇きつと出る俄かに草翳る

蛇這ひて毫も汚れぬ身をもてり

まなうらに生きてをるなり殺めし蛇

村雨に濡れて楽しき祭かな

事もなくけふも昏れけり蟻地獄

葉桜のしだれの下に憩ひけり

蝿とんでゐて人間のゐるしるし

つれづれなるままに蝿を追うてをり

昼寝してかの世見て来し真顔なる

鎮魂に汗激しくて音もなし

死を待てるもののしづけさ日の盛り

斜に構へしままの心や西日中

端居して心に鳥を追ひつづく

黒々と大寺濡れて夏の雨

夕立晴鴨の川音いま高く

碧揚羽追ふ子を隔て光悦垣

大揚羽颪に向かふ身が軋る

夏蝶の翅たけだけし大屋根へ

夜の蟻心残りが一つある

鬼やんま双手ひろげて向ひたる

来し方の栞となりし大紫

何者より山悉る山蟻の歩み

百万の火蛾舞ふおほき虚かな

真闇より無数なる火蛾還り来る

鬱々と茂るあたりが法学部

二の腕のバラの刺青大西日

壁虎出で小暗き月を負ひにける(壁虎・やもり)

揺り椅子に碧眼のひと星涼し

老人に童んべのかほ緑さす

化野や仏に寄れば蚊の鳴ける

蚊のこゑか無縁仏より聞こえしは

若葉風少年暗き詩を好む

平等に切らねばならぬメロンかな

月若く山百合の香をまとひけり

白百合の純潔ながく噤みけり

白百合の傍で遙けきこと思ふ

線路沿ひ昼顔咲きて町貧し

ボートより揺れてゐるなり胸の裡

ピンぼけの夢ピンぼけの昼寝覚

香水の空瓶パリを捨てられず

香水や鏡を出でて去りしひと

ががんぼがいとほしくなり四畳半

まくなぎが行手を阻む追手門

しづごころ草蜉蝣を舞ふがまま

孑孑やじわじわと星壊れゆく(孑孑・ぼうふらの漢字表記は広辞苑に従った)

わけ入つて蚋に喰はるゝ山頭火(蚋・ぶよ、ぶと)

目蔭して仰ぐたれかれ楠若葉(目蔭・まかげ、手を額にかざすこと)

はぐれたる一人はいづく木下闇

万緑の中へ密かに泣きにゆく

蜩のこゑのみ透きて杉襖

刃の如く日射すを見たり茂り中


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