5月

蛙聴く刻あり幸せかも知れず

野遊びのたびに大人になる子供

昃れば魔の棲む如く春の水(昃る=ひかげる)

春尽くや反故を握れば骨の音

春草や吾にもありし多感の日

しばらくは泣かせておきぬ春の芝

春夕焼羊をのせて貨車よぎる

藤房のひねもす揺るゝ無聊かな

藤垂れて手持無沙汰でありにけり

所在なき両眼(まなこ)に藤の白さかな

夏近しハヤシライスを所望して

猫も託ち顔にて八十八夜寒

やましろは朧の溜る国と思(も)ふ

京洛は朧のたまる器なり

春風か音痴の君のハミングか

春空やあき缶のごと口開けて

蛇穴を出でて欠伸を噛み殺す

春星に触れたき高々指であり

渋滞の只中憲法記念の日

黄金週間砂鉄のごとく吸ひ寄せられ

家ぢゅうの窓開け五月五日なり

空よりも大路まぶしき五月来ぬ

裸婦像の微熱を冷ます余花の雨

トンネルを抜け酸素濃き夏に入る

全身を鏡に映し夏に入る

父の忌の近づく初夏の川迅し

サングラスはづせし落差見てしまふ

サングラス掛けたる暗き自由かな

サングラス掛けて名前を無くしけり

門灯やきのふのけふの守宮ゐて

牛蛙穴開きしごと雨が降る

夕河鹿聴く全身をしづかにし

なにもかも捨てて山椒魚になり

風鈴や三千世界のとある軒

父の死も母の死も知る釣忍

籐椅子の凹みも父母の形見なる

叩けばうごく亡き父の扇風機

簾越し幽けく生きていらつしやる

日傘さして行く修羅場を見ずに行く

金髪をシーツに拾ふ白夜かな

過去向いて坐ることなり夕端居

風鈴の音のかはらざる七七日(なななのか=四十九日)

足の裏死ぬまで白く明易き

昧爽と書きて言霊涼しけれ

ビル並みて川に映れる朝涼し

山涼し琵琶湖は琵琶のかたちして

父に遺書なし空音のごとく遠郭公(空音=そらね)

夏草に潜む戦争も戦争ごつこも

絶滅以後絵本に潜む狼よ(狼は冬の季語)

焼酎を吹きて清めし遠き疵

兄弟の真昼の決斗水鉄砲

夏蝶の自由国境検問所

夏蝶の自由なにものにも触れず

海月ゆけど竜宮に入口なし

入口も出口もなくて水中花

脱線も転覆もせず大みみず

ごきぶりのその光沢を憎むなり

百足死し遅れて百の足が死す

木の根道蟻は躓くこともなく

蟻の列わが退屈を過りける

蜉蝣の余命など思ひ無聊なる

鳴くしかなく夜店のひよこ鳴いてをり

走馬灯縁にまはりて誰もゐず

蚊遣火や静かに過ぎてゆきしもの

羽衣を纏へるさまに女滝かな

衣更へて夕青空となりにけり

打水や一見の客入れぬ見世(一見=いちげん)

涼しさや小さき橋にも名のありて

夕涼の橋より橋を眺めけり

女とゐて何事もなし短夜

人生も残り半分蚊遣香

潮騒に耳馴れてくる夕端居

万緑や早くも飯が炊き上る

騒がしき道となりたる若葉かな

青葉騒自由といふは怖ろしき(青葉騒=あおばさい、青騒とも云う)

過労死を運んで行きぬ働き蟻

夜の蟻をつまみて夜へ帰しけり

香水の香に倦み彼女にも倦みぬ

蝸牛もはろけき旅の途中なる

紙魚光る亡き父の書に永らへて

繁栄や猫には猫の蚤がゐて

蛍火のきのふは五つけふ二つ

恙なき如し金魚に餌をやりて

はらわたにしまひたる鮎なほ香る

ていねいに鮎の軽さを食うべけり

熱帯魚かなたに夜の海うねる

光芒の中に飼はれて天使魚

風薫るリボンてふてふ結びにて

一病を得てより知りぬ薫る風

薫風や野仏と思惟おなじうす

半眼の猫に卯の花腐しかな

しのび逢ふに似て卯の花腐しかな

夜の蟻と思案を分ちゐたりけり

冷奴尻の下ゆく貴船川

モーツァルトがお好みらしき金魚かな

キネマより出でたる巷薄暑光

サーファーの窓際占むるグリルかな

夏月やふわりと豆腐沈みたる

片蔭や綺麗な魚(いお)を売りに来る

知らぬ間に百草生ひて聖五月

金星とも火星とも思ふ端居かな

街中にかもめが飛んで来て薄暑

白服のそろそろ着られない白さ

Tシャツや英語いつぱい書いてある

鮓屋より酢のにほひして通り雨

虹の下ビルを壊してをりにけり

大往生したる愛猫花は葉に

兜虫死んで少年期が終る

玉虫や亡き母のもの減るばかり

日もすがら椿事を待てる網戸かな

メロンくるむ古新聞のテロの記事

箱庭の太公望になりたき日

銀閣に銀箔あらず落し文

夏の川名前をかへて太くなり

たかゞごきぶりとの戦が始まりぬ

海月になる選択もあつたかも知れぬ

尺取の引き返さずに落ちにけり

蛇の衣後生大事に老婆かな

ジョン万次郎になりたき飛魚かな(飛魚、ここでは「とびお」と読む)

白靴を履くと決つて俄か雨

密談の如くかたまる夏炉かな

サハリンに話の及ぶ夏炉かな

ラバウルの話してゐるバナナかな

雲海や音なき音の轟々と

背泳ぎに恐ろしきまで深き空

ダービーの後むつつりと縄のれん

目鼻なきマネキン人形夏帽子

サングラス町の裏側見て歩く

サングラス掛けて人の眼ばかり視る

鴨川をどりへ帯のやうなる路地とほる

青時雨去来の墓にわが髪に

草の香や驟雨のごとく逝きし人

自動ドアつぎつぎ開きて花氷

象の耳パタパタ夏が来てをりぬ

蛇苺だしぬけに径暗くなり

長きゆゑ蛇の轢かれてをりにけり

蟻んこの急ぎに急ぐ一大事

水のなきプールに立てり無力なり

草笛や瑞々しきは母のくに

緑さす一汁一菜にて足らふ

渦潮や道行きに似る二人なる

大股に行かん麦秋果てぞなき

麦秋の咽喉につかへる茹卵

下闇より内緒々々と子が二人

ひとり秘むるカナリアの墓木下闇

蛍火の水のにほひを放ちけり

蛍火の消えて胸の火消え残る

ほうたるの飛び火や瞼つむりても

目を瞑るごとくに消えて死蛍

毛虫焼き終へ大盛の飯喰ふも

朝焼の褪せて勤めの貌ばかり

夕焼を見とゞく歩み出すために

群れてゐて皆孤独なり夕焼雲

金魚死すいつも原因不明にて

長考の石と化したる夏座敷

一雨の予感に揺るゝ夏のれん

夜の蟻にあみだくじ又あみだくじ

更衣かなたに鳥の滑空す

衣更へて宵の止まり木白ワイン

箱に入れ包装をして子亀売る

人の世に常なる斜陽天草干す

打ち水や通りに匂ふ東山

没つ日へ大きく傾ぐヨットかな

海神の城を探してくらげかな(海神=わたつみ)

夜の蟻を這はせて未だ白紙なる

合歓咲いてあつといふ間や七回忌

碁に負けて振舞はれける冷し酒

灯ともし頃や見覚えの守宮ゐて

黒蜥蜴日に耀り月に濡れゐたる

記憶より細し母郷の夏の川

学校に来ぬ子草笛上手なり

雲海のうへ人間をわんさと積み

夏鶯空耳かとも欹てて

未亡人心耳涼しく老いたまふ(心耳=しんに)

曇りがち雨がち井守浮みをり

蝙蝠や七堂伽藍真暗がり

風青し杜の都のスタジアム


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