4月

空白に春の時計の鳴つてをり

米櫃に米を充たせど春空虚

猫の墓に砂一握を足せり春

春風や財布忘れて出で来たる

風光る撃たれさうなる鳥舞ひて

毀れたる木馬もまはる日永かな

永き日の四条を西へ西へ帰る

少年の勲章なりぬ春の泥

風光るトライアングル鳴らしては

旧かなの名札つるして苗木売

朧夜や障子窓より高瀬川

春禽を聴く永眠の貌となり

蛇出でてやさしき婆の死を知りぬ

ビオトープ東京達磨蛙鳴く

実朝の海さして飛花かぎりなし

てふてふよ黄泉より還りくるひとよ

まつすぐに翔びて撃たるゝ雉(きぎす)かな

少年の頬も老けゆく春の虹

いささかの花を散らせし青春か

書きさしのまゝの便りや鳥雲に

陽炎や道はむかしに繋がりて

花人の日照雨(そばえ)の中をたゆたへる

囀るやヨハネ・パウロ二世の天

見てをれば皆ゑまふ貌春の雲

蝶双つみちゆきに似て水の上

糸やなぎ赤き鼻緒のおこぼ鳴り(おこぼ=ぽっくり)

枝垂桜だらりの帯の揺れて過ぐ

花疲れ眼鏡汚して帰り来ぬ

花衣じやんけんをしていとけなく

いとはんと呼ばれてをりぬ花衣

一片の花を栞りて遺品の書

夜桜や滾りきつたる湯の静寂

はたと死の見ゆることあり花の中

ひとり来て今年も恃む山桜

眩暈とも万朶の花の揺らぎとも

山寺の手水にうつる花月夜

ひとつぶの雫の中の花月夜

花人の無数の翳の中に亡母

哄ひたくなつて椿の落ちにけり

朧なる身に九穴のありにけり

遺りたる碗でのむ茶や花の雨

石仏の頬の深手や桜冷

頭痛薬効かで桜のあをざむる

花の下酒分け合ひて他人なる

花の下ゑまひて病かくしけり

しあはせを頒けて桜が散つてゐる

いつかまた出逢へさうなる桜かな

星仰ぎ不意に淋しき花莚

出でざればあつけらかんと花の昼

花溢る一期一会の盞に

鳥ぐもり無聊なること罪に似て

見つからぬ写真一枚鳥雲に

ビル街に蝶舞ふ捜し物をして

出でし蛇ヨハネ・パウロの死を知らず

春風が先づ読んでゐる新刊書

春光や我楽多市の人だかり

春日に向き後ろめたさなくもなし

春陰や空(から)の木馬の浮き沈み

大朝寝気づくと亀になつてゐる

春月やきのふのけふを酔うて候

酔眼に桃の咲(わら)ひてをりにけり

花筏母追ふごとく父逝きし

花筏ゆくいづれ皆ゆくところ

陽炎や線路音のみ尾のごとく

土手青む保護観察の少年に

田園に死すべし麦が青すぎる

永遠に笑ふいそぎんちやくは飢ゑながら

釣られけり針魚は月を滴らし

花しぐれ去りゆく背中もう追はず

酒断たむ懸崖に立つ夕桜

雲母波またきらら波桜貝

花冷の抱けば嫌がる去勢猫

猫の子が地球儀廻すこと覚え

競漕や五月蝿いほどの風立ちて

燕来や表札いまも故人の名

白魚の黒き眼と合ふをどり喰ひ

白魚の死にて真白くなるあはれ

うらうらと茶碗は買はで茶碗坂

遅き日や猿見てゐる人を見て(猿=ましら)

春の夜の止り木にゐるハムレット

たゆたふや朧の底に坐しゐつつ

さらばふや花より帰り来る鬼

瞬かぬ落花の中の鬼の面

塵の身を桜吹雪に濡らしけり

啄木忌拾へば石の熱かりし(石川啄木忌=4月13日)

花の下よごれたる歯を羞ぢたまへ

花の下魚は常に真顔なる

くすくすと笑ひだしたる春の闇

空白や鏡のうつす春の昼

春愁の午前零時の灯が一つ

春愁の三面の貌どれも我か

朧夜に坐し海草のごと静か

ちちははのふつと来てゐる朧かな

春塵の遺影よいま拭きますから

かげろふや駅ごとに人消えてゆく

青踏みて防空壕の闇覗く

花吹雪昭和を想ひ出してをり

たれかれの残り時間や花吹雪

三十六峰しめし合せて笑ひけり

抽斗の奥に昭和や春蚊現(あ)る

釘抜きに抗ふ釘も昭和かな

いまに死ぬ人も春の蚊を払ふ

地球儀を廻し過ぎたる桜東風

みなかみに呼ぶ声のして小鮎かな

爛春の酒を断つべき病かな

知らぬ間に人と生れて春愁

捨て錨微動だにせぬ暮春かな

霾天や邂逅のなき都会ゆく

どこからも侵せぬ麦の青さかな

蜂の屍を抓みて捨つる大河かな

春泥に殉死してをる軍手かな

初蝶や読みさしの書を伏せ置きて

てふてふの轍にあそぶ母郷かな

恙なく蝶渡り切る赤信号

父の忌の近づく空の番蝶

蝶逃げて吾が抓みたる虚空かな

化野に胡蝶の空のありにけり(化野=あだしの)

いつ見ても睡りゐる猫恋をはる

警官に仔猫のゆくへ尋ねたる

虻怒る怒りたいのはわたしだが

雲つかむやうな話や蝿生る

桃青の贋の短冊春の蝿

過去帳のうしろより出て初蚊なり

一心に狂気の蜂が巣を作る

高きより遠き見て春惜しみけり

春の波まんまと毬をさらひけり

三人に三様の夢春の海

逃水や追はねば逃げぬものを追ふ

輪転機はたと停まりぬ蝶の昼

蝶翔ちててふてふとなる日向かな

春装のひと鏡より出でゆきぬ

花種をミッキーマウスより貰ふ

春眠のところどころに鳥のこゑ

春眠の遠浅の海どこまでも

春愁の分だけ深く椅子凹む

春愁を脱ぎよそゆきに着替ふべし

春愁の色紙をまた鶴にする

久闊を叙する桜となりにけり

ふと睡し御室桜に屈みゐて

花疲れ人疲れとも云ふべけれ

春塵を払ふことなし仁王さま

根元より御室桜の盛りかな

面映き再会なりし遅桜

火の山に火のなきけふや鳥雲に

春の蚊やなに訊かれても生返事

なにもかも未定風船放ちけり

ふらここに腰掛け一生見えてをり

躁のこゑ鬱のこゑあり蛙にも

蝌蚪の手がさつそく雲を掻き分くる

石投げて暮春の河となりにけり

不帰のひと見え隠れせる落花かな

春落葉行つたきりなる人ばかり

行く春の背中ばかりが目につきぬ

下京や茶漬に香る花菜漬

水温み水の匂ひの生まれたり

青踏むやごくごく水を飲むために

風船とヘリコプターと群集と

花冷や鉛筆の芯折れやすく

春休み風の名前を蒐めをり

プラネタリウム出て春泥を帰る

真剣に働き蜂を殺しけり

五右衛門の山門にあり春惜しみ

裏日本忘るな蛍烏賊光る

桜の夜冥王星も潤みゐむ

うらうらとたまさかに出て献血す

ふらここと小便小僧元気よし

高瀬川おぼろを流しゐたりけり

死者送る生者の一人春の汗

花曇祇園甲部にたづねびと

花しぐれ三百の椅子たゝましむ

悪人になれば消ぬるか春愁

悪人の裸にも臍ありにけり

朧夜の一つ灯れる非常口

密かなる逢瀬の後の春の風邪

遅き日を使ひ切つたるサッカー部

春暑し少年草のにほひして

汝がための百の約束春の星

いろいろの捨仔猫見し植物園

夏近し白を足すべき洛中図

くるぶしより懈くなりたる日の永さ

言霊と海峡渡る桜かな

桜見る皆よそゆきの貌をして

耕人の背な恍惚と見てゐたる

ひきしほの端踏んで春惜しみけり

踏青の同じところで躓きぬ

遅き日を白紙のやうに余したる

苗札やこのへたな字は亡母のもの

花種蒔きとはに人生半ばかな

サングラス犬屋の犬に吼えらるる

いつも蚊の鳴く盲点といふがあり

初蝶の視界ひろげて失せにけり

てふてふに隙を見せて坐つてゐる

てふてふや線路の脇の献花台

てふてふやぼんやりとある事故現場

陽炎の中ゆきゆきて脱線せず


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