3月

縁とは絆とは鳥雲に入る

未来まだ陽にくるまれて蕗の薹

初音せりうつらうつらとしてをれば

月影に雛(ひひな)の面輪面輪かな

ふと怖し雛のほそ眼瞬かず

春愁の大の字になる畳かな

しやぼん玉消えし彼方や飢餓の国

梅が香の一本の路たどりけり

八ツ橋を焼いてゐる香や春しぐれ

夜の雨に沈丁の香も濡れてをり

二匹残し一匹拾ふ仔猫かな

ゆきずりの人とうちとけ木の芽路

物芽吹き噂話のきりもなし

草色の春の服より頭痛薬

毎年よ春たけなはの偏頭痛

ナルといふ愛猫の墓草若し

恋猫の命懸けなり羨(とも)しかり

梅が香にみくじ大凶結はひける

春しぐれ眼鏡濡らして去りゆきし

春筍(しゅんじゅん)の無傷の脛を掘りあてぬ

まつさきに手が出て蝌蚪の長子なり

春の闇奥の方へと誘はれぬ

寂しさは置いてきぼりに青踏みぬ

春の蚊や葬送を待つ静かさに

蜥蜴出て見渡すかぎり無縁仏

鐘撞けば鐘朧なり恢復期

花種を蒔きこれからも一人かな

春草や愛猫の墓石ひとつ

光風やあるだけの窓開け放ち

一切をこの春風に托すべし

木石も匂ひ立つかな春満月

をりからの三味の音漏るゝ春燈

手持ち無沙汰春の愁ひに変じたる

占ひにひらくてのひら星朧

昼蛙職退きてより耳につき

恋の猫ねこなで声を忘れをり

玻璃戸より恋猫を見て去勢猫

蝌蚪いまだ蝌蚪より知らず蝌蚪の国

忽ちに目高集まり忽ち失せ

揺り椅子に春愁をまた揺らしゐる

卒爾ながら職退き申す春疾風

唇に諳んずる詩や鳥雲に

哭く哄ふ睦む諍ふ霾天よ

うららかな午後訃は常に卒然と

あなたにも佇む人や春の水

頬杖や異国をおもふ春の海

春昼の満腹にして空虚なる

なにほどのことぞ人生春疾風

さよならが口に閊(つか)へて春二番

髪切りて冬にとゞめを刺すべかり

淡雪にいよゝ賑はふ二年坂

囀りにまじる大樹の独り言

捨仔猫囲みて誰も拾はざる

女身より衣のすべり落つ春の闇

春の夜の殺し文句といふがあり

唇はキスするかたちチューリップ

耕人の一途愚かで美しく

春昼の出払つてゐる我家かな

大吟醸賀茂鶴と決む春の宵

目瞑ればこの世に我と百千鳥

蒼茫と亜細亜大陸鳥雲に

うららかに迷ふこし餡つぶし餡

おたまじやくし童んべの眸のまたゝかず

しばたゝく眼に増ゆる灯や春霙

異教徒の墓地渺々と春疾風

古墳とも丘とも見えて風光る

墓石の相似て違ふ霜の果

投げ入れて水へ托せり落椿

風車街角ふつとシャネルの香

囀りや白杖径をたがへざる

雨戸繰り出合ひ頭の丁字の香

地虫出づ其処いら中に水の音

蟻出づや工夫の飯のてんこ盛

出でし蛇しばらく風を聴いてをり

京菓子の老舗に出逢ふ春袷

春虹の裾濡らしゐる荒磯波(ありそなみ)

春虹の根にともりたる岬の灯

ここはもう春定かなり鴨堤

われひとり守(も)る春昼のがらんどう

耕牛耕馬つぎの世も耕しゐむ

あり体に申せば死語よ春闘よ

裸木をくすぐつてゐる牡丹雪

頭(ず)も浸けて春愁の湯を溢れさす

京湯葉と書かれある灯や路地朧

春の夢縁うすきひと何故出づる

春睡をよぎりしMといふ女

春の夜の猫の願ひを聴いてやる

春しぐれ綺麗な嘘をつかれけり

朧夜や戯れに酒口うつし

酔ひ痴れてそろ淡雪を口で受け

春の虹消えて噂の残りけり

初恋のひとも五十路や濃山吹

居酒屋のなかなかに混み菜種梅雨

置酒となる遣らずの春の雨なりし

春愁の揺らぎ止まざるやじろべゑ

只管打坐その鼻先を柳絮とぶ(只管打坐=しかんたざ)

掛軸を驚かしたる春の風

春雷や喧嘩して猫うひうひし

街うらぶれて猫の恋さかんなり

いましがた鳥いま羊春の雲

春の雲馬は嘶くこと忘じ

死ぬ人に微笑を返す花の夜

一力に停まるハイヤー花の雨

初花や蛇口一滴一滴音

寝ねがての午前零時の初桜

花の昼ことりと貝が音立てぬ

桜の夜ゑまふ嫗の面恐ろし

花咲いて諸人の目見(まみ)うつくしき

まぼろしの白きうなじや花明り

夜桜や人と逢はねばどつと老い

ちらと笑む仮寝の貌や花の昼

花時の不意にさびしき畳かな

まなうらに枝垂れて花は眠らせぬ

白面にて酔眼なりし夜の桜(白面=しらふ)

ひそひそと始まつてゐる囀りよ

淋しき老樹囀りを抱擁す

濁りより出でて春鮒うつくしき

春鮒の姿をたゝく豪雨かな

鮎上りこのごろ薫る川風よ

若鮎を死なさぬやうに持ち帰る

暗室に籠る桜がよみがへる

つばくろの羽根みづみづし旧市街

つばくろや水うつくしき旧城市

揚雲雀一生(ひとよ)を寝ねて暮したし

雲雀啼く頭(つむり)の裡の一点に

飴一つふゝみて見やる鳥雲に

鳥雲によべの砂文字残りゐて

契りしこと一生に一度鳥雲に


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