1月

淑気満つ高層街衢無人にて

街筋にたれも出てゐぬ淑気かな

郵便夫ひとり勤しむ初景色

貘枕殺されさうになりて覚む

初夢のしきりになにか蹴りてゐし

初夢の逢ひたきひとは現れざりし

初夢の天にありしよ非常口

ちちははも既に遥けく寝正月

美しき昆虫図鑑冬籠り

寝積むや枕上なるウヰスキー

初鴉ひと声われを立たしむる

ひむがしへ目映く翔けて初鴉

アリバイのごと点しおく一寒灯

寒に入る骨身をふいに意識して

ねもごろに花器をしまひて寒に入る

満目の枯れの中なる恵方道

冷やかにゆび酷使してタイピスト

象撫でて魂やはらかに寒日和

寒鯉の貌を想ひて寝落ちける

寒く寒く亡父の骨相継ぎにける

悪食の系譜寒鴉と人間と

方言をかなしく奪ふしまきかな

凍星の気根ゆるびしものは隕つ

俗塵にまみれし眼鏡冬うらら

冬麗の電気をとほすプラスチック

鶴を見る姿勢正しく歩むため

炬燵にて脳の大部を使はざる

寝酒して寝付かぬ脳を如何せむ

おでん酒氏も素性も知らざれど

枯野越す日本海に石投ぐべく

美(は)しき火が燃ゆ雪国の胸底に

酢海鼠や法事の酒に酔うて候

外套の背やその人の一生見え

冬ごもる猫に美食を教へつつ

冬の雲しろしよ一人美食して

冬さうび剪るに英断要りにける

椿事待つこころや雪ちらちらちら

妥協せず寒の断崖見て帰る

越のひと京の底冷かこちける

一月の影もさやけく歩み出す

吊革にゆらりと日脚伸びゐたり

痛さうな蒼空がある氷かな

冬の浜どの貝殻も疵負ひて

容赦なく過ぎゆく刻と寒潮と

半熟の黄実うるはしき冬曙

百面相一面相となりて寒

寒の水のんで山河の眼に新た

寒水の燦と沁みゆく六腑かな

大寒の真顔泣き顔知らん顔

寒鯉とつひに視線の合はざりし

牡蠣喰ふや賀茂鶴といふ美酒酌むや

再会や大榾の火の赤々と

ロボットの犬撫でやれば冷たさよ

美しき白息吐きて病みたまふ

煮凝や癖になりたる独り言

わたくしを知り尽しゐる炬燵猫

冷やかに我を裏切る猫愛す

狂ひ咲く花の自由か不自由か

脳味噌に沁みわたりけり寒の水

日向ぼこ火の元不意に気になり出し

木片を咬ませてやりぬ狐罠

冬の水無のしづけさを怖れけり

毛皮着てすべての男侮蔑して

なにゆゑか黒セーターのひとが好き

同じ石二つとなくて安心す

寒星や匿名といふ目立ち方

花買へばしぐれて和泉式部町

霙るゝや灯りて暗き先斗町

亡き祖母の忘れてゆきし炬燵猫

飛ばざれば冬の蝿にも影法師

老人の溢るゝ日本冬の蝿

孤独死のほとりにとまる冬の蝿

冬がすみへ消(け)ぬるにも似ん安楽死

猫舌と云うて執する鮟鱇鍋

日向ぼこもの哀しさも身に溜まり

風邪ひいて洟すゝりゐて人並なり

ひとりキー打つ打たざれば霜のこゑ

後ずさりして凍滝を敬ひぬ

わが家族その無愛想な冬の猫

家内にもけものみちあり冬の猫

寒中やおのが尻尾と遊ぶ猫

炉を囲み十年経にける地震(ない)のこと

早梅やいつもちょき出す女の子

冬籠あくびちふもの伝染す

雑炊にあらずリゾットちうて食ぶ

着膨れて裸の耶蘇を拝(おろが)みて

瞑れば亡きひととなり鶴舞へり

赤電車冬オリオンを置き去りに

寒北斗掟の如く見て眠る

正月の密かに抜けし永久歯

寒水を掬(むす)ぶひと見し廃墟かな

残照の人の海へと溺れける

くつさめ谺して山河しづかなり

見足るまで見る一輪の寒紅梅

海鼠動きぬ進みしか退(しざ)りしか

梟が啼いてをるなり飯まだか

ふくろふや夜の帳(とばり)のゆらめける

やはらかな真闇を生みしふくろかな

ふくろふや家がみしりと鳴る時分

梟のゴロスケホッホッ闇を統ぶ

しあはせと云ふは退屈冬の猫

空想のひしめいてゐる冬籠

街騒(まちざい)に耳を貸しやる日向ぼこ

のめば忽とはらわた目覚む寒の水

福耳とふ嘘寒々と遺影笑む

亡き母の歔欷は空耳すきま風

腑に響(とよ)む海鳴り冬帝大いなり

冷やかに我を苛む鏡あり

大寒の白のきはみの死装束(しにでたち)

平和しか知らぬ我等や寒雀

大寒や裸電球一途なる

大寒のわたしの中の静電気

このくすり効いてをるのか深む冬

よく見れば雀美し冬日向

寒鴉じつと瀕死の鳩を視てをりぬ

冬凪いで漁夫の臨終知る海か

日脚伸ぶ猫のやんちゃもそろそろと

腰つよき讃岐うどんや春を待つ

風花は蒼海さして実朝忌

厳冬や標本室の千の蝶

厳冬の使はぬポケット数多あり

目貼して天然色の夢見たる

山眠り火酒を一口ふゝみける

さはつたら火傷しさうな氷柱かな

湯豆腐に只ならぬこと云ひだしぬ

聞き慣れて女(め)の子も怖ぢぬ猟銃音

オルゴール止まりし後の凍夜かな

避寒宿ピンポンばかりしてゐたる

雪仏ひそかに雪に埋もれけり

雪景色黒絵の具もて描きける

雪景色蜿蜒として唯ねむし

剥製の鷹翔つかたち冬座敷

とどのつまりは寒煙とおもふべし

春近し亡父の蔵書が黴臭し

春隣身ぬちを水のうごく音

猫追ひて駆けてゆく猫春隣

室の花三面鏡をひらきおく

淋しくて冬服がまた増えてゆく

叔母を訪ふ父の形見の冬着きて

寒泳の老いの抜き手ぞ美しき

寒夕焼見知らぬ犬がうろうろと

寒紅やおちょぼなれども上戸にて

寒紅にこころ許さず逢はれけり

冬の虹ひとのけはひに消えかゝる

冬苺こゑ美しく語らへる

片隅に蜂の屍日脚伸びてをり

寒施行京のあられを魑魅(すだま)にも

寒施行鞍馬の山の魑魅にも

雪やめば恋ひ死ぬらんか雪をんな

池の面の静止の雲や寒の内

寒鯉の寝言のやうな泡(あぶく)かな

掘削音あうらに響む寒ひでり

炬燵にも本にも倦みて雨もよひ

スパイスをたつぷり効かせ春待つも

窃かなる猫の外出も春隣

洛北や春未だしき水の色

厠窓より風花に見とれたる

さすらふや外套の影おのれ踏み

外套の大きを恃む流離かな

焚火のをとこ寡黙にてやさしかり

孤独の果て冬星となりおほせたる

冬霧に杉の香りや北山町(京都・中川北山町)

楽章と楽章の間(あい)咳満ち満つ

咳きながら威張つてをりぬがき大将

寒波急いよゝ竦(すく)まる小天地

小火(ぼや)なれど人々群れて児は泣きぬ

鯨見てからつと晴れし胸中よ

太虚へと鯨跳ねたり吹つ切れよ

鯨ああ尾鰭直立して消ゆる

寒鴉不良少年のごと群れて

吾輩は猫障子開けても閉めぬなり

毛糸玉猫のおもちやとなり果てぬ

春近し忙しさうな風見鶏

春近き証しわたしの偏頭痛

ちんどん屋にチラシ貰ひて春隣

日脚伸ぶ錆び放題のジャングルジム

吐息とも独り言とも冬の果

凍蝶のふと歩きてはまた凍つる

粘菌を視る虫眼鏡冬籠


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