12月

空箱の中に空箱十二月

捨て切れぬものばかりなり十二月

大丸に落として来しか片手袋

零からも引き算できて冬の虫

冬かもめロシアの舶が好きらしく

てつぺんに日向ぼこして猿の王

冬桜まんまと咲いてをりにけり

おもひでの中に必ず隙間風

夜に入りて裏手にまはる虎落笛

てふてふをしまひ忘れし冬日和

寒鴉群れ異常乾燥注意報

骨壷に収まるいのち枇杷の花

焼鳥や夜毎にあはす同じかほ

名まへ札首に掛けられ室の花

枯れきつてもう幽霊も出ぬ柳

裸木となりおほせたる月夜かな

婚を祝ぐ如く銀杏の落葉降る

婚へ葬へひたぶる紅葉散りにけり

月に出て越(こし)のうさぎは白兎

半眼に全て見てをり炬燵猫

鯨にも寂しき後ろ姿かな

止まり木に女将も酌みて年忘れ

忘年会脱け止まり木に一人かな

外套の葉巻の香こそ形見なれ

蜂の屍を見つめてゐたり日向ぼこ

冬月のあたゝかかりし逢瀬かな

夕しぐれ美(は)しと見やりし別れかな

出棺の列現し身の息白き

白息をかけて墓碑銘磨きけり

炎(ほ)の中に過去よみがへる大焚火

目を合すことも挨拶凍つる街

だんだんに真顔となりし寒さかな

屏風絵の虎永遠の虎視眈々

恙なく余白の多き日記果つ

影法師から歩き出すなり日つまる

冬の雲白き絶壁なせりけり

冬の日が墜ちゆく捨印の朱色

微笑みて枯木になつてゆく途中

単純に考へゐたり枯山河

太陽を一鳥よぎる枯野かな

死処として日向ゑらぶか冬蝿も

蕾もつ室の花購ふ見舞かな

病室の窓は開かず冬青空

点鬼簿に知らぬ名もあり冬の星

冬館一人を目守るデスマスク

亡父の時計動きつゞけて山眠る

我が相に亡父を見出す寒さかな

処女雪を踏みゆきにけり冥府まで

焜炉の炎(ほ)花びらのごと十二月

十二月八日未明の鵙高音

しぐるゝや眼科に暗き治療室

残さずに食ぶるが供養山鯨

考へは海鼠まで来てゆきどまる

海鼠噛む海鼠の前世おもひつつ

鮟鱇吊られまだ何か喰ひたさう

冬怒濤見つゞけて身にためてゐる

風邪の身に水色の空ひろごれる

冬空の真蒼なる日の一訃報

原稿紙まだ白きまま木の葉髪

白き毛布に屈葬のごと睡る

装丁に魅入られ日記買ひたるも

紫外線いや降りそゝぐ寒さかな

まなうらの母舞はしめて鶴とせむ

山眠る石となりゆく魚の骨

嵯峨野てふゆかしき里のしぐれ癖

霙るゝや古町片町廓町

霙るゝやむかし花街のこのあたり

室花の綺麗な嘘を聴きにけり

生涯の嘘つらぬきて冬の星

極月やかぶらを磨く京のひと

極月の川より海へ出づる魚

濡れながら炎ゆらめく時雨かな

中京にはたと意外の葱畑

贈られしセーターを着て五十なる

炬燵よりやをら出づるも為すことなし

返り咲く花の気持に思ひ病む

帰り花見つめてをれば呟ける

涸れ川や海へ出でたき捨人形

響き易き寒満月に口笛吹く

寒星のなべては銀を燻しけり

冬蟹を喰ふや真黒な日本海

蟹の朱を蔵してかくも暗き海

かそけくも確かな寝息冬の山

山眠る寝息の中に一村あり

大鈴を振りてをろがむ眠る山

おでん酒鬼も相好くづしけり

死亡欄読むひと時を夕しぐれ

いましがた昇天したりしぐれけり

現し世に浮橋のあり飛雪あり

姿身にはたと己れや年の暮

年暮るゝつむりの中の設計図

たましひを正対せしむ冬の月

とりどりの室咲きブティック開店す

十字路のガソリン臭き寒灯

冬蝿の跋扈に疑心兆したる

冬の蝿死ねぬ地球をいぶかしむ

おでん酒粗末な木椅子こそよけれ

米兵の遺影に喪章凍てし蝶

まなうらの鷹舞はしめて己(し)を支ふ

短日を永きと云ひし病者かな

あきらめて短日の爪切つてをり

寒風や変りしものに人心

外套の背を崖と見し別れかな

底ひまで見えて無なりし冬の水

狐火や現し世の灯のすべて消え

現し身や亡父の冬帽目深にし

冬館ワーグナー鳴り告別す

逢瀬にはあらねどふたり冬桜

無縁墓地冬蝶供華を探すがに

室花か造花か分かぬ位置にあり

冬ぬくき濁流を見て佇みぬ

煮凝も京の町家も減りゆける

冬の虹消えて希望と絶望と

冬日向老人つひに蒸発す

巌となるまで冬怒濤見てゐたる

長考に沈みゆくなる襖かな

一日ぢゅう金魚見てゐる風邪である

声出せばこゑ裏返る寒夕焼

慟哭に歔欷(きょき)もまじりて虎落笛

生き身より墓熱かりし枯野原

枯野ゆく自分を探す如くゆく

大年へ祷るかたちになつてゆく

相似たる背広姿の寒さかな

制服の人整列し凍りをり

匿名となりゆく都会寒暮なる

合鍵が胸に懐炉の如くあり

相逢うて恋とはならず冬紅葉

室花にしきり呟く処女かな

眠る山しかと水晶育める

雲間より一喝したる寒月光

北風(きた)を行く魔物の金を恃みとし

日本の風うつくしき小雪かな

光陰をしましとゞめて柚子湯かな

太陽は真面目なる星冬至かな

年の瀬を斜めに渡る交叉点

年の瀬を止めて通りぬ救急車

枯野より墓石と同じ色のビル

バス停と放置自転車しぐれけり

座り心地良き椅子にして湯冷かな

熱燗や過去を飾りて話す癖

湯豆腐や真闇に沈む南禅寺

風邪ひきの猫の下僕(しもべ)になつてをり

枯葉の街よ傘繊くほそく捲き

枯木山羚羊の糞踏んぢゃった

四隅まで冬ざれてゐる鳥瞰図

冬ざるゝ鴉のこゑも我がこゑも

恙なく暮るゝ日頃や柚子一つ

亡き父のものも一枚重ね着て

逆光へひたすら消(け)ゆく冬の蝶

海鼠との禅問答の最中なる

寒き夜の人がとほると点く灯し

三寒の紐ほどくごと夜の雨

四温へと亀がゆつくり首を出す

日本の背骨にあたる雪の雲

柚子湯出て恙なきかに我が山河

天狼へ身は青眼の構へなる

冬の月見て人の世を疑ひし

火の番の星に詳しき男かな

暖冬や東京の空生臭き

大聖樹の角を曲れば裏社会

寝酒せり亀の如くに首出して

神速のもの凍天の上をよぎる

冬の猫疑ひ深き眼をもてり

冬の蝿逃げず地球儀まはしても

数へ日の裸電球切れてをる

数へ日の観念したる胡坐かな

口を出て言葉言霊悴める

玻璃の外(と)は嵐めく海室の花

楽器店やさしく灯る雪夜かな

風花のふと迷ひたき家路かな

朽ら野や無人といふは平和にて

切尖鋭(と)く冬青空の昏れかゝる

枯園を歩くこころを平衡に

おもてうらあり人体にも落葉にも

おでん屋台の常連よ元闘士

大枯野隈なく踏みて測量士

近づけばをんななりしよ枯野人

数へ日のなかの一日の霊柩車

酸茎漬買ひてもとほる賀茂堤

河原町もとほり日記買ひしのみ

古暦つくづく視力弱りけり

手を浸けて海ぬくかりし水仙花

裸木の膚(はだえ)艶めくネオンかな

蒼空のひろがつてゐる蓮根掘

やさしすぎる心に嵌めし革手袋

わが詩けふ冬オリオンに賜はりし

死ぬるまで一人碁を打つ枯山河

大年のとゞのつまりの放屁かな

生くるとは悔ゆることなり大晦日

地球儀の塵拭き忘れ大晦日


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