11月

星の一世(ひとよ)ちちろの一世吾が一世

鈴虫に水ふりくれて熟睡す

水筒の磁石のふるふ秋桜

冷やされて竹の春より出でにけり

冷えまさる漆紅葉の燃ゆるほど

日あたればこころ佇む暮秋かな

胸裡にも秋雨前線停滞す

露草を零してゆきぬ流れ雲

鳥渡るまだ濡れてゐる空の奥

渡り鳥無数のうしろ姿かな

未亡人眉目うるはしく毛虫焼く

立食ひの釣瓶落しとなりにけり

かの人もひとりぽつちに秋惜む

鉛筆の線走らせて黄落す

黄落の水の迅さとなりにけり

紺青の空底ひなく黄落す

冬近き貌のあつまる電車かな

歳時記の表紙が剥れ冬隣

冬近し己が身を焼く燐寸の火

霧の中ひとまづ我の存在す

鳥は飛び人は歩きて秋日和

うかうかと浮塵子の殖ゆる山河かな

昼月や昨夜のことは秘密なる

深秋の旅キオスクに本買ひて

小鳥来るコーヒー店の落書き帖

たまさかに秋惜む席空いてをり

秋惜む越(こし)の地酒となりにけり

秋袷つめたき酒を嗜みぬ

かまきりが畳を歩く天気かな

ちちははの世もはろかなり零余子飯(むかごめし)

長き夜の詩の話はた死の話

逢ひたさの紅葉且つ散る日頃かな

色鳥の来る頃なれや茶を喫す

濁酒酌む銀河のとある番外地

銀河より万年床に帰還せる

末枯れて橡は佳き月かゝげけり

引き汐に石を抛りて秋終る

その手にはのらぬ狐に鳴かれけり

たまゆらの暮れ色を被て浮寝鳥

時ゆるく流れてをりぬ浮寝鳥

日本に裏側のある寒さかな

ごきぶりをとり逃がしたる文化の日

今朝冬の大八州の反り身かな

今朝冬の寝ぼけ眼が二つかな

硯海のはつふゆの塵美しき

樹の上に猫の鈴鳴る小春かな

落葉して落葉して日々恙なし

落葉はげし睡らむとする樹々は今

やすらかな睡りへ落葉また落葉

あを空を韋駄天のゆく落葉かな

首傾げ蟷螂枯れてをりにけり

蓑虫や放つておいて欲しいとき

今朝冬の鏡に顔をすましてみる

小春日を背なに賜る闊歩かな

小春日の眩き蝶を見失ふ

焼鳥の賑はひの中ひとりの黙

爆弾と云ふを所望すおでん酒

民宿の枕の中の虎落笛

耳といふ哀しきうつろ虎落笛

一本の傘買ふ二人小夜時雨

八ッ橋を焼きゐる香り初しぐれ

湯豆腐や玻璃を拭へば嵐山

マルクスを説き始めたるおでん酒

水鳥に古鏡の如く賀茂の水

刈上げしつむりのかろさ冬晴るる

冬ざれの我が膚(はだえ)にも及び来し

汝とともに濡れし冬雨愛深む

冬満月かゝげて暗し知恩院

冬月は悲しぶ人のために出づ

短日や湯の沸き上る音を聞き

短日の鋏の音が髪を切る

冬ぬくきことなど云ひて雨宿り

一日の重さに凹む蒲団かな

ざら紙のおもてうら無き寒さかな

虫の屍の浮みて寂し冬の水

冬怒濤見足りし夜の熟睡(うまい)かな

芥燃す火の美しきしぐれかな

千本の枯桜とぞなりおほす

冬桜いまが見頃の淋しさよ

底冷の紫がかり比叡(ひえ)暮るる

底冷の底を奔(はし)りて蒼き川

一対の白狐に見られ神の留守

燗熱し酔ひはいよいよ目頭に

嵯峨豆腐買ふ列につき小春かな

小春日とおもふ尻から暮れかゝり

見えぬもの鷹には見えて翔ちゆけり

冬めくや身体の中の蝶番(ちょうつがい)

冬蝿の往生際を見てゐたる

うまうまと裸木になりおほせたる

家中の寒灯ともし一人なり

とゞのつまりは人の死も落葉かな

山城の比叡の山より眠り初む

眠れねば想ふ母郷の眠る山

眠らざる火の山一つ山眠る

東京の奈落に響(とよ)む咳一つ

燃えすぎて黒ずみゐたり冬紅葉

びいどろの金魚にも怖づ風邪の熱

虫喰の穴もをかしや柿落葉

たれかれの背なに貼りつく冬の暮

齢より若く見られて小春かな

小春日や柵より伸ぶる象の鼻

やさしき人棲めり木の葉降り積む家

凩やかもめは白く遊びをり

白極まりて凩のかもめかな

供華翔ちて別なる供華へ冬の蝶

凍蝶死してもう何も起らぬ世

のら猫に疎んじられて日向ぼこ

縄跳びのあれよあれよと夕べなる

冬紅葉一人眺めて足らふなり

曖昧へ逃れゆくなる寝酒かな

明日の事どつちつかずの寝酒かな

考ふを止めし寝酒の背中かな

寝酒すれば亡父の寝酒の背な思ほゆ

眼前の山河が遠し暖房車

外套やこころの深手匿すべし

焼鳥やあの大男また泣いて

大河見て佇みゐたり日記買ひ

一枚の枯葉の下に安眠す

住みなすや親の世よりの隙間風

ちちははの世を偲ばせて隙間風

あをあをと犇めく昴もがり笛

シリウスの蒼ざめゐたり虎落笛

虎落笛嵯峨の奥処の化野の

あめつちの乾(から)び切つたる虎落笛

凩のあと星屑の吹き溜まり

鬼門より来襲したり冬将軍

喪中欠礼と云ひ冬がやつてきた

寒灯をつけつぱなしの心かな

遠のくのみ十一月の白き雲

小春日の紙飛行機の宙返り

冬日まづ胸の中より昏れかゝる

寒暁の湯の煮え初むる音と黙

余所者を忌む峡の村鎌鼬(かまいたち)

筆硯の一日なりし白障子

銀杏いま大団圓の落葉かな

空き箱の空を燃しゐる焚火かな

焚火跡不安ばかりが燃え残る

美しき火を焚き一人慰まむ

鵙の贄人目に触るゝ高さにて

歩きすぎて昏れてしまひぬ小春空

柿落葉しきり降らして日本晴

ちりもみぢ少女のやうに尼笑まふ

耐へ難きを耐ふる色なり冬紅葉

冬耕の背中ばかりを見てとほる

狼の絶滅以後の堕落かな

鯨見て足らふ小さき家に帰る

人よりも地図を信じて枯野ゆく

室の花仮病といふも処世なり

冬蝿のまぐはひを見し都心かな

止まり木にひとり勤労感謝の日

白息となりて言の葉かち合へる

加湿器の湯気言の葉の湧く如し

小春風入れてときどき音読す

声量の豊かなる空神渡し

凩が青天井のみ残しけり

着膨れの人さし指の静電気

花枇杷の律儀に咲ける没後かな

枯菊の意志を通して枯れおほす

枯菊となりおほせしや立ちつづけ

拒む否む塞ぐ妨ぐ冬怒濤

おほかたは働く東京日短か

断らる日の短さをそれとなく

歩調合せて短日の路となる

短日の電車の中を歩く人

風格といふもの枯れず大枯木

毫も汚れぬスワンの白をいぶかしむ

白鳥の翔ぶ渾身の頸であり

冬籠る枕上なる堕落論

冬籠る万年床の歎異抄

冬蜂の客死してをる畳かな

一隅の冬蜂の死をつまみけり

冬の蝿なほ雑念(ぞうねん)を残しけり

ぶらんこの夢想してゐる冬の苑

寒灯を一つ買ひ足す夢捨てて

寒暮にてコンクリートの存在感

わがために赤き花購ふ寒暮かな

酢のものを食めば下京しぐれけり

冬ぬくし都大路の上り坂

冬眠なき人類に鳴る目覚しよ

出入口万の足痕日つまる

裏側にポケットあまた冬深し

革衣に鎧ひて痩せ身強気なる

無聊かな枯蟷螂と戯れて

仏飯にとまりたさうな冬の蝿

寒天はうごかず日本海うごく

枯野ゆく生身しきりに水を欲り

面白うなりさうな夜や雪降り出し

瞑目へみ雪降り積むばかりなる

北風や耳は哀しき岬なる


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