10月

秋日和磨けば光るもの磨く

大谷を埋め尽くす墓天高し(鳥辺野)

長き夜の猫のお相手致しけり

秋水にしかと映りて気はづかし

穴惑線路の上に死んでをり

松茸の辺に悪びれず毒きのこ

秋燈下自問自答の夜も更けぬ

流れ星やくざになつてしまひけり

三日月や茶屋の格子も古びたる

霧の夜や掌の中の手の繊(ほそ)かりし

かりそめの蓑死ぬるまで蓑虫も

美しき弛(たゆ)みを見せて秋の蝶

こほろぎにもゝとせの闇残しおく

鵙の空傷つきやすく美しく

デスマスクの永遠の微笑み小鳥来る

菊人形美男に過ぎて哀しけれ

菊の花いよゝ見事に人の老ゆ

長き夜の家がみしりと鳴る時刻

稲光かくもしづかに人の死ぬ

太古より胡桃割るなり我も割る

海猫(ごめ)帰る浮沈しきりに洋酒瓶

ダージリンと手作りケーキ小鳥来る

小鳥来て弘法さんの日なりけり

鵙の贄蛇の目の玉恍惚と

鵙が啼く五十の胸の荒野にも

雁渡るローソンへ水買ひに出て

雁行や人は首筋より老くる

つきつめて考へてゐる秋燈

もの思ふ影絵となりし夜長かな

秋の夜半猫にも深き黙(もだ)のあり

鯨の尾没しをはんぬ秋の暮

一粒づつはららご食うべ昼深し

草の花キリンの脚の折れさうな

れもん搾るとき汝(な)のゆび鋭(と)かりけり

雁の列大いなる闇曳き来たる

一生(ひとよ)懸けたしよ雨夜の虫ほどに

哲学で腹はふくれずきりぎりす

恍惚と雄かまきりの喰はれゐる

仏壇の前にて秋蚊ふつと消え

秋の蚊の刺客の影もあはあはし

鈴虫のこゑの深みに寝落ちけり

澄む水に第六感といふがあり

秋夕映の人波といふ黒き河

石の上を動かざる亀秋深し

秋蛾白し玻璃戸に大き山の闇

残りたるきりぎりす鳴く虚空かな

殺気立つ蟷螂の眼を美(は)しきとも

色鳥や飽かず眺むる洛外図

鰯雲何故と反芻しやまざる

天涯に星の爆発濁り酒

穂絮飛び宇宙膨張してやまず

漸くにはづす風鈴露けしや

顔見知りなり鵙にまた啼かれけり

わが貌を覚えし小鳥来てをりぬ

小鳥来て現し世に綾うまれけり

居酒屋の意外の混みや秋霖雨

絵の具薄む秋の湖より貰ふ水

キネマ出て釣瓶落しの世にまじる

秋の潮踏み秋の潮引くを見し

満つること引くことのある虫音かな

落鮎に沿ひて都を離れけり

乱丁の如き日頃や秋の蛇

昼は日の夜は月の香の千草かな

大往生水澄むといふことに似て

秋水に浸けて気づきぬ指の傷

花野より暗き畳をやさしと思(も)ふ

瞑(めつむ)れば無数の墓標大花野

入寂以後弥勒を待ちて鉦叩

一塵の如く吹かるゝ秋天下

月明に浮遊せるもの何ならん

いづれわが魂も去るべし秋の川

番地には既に家なし猫じやらし

天高く捨て子の如く遊ぶべし

秋天や吾は遺失物かも知れぬ

遺されしもの一片の秋の雲

秋麗の勿体なしといふ日かな

雁のこゑ鏡の中に人老いたり

金の鯉銀の鯉澄む菊日和

乙訓(おとくに)の水蒼ざめぬ竹の春

秋水の端を汚せし絵の具かな

秋の水とは思ひつめてゐる水

自分史に落丁の章蚯蚓鳴く

浮いてきて鯉も欲しがる望の月

ひとりとは耳聡きこと秋まひる

川筋の景そのままに秋燕

遠祖こそ思へ秋嶺けぶるとき

三界に生きかはりては酒ぬくむ

雲と雲音なくわかれ水は秋

西方へ流れて秋の水迅し

秋の水射られたる日矢屈折す

知らずもがな花野の果の屠殺場

小栗栖(おぐるす)に光秀の藪秋の蛇(山科小栗栖、明智藪)

銀閣に銀箔あらず秋のこゑ

汝が背なほ霧に消えざる胸の奥

毬蹴つて毬見失ふ秋野原

花野にて多生の縁の蛇に遇ふ

侠気といふまぼろしの秋嶺よ

秋の水震ふすなはち魂ふるふ

眉月や襟あし潔く逢ひに来し

青磁はた白磁の如く秋の濤

うしろより見て秋川の迅さかな

秋川の背筋の水は急ぎけり

墓碑として高層街衢鳥渡る

天網の疎の紺青へ登高す

白地図の山のあなたの浮塵子(うんか)かな

秋風や白地図になに記すべき

秋水や身は棒となり立ちをののく

秋水におのが死顔うつりけり

白皙の青醒むるまで水澄めり

狂気へと紙一重なる秋気にて

観音の千手の千の爽気かな

卒然とジャズ鳴り出だす木の実かな

囮鳴く木の間に見ゆる母郷かな

放たれし囮のとまる囮籠

酒ぬくめつつ我が時間戻り来る

流星やピアスの穴をふと見たる

秋風や最後に拾ふのど仏

秋風の京に七口ありにけり

月光がつむりに溜まり寝つかれず

邪魔さるゝことを許さぬ秋燈

冷まじや歯並びの良き頭蓋骨(されこうべ)

茫々と明日があるなり鵙の贄

来し方を見遣る眼をして鵙の贄

深秋やすれ違ひたる黙(もだ)と黙

二階には二階の風や雁渡る

その人の背なにしたゝる秋夕焼

水澄むを怖づ己(し)が心知れがたき

しろがねに或るはこがねに秋の水

西方へいそぐ我見ゆ秋の水

愛人と花野にはぐれそれっきり

花野へと少し呆(ほゝ)けに往くところ

天体とはなれず木の実独楽とまる

木の実落ち又木の実落ち人恋し

日本の色となりたる熟柿かな

ファントムの飛び出だしたる泡立草

長き夜や手酌の酒にすぐ酔(え)ひぬ

トンネルを出づれば京は雨月にて

鮎落ちて貴船の川音(かわと)あらたまる

木の葉髪五十路といふもおもしろき

粧はぬ名のなき山に親しみぬ

紅葉山つめたく見ゆる不思議かな

柚子の香のつるべ落しとなりにけり

秋陽斜め「考へる人」老いにけり

刑務所の門に待つひと草の花

惜秋や死火山といふ静謐に

秋愁や金魚はいつも水の中

阿国像まだらに濡らし秋しぐれ

長き夜の終楽章も聴く気かな

赤蜻蛉いよいよ赤し高気圧

言葉なき蟷螂は斧授かりし

喰はざれば拗ねてをるなり青蜜柑

幸せのおすそ分けなる林檎かな

実柘榴の割れたると云ふ吉事かな

誰もゐぬ藁火となりし暮の秋

たれかれのうしろ姿や暮の秋

台風一過でんと比叡の山がある

台風一過三十六峰うるはしき

大なゐ(なゐ=地震)の報に長き夜長き黙(もだ)

種採るや大なゐの報ラヂオより

大なゐの報聴きゐたり月仰ぐ

死人みな褒められゐたり温め酒

「考へる人」は考へ小鳥来る

いろいろの壷を眺めて秋惜む

背中とは人の裏側黄落す

肩にのる陽がやはらかし黄落す

黄落季受話器が垂れて揺れてをり

渺々と水暮れきりし蘆火かな

乾きても錨のにほふ鰯雲

昼月を見つめゐたりし別れかな

ぺしゃんこの枕の裏の夜寒かな

鬼の子の鬼とはなれぬこの世かな

ふと羨し鬼の子といふ忘れ物

冷まじや紙の葬花の紙の音

櫨(はぜ)炎えてまなうらしんと冷えゐたり

狐面つけてまぎれし秋祭

竹春の車折ちふ小駅かな(車折=くるまざき)

ベートーベン中途に止めぬ秋深し

末枯や結びゐる実は朱をつくし

末枯れて言葉やさしく撰りゐたり

蝶になほ行方のありて末枯るる

秋の暮背中にこころありにけり

花野風縄の電車のとほり過ぐ

障子貼つて落陽いよゝしづかなり

障子貼るたまゆらよぎる茜雲

凶作を綺麗な蝶の舞ふことよ

黄なるより白きが淋し秋の蝶

眠られぬ蝶の出て舞ふ十三夜

菊日和手足正しく歩きけり

夜這星東京の灯にまぎれけり

うしろより始まつてをり黄落季

けふ来ざりし小鳥のことを眠るまで

鳩吹いて帰るむかしのありにけり

鳥渡る二階にひとり膝抱けば

行く秋の欄干(おばしま)に手を置きにけり

虫籠の虫の憤死と云ふべけれ

心根はやさしき男にごり酒

心根にほのと香りぬ菊膾

仏壇の塵を許さず菊香る

手折りたきはこの風にして芒原

蔦捲く家ときをり嗚咽漏らしけり

亡き母の服より出でし木の実かな

いなびかり人生のどのあたりなる

夕顔の実の落ち来たる怖き夢

夢の世に糸瓜の如く垂れたくも

曲がりてより糸瓜おもしろ人生も


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