2月

パソコンに一粒あたる鬼は外

つきまとふ己れの影に豆撒きぬ

雨の糸松に見えつつ春立ちぬ

盲点の蟻の穴より凍ゆるむ

まだまだと老人が云ひ冴返る

むざむざと若人が死に冬終る

春めいて風のどこかにピアニシモ

昃(ひかげ)ればなほ骨太の余寒あり

早春の星をみな子の泪かな

寒明(かんあけ)といふ立話のたぐひかな

冬終る女の電話終らねど

赤ん坊が泣けば泣くだけ凍ゆるむ

とりあへず逢ふ約束に春立ちぬ

早春の光もろとも釣られけり

春なれやひとの乳首が恋しくて

立春の泥濘(ぬかるみ)として跨(また)ぎたる

懇(ねもご)ろに遺影を拭ふ旧正なり

空財布拾ひて捨てて春寒き

鬼やらふ人つ子ひとりゐぬ闇へ

都心にも深き闇あり鬼やらひ

やらはれし鬼集まりて鬼気の闇

電飾都市追儺(ついな)の鬼が哭いてゐる

面とりし鬼の真乙女(まおとめ)あす嫁ぐ

化粧水化粧紙おく朧(おぼろ)かな

寝化粧の鏡の奥のおぼろかな

かりそめの寝物語の朧かな

日展を出て意外なる目の疲れ

八ツ橋を買うてきやはる寒詣(聖護院)

六道(ろくどう)の寒の烏に啼かれけり

鳥辺野(とりべの)へ寒鴉のおとすしやがれ声

鳥辺野の烏のこゑも寒の内

清盛と空也見し眼に寒牡丹(かんぼたん)

六波羅(ろくはら)の清盛の闇春蚊出づ

淡雪や壬生(みぶ)より歩(あり)く島原へ

春塵(しゅんじん)や壬生に沖田といふ男

黄塵(こうじん)やいつより懸る伎樂面(ぎがくめん)

鳥獣に春未だしき高山寺(こうざんじ=栂の尾)

虹の間もさすがに残る寒さかな(三千院・宸殿)

ふり向けば屏風の鷹と目が合ひぬ

ふらここのまだ揺れてゐる不登校(ふらここ=ブランコ)

淡雪の数にかぎりのあるやうに

春泥となつてしまひぬ死角事故

キリンにも春愁といふ貌のあり

ペリカンを見て春風邪を引いて来る

深く吐く春愁といふ空気かな

騙し絵のどこかに蝶のゐると云ふ

蝶となりぬロールシャッハを脱け出して

ふたりゐて媚薬のやうな朧かな

くちづけに赫(か)つと見開く金魚の眼

千年紀冬の苺をひとつ摘む

開封後はお早めにとぞ日脚伸ぶ

己が尾を追ひかくる猫春隣る

春隣るおもちや箱より仔猫出て

春宵の春宵ゆゑに酔うて候(そろ)

真円の春日を得し小舟かな

中年の腹筋ゆるむ春の昼

春水に妙齢の月浮かみけり

釘抜きに釘抗(あらが)ひて冴返る

春昼の紐(ひも)のほどける如くなり

春月やどこへも行かぬ去勢猫

霊柩車見えなくなつて冬終る

ふらここにキラキラと見ゆ都かな

ふらここに大東京のキラキラす

人生も見えてしまひぬふらここに

ふらここを揺らすこの世の涯見むと

ふらここの四十五歳に星降れよ

ふらここに事切れてゐる男かな

鳥帰る遠近両用眼鏡かな

鳥帰るコンビニエンス閑散と

撫で肩の辺りより引く春の風邪

天ぷらの海老(えび)の尻尾(しっぽ)や春ともし

朧夜や先斗町(ぽんとちょう)へと抜ける路地

木屋町(きやまち)の春の燈を守(も)る女将かな

春燈や京人形の舞ひ姿

春めきぬゆびの関節ポキポキと

団子食ふ大原の春たしかめて

冴返る片手袋のありどころ

深爪の疼く指より冬終る

つかの間のひとの嘘泣き春みぞれ

春水を頒(わか)ち鴨川高瀬川

四条大橋水の春とて立ちどまる

ほつほつと春の服見ゆ鴨堤(かもつつみ)

早春や愛をはぐくむ鳩の嘴(はし)

くちづけをしてゐる鳩よ立春なり

傘ささぬ喪服のひとや別れ雪

春コートひらめく風の日の波止場

春コート女の名刺出てきたる

春帽子少女いきなり大人びて

イブニングドレス春星をちりばめて

春光やウエディングドレス翔びたがる

春袷(はるあわせ)若し邦楽演奏会

春が来る植物園に裸婦像に

東風(こち)吹かば僕の口笛まがるかな

春巡る歳時記の背もほころびつ

金色(こんじき)に光ることあり春の風

春袷(はるあわせ)グッチ・シャネルも好きと云ふ

グッチなどと老い父の云ふ春マフラー

森英恵の傘さしてゐる春愁ひ

北窓を開け裸身へと海の風

強東風(つよこち)に海猫(ごめ)キラキラとさんざめく

口笛を吹くとき独り雲雀東風(ひばりごち)

建国記念日猫の盛りもこの日より

障子破りて恋猫になりにゆく

わが猫にあらざる如し恋の猫

春寒の鼻垂らしゐる老父かな

スカートの丈の話に春めきぬ

女生徒のブラウスに風光りたがる

産着など干されて白き日脚伸ぶ

朧夜や着痩せ着太りいづれとも

朧より朧の奥へ男女かな

立春大吉トランペットを誰が鳴らす

竹刀振る真乙女の辺(へ)に春立ちぬ

建国日ジャズ高らかに鳴るもよろし

伯林(ベルリン)ゆ便り来ずなり春巡る

春来るやバドミントンの羽飛んで

春眠の三連休となりにけり

署名せしペンの秀先(ほさき)に冴返る

春寒やかそけきものを売る老いに

ペルーより来て草笛を吹いてをり

春航の波静かにてつまらなし

旧正や相席(あいせき)多き中華街

河川敷おぼろに光る無宿の眼

浮浪の眼まだ寒星を光らする

白亜紀の痕跡化石風光る

閨房(けいぼう)の小道具のよに春蚊いづ

歓声も聞こえて来たり春大河

春睡のつづきに弥勒仏(みろくぶつ)を見て

弥勒仏ほの光りつつ春の闇

春睡のやうに見惚るる弥勒仏

春望や前後を逆にキヤップ被り

恋猫も老父も帰らざる日和(ひより)

春水のころころころと産寧坂(さんねいざか)

はんなりと着こなしたはる如月(きさらぎ)を

冴返る鴉が傍(そば)に降り立ちて

美しき膝小僧見せ風光る

父と食べ亡母思ほゆる木の芽和(きのめあえ)

芽吹くかな鞍馬の昼のくらがりに

やうやうに天狗の山も芽吹きけり

義経も天狗も出でよ木の芽風(このめかぜ)

ささ濁りせるも春めき貴船川

花背(はなせ)にて刻を気にせる余寒かな

シャネル着て哀しみを云ふ朧かな

別れむとして春コートひらめける

ミリバールてふ語懐かし寒戻る

遠足の鳥居をくぐる往き帰り

大鳥居より御社殿(おやしろ)の朧かな(平安神宮)

春泥を跳んで身軽き小銭かな

老い父に伸ばす背のあり冴返る

飽きさせぬ蝶ゐて飽かず見てゐたり

恋文も遥か春蚊の屍をはさみ

初蝶にピアノ一音はづれたり

春セーター脱いでマックまで駆けっこ

春雨に警察の灯もやはらぎぬ

鳥帰る高層ビルの窓の空

春の雲また大袈裟なことを云ふ

広きこと寒きことなり写経の間

ゆふがたの眼(まなこ)けだるき春の風邪

風船にヘクトパスカルちふ空あり

春霖(しゅんりん)の懈怠(けたい)にも似る官庁街

春寒や泪零(こぼ)るる去勢猫

寒々と一枚の窓ありにけり

冴返る肘(ひじ)の古疵(ふるきず)撫でゐつつ

案の定春の風邪ひくお洒落かな

老い父と三匹の猫春を待つ

父が立つキッチン水も温むかな

風見鶏ペンキ塗られて春来たる

朝食かはた昼食か春を寝て

白馬より落ちて目醒むる春の夢

朝寝して昨夜(きぞ)の怒りは昨夜のこと

ホース出てやんちやな水も温みけり

おにぎりの隠れてしまふクローバー

花種を蒔(ま)かむ明後日(あさって)晴れたらば

花種を蒔く殺伐たる世がある

春愁の卵を焦がすフライパン

受験子の頭(ず)にぎつしりと文字詰る

からつぽの頭となつて入学す

春夕のだらだら長き列車かな

欠伸(あくび)して忘れてしまふ昨夜(きぞ)の夢

朧に置く四十男の時計かな

春の土なにか描きたくなりにけり

春の夢より醒めて見る描きさしの絵

母と子と父の写真に花咲きぬ

春愁や同年(おないどし)だといふことも

ピエロの絵はづしてみても春愁ひ

冴返る欠席と書く葉書かな

春日やポンポン船がぽんぽんと

鳥雲に入る追憶となるために

花種を蒔くと仏の母に告ぐ

千人の破顔一笑春ともし

一の丘二の丘青き踏みゆくよ(双ヶ丘)

青踏みてなぐさまむには青淡(うす)し

別れ来し心かりそめの青踏みぬ

挿木(さしき)して忘れ得ぬことある如し

挿木へと早や繊(ほそ)き雨降りかかる

老い父の意地とも見ゆる接木(つぎき)かな

接木へと機嫌の悪き嵯峨の空

僕の影も欠伸してゐるつくしんぼ

少年の云ふとほり釣れ春の鮒(ふな)

A棟の影B棟に寒夕焼

つれづれに双ヶ丘(ならびがおか)に草摘みに

しまらくは春水を見て無心なる

春泥を跨(また)ぎそこなふ人生か

春しぐれひとの撫で肩濡れてをり

仕上げには菜飯(なめし)と決めて酌みにけり

亡母の形見少なくなりし春帽子

青饅(あおぬた)に先づ箸のゆく弱気の日

大いなる月を汚せる山火(やまび)かな

水草(みくさ)生ふ添はざりしひといまいづこ

春燈や笑(え)まひてゐてもおちよぼ口

巡りつつ佇ちどまりつつ春の水

毬(まり)ひとつ浮かみて暮るる春の水

高層の窓開かなくて春愁ひ

春光をよぎる翳あり人逝きし

薔薇を剪(き)るひとのお指(よび)の繊さかな

戦場の空と化したる野焼かな

春の地震(ない)骨格標本揺らぎけり

春塵や女の鬼の般若面

春塵やビル風にまたしかめ面

春寒(はるさむ)を云ふ店長になる男

きれぎれに昭和出で来し春の夢

香港の紙幣に咲くや紫荊花(すおうばな=中国原産)

水銀の如く疲れて蒲団かな

寒き夜を水銀の如く重く眠る

我がうちに若き我ゐる春波涛(はるはとう)

文末を深読みしたる春愁ひ

春疾風(はるはやて)レンズ汚してゆきにけり

春まひるレム睡眠を愉しまむ

春風や裸体を挟(はさ)む週刊誌

夜空航(ゆ)く衛星を見て受験の子

くちもとのほころぶるごと春隣る

春空の裏側に悔いが犇(ひしめ)く

蜂が来る蜂の心意は瞭(あき)らかなり

挿木して亡母に繋(つな)がる思ひせり

薔薇の芽と双子姉妹と穢(けが)れなし

春寒の行く先告げぬ男女かな

このうへに海市(かいし)見てゐる流離かな

パソコンの殖えゆくことも春愁ひ

スパゲティ巻き付けまきつけ春愁ひ

量子場脳理論とか読み春愁ひ

春愁の珈琲冷めてしまひけり

如月や乱反射せるビルの玻璃

如月の湖(うみ)かがよへるばかりなり

水底(みなそこ)のうろくづ光る春日かな

舗装路の亀裂より噴く春の草

春昼のらあめんを待つ砂時計

赤子泣く春満月を顫(ふる)はせて

春風やCD屋より音溢れ

あたたかに馬の心音聞こえけり

春暁の空気で洗ふ眼球かな

誰も知らず金魚の愛の争ひを

責むるごとく祈るごとく別れ雪

猫の耳最初にうごく遠雪崩(とおなだれ)

首の鈴鳴り昂ぶりて恋の猫

春睡の寝床にひとをからかへり

春寒や背中を曲げてひよこ売る

瞑(めつむ)れどなほ仄光る雪景色

薔薇の芽に触れて棘(とげ)にもそと触れぬ

春炬燵(はるこたつ)京都生まれに京寒し

ベル鳴らぬ電話見つめて冴返る

寂光院大人しき雪降り積みぬ

篝火(かがりび)に春雪落つる無言(しじま)かな

影絵なすきりん科きりん春夕焼

逃げし子は菫(すみれ)の傍(そば)にきつとゐる

黄水仙に空も吾も泪もろし

春月や亡母のほゝゑみ想はれて

逢はむとし心惑ひの斑雪(はだれゆき)

東風(こち)を背に四条大橋小橋かな

青踏みて見知らぬ猫に慕はるる

目刺焼くまなこ無き目を先づ焦がし

残雪や寂光院の黙(もだ)深き

春疾風(はるはやて)いきなり曇るビルの街

春の雷をみなの御髪(おぐし)ふと匂ふ


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