7月

片蔭へ片蔭へ年とつてゆく

花びらのやうな水鱧食うべけり

鴨涼しのんびりと人待ちをれば

蛍売その凄まじき老いを見し

若竹や風置いてゆく人力車

夏の河いのち握りて徒渉(かちわた)る

雲の峰馬の筋肉閃いて

狒々は怒つてゐる吾は氷菓舐む

海猫(ごめ)群れて海猫の数だけ海猫のこゑ

走馬灯火を得て魚游ぎ初む

シャワー浴びて東京を流しけり

日本を隠してしまふ泡立草

虫籠に蟻が入つて出てゆきぬ

夜の蟻とは遊び覚えし蟻のこと

電子辞書涼しく文字生みにけり

夕顔がしぼむ慌てゝゐる如く

真ん中も外れもなくて五月闇

毛虫焼く不思議な色の炎なる

猿山にひと騒ぎあり旱空

虹見つつ我がししむらの蝕すすむ

滴るやいのち凹んでゆくばかり

夏祭をとこに風の立ちにけり

くらげにも思惟ありはたと潜りゆく

家捨てゝくらげになつてゐし日かな

水母より儚しと思(も)ふ水母飼ひ

なかなかに戻らぬ恋のボートかな

ハンモックこの世を鳥の眼で眺め

腕時計外せし心地ハンモック

捨てねば減らぬ亡父のもの曝しけり

青春の日の鍵日記曝すかな

風鈴売無言風鈴鳴るばかり

大丸に入りて貰ひし団扇かな

京扇亡母の好みし香いまも

また団扇貰ひし四条河原町

洛中の雨どしやぶりに鱧の皮

鱧食べて下卑たる話する勿れ

山国に御陵のあり道をしへ(京北町山国、常照皇寺)

エリーゼのためにオルゴール鳴る白夜かな

人生のたつた一度のダイビング

別れしひと想ひ出させて梅雨の蝶

あの日より心くらげになつてゐる

わが肉体わが荷物なり炎天下

冷房や人形となり昏睡す

動脈の集まる街の暑さかな

虫干しや桃青などと誰(た)が書きし

雷鳴や童ふにゃりと安寝(やすい)せる

蝉の穴しづかに過去を襲ねけり

遥けきヨット白帆を汚すこと勿れ

海の闇白き裸身に退(しざ)りけり

片蔭り町家の奥へつらなれり

二十一世紀を歩く黒日傘

炎天や帆船の如く雲一片

炎熱や髑髏はなべて哄ひゐる

モナリザといつも眼の合ふ暑さかな

もの言はぬ塑像に寄りし涼しさよ

涼しさうで退屈さうなデスマスク

あの世とはきつと退屈走馬灯

月鉾の夕青空となりにけり

まつすぐな胡瓜つまらぬ世となりし

羅(うすもの)を被て幽明を往き来せる

散骨のたとへば海の花火かな

生きてゐる眼をして蝉の死んでをり

生きて死ぬそれだけのこと蝉時雨

母郷かな胡瓜を齧りつつ歩き

きうり丸齧り独りが愉しけれ

三伏の塩吹昆布旨かりし

明易しおのが手相をはたと見て

地図あれば弾む話や灯取虫

鬱々と死語よみがへる盛夏なり

無縁墓地憤怒の如く灼けてをり

熊蝉のしろがねの日を振り撒けり

考への空白を占む油蝉

恐竜の肋を透きて涼気かな

宇宙の書開きて涼し夜の窓

涼風やアンドロメダは隣りなる

夕焼や遥かなる日のいかり肩

たましひのたゆたひやまず蛍の夜

また同じ楽鳴つてゐる旱かな

水打つて夕日の尻尾濡らしけり

揚羽追ひ来て逆光に焼失す

活断層忘れてをれば糸瓜咲く

蕗を煮て町家の奥の暗きかな

鉄分不足ひまはりの項垂るゝ

人生やががんぼの脚すぐとれて

朴咲けり遙けきものに純情あり

朴散華いつ汚れたる純情ぞ

蟻の屍を蟻の運びて行きしこと

夕焼に卒然と象啼きしこと

夕焼やいづくへ脱ける非常口

西日浴び過去への扉開いてをり

髑髏(しゃれこうべ)浮かず水母の浮くばかり

唖蝉のとある墓石に執しをり

抜手きる静けく赤き褌(ふどし)かな

プール蒼く静かに世界記録生む

 

「祇園会十一句」

祇園囃子水が流れてゐるやうな

屏風祭囃子もとほき静けさに

凛と真顔祇園囃子のわらんべも

祇園囃子はづれに聞くもさだかなり

祇園囃子四条通をせゝらげり

燦々と祇園囃子を浴ぶるかな

総身を祇園囃子に濡らしけり

帰り来たり祇園囃子の残響と

地下出れば祇園囃子の最中なる

祇園会や亡き人過るいくたびも

祇園会や思ひがけなく逢ふことも

「山鉾巡行四句」

鉾うごき出すや蒼天ゆすぶつて

鉾とまりなほ切尖に揺るぐ天

やうやうに意もかなひしか鉾まはる

鉾まはす裏方の貌佳かりける

 

香水の中そとづらのありにけり

炎天下女史は外面くづさざる

日々草きのふ泣き顔けふ笑顔

遠雷や恐竜の骨くみあがる

秘め事は真夏の納屋のかたちせり

青嶺の吐く奔流に沿ひて還る

愕然として五十なる裸かな

夜の蝉ひとりに慣れてしまひしよ

現し世の外れの如し蝉涼し

落蝉のみな有終の美とおもふ

兜虫死ぬどう見ても働き盛り

兜虫父の哀しみ負ひてゐむ

遥かな郷遥かな人よ閑古鳥

青水母淋しきものは皆群るる

螻蛄(けら)鳴くや淋しきものに膝小僧

子かまきり散らばることを序(はじめ)とす

亀の子に早やおもおもと甲羅かな

揚羽蝶妙齢のまま召されけり

世間とはこのまくなぎのやうなもの

火蛾狂ふ死の近きこと知るゆゑに

昼深く空蝉に蝉還らざる

鮎食うべ六腑ひそかに香りけり

白日や鏡の奥も蝉しぐれ

働き蟻とは秒針のやうなもの

蟻は働く秒針の速さもて

孤りでは生き得ぬ蟻を孤り見る

夏痩せて崖になつてゆく思ひ

天水にて炊ぐ僥倖キャンプかな

己が影の虜となりし炎天下

隙あらば炎帝に斬り込むつもり

炎天の死角に骨(こつ)を納めけり

端居して星の一生を遡りゐし

涼しさや星に生死のあることも

端居へと光年の星届きゐる

炎天のまま昏れてゆく無音かな

炎天を吸ひ込み過ぎし心火なる

日盛りや暗き畳にひとりゐる

芒青く風に傷つく脛なりし

蓮の華閉づることなき白昼夢

風鈴の鳴る夕空のかろさかな

避暑といふより厭世の心地なる

生きてまた何か喪ふ夜の蝉

森に迷ひぬ蝉しぐれに迷ひぬ

蛇に邂ひ終に神には逅はざりし

ががんぼの何で執する破障子

揚羽蝶羽撃てば楽の生まれけり

修道女(シスター)の胸裡を出でて黒揚羽

炎天下刃物と刃物谺せり

無人島に人影夏はさかりなり

百年は生きぬと思ふ己が裸

次の世の岸まで泳ぎきりしかな

蝉よりも空蝉を欲り夭死せり

空蝉に天水の碧たまりをり

空蝉は歩み去りしか毀れしか

虫籠の扉にも鍵して睡りけり

日盛りや暗き厨の一滴音

疾風に蟻落下して怪我もなし

蟻地獄何に耐えゐる我ならん

蟇(ひき)鳴いて闇のふところ深うせり

蟇鳴くや未だ昭和のままの闇

我よりも肝がすはりて蟇がをる

蜻蛉生るけふ掃きたての空なれば

あぎとへる魚ともなれず熱帯夜

死ぬること蝉が教へてくれしこと

蝉激し人がもつとも懈(たゆ)きとき

白き鶴折りてたまゆら涼しけれ

夏蝶の疲れを見たり丸の内

転びしを鞍馬の蟻に見られけり

籐椅子の銀河へ舟を漕ぐかたち

端居して恐ろしきことおもふ夜も

一粒の星に執する外寝かな

昼寝よりまた仮初めの世に覚めて

あめつちの生傷にほふ旱かな

あの日の吾は虹を掴みに行つたきり

閻王の舌のやうなる西日かな

不眠なるものの一つよ雪渓も

甲冑の裡まつくろの涼気かな

人が死に星が死ぬ夜も百日紅

サルビアが炎ゆ地の底のマグマ知り

鉄線花とふ美しき処世術

黒光りして烏啼く旱かな

意のままに蛍舞はしめ死が近き

前触れもなきに人来る金魚死ぬ

夏痩ていよいよ火酒の旨かりし

夏痩て遠まなざしにこの世あり

日盛りや己が心音も遠音(とおと)なる

涼み人月のうらがは見たしとふ

三伏や暗渠の水もしづもれる

白湯呑んで六腑やすらふ晩夏かな

胡蝶よりわたしに戻る昼寝覚

愛執に色ありとせば金魚の朱

一兵卒の亡父の写真や蝉の殻

徒(ただ)に鳴きて生さざる蝉もゐるならん

蝉しぐれ明日死ぬ蝉もまじりゐて

讃歌なれはた挽歌なれ蝉しぐれ

奪ふとき静かに迅し青蜥蜴

人妻と蛇の行方を見てゐたる

白熊の汚れてゐたる溽暑かな

泣くこともなし蝸虫は遅々と生き

なめくぢのそれは泪の軌跡とも

絶望を知らぬ向日葵嫌ひなり

揚羽消ゆ密かなる死を吾も望む

揚羽には風が見ゆるのかも知れぬ

どの蝉もおのれの死期を悉つてをる

一の丘二の丘千の蝉の墓

五体引き連れ炎天ゆ帰り来し

香水やさりげなく嘘つかれをり

手花火の香に想ひ出す何もかも

人の世をやり過ぐすべし大昼寝

游ぐかな遠まなざしに前世の景


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