6月

火虫より火虫の影の騒がしき

虫干しの度に読み入る手紙かな

たまさかの外食と決む梅雨夕焼

一点に消えゆく夕焼見をはんぬ

母逝きて遠む母郷や田植唄

半分は百姓の血や青田風

青葉潮満ちてくるもの心にも

夏月のあから様なる二階かな

病む者は病む身のままに衣更ふ

端居して酔生夢死の半ばとも

大き孤独大き蜘蛛の囲架かりをり

美しきこと淋しくも竹落葉

海月漂ふそのかみの修羅の場(にわ)

哀れなをとこ蛇殺し自慢して

蟻の列事なげにゆく地震(ない)の後も

行きゆけどいよゝ遥けき雲の峰

夏つばめ一途や夕日ある限り

門灯にすはや守宮の待つてをり(すはや=すは。驚いた時に発する語)

病葉や高層街衢つむじ風(衢=く・ちまた)

啼き交す鳥の鋭声(とごえ)や滝のうへ

滝となり又滝となり又滝と

たくましく日焼せし娘のつつましく

昼寝して古りたる縁に勝るなし

我に似てか人見知りする金魚なる

吾あくび吾が猫あくび梅雨兆す

竹そよぎすなはち風の薫りけり

夏座敷ひとり占めしてひとりなる

滴るや乾坤の青蔵しつつ

人の世の刻をうしなひ蛍狩

ほうたるにひときはまろし水の音

ほうたるゆほうたるへ水流れをり

人々に陽射零れて街薄暑

半眼に猫何を見る五月闇

感性を研ぐべし黴てしまふべし

一枚の病葉としてをとこ臥る

病葉やのんどとこころ渇ききり(のんど=のみど・咽喉のこと)

病葉に空のなき街ありにけり

誉め言葉倦むこともなく牡丹かな

夕霧と源氏名のつく牡丹かな

一期一会おほむらさきのさやうなら

緑蔭と呼吸合せてをりにけり

水の音せりこの星に緑蔭あり

緑蔭をひそひそひそと二人占む

函眼鏡太平洋を抑へつけ

父の日が来る申し訳なささうに

うちとけて名は訊かざりしビールかな

東京の方ばかり見てグラヂオラス

鯰食つていよゝ世に狎れ人に狎れ

尺取の虚空の尺も取らんとす

煉獄の空あをあをと蟻地獄

文明開化厭ひし日より山椒魚

でで虫みな動き出し樹下騒然たり

珍皇寺裏手の井戸のかたつむり

化野の賽の河原のかたつむり

毘沙門の使と云ひつ婆むかで打つ

真夜も人集ふ噴水噴くかぎり

噴水の水にもどりし星夜かな

月影の淡き味添ふ川床料理

をとこ一人一夜泊りの鮎の宿

夏の蝶枯山水にとゞまらず

幸福な目高の群を見て帰る

十七歳一気呵成のコーラかな

太陽を一個残してラムネ干す

松籟や冷酒の好きな亡父なりし

亡き母の又亡き父の梅酒酌む

月光を泳ぐ人ありたゞ一人

港の灯に赤く青く水母群れ

明易のカジノ出づれば荒野なる

水更へて金魚よそよそしくなりぬ

わが金魚ヴェートーヴェンは嫌ひらし

琉金の尾ひれ華とも炎とも

会へばいつも母校の話ビアガーデン

キネマより出でし衢(ちまた)や薄暑光

涸るゝこと知らぬ井戸ある木下闇

おほむかしより結界の木下闇

万緑や眼鏡を美しく拭ふ

名も知らぬ魚飼はれをり夏館

寝ねて見る白砂青松夏座敷

甘雨あり繁吹き雨あり濃紫陽花(甘雨=植物の生長を促す雨)

梅雨の闇学童一花づゝ供ふ

梅雨降るもこころ渇きて太宰の忌

面会謝絶五月闇五月闇

人老いぬ穢れ知らざる滝のまへ

手を浸けて泉は響くこめかみに

さびしさに蟹現(あ)れ永久の泉なる

大青嶺腰据ゑてもの考へよ

大青嶺発破の音に動くなし

雪渓に花束を置く人のあり

嘶ける馬の気負ひや大夏野

つくねんと釣れずとも良き夜釣かな

むづかしき風をよろこぶヨットかな

たゞ一机たゞ一硯の涼しさよ

濁るほど水面に白し花菖蒲

ねもごろにあやめ咲かせて深情け

伯母さまの綺麗な余生水中花

纏はれるものふり払ひ稚鮎跳ぬ

連峰のパノラマ閉ぢて白雨せり

犇きて子亀売らるゝ修羅場なり

その生をかなしみて買ふ子亀かな

亀の子を墓場に拾ふめでたさよ

亀の子の首の限りに天仰ぐ

おのづから奔馬となりし大青野

いきいきと濤のたてがみ海は夏

沸点の鯉跳ねあがる大西日

萍の花の盛りの繁吹き雨(繁吹き雨=激しい風雨)

はぐれたる者同士掬む山清水

朴咲くや亡父恋ふときは杳く見て

青葉木菟独語このごろ癖になり

衣更へて俄かにあばら浮き出たる

富士山頂に夏帽忘れ来し

雲海の絵葉書を売る下界かな

サングラス密かに眼潤ませて

涼み人ときをり星座ふりあふぐ

短夜や耳の底ひの子守唄

水打つて京の夕暮れ京の路地

夕凪いでわらんべ船を呼んでをり

黒南風やアメリカの舶燦たるも

白南風やセーラーパンツはためける

窓際はサーファーの占むグリルかな

函眼鏡浦島のごと老ゆるかも

なりはひの強き香水あはれなり

父の日のエプロン似合ひ母なき娘

全天のひかりを吸ひて薔薇の園

蔓薔薇や十字架ばかり並ぶ墓地

空梅雨か赫と蠍座牛飼座

蚊香も亦いづれは灰になりおほす

ひたぶるに灰になりたき蚊香とも

逢瀬いつも夜の噴水にはじまりし

浮御堂灯りて暗し梅雨の水

打水や三毛猫逃ぐる二寧坂

夏星を見つめて永し旅人(たびと)われ

海鳴りやいよゝ赤ぶる夏の星

まざまざと天井を見て明易き

あつさりと雨とほり過ぐ青芒

たまさかの雨をたのしぶ端居かな

一つづつともしび消えて月涼し

いつぱいに伸ばす巻尺夏至まひる

合席になるも縁の麦酒かな

すれ違ふをのこもすなる香水と

箱庭の太公望を羨しとも

梅雨闇や戦艦「大和」壜の中

厄介な鬱といふ字や梅雨曇

鉛筆に木の匂ひして梅雨湿り

落下傘無事に開きし梅雨晴間

泳ぎけり考へごとはロッカーに

自分史の序章にとまる糸蜻蛉

お花畑天近うして人やさし

夕焼けて新宿といふ坩堝かな

明易の少年ABCDE

朝焼褪せ非情の街が起動せり

夏至ひと日車軸の如く降りしきる

ゆふだちの湯気立てたまふ仏足石

夕立の泣き出だしたるロスタイム

回送車涼の一塊よぎりけり

梅雨晴やつまらぬことを思ひ立ち

青山河墨一色に画かれけり

籐寝椅子亡父の嘆きのごと軋む

日盛りのがらんと飯を食うてをる

夥しく芥子を咲かせて飢餓の国

業平の老い思ほゆる苔の花(十輪寺=在原業平が晩年を過した)

せせらぎに目高の静止するちから

冷酒やきのふのことに纏はられ

トマト齧り未来明るくある如し

苺つぶし別れきりだす気配とも

香水の香に鎧ひしと云ふべけれ

蟇蛙動かぬゆゑに吾も動かず

煙となり灰となりゆく蚊香見つ

端居して亡父の遺せし縁の褪せ

漠々と水の孤独を泳ぎけり

薔薇園の薔薇おのおのの言葉かな

産土神(うぶすな)の水を守りて源五郎

山蟻に後れを取りし木の根道

客人の顔見に出たる屋敷蛇

兜虫死に少年期が終りぬ

もう黙つてはをれず蝉殻を脱ぐ

焦土いま蝉羽化せむとしてゐたり

或る日より冥府見えゐるサングラス

金魚玉あの世閃くときのあり

金魚玉げに人の世の歪(いびつ)なる

火遊びの二人にあらず蛍の夜

わが裸体しづかに流転してゐたり

きつねうどん食べて治りぬ夏の風邪

夏めくやペンキ塗りたて山の駅

竹落葉比丘尼を訪へば留守にして

揚羽蝶この世の風にまぎれざる

短夜や枕の傍の銀時計

明易き夢の出口やちぎれ雲

明易し財布に残るはした銭

頬杖に重たき梅雨を支へをり

沙羅の花落ちては何か昇天す

街娼の眸(まみ)青ざむる白夜かな

我らが負へるもの西日のみならず

赤いポシェット流れてゆきぬ夏の川

美しき飴買ひしのみ夜店の灯

カルメ焼き舐めてそゞろや夜店の灯

真乙女の踵すっくと露涼し

ひとすぢの涼風にしてまぎれざる

滴りをふゝめば響く六腑かな

酸素にも味ありにけりお花畑

ぐんぐんと行くぐんぐんと来る夏の山

御来光待つくらがりの愉しけれ

朝刊のインクの匂ひ青時雨

夏の灯や一軒残る古本屋

夏雲や竿竹売のこゑ過ぎり

さめざめと虎が雨夜となりにけり

雲の峰毅き翼の欲しかりき

夜の蟻とは哀しみ拾ふ蟻のこと

遠花火すでに亡きひと待つ如く

熔接の火のしきり降る五月闇

いづくかに火事のあるらし五月闇

美しき造花の咲(わら)ふ西日かな

捕虫網飽きらるゝ日の遠からず

針に糸一度でとほり入梅晴れ

若竹のどこかにきっとかぐや姫

三尺寝電波時計の腕垂れて

灯ともさぬ夜のかたすみ蛍売

亡きひとを見かけしやうな蛍狩

無灯火の自転車の来る五月闇

もう嘘をつけぬ裸となりゐたり

口噤みゐても饒舌裸なる

吹き晴れてまた思ひ出で虎が雨


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