4月

長堤の果は天なる桜かな

かならず独りで来る山桜がある

茶漬飯食べて足らふや花疲れ

二で割れぬ奇数のやうな春愁ひ

あんぐりと扉の開いてゐる遅日かな

春昼にメモが磁石でとめてある

アメ横で春服買ふを見られけり

リラ冷といふ美しき夜気なりし

病む鳥も残らず帰る帰りしか

柩窓開けて囀り聴いてゐる

勿忘草花よりも名を先に知り

逃水やまつすぐな路淋しかり

老いが吹き仄と回しぬ風車

春昼に荷物の如く坐しゐたる

桜散る奥に読経の永きかな

これからのこと思はする落花かな

花の夜の一触即発のくちびる

逢ひをれば恋路にも似て遅桜

含羞みてはにかみて見る桜かな

花見人他人同士でありながら

花人の目見(まみ)うつくしくすれちがふ

鳥雲に入るゆつくりと目を瞑る

百年は死んではならぬ万愚節

洗つても象は灰色春愁ひ

蛙いよよ遥か母郷変貌す

この世からいづれ出でゆくかぎろひて

何かせねば老ゆるいちにち桜散る

一粒の雫の中の花月夜

秒針の刻みやまざる落花かな

ゆつくりとゆつくりとゆけ花明り

笑まふとは狂ふに似たり花の中

花盛り狂ふは花かはた我か

しやぼん玉吹きて仮病の一人っ子

進化せぬ蝿のこどもを打ちにけり

にしんは嫌ひ飛行機もきらひどす

この雨は止まぬと思ふ朝寝かな

醒め際に暗転したる春の夢

花種を蒔く一生のそこここに

目玉焼焦がさぬやうに花の昼

花冷の匙に震へるゼリーかな

花人のまま中京に帰り来し

父母も吾も吉野桜もセピア色

桜散る奥の妙法蓮華経

春の雲喇叭を吹けば動きけり

春虹や志賀の都のありしあと

未来へと沖へと柳絮かぎりなし

禅といふ静かな時間柳絮とぶ

目を瞑るやうに落花を踏んでゆく

魚の腹きれいに裂かれ花の昼

花しぐれ過ごすドトールコーヒーに

ほつこりとして鍵善に花の昼(鍵善良房)

一力にとまるハイヤー花の夜(一力茶屋)

板前はむかし美男子花の宿

花曇かたちなきもの纏はれる

いくたびも亡き父母よぎる花吹雪

群集の中にひとりの桜かな

醒めやすき丑三つ刻の桜かな

夜桜を離れて我にかへりけり

リラ冷のクロワッサンをちぎる指

目刺焼くべし己(し)が生を愛すべし

蛇出でてみれば平成の大合併

蛇出でて足を慣らしてをりにけり

蛇這ひて汚るゝことのなかりけり

蟻出でて乾坤の坤騒々し

つぶやくは一人の名なり鳥雲に

鯉跳ねて魚であること忘れけり

蝿の子を宥す仮病の吾ゆるし

ピン刺してこの世に蝶を繋ぎとむ

幸とふは懈(たゆ)きことなり花曇り

狂はねば見えぬものあり花の闇

春日傘に匿れて亡母のよぎりけり

海市へと橋架かる其も海市にて

尾がいつか失せし日よりの春愁ひ

フランスパン抱きてうろつく日永かな

見晴るかす胸一杯の櫻かな

をととひもきのふもむかし水草生ふ

水草生ひしづかに過去がつみかさなる

かの人のこの世を厭ふ春日傘

後の世よりてふてふ双つ来てをりぬ

蝶ひとつ柩窓より出でしこと

藤の香の熱のごとくに纏はれる

病人にやうやう暮るる藤の花

夕風の吹き疲れゐる野藤かな

羽音のみしきり白藤しづかなり

落柿舎のつましき藤の盛りかな

やはらかき言の葉撰りて藤見せり

しみじみと亡母の繰り言蜆汁

芳草や史蹟お土居と碑(いしぶみ)に

若草や捨てられしこと知らぬ猫

出で来てはくれぬひとりや春睡に

穴出でし蟻は働き蟻ばかり

哀しくも働き蜂と誰が称びし

日のもとにくはしき飯と白子あり

近藤も沖田も食べし壬生菜とや

一点となり大いなる青踏みぬ

たましひに触れて響けり花吹雪

たましひを桜散る影よぎるなり

滾つ瀬の果て知る如く花筏

花見人くらき畳に帰り来し

忌み明けのひとに遇ひけり残る花

人知れず残櫻(ざんおう)の舞ふ月夜かな

夕べまで蛤水に澄みにけり

桜鯛紀淡海峡晴れ極む

父の忌の近づく松の緑かな

枝垂柳だらり結びの帯とほる

かにかくに祇園の柳枝垂れけり

桜餅欲しがつてをる眼(まなこ)かな

惚けたる如く朧に坐しゐたり

蜆汁あさなゆふなに湖の宿

春の雷寝返りうちてまた眠る

春雨の屋根うつくしき大伽藍

燕一閃して山河あらたなり

葉がちにて名残りの花に疲れ見ゆ

北山もそろそろ笑ふ日和かな

昼酒に酔(え)ひて三鬼の忌と思ふ(4月1日)

早や蝶の骸(むくろ)を見たる啄木忌(4月13日)

ふらここに乗らなくなつて反抗期

現し世の仄とかぐはし桜餅

幻を残して桜散りをはんぬ

柳絮とび不意に別れしひとのこと

春眠の尾をひきながら椅子にあり

春睡の水脈(みお)ながながと曳きにけり

道しるべ恃みに巡る春深く

猫抱けば草の匂ひや春深し

春深く草色のもの草に棲む

仮の世にいのちなき凧戦はす

目一杯背伸びして跳ぶ稚鮎かな

蝿の子も考へてをる処世術

雨したしつばくろ低く低く飛び

蝶逃げて諦めさせてくれにけり

いまにして思へばあれが別れ雪

養花天拭けども所詮すり硝子

閻王の舌も桃色春暑し

風光る純愛の時ありしこと

朝寝とふ大きな自由ありにけり

春眠の中でも何か負うてゐし

人を見て猿(ましら)の笑ふ麗かな

亀鳴くを耳を大きくして聴けり

春昼やテレビは易く人殺め

むかし我何ゆゑ蝶を殺めしか

耕せば哀しきことも忘るゝと

草若く坐れば尻を濡らしけり

我が影は我より若し春の月

囀るやつむりの中の空深く

心のこる言の葉は消え花は消え

いつかまた出会へさうなり花は葉に

美しきまばたきとなる落花かな

吟行の一人はぐるゝ春深く

黒髪の懈(たゆ)く光るも暮春かな

春惜む地震(ない)の記憶の残る地に

霞より鐘が鳴るなり東山

夏隣り川の真中を水急ぐ

大寺の屋根まで飛べて雀の子

うぐひすは耳の良き木にとまるなり

うららかや内心の夜叉ゐぬ如く

涅槃図を脱け来し猫と一人棲む

心の底に蛇の出る穴がある

情報に汚れた耳に百千鳥

陽炎や信ずる者は裏切られ

なにもかもこの春風に可としたり

夕東風や西下してくる人待てば

梵鐘の余韻の中の遅日かな

春惜む誰そ彼の彼に歩み寄り

姿見に誰が映りゐる春の闇

春の星つむりに雫落しけり

春星を撒き散らかして神若し

春星のけぶらふ奥の春の星

春寒や剣山といふ怖きもの

地球儀の日本に生れし蝿とまる

逃るべく船に乗りてもかく春思

我楽多ももんどり打つて雪解川

春の雲おいてきぼりに浮みけり

春天の奥にてホホと誰がゑまふ

飛行機雲ほぐれほぐるゝ目借時

春怒濤身ぬちに何かよみがへる

春の海へ山城の国出で立ちぬ

いとさんと呼ばるゝひとの春日傘

東山区祇園新橋柳絮とぶ

をみなとふ饒舌な性薔薇芽立つ

追はずとも逸れてゆくなる春蚊かな

クロッカス小さき部屋でも二人の城

チューリップ影さへ明く咲ひけり

びいどろの魚と眼の合ふ春の風邪

水の音して身の内も朧なり

地虫出てみれば阿呆の滅びし後

飯蛸ごときに薀蓄聞かさるる

蝶ふたつ番ひの如し水のうへ

別れゆく胡蝶を見たり風の中

鳥の恋嘴(はし)と嘴より始まりぬ

ひとりゆゑひとり茶を飲む春の昼

夜すがらを雨したたかに夏近し

春落葉さびしい刻はめしを食ふ

春落葉ちちははの留守とこしなへ

穢れざるものの一つの菫かな

静思の蝶静思の石の上にかな

鉄板にとまりて蝶の何おもふ

無為の辺に蝶の来てゐる日和かな

蝶とまり石の存在しづかなり

マネとモネ観て春の風邪うつされし

寝ねがてにひらく画集や夜半の春

島の人みな漁師なるのどけさよ

乗り合す人の体温のどかなり

猫に座をとられて永き日なりけり

あぶらとり紙など買ふも暮の春

長き尾の如き我が影春惜む

高きより遠きを見やり春惜む

花種を蒔きし京(みやこ)の外れかな

花種蒔く男の指をやはらかく

ひとりゆゑひとり酌むなり逝く春を

車座になりて茶を飲むあたたかき

春はやち見目よき月を置き忘る

やましろや殊に霞める東山

春霞「枕草子」思ひ出で

春夕焼わらべになりてみたきかな

春宵や在り経るわが身いとほしき

更かしゐて不意に寂しき春の夜

口笛を吹けば掠れて春の虹

観世音微笑(みしょう)したまふ春の虹

春を寝て未生以前を旅してをり


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