1月

美しき逢瀬もあらむ初日記

逢瀬早や遙かなるかな去年今年

一服の紫煙くはしき去年今年

ぬばたまの闇に水音去年今年

人知れず一歯ゆらぎて去年今年

正月や密かに欠けし永久歯

燐寸の火燈明となり年立ちぬ

一木の凛々と枯れゐる初景色

街騒(まちざい)のひねもす遠き初景色

猫の髭白糸めける淑気かな

かたまつて鳩ひるがへる恵方かな

一陽来復の鳩と仰ぎ見る

おほん歳九十抜き手するどく寒泳す

寒泳の老いの抜き手や水静か

老人の肉(しし)薔薇色に寒泳す

ときじくの加茂の川音(かわと)も今年かな

日あたりて俄かに近し初山河

正視して日ごろの山も初景色

ばつたりと四条に遇ひし御慶かな

女礼者いまだに吾を坊と呼び

亡き父の戦友なりし初礼者

寡婦よりのあえかに香る賀状かな

初明り身ほとりに楽湧く如し

ゆくりなく残月朱き初御空

ビル粛と墓標めきたる初日かな

初日記おのが信ずる警句添へ

初電話竹馬の友も酔うてをり

数の子や皆中流の貌しをり

人日や既に汚れし新(さら)の靴

人の日の外れにモツを焼くにほひ

白味噌の美(うま)し混沌京雑煮

買初の元祖みたらし団子かな(下鴨神社)

渾身の射手の静止や弓始

だしぬけに齢訊かれしおでん酒

初鏡まざと己れを己れ見て

初鏡あれよあれよと五十なる

ポインセチアあかりの如く真夜の卓

逢へさうでなかなか逢へぬ睦み月

寒卵置けばまばゆき朝日影

母の背に吾ありし日や寒卵

目瞑れば母郷ありけり寒卵

燦々と腑にゆきわたる寒の水

飲めば身の柱となりぬ寒の水

何事も起らぬ不安阪神忌(1月17日・阪神淡路大震災忌)

山眠るふつと活断層のこと

叩かれて踏まれて焚火果てにけり

虚しさのその大きさの雪仏

冬星を愛して女人幸薄き

華麗なる毛皮を纏ふ不倖せ

女礼者瓜実顔も老けにけり

初夢の魑魅魍魎を蹴りてゐし

外づらを映してゐたり初鏡

寒鯉に眠気まなこのありにけり

寒桜見つつ密かに逢うてをり

寒月に見透かされゐる意中かな

学び舎にひたと取り憑く風邪の神

みづ色の空が苛む風邪心地

風邪が因(もと)にて亡き数に入りしこと

蒼々と北斗傾ぶく湯冷かな

湯冷して孤独深まりゆく如し

咳(しわぶ)きと硬き靴音夜を急く

いびつなる石こそ愛せ冬河原

ひた待てる冬木とこころ同じうす

仁王立ちして裸木となりにけり

冬蝶の空のまほらへさやうなら

おでん酒高層街衢(がいく)そびらにし

もう一人詰めれば座れおでん酒

おでん酒とゞのつまりは一人なり

咳響(とよ)む高層街衢ひと気なく

老いの咳生きの証と聴きにけり

焼鳥や顔馴染にて名は知らず

焼鳥やきのふと同じ顔ぶれに

諍ふも睦むも若く白き息

白息をとめ的を射る矢となりぬ

寝酒とふ哀しきことを覚えけり

嚏(くさめ)して大東京の片隅よ

荒天の一と日を遊び松の内

松過ぎや十数行の死亡記事

松過ぎを水嵩(みかさ)淋しく川流れ

松過ぎの鴉となりて憎まるる

吊革にゆらりと日脚伸びてをり

一駅を歩きて日脚伸びにけり

日脚伸ぶ花舗に暫しの立話

青天のつゞきて冬の深みけり

寒中や干物の如き十指して

うるはしき白身の魚食ひて寒

抱きやれば猫の咽喉鳴る寒日和

寒暁やふつとかの日の地震(ない)のこと

蒼天に水輪(みなわ)ひろげて鳰くぐる

きつぱりと一人暮らしの寒椿

寒椿孤独の色の真くれなゐ

決意して冬のさうびを剪る日かな

冬さうび真白昭和終りし日のやうに

冬さうび泪ぐましく咲きにけり

夢の世に咲きて淋しき寒桜

寒鯉の音を断ちたる山河かな

蝶凍てて死ぬる力を残しけり

そゝのかす二十日正月とか云うて

風格といふもの枯れず朴大樹

冬耕も見ずなり母郷変貌す

塩鮭の文句ありげな口しをり

孤独かな雪の降る音聴き澄まし

オルゴール事切れし後を凍る夜

幻聴ならむ銀漢の凍つる音

長考の応酬となる襖かな

過ぎし日や目瞑りて聴く虎落笛

父母ありし日には気付かず隙間風

寒の水澱みて黄泉路まで澄みぬ

亡母の声する筈はなし虎落笛

初夢の亡母なかなかに若かりし

声悪しく啼きて寒鴉となりにけり

寒鴉したたかにして間近なる

法悦の薄目を開きて炬燵猫

獣医より猫のいたゞく賀状かな

戻り来し葉書ひとひら机上冴ゆ

嚏してひとりぽつちにまぎれなき

針ほどの事に執する寝酒かな

熱燗にふはりと言葉ほぐれをり

本流を残して支流涸れゆけり

涸れ川の一縷の意気地残しけり

狐の嫁入り冬虹を置いてゆく

独楽廻すむかしむかしの手の憶え

昔日はすべて美し手鞠唄

冬帽子目深ひとりを愉しめり

安らぎに似る一色に枯るること

湯気立ててたゆたふ如く座しゐたる

ひねもすの無聊に湯気を立ててをり

湯豆腐や玻璃にけぶらふ東山

大寒のしみじみと読む死亡欄

飽食の国飽食の寒鴉

毛皮被て人間になき尻尾かな

幽けくも確かな呼吸枯木なる

狐啼き女人の姿見失ふ

捜し物してゐる冬の蝶に逅ふ

彼の世へとつながるこの世冬霞

母追ひし父か黄泉路もしぐるらむ

雪蛍その辺りより黄泉路とも

焼鳥や疾くに歌手亡き古りし唄

湯豆腐を崩し過ぎたるもの思ひ

煮凝の海界(うなさか)游ぎ来し眼かな

カナリアに嫌はれてゐる冬籠

寒桜四五輪咲きし憂き世かな

ポインセチア一鉢買ひし濁世かな

寒椿このくれなゐも形見なる

凍てつきて鐘撞く人もなかりけり

凍星の力の抜けて隕ちにけり

ひきゆける汐うつくしき湯冷かな

寒紅や祇園は昏らきところなり

云ふほどの寒波にあらぬ懈怠(けたい)かな

おでん酒死者を誹れば哀しけれ

右手より左手冷ゆる過去のあり

独り居の貌さむざむと魚炙る

寒濤の玉砕といふかたちかな

弱き地震ありしを春の近さとも

日当ればすは喝采の枯木山

西方へ寒水の尖(さき)かがやけり

あけぼのの雪降りをはる謐けさよ

蜜柑に爪深く悪女かも知れず

凍蝶の血はしろがねに凍ててゐむ

鮟鱇の不平不満も啖ひけり

斎(とき)の座に酔うてしまひし海鼠かな

端正に座し端正に枯れたまふ

手を拍つて狒々を怒らす寒日和

冬ざれの中哀しくて哄ふこと

冬蜂の屍や生ききりし安けさに

御仏のまへ冬帽子脱ぎたまへ

めぐり邂ふ哲学の道枯るる中

右大臣実朝の和歌読初む

寒桜そこばく咲きし葬りかな

寒さうな衢(ちまた)の顔にまぎれゆく

毛糸編むをみなの十指懈怠なく

すきま風亡き父母のもの家に減る

酌下手の汝(なれ)を愛しぶおでんかな

群すずめ何を楽しぶ枯野空

寒鯉のちらりと上目遣ひかな

冬帝に狎らされてをり背なまろめ

冬の星一人に馴れてしまひしよ

冬籠るつむりを占むる詰将棋

正月の余韻尚あり祇園さん(=八坂神社)

雪積めばはしやぎたる日を懐かしむ

黒き物ばかり被てゐる冬将軍

冬の水仏頂面にまぎれなし

冬の水をみなは己(し)が身映しけり

雪嶺を前に欲りたる白湯甘し

逢へばすぐ別れの時刻室の花

若き日の三畳一間寒昴

聖よりきよく一樹の枯れおほす

裸木となりおほせたり安らげり

風花の一片とまる鮮魚の眼

尊厳死択ばる寒きもの外し

高齢化少子化冬の深みけり

冬蜂の客死してをる畳かな

冬蝿の往生際を見つめたる

たましひの少しくかろく春隣

引力といふを感ずる寒満月

寒月にたましひ引かれゆく如し

死にゆけりあかときを雪降り出せり

虎落笛亡父の悔しさおもふとき

極楽へ亡父の忘れし冬帽子

極楽はその猫の寝る冬日向


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