11月

秋深し遺伝といふも形見にて

秋惜むあはあはと影連れ歩き

爽やかに髪から醒めてゆく朝よ

秋郊や雲と遊べる如くをり

蓑虫や昭和も既に遥かなる

人死んで露消えて石残りけり

虚しさよ花野に倦みし眼が二つ

花野にも倦みてこの世に帰り来し

芒野を通らねば行けぬ世のあり

瞬きに十年老けてきりぎりす

老いゆくか夢の中にも黄落し

黄落に東京の空寂かなり

長き夜の夢に束の間逢ひしこと

惜秋や場末にキネマ観ることも

惜秋やしづかな土を歩々に踏み

秋去りぬ合せ鏡の奥の奥

帰り花かりそめの世にかりそめに

月光を浴び過ぎし頭にアスピリン

右手より左手冷ゆる訳のあり

月光に晒すと疼く傷がある

死とはその脱ぎし手套の如きもの

白障子ひととき濁世遠めくも

冬を告ぐさきがけの星あをあをと

凩があをあをと星殖やしゆく

母逝きてのこる言の葉帰り花

芒野や昔むかしの風探し

死ぬ人の褥に紅葉明りせり

街騒をはろかに秋を惜みけり

胸底に響みて釣瓶落しかな

東京の響みの中に秋終る

狐面つけてまぎるゝ秋祭

うかうかと小春日和の暮れかゝる

霜のこゑ羽根あるものも地に死ねり

冬銀河鉄琴の音の凛凛と

人里に出でて哀しき熊になる

鷹翔ちぬ我には見えぬもの見えて

冬の蝶供華より供華へ飛びにけり

冬河の聴けば頻りに骨(こつ)の音

根の国へ急ぎ芒野ゆきゆくか

澄む秋の千里眼にも見えぬもの

消えさうな秋の虹よりとほきこと

身に心にうらおもてある秋の風

嗚呼と云ひき紅葉を前に死を前に

露けさのいたるところに生死かな

日あたりて撃たれさうなる鴨のをり

一本の時雨傘買ふ二人かな

釣瓶落しこころに火種残しつつ

冬銀河睡りより死へ安らかに

冬星を愛し女を愛さざる

「あれがシリウス」少年の指悴まず

古井戸を覗きたる夢冬に入る

冬立つや薔薇の暗部に羽虫の屍

冬に入る修羅場のほむら美しく

凩の空まつ青となりにけり

風邪引いて一所懸命睡りをり

隙間風こらへてをりし上座かな

聞き慣れてわが家のもの虎落笛

現し世にもう逢瀬なし帰り花

命日を忘れてゐたり帰り花

エプロンのをみな子父に毛糸編む

風なきに何に漂ふ雪蛍

綿虫や不安は白くつと青く

首傾げまた首かしげ蟷螂枯る

冬眠の蛇まぼろしにまぐはふか

またの世へ長き冬眠したまへる

時雨傘抱き寄せ易き肩になり

蓑虫を残して生家出でし日よ

老人に蝶のたゆたふ冬日向

室咲いて画廊喫茶はけふも閑

造花とも室の花とも精神科

仏とふ石の犇めく寒さかな

天井を電車が通るおでん酒

冬に入る一本道となりにけり

帰り花喪中の人もそとゑまひ

寒星や生きてゆくとは悔しいこと

いくたびも亡父のこゑ聞く虎落笛

いくたびも亡き人過る落葉かな

一枚の落葉に深む静思かな

考ふる人青錆びて落葉見る

はつふゆの雨美しき竹の肌

小春日やあくびの泪すぐに消え

猫の目に見ゆるもの飛ぶ小春かな

醒めて見る人形怖し寒月光

しぐるゝや石塀小路の石畳

しぐるゝや上七軒に音もなく

しぐるゝやむかし廓の細格子

細き路地細き格子や小夜時雨

廓跡まぼろしのごとしぐれけり

寒灯をいくつもともし一人なり

亡き父のいつも冷たき腕時計

壁の中水の音して風邪ごこち

柊に照りゐて冬日痛々し

冬の日を蒐むる如く歩みをり

日あたりてきて枯山のゑむ如し

まつすぐに線路寂しき枯野かな

安らぎといふもののあり枯るる中

ラガー等のいのちぶつけて犇めける

ラグビーや弱き太陽早や傾ぶく

赫々と日を傾ぶけてラガー蹴る

勝ちラガー裂けし唇にて笑ふ

北風や大きな背なの父なりき

しろがねの息となりゆく冬の月

冬の月汝(なれ)のうなじの白きこと

賀茂川にあを空浮かむ時雨かな

山眠りとほくで牛の鳴きにけり

荒星や我が喪ひし何々ぞ

寒昴身の昂ぶりのゆゑ知らず

わたくしの匂ひへ帰る毛布かな

冬麗の賢き象を愛しけり

冬麗の小便小僧の辺に座る

冬麗の眼鏡の似合ふ女かな

亡きひとを今なほ愛す冬青草

病み臥せば母思ほゆる冬林檎

残りゐて早く散りたき木の葉とも

順序ある如くに散れる木の葉かな

落葉して恋するものは密めきぬ

総落葉して事もなき安息日

現し世をやはらかに踏む落葉かな

安睡(やすい)せり夢の中にも落葉して

千年の都の山も眠り時

比叡より三十六峰眠り初む

しぐれてはいろめきたちぬ吉野窓(祇王寺)

祇王寺の極みのいろの冬紅葉

野の宮の竹うつくしき神無月

奥嵯峨の冬のはじめの狐雨

河原町に出でて日記を買ひしのみ

風邪はやる向ふ三軒一人つ子

今にして遺言の如し風邪引くな

その朝の駅頭混めり神の旅

神留守のたはむれに買ふ鳩の豆

神留守の白き狐に見られけり

あるラガーの背番号のみ目路に追ふ

外套の背なは哀しき断崖(きりぎし)なり

現し世の歪(いびつ)に見ゆる寒さかな

冬めくや家路にふゆる屋台の灯

ふり向けばいつも冬雲放浪記

風神にまたちぎられて冬の雲

まつすぐに鳥を翔ばしめ冬の天

大津絵の鬼あかあかと冬ぬくし

竹売りのこゑ朗々と小春風

小春日の窓開けて猫叱りをり

小春日の眼鏡ほんのり汚れけり

小春日の埃の如き羽虫かな

忘られて椅子に小春の帽子かな

木屋町に天麩羅食うべ冬も好し

書肆覘き画廊に寄りて日の短か

道端に花束置かれ日の短か

短日やひと気なき間の時計鳴り

冬月正視恥づることなしとせず

ことごとく忘れむと来し冬の海

冬かもめちりぢりに翔ぶ別れかな

落葉はげし言へば言ふほど空しき日

幽天の涯もなかりし日本海

ふとん打つ音を聞きゐてふとん中

東京の片隅にひくふとんかな

東京の響めいてゐる冬の霧

相似たる愚痴をこぼしておでん酒

おでん屋台また中年が流れつく

湯豆腐にはらはたゆるぶ音したる

ねもごろに化粧ひゐる猫小六月

卒塔婆の朽ちて騒立つ冬旱

寒夜なる水に浸かりしガラス皿

身のうちに骨の音鳴る霜夜かな

靴音の孤り過れる霜夜かな

瞭かに北斗傾ぶく霜夜かな

狛犬の阿吽の力む霜夜かな

枯園に裸婦像の乳(ち)のゆたかなる

おもむろに障子を閉めて話すこと

銀屏にうつろひやすき起居かな

一日の重さが沈む蒲団かな

セーターにきのふのにほひ残りをり

村ぢゅうの漢に羆(ひぐま)撃たれけり

束の間を狐失せたる闇うごく

奥嵯峨の夜を美貌の狐啼く

街川を流れて菜屑街を去る

中京の外れの葱のにほひかな

人参を微塵にすれば食ぶるひと

消しゴムで消せば済むこと冬の虫

せつなしよ忘れ花など咲くからに

編みくれしセーターを着て別れけり

対の供華おのおのに触れ冬の蝶

人をりしけはひの残る冬座敷

一生とは只今のこと冬夕焼

見えてゐて海はろかなる枯野かな

冬ざれて繭色の灯の美しき

冬ざれの奥の奥なる念仏寺

鳥辺野の墓るいるいと冬旱

見るからに寂し見頃の冬桜

冬座敷足をくづせと云はれても

愛猫の家来となりて冬籠

美しき木の葉を挟む旅信かな

詩を書きて一寒灯に足りし頃

室花の香に籠りゐる白昼夢

冬薔薇けぢめの如く剪りて活く

寒木にこゑ美しき禽棲めり

たましひを残して大樹枯れきりぬ

風の日の焚火育つるきびしき背

火を怖れ火を焚く父を畏れけり

尼寺のほむらしづけき焚火かな

怠業のおのれを宥す冬すみれ

逢ふまじや玻璃の彼方の冬銀河

縄跳びの縄を入日もくゞるころ

凍蝶のこときれてをり無傷にて

枯蟷螂快楽(けらく)の如く動かざる

眠れねば母郷の眠る山想ふ

はんなりと京(みやこ)の山も眠り初む

かんかんと石落し岳眠らずや

十一月水の如くに過ぎにけり

あはあはと零戦現るゝ青写真


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