10月

秋晴の何するとなき一人かな

秋晴のひと日病ひを忘れゐし

秋野ゆく一人だに悦し二人なほ

酔ひたれば一さし謡ふ秋の夜

夜更けても心そゞろや鰯雲

もがんとし日当たりながら柿の冷え

柿喰み足らふはらはたの冷え確か

木の葉舞へど還る土なしビル聳(そそ)り

月正視おのれを恃むほかあらず

正面に月文机の塵拭ひ

のけぞつて見る絶頂のいわし雲

突堤に己が身つき出すいわし雲

太白も月も浮かみて虫音かな

まなうらの鈴虫澄めるうつつかな

残る虫縁の下とふ荒野より

秋たけなはひつそりと人死すとも

人影のなき方へゆく水の秋

澄む水のほとりに佇ちて人嫌ひ

うそ寒く人に背ろを歩かるゝ

ははそはの母に供ふる零余子飯(むかごめし)

運動会生ひゆく命美しき

秋晴を勿体ないと老の云ふ

ふりむけば既にたそかれ柳散る

かゝづらふことなし柳散る如し

柳散る人生もまたうごきだし

薄野や佇てば人体帆の如く

いつも来ていつもあたらし大花野

魑魅(ちみ)棲むとけふも湖心の霧深き

鉦叩まことしやかに聴いてをり

いとど跳ぬももとせを経しくらがりへ

秋の虹消すまじとして瞬(まじろ)がず

蜻蛉の紙の音して交みけり

絹雲の仔細にうつり水は秋

涙腺の過敏な日なり水澄めり

澄む水より濁る水見てやすらへる

秋水のしじまを怖れしざりけり

病者かなし昼の虫音も障(さや)るとぞ

かなしさや病者の影もさやけくて

死ぬ人の聴き澄ましゐる虫音かな

鈴虫に醒めてこの世の外れかな

睡るまで鈴虫を身にためておく

さなきだに鳥辺野(とりべの)寂し残る虫

螻姑(けら)鳴いて賽の河原といふところ

人波は寂しき河よ秋の暮

冷まじく地下鉄叫(おら)びつつ逼る

己が尾に戯(ざ)れてゐる猫秋うらら

神妙に猫の侍(はんべ)る障子貼り

人恋へば夜雨しろがねの虫音かな

天高し屋根に煙草を喫ふ屋根屋

天高く諦めしことひとつ増ゆ

日溜りにはにかむ如し秋の蝶

寄れば逃げて妙齢の秋蝶なり

雨落ちの石の凹みや秋深し

吾を急くからくれなゐに渡る鳥

野仏の久遠の微笑(みしょう)小鳥来る

おのおのに負ふものがある秋の暮

どうしても視線合はさぬ菊人形

孤りなり飲食(おんじき)の灯に秋蛾来て

搾り切るレモン別れの合図めき

とほき夜の繊く冷たき指のこと

冷やかに見透かしてゐる眼(まなこ)あり

泣かずゐてつめたき人と思はれし

濁酒酌みここは銀河の番外地

后陵秋のてふてふ頻り舞ひ

枯蟷螂いとけなきもの尚も食ふ

秋の虹なにか忘じてしまひけり

長き夜やみしりと家のどこか鳴る

月光に濡れて帰らん森出でて

水行くや流転の果の月の海

乙訓の風あをあをと竹の春

花芙蓉など亡き母の笑み浮かむ

母と吾と菊人形もセピア色

鰯雲さへ埋め得ざる空白あり

虫鳴くや無窮の星をちりばめて

安眠枕裏返しても虫の秋

眉月や夕雨過ぎし東山

月影や砂丘の起伏女体めく

羚羊(かもしか)の意識する眼や秋澄めり

野分中わがししむらはわれのもの

竜胆や夕青空を下山せり

竜胆を手に見晴るかす日向灘

雁渡し湖北の水の青まさり

天高く龍を麒麟を蔵しけり

父の背な思ほゆるかな月の縁

黒田節舞ひし亡父の忘れ扇

良宵の指揮者見事な禿頭

化野やたれも仰がぬ三十日月

十六夜を草のにほひの猫帰る

壁の中水の音して無月なり

星流れ胸のくらがりひやりとす

銀漢や枕の中の怒濤音

良く晴れて無性に秋刀魚食ひたき日

浮御堂秋惜む灯の入りにけり

深秋や振り子時計の振り子音

実柘榴の叫(おら)ぶかたちに割れてけり

口の中言葉ぎつしり柘榴熟れ

煌々と売らるゝ虫の皆足掻く

無口なる虫売りの過去訊かでけり

甲虫虫売りの子は欲しがらず

われの目に鬼やんまの眼近づき来

曼珠沙華卑しき目には卑しく咲く

曼珠沙華愛憎の間を揺れてをり

深秋や檻にしづまるマント狒々

白犀のうすうすよごれ秋深き

天空の穂絮一つの気ままかな

倒れたる案山子に巡る天球よ

笑むごとく柿熟れてゐる日本晴

けふ晴れて秋津にまかす行方かな

水筒の番茶旨しよ草紅葉

紅葉狩る善男善女へとまじり

けふもまた優柔不断昼の虫

色鳥のかならずとまる野の地蔵

椋の実や椋鳥(むく)もをりふし喰みこぼし

たゝなはる山のあなたの丹波栗

栗大き字(あざな)の残る母の里

色紙の裏に色なし秋の風

決意して秋水の尖(さき)光りけり

行く路は一つと決めて水澄めり

秋暑き産寧坂ゆ仁寧坂

秋晴るる亡父まねて打つ釘の音

山粧ふ仏も唇を朱うして

ある秋日決心をして小鳥買ふ

二羽三羽鶏の遊べる秋の土

リンゴひとつ貰ひてうれし象の鼻

秋うらら撫づれば象の眼の笑まふ

風あれば魂(たま)のよろこぶ芒かな

もしかして風を躱(かわ)せる穂絮かな

日すがらを木の実降らせり誠実なり

さやうなら一語のファクス夜長し

爽やかに聞こえてをりぬ二枚舌

人波にしたがふ釣瓶落しかな

球場に人疎らなりいわし雲

書肆出でて御苑を歩く秋日和

秋思また座り心地の良き椅子に

絹雲を仰ぎしよりの秋愁ひ

傷みたる木馬も廻る秋日影

撫で仏撫でつつおのれ秋深む

飛鳥みな礫の如く海気澄む

秋の暮湯は煮え立ちて沈黙す

秋の暮大き焔(ほむら)を地に育つ

寝顔にも賢愚のありて虫の夜

秋風や猫捨つる人拾ふ人

のら猫に慕はれてをり草紅葉

わらべらは無花果盗むつもりらし

深秋や老いたる獅子と眼の合ひぬ

空缶は蹴るためにある高き天

鬼やんまの視野にあるらしわたくしも

倖せをよそほふ林檎卓上に

愛にも似て林檎のすぐにカーキ色

地球まろし葡萄一粒づつまろし

女郎花男郎花早や逢魔時(おうまどき)

秋風や別れて煙草踏み消しぬ

迷子泣いて菊人形に何か云ふ

人形と葡萄酒を酌む秋夜かな

美しきひとに秋蝶寄りつかず

惜秋やゆきもかへりも徒歩(かち)にして

猛獣を見にゆきて秋惜しみけり

秋気澄む獣の声に人声に

象といふ皺のかたまり秋深む

秋麗や老爺の腰の迷子札

ひとりでに鳴り出すピアノ秋麗

怒濤音残して釣瓶落しかな

それ以上赤くはなれぬ赤蜻蛉

時代祭眼鏡掛けたる公達も

嵐電に轢かれてゐたり穴まどひ

秋刀魚焼く香やツィゴイネルワイゼンに

小鳥来る胸中に風そよぐころ

ひとりごつ己れ愛しき夜長かな

秋川に石を拾ひてかの人も

歩け歩け足裏(あうら)に秋を惜しむべく

レモン搾る愛を惜しみてはならず

澄み切るや天の均せし水なれば

天上に笙のふえの音水は秋

水筒の小さな磁石霧の中

亡き母の好みし路や草の花

草の花話しかけたき人のゐて

夜寒さの猫語を聞いてやりにけり

秋深むほろほろ沙を零す崖

柿食ひしその確かさの腹の冷え

なにもなきこの村のその柿の照り

倦むほどに晴れ空つづく飛蝗かな

きちきちがきちきちと飛ぶ貧しさを

身の芯の冷えまさりゆく紅葉かな

くらがりに御仏います紅葉寺

紅葉より黄葉の径親しけれ

残菊や訣れしうから思ほゆる

秋澄みてもう逢ふこともなき予感

流星や死んで初めてわかること

戦争も平和も知らぬ鬼の子よ

毬栗や父逝きしより時はやし

末枯や亡父かとおもふ影法師

紅葉より黄葉にかはる葬り路

柘榴割れ泣き出したいのかも知れず

死ねと云ふかに秋潮の曳くことよ

釣瓶落しまた遺されてしまひしよ

鈴虫や夢の入り口水流れ

妙齢かはた老齢か秋の蝶

秋の蝶中年の眼にはぢらふか

鬼灯や舌の長き子短き子

草の花捨て猫に名をつけてやり

自ずから煙草つゝしむ秋気かな

露の音言の葉撰りて語らふも

芋の露われにも命ひとつかな

明日死ぬる蜉蝣と思(も)ふ眼路に追ふ

ライオンの瞑想ながく黄落す

爽涼と思ふ一度しか死なぬこと

わが魂をゆだねたる鳥渡りけり

貧乏神見え隠れして芋嵐

芋嵐葉裏にはたとあの世かな

街騒も耳にかろきや登高す

父の世の畳に冷ゆる仮寝覚

優曇華や父母亡き一間すぐに昏れ

月煌と秋の時雨にかゝはらず

秋澄めりいつか死ぬことまた思ふ

人死んで煙となつて秋の風

恋ふらくは狂ふに似たり櫨紅葉

山桜紅葉且つ散るくらさかな

傷みたるたましひに酒あたゝめむ

現し身の芯ゆるぶまで温め酒

また何か忘じて秋を惜しみけり

天高く笑へば笑ふほど虚し

曼珠沙華この世の外れ明うせり

曼珠沙華橋を渡らばあの世とぞ

美しや誰が名づけし死人花

秋日向死人羨(とも)しむ老人と

狂はねばおもしろくなし夕紅葉

雲の秋こころが三つも四つもある

鬼の子の鬼ともなれず揺れてをり

ねもごろに菊のたましひ誉めゐたり

露の音いのちを落すこと勿れ

秋の蝿死相をもちて歩きをり

三和土の屍よべのちちろに違ひなく

昼の虫この世の隅にゐる如し

早や過ぎて秋のしぐれの尻尾かな

秋時雨ところによつて濡れにけり

化野や月にも呼び名あるものを

冷まじやまた屈葬の形に寝ね

鬼灯や無思想の舌見せ合ひぬ

冷やかに夢に出づるは亡父ばかり

紅葉且つ散る幽明の境かな

紅葉山おほきな闇を蔵しけり


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