1999年の作品へ

1月

恵方(えほう)へと魔物の金を持ち歩く

一本の迷路と思ふ去年今年(こぞことし)

亡母今も待つ如く振る火縄かな

文庫本ほどに愉しき正月なり

元朝の雨と思へば掌に受くる

パソコンで画けぬ青あり初御空(はつみそら)

初夢や逝きし親族(うから)に囲まれて

若水(わかみず)の美しき火を映しけり

三日はやカレーライスを所望せり

こめかみに近づいて来る寒の柝(たく)

哲学をする半眼の竈猫(かまどねこ)

漱石の蔑(なみ)されてゐるお年玉

初空へ煙になりて風になり

初夢に黄泉(よみ)を見しこと内緒々々

修羅車(しゅらぐるま)少なくなつて初景色

優雅とは自堕落のこと寝正月

初空を見て山を見て墓を見る

磁石がある砂鉄の如く初出勤

香水の強さ淋しいひとと思(も)ふ

刀折れ矢尽きて枯るる葦となる

小説の女に惚れて冬籠る

忽然と死するがよろし冬の虹

睫毛(まつげ)ほの濡れをり夢に雪降りて

鷹を見てをとこの背中すぐ昏るる

願(ね)ぎ事の混沌たるに初詣

真ん中に老人を置き冬座敷

蝿の屍にふと蝿とまる暖冬なり

冬の川つづくと隅に書いてある

一人減り一人増えたる日向ぼこ

哀しみは背(そびら)にまはし三が日

枯るる中思ひ入るべしあをあをと

白息を吐き魄(たましい)をかろくせり

宝籤(たからくじ)まだ見ぬつもり去年今年

元朝も珈琲の香に始まりぬ

日本に正月といふ魔法かな

コンピュータ・スタンバイにて雑煮(ぞうに)かな

病むところなきが如しよ初湯出て

淑気(しゅくき)へと中年の貌晒(さら)さうか

礼者来てまたまた坊(ぼん)と呼ばれけり

松過ぎて屏風の虎は押入れに

夜の地震(なゐ)に魔法もとけし六日かな

初鏡虚仮(こけ)の面(おもて)を弛(ゆる)ぶべし

都鳥ハンバーガーを視(み)てをりぬ

吾が眼(まなこ)遊ぶ千鳥を見て遊ぶ

少年は図鑑の鮫を愛しけり

鱈(たら)が好き鱈といふ字が好きだから

鮟鱇(あんこう)の口から裸婦が跳びだして

鮟鱇に二万哩(マイル)の闇がある

鮟鱇の口深海を滴らす

初出勤魔法のとけし貌をして

木枯しが愛を試してをりにけり

火事の火を水は慟哭して消しぬ

恙(つつが)なく金吐く機械去年今年

初明り霊安室の扉を開けて

雪降れば餅がどんどん膨らみぬ

冬蝿にしがみつくもの見当たらず

母逝きて煮凝(にこごり)もまた無くなりし

手袋を脱がねば何も始まらぬ

縁ありてばつたりと逢ふ初詣

初詣芭蕉堂へも足のばし

二条駅ふと冬海のにほひせり

淑気へと蛤御門(はまぐりごもん)より入りぬ

「考へる人」の裸も淑気かな

寒風の街死魚の眼に見据ゑらる

美しき数字とおもふ初暦

冬の水錦(にしき=錦小路)の魚の貌美(は)しき

綿虫の漂ふいのち見て昏るる

枯るるばかりよ耳塚(みみづか)に淑気無し

地下鉄が地に出てくらき寒暮かな

初詣ちから一ぱい泣く児ゐて

凍雲に浮いた噂もなかりけり

買初(かいぞめ)の蛸焼きを先づほヽばりぬ

こつくりと頷(うなず)くやうに冬入日

雪催(ゆきもよ)ひ山陰線が曳いてくる

寒がらず未だにニーチェ読む男

冬の川小さな鈴が鳴つてゐる

暴れ独楽(ごま)もんどりうつて京の坂

独楽澄める一念といふ時のあり

独楽見つむ心に深く持(じ)すること

寒鴉死魚の眼(まなこ)を啄(つい)ばめる

冬木影仄かに父を抱きけり

寒鯉の鰓呼吸(えらこきゅう)のみ見てをりし

がうがうと毛布の中で風が哭く

蒲団ひく一畳といふ荒野かな

極道をやめし男が泥鰌(どじょう)掘る

標準語にて話すべき賀客来ぬ

年酒(ねんしゅ)酌む無沙汰なりしがうちとけて

咳聞かず死んでゐるのかと見にゆく

葱(ねぎ)買はずいよよ孤独になりさうで

夢の中鯨を捕りに行くをとこ

羽撃(はたた)ける鳩も淑気を出でゆかず

帰りゆく男の背負ふ寒暮かな

瞑(めつむ)れば蝶ともなれる我が枯野

枯野星見て前世より立ち尽くす

爛(ただ)れたるわたしの胃壁寒茜(かんあかね)

冬灯下魚に唇ある哀し

訪ぬれば更地よ寒鴉(かんあ)翔び立ちて

稲妻や眼を見開けるデスマスク

くちづけをして樹氷へと入りゆきし

初弓の乙女の胸は岬かな

口紅の色変へて来し春着かな

外套のポケットのなか手をつなぐ

つめたさの爪先で立つ廊下なり

寒稽古並(な)みて清らなアキレス腱

凍土なりアキレス腱の切れさうな

重ね着のどれか一枚減らさねば

雪蛍淋しくなりて徘徊す

日あたりて綿虫も詩も見失ふ

冬の燈へ電気ブランを呑みにゆく

悲しげに笑ひつつ独楽静止せり

青年の斧(おの)青光る枯木山

荒々しき息して枯木倒さるる

霜夜読む漫画しーんと書いてある

覗き見るピアノの暗部雪催ひ

女正月(めしょうがつ)この頃寝込む亡母なりき

伊勢日記読みさしに松過ぎにけり

ぼんやりと出てゆき風邪を引きにけり

罪の如く鰤(ぶり)の目玉が旨かりし

日あたりて枯木のやうに父のゐる

逢引に嵯峨野の空のしぐれ癖

冬海に散骨せよと唯一語

あなた待つやうにはつゆき待つこころ

夢の中蝶は与那国蚕(よなぐにさん)になる

初春の人を見に出る大路かな

御馳走に与(あずか)る猫の骨正月

千年後想ひてをりし初霞(はつがすみ)

三山に響(ひび)かふ淑気満つるかな

山寺の裏の棘(おどろ)も淑気かな

眼を細め見ゆる限りの初山河

オッスとか云ひさうな子の春着かな

小さな神小さな餅の供へあり

舗道ゆく霰(あられ)の如く吹かれつつ

地下道を蟻の如くに寒暮かな

怪談と猥談の間の雪女郎

唇づけを止むれば唇も冴ゆるかな

冴え冴えと天地(あめつち)のあり君とゐる

粕汁(かすじる)にゴーグル外し優男(やさおとこ)

冬深む拾ふものなきアルミ貨に

触はるべからず凍蝶とガラス片

一人では泊れぬホテル室(むろ)の花

侘助(わびすけ)に未亡人めくひととゐる

冬林檎一糸纏(まと)はぬ君の剥く

むつみ月自画像を描き孤独なり

猥雑を愛して寒の雨に出づ

流れきて流れゆく見る初景色

あの世より少し明るき一寒燈

米兵に愛されてゐる冬桜

皸(あかぎれ)を赤児のやうに撫でてやる

寒いから影がお先に去にたがる

一月の影より早く歩き出す

暖冬を途中下車して遊ぶかな

人体の穴といふ穴日脚伸ぶ

去勢せし猫と一緒に春を待つ

雪のち雪ところによつてゆきだおれ

一むらの冬青草を見て泣かず

寒厨(かんちゅう)の背姿ばかり想ひ出す

ひとごとのやうに正月過ぎてけり

白魚のいのちまとめて掬(すく)はるる

仏蘭西語ひとつ覚えて春待ちぬ

氷像の女神にネオンうごきをり

氷像の裸婦まなうらになほ融けず

氷像の鳥翔(た)ち美(は)しき水のこる

寒星になる尖(とん)がつて生きて死に

寒月と吾が不眠との因果かな

言霊(ことだま)の如くに風邪のうつりゆく

言霊の幸(さきは)ふ国のはやり風邪

塵芥(ちりあくた)流れてゆくも恵方かな

はろかなる生家に向くを恵方とす

冬の虫生きの証しに遁走す

大いなる枯木に倚(よ)れば祖父思ほゆ

鰤起(ぶりおこ)し男の日本海暗む

堀川は暗渠(あんきょ)となりし枯柳

落着かぬ猫を叱つて四温(しおん)かな

サイレンの音寒風を昂(たか)ぶらす

こころ渇けど寒月はしたたらず

水透きて白魚(しらお)も透きて儚けれ

枯れてゆくきのふおととひ早やむかし

寒月光骨身こはばりしと思ふ

月冴えて怖し吾にも咎(とが)あらむ

春隣る通りやんせ鳴る信号機

怠業の日だまりにあり冬菫(ふゆすみれ)

悪女かも知れず蜜柑に爪深く

鰭酒(ひれざけ)に酔ふかりそめの恋として

二次会の鰭酒以後の記憶かな

生き下手のわたしの頭上冬鴉

生き方と死に方の書に冬の蝿

あたたかき飯ならありて納豆かな

火の如き孤独のままに冬深む

独りゆゑ平和な暮らしブロッコリー

ふりだしに戻る双六老い二人

落ちてゆく男と女冬の航(こう)

カナリアの分も冬菜を買ひ足しぬ

口の中ことば一杯雪国は

寒卵母の繰り言もう聞けず

階(きざ)のぼる膝の辺りも風邪ならむ

餅焼けば亡母ゐるやうな気配せり

塩砂糖そのくらがりに水餅も

水餅の眠れる如く醒めてゐし

熱燗に身ぬちの砂漠潤しぬ

中年の背姿寒き断崖(きりぎし)なり

耳朶(みみたぶ)は最も寒き岬かな

冬晴に似る空財布愛すべし

しぐれに濡れて等身大の吾がゐる

海鼠腸(このわた)で呑まむ死ぬには未だ早き

天上も騒がし春を用意して

都市の雪塵芥(じんかい)のごと掃かれけり

当分は死なないつもり寒の水

柵(しがらみ)の崩(く)えがちにして春近し

人はひと犬はいぬ見て春めきぬ

生活の惰性に日脚伸びてをり

首が出るまでセーターは暗き海

水氷るわたしは知らぬ生理痛

灰色の象ゐて冬が終らない

寒々と造花咲かせて人老ゆる

吹き晴れてしんじつ銀の猫柳

いとけなき風を集めて猫柳

隠れ逢ふことにも慣れて寒牡丹

マニュアルのずらりと並ぶ室の花

冬草に犀の静謐(せいひつ)見て和む

雛菊がまた人生を飽きさせる

雛菊を見てゐて人に倦(う)む思ひ

寒稽古みんな背骨が太さうで

若く見え老いしとも見ゆ冬帽子

本年も強気に日記書き初む

一月を勝気に生きて疲れけり

酒寒し金の話をするからに

女傘をとこがさして名残り雪

晴れきつて海は空色セーターも

売られゆく牛の見上ぐる風花よ

裏面史に必ず雪が降つてゐた

雪国を出てゆく太郎次郎かな

雪礫(ゆきつぶて)雪に抛(ほう)りし虚しさよ

葬儀屋と寒の鴉(からす)が忙しい

鮟鱇鍋食べ尽くしても何かに飢う

猫柳風向変へて風若し

凍蝶を舞はしむじつと眼を閉ぢて

死魚の眼にあを空映ゆる寒さかな

老楽(おいらく)や電気毛布を極楽と

匕首(あいくち)を持つかも知れぬ懐手(ふところで)

君を愛す枯野の如き手相して

死角へと帰る死神冬終る

よく喋る尼僧に連れて梅探る

ジーンズも似合ふ女性(にょしょう)と梅探る

仏壇に尻向けをれば隙間風

世を忍ぶ仮の姿と焼芋屋

雪晴れてあつけらかんと烏(からす)かな

春近き机上の塵と土佐日記

凍(いて)ゆるむ指輪を外す薬指


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