8月

母の忌の近づく夏の落葉かな

兜虫鎧の下の翅薄し

死に真似の上手な子供水鉄砲

青林檎噛みさしのまま愛はじまる

夏館みしりみしりと怖くなり

昼寝覚ブラウン管に嫌ひな奴

夜の蟻や一灯で済む一人きり

炎天に勝つもの巨き墓石のみ

雨に敗れぬ噴水を見てゐたる

かなかなのこゑむらさきに昏れてをり

花合歓の閉づれば開く面影よ

夏の灯や少なくなりし古本屋

ナイターの群集の中ふと孤独

ギターなど取り出だしたる夏夕べ

入り来たる蝶のよろこぶ夏座敷

亀売れず亀を叱りて亀売りは

蚊姥(かのうば)をゆるして老婆存ふる

したたかに烏の哄ふ旱かな

くらがりにひとり飯食ふ日の盛り

羽蟻舞ふかつて団欒ありし灯に

淋しさの果つることなき白夜かな

ぽつねんと昭和をおもふ裸足かな

文机に火星儀置きて涼しさよ

地球儀と火星儀並ぶ暑さかな

地球儀の汚れてをりし溽暑かな

香水の香の記憶あり名は忘れ

いとけなき草も刈りゆく黙(もだ)深く

靡(なび)きつつ藻草長けたり夏の河

蝿とんですぐに忘れてしまふこと

向き合ひてはにかみし日のかき氷

諍ひし愛せし西日思ふべし

唯一人を思ひつづくる冷し酒

月光も微熱帯びゐる夏祭

裸になればあばら骨摩る癖

寝返りて北を向きても熱帯夜

終りゆくものの暗澹土用波

走馬灯廻れどきのふにはならぬ

熱帯夜寝言を聞いてしまひけり

夏の風邪ひとに隠して引いてをり

夏の浜掘りて大人の遊ぶかな

やうやうに湖昏れかゝる洗鯉

海猫(ごめ)鳴くや人と別るる言葉なく

生くるとは食ふこと毛虫疑はず

蜘蛛下りる螺旋階段まつすぐに

熱帯魚ばかり殖えゆく孤独かな

遠花火終ふまで見し淋しさよ

独り言つおのれ怖ろし端居して

愛されず愛さず蛇のすゝみけり

われに似てまことすげなき金魚かな

大昼寝あの世も少し覗き来し

早も酔ふうらぶれし夜の冷酒は

己(し)がために己がしつらふる冷奴

訴ふる眼をして蛇の打たれけり

蝉しぐれ無数の蝉の屍(かばね)の上

蝉しぐれ精舎の鐘を凌ぎけり

手花火に序破急のあり見畢(みおわ)んぬ

夏の果比良山系に蝶失せし

夜の秋の誰が化身なる白き蝶

死ぬるとは忘らるること夜の秋

夜の秋の逢ひたるひとの七分袖

身の中の泉をおもふ癒ゆる日は

心地良く蹠(あなうら)乾く夏座敷

夏座敷腕立て伏せをしてをりぬ

畳昏らく衰ふる夏まぎれなし

忘られしボールが路に夏終る

きのふよりけふ波透きて秋立てり

人行けばまた木隠れて秋に入る

大路より小路すゞしく灯ともせり

回送車といふ涼しき灯が過る

炎天を閻王(えんおう)として畏れけり

蒼天や老ゆる間もなく蝉の死ぬ

見上ぐれば天の真中も蝉のこゑ

 

八月十六日・七回忌

蝉の屍をすげなく掃きて母の忌なり

母の忌やけふも蜩火の如く

 

母の忌も過ぎて供華より秋めきぬ

卒然と秋めくうしろ姿かな

日帰りで来てゐる母郷盆の月

盆の月母郷に母の在る如し

新秋やおのが身内(みぬち)の水の音

秋の翳つれてころがる白き球

新涼の見え過ぎてゐる行方かな

新涼や鏡に白髪見つくるも

忘られし者は佇む秋の空

電車なか人もたれ合ふ残暑かな

仏壇の奥かゞやける秋の闇

爽やかに生きよ去りゆく水のごと

サングラス輝かざれば都市悲し

東京を奈落と見たるサングラス

振り向くなと云へば振り向く肝試し

わらべうた不意にとぎれて秋夕べ

清涼寺出でて買ひたる新豆腐

秋の蝿剽軽に来て打たれけり

秋の蜂すぐに去りけり追はずとも

耳敏くなりたる秋の金魚かな

ビル街のひょんなところに秋の蝉

見るうちに落ちてしまひぬ秋の蝉

遠めけるものの一つよ秋の蝉

鮎落ちて都を流れ去りにけり

朝顔の紺を好める家風かな

暗黒の眸にひらく花火かな

煌々と火星近づく夜業かな

近づける火星をおもふ夜食かな

百姓が蝗顔して蝗捕る

朝顔や昼は寂しき未亡人

秋めくやたゞ坐してゐる身のほとり

空耳も秋めくことのひとつかな

盆の月五右衛門風呂に浸かりゐて

見送るは見とゞくること大文字

目守るべく最後に流すわが流燈

稲雀沖積平野晴れ極む

乙訓(おとくに)に音響かせて竹を伐る

思ひ出す人よ秋虹消えしより

新涼や遺影は白黒がよろし

新涼のすっくと針葉樹林かな

火星へと照準したる爽気かな

蚊に喰はる大マゼラン雲覗きゐて

秋のこゑ最も高き樹につのる

肩になほ秋暑の大気重かりし

秋暑き明日が賞味期限なる

帆柱ゆ帆をおろしゐる秋没日

青光る魚買ふ秋の錦かな

考ふることはなけれど秋思あり

秋風や死期を悟りし人とゐる

川の名も変りて鮎の落ちゆけり

かぐや姫帰つてしまひ無月なる

われら所詮裸となれば胡狄(こてき)なる

端居せり流離ひたくもさすらはず

水を打つ何かに怒りをる如く

忽然と秋めく蟻の右往左往

秋風が下りてくるなり無人坂

賑やかにやがて哀しく夜業せり

澄みきつて近寄り難き水のあり

水は秋この哀しみにゆゑもなく

死を誘(いざな)ふか暮れ際の秋水は

てふてふのとまらむとする水の秋

秋草に来て静もれる怒りあり

いわし雲空にも向う岸のあり

行く末はきりぎりすなど売らうかと

秋暑き弱音を吐きて長寿のひと

葬り路を汚す如くに汗しとど

オートバイ騒ぎし後の夜の蝉

片蔭に入るたび齢をとつてゆく

冷奴すぐにかけらになりたがる

威し銃先づみやこびと愕きぬ

秋高き一本道といふ淋しさ

秋蝶に誘(いざな)はれゐる流離かな

秋の水流離の傍を急ぎけり

秋風を通して家をよろこばす

こころにも迷路のありて秋の暮

五十にも夢があるなり鰯雲

星月夜見上げてまこと無学なる

耳澄まし銀漢の音聴いてみよ

銀河濃くまこと寂しき裏日本

夜も白き秋雲猫をさ迷はせ

水打つて夕日流るゝ京の坂

稲妻に醒まされてゐる廊下かな

流し目をして秋蝶の過ぎゆけり

秋草のすぐ曳き抜けて空しかり

爽やかに過ぎるか恋をしてをらず

過去帳の裏より出でし蚊の名残

いまならまだ引き返せる夏野かな

山蟻に後れを取つてをりにけり

冷酒に怒り上戸がまた怒る

星飛んでしんじつ昏らき日本海

秋蝶を見送るなにか諦めて

都より遠ざかりしよ赤のまま

秋暑き修羅場を巡る山手線

よべのこと思ひ出でたる酔芙蓉

ゑひもせすあさきゆめみし酔芙蓉

葡萄吸ふとぎれとぎれに語りつつ

木犀の香にながくなる立ち話

よべの夢すぐに忘れて木槿咲く

花木槿恙なきかの如くにて

山水の迅さに浸けて桃白し

鳳仙花一所懸命爆ぜにけり

秋の昼猫の瞑想永かりし

はろかなる音聴き澄まし秋の昼

さ迷へる猫と私と月と雲

日当たれる畳に秋のまろ寝かな

秋虹や望み語るは容易くて

秋嶺に登る海神(わたつみ)望まんと

秋燈下わが影友の如く添ふ

花野ゆき一人微笑むひとと逢ふ

秋風やこころ渇きて人の中

秋風にくちびる乾く別れかな

蜘蛛の囲のほつれに見ゆる秋の風

しみじみとひとり飯噛む秋の夜

夜業人淋しくなれば飴舐むる

濃く淡く天の川にも淵瀬かな

星飛ぶや方程式の解くるとき

秋水の魚の影追ふ魚の影

針に糸するりと貫けて涼新た

物干に猫の寝てゐる秋日和

忘られし帽子が椅子に秋の晴

人混みに人は紛れて天高し

天高くあつけらかんと人のゐる

秋めきを法然院ゆ銀閣へ

しづごころ一葉落つるを見しよりの

銀閣寺銀砂灘(ぎんさだん)より秋のこゑ

梵鐘の余韻の中の秋のこゑ

貝殻に似てゐる耳殻秋のこゑ

ふりむくや静寂(しじま)の中の秋のこゑ


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