7月

天網恢恢(てんもうかいかい)ごきぶりに侮らる

唯我独尊わが猫蛇と睨み合ふ

冷し酒悲憤慷慨口々に

夏の風邪中途半端に臥しゐたり

千差あり万別あれど皆日焼子

千篇の一律に耐え蟻の列

呑舟(どんしゅう)の魚ともなれぬビールかな

空家となり紅一点の百日紅

その中の一つ贔屓に金魚飼ふ

臨終の刻の静寂冷房音

死ぬ人に首振るばかり扇風機

父母亡くて片蔭りなき道をゆく

虹懸る黄泉(こうせん)の客一人増え

夕焼の裏へと不帰の客になり

千客万来乾けばすぐに水打つて

南無三宝(なむさんぽう)飛込台ゆ眼下見る

明窓と浄机に遠し蝿のこゑ

三十六計ごきぶりも知つてをる

ビール干す手練手管と知りゐつつ

梅雨深し烏兎匆匆(うとそうそう)と思ひつつ

蛍見て一朝一夕の逢瀬なる

粗衣粗食すゞしき日々のありしこと

一汁一菜一人暮しの涼しさよ

一汁と一菜に朝涼しけれ

夕焼の一部始終を見て別る

梅雨けふも起承転結なく暮るる

ビール酌む一期一会の相席に

おほむらさき一期一会と見送りし

瞭かに太りしと知る水着かな

裸とふ己(し)が現し身をまざと見る

みづうみの夕雨美(は)しき洗鯉

月涼し橋の袂に汝れ待てば

蜜豆やかはゆき恋をしてをりぬ

鍵善(祇園、鍵善良房)に葛切食うぶほつこりと

揚羽蝶舞ふ序破急の急を今

黴臭き古書漁りをりピアスの子

扁額に堅忍不抜夏座敷

百物語に学校の七不思議

肝試し不思議に合はぬ人の数

案外に大人しかりし梅雨の雷

籐寝椅子時計外してけふ過ぐす

変人と思はれてゐる端居かな

風鈴の音の中なる一軒家

そゝくさと食べぽつねんと日の盛り

息を吹きかへすごと昼寝より覚むる

三尺寝仕事してゐる夢を見て

竹夫人風音のする夢を見し

かにかくに傍目八目すゞしけれ

忽ちに談論風発ビアガーデン

甲論に乙駁激し冷し酒

ごきぶりに危機一髪を悟らるゝ

夏蝶と一樹の蔭のベンチかな

涼しさの馬耳東風でありにけり

三尺寝一獲千金夢に見し

通夜の灯に他生の縁のひとり虫

如是我聞(にょぜがもん)ひとり虫鳴く淋しいと

半死半生の火虫を殺し遣る

炎天や徒手空拳を翳(かざ)しつつ

一触即発サルビア色の唇よ

冷奴すぐに侃々諤々(かんかんがくがく)と

昼寝覚狐の嫁入りかがよへり

怖がりは亡き母に似るはたゝ神

七七日過ぎてすぐさま夏の風邪

夏風邪の翳りなき空怖れけり

ビキニ着て平成の脚ほそ長し

水虫や昭和は既に遠けれど

平成も十五年なる水虫よ

夏痩せてやたらと重き小銭入

マネキンの方が多くて涼しけれ

知らぬ間に我も五十やどぜう鍋

焼くまへに眉目(みめ)よき鮎の褒めらるゝ

鱧(はも)の皮下京に酌む宵の口

鱧茶漬食べに四条へ出で来たる

京をんななかなか上戸鱧しろし

祭鱧祇園の宵を酔ふべけれ

猟銃の谺(こだま)聞こゆる岩魚釣

岩魚釣る山彦います辺りかな

気むづかしき風をよろこぶヨット乗り

傾(かし)ぐだけ傾ぎてヨット疾走す

冷房や日すがら対ふコンピュータ

日曜はすぐ午後となる籐寝椅子

喪服の夫婦かき氷所望せり

ちかぢかと月の出てゐる蚊遣かな

掛香とすれちがひけり先斗町

安物の鉢買はされし夜店かな

ひよこ売る男を憎む夜店かな

手花火が刹那淋しき顔照らす

折からの雨に濡れけり裸鉾

祇園会や錦に寄りて鮨を買ひ

月鉾の月きららかに昏れ残る

雨雲の垂れこむる空鉾高し

地下出るより祇園囃子の最中かな

祇園囃子屏風見る間も耳にあり

祇園囃子裏道に聴くもう一度

空蝉のすゞしさうなる背中かな

空蝉に蟻が入りてすぐ出てゆく

蜻蛉生れ日出づる国の朝始まる

おはぐろの昔のままの遅さかな

片翅の揚羽をそつと死なしめき

汗かいてをり善人と思ひけり

今際の際来たり額の汗消ゆる

ゴジラより出てくる汗の男かな

夏痩せてキリストに似る男かな

端居してこのごろ変と云はれけり

今し酌むちちははの世の梅酒かな

遺されしものの一つの梅酒酌む

淋しさに具を取り揃へ冷素麺

冷し中華ぶらりと出たる木屋町に

ばつたりと四条に逢ひしビールかな

祇園会や別れしひとに遇ふことも

御苑の蝉捕りて御苑に逃がしけり

長病のひと唖蝉を見てをりし

酔ひ痴れてしらしら明けの蝉のこゑ(しらしら明け=払暁)

したたかに酔ひて一人や真夜の蝉

にいにい蝉去来の墓のうへにかな

初蝉や母逝きて早や六年経る

母逝きて六年過ぎたり蝉の穴

あした死ぬ蝉なり闇にしきり鳴き

一山を重たくしたる蝉時雨

蝉時雨わたしがゐてもゐなくても

森に迷ひて蝉時雨魔の如し

淋しさに女と金魚肥えにけり

金魚にも嫌はれてゐる独り言

孤独なり夜の金魚に顔寄せて

ウィンドーに顔寄せ屏風祭かな

坩堝なす都大路や鉾廻る

大路より小路へ鉾も去に果てぬ

落蝉の仰向(あおの)けになほ鳴かむとす

立ち尽さば白骨と化す滝行者

夏河の水嵩(みかさ)を怖れつつ覗く

夏大河抗(あらが)ひもせず一花去り

雪渓に死せし者ふと羨(とも)しかり

日輪は天ゆく我は夏野ゆく

あめんぼに幾たび皺む水鏡

水馬(あめんぼ)は楽しさうなり我よりも

空蝉の闇に何見し両眼(まなこ)かな

空蝉の幹に執する力かな

踏ん張つてもう動かざる空蝉よ

蝉涼し本を枕に縁に寝ね

仮寝するいとまありしよ蝉涼し

迷ふことなき今生の蝉しぐれ

蜩や何急かれゐる我ならむ

死に急ぐなよかなかなに鳴かれゐて

けふがまたきのふになりし夜蝉かな

夏帽子外房線に忘れけり

仲直りしてはまた酌む冷し酒

考ふることも体力汗滲む

川蜻蛉川を飛びつつ乾きをり

源流は空の彼方や蜻蛉生る

己(し)が呼吸(いき)の音して西日静かなり

灼熱といふ静けさに街耐ふる

街の虹人が気づくと消えかゝる

コカコーラ手に戦争を見てをりし

祭太鼓をとこの背中なまなまし

一人っ子一人手花火してをりぬ

汗ひきゆく面会謝絶の扉のまへに

伽羅蕗(きゃらぶき)や酒も辛口より呑まず

虚空より降り来てトビの三尺寝

病葉の紙の音して踏まれけり

蝉捕りの上手な猫よ叱つても

死ぬまへに遊び呆けて夜の蝉

誰よりも涼しき死者の顔拝む

少食といふ涼しさに未亡人

一生を端居してもの思ひたし

夏浜の攫(さら)はれさうな少女かな

夏浜の死角に二人寝そべりぬ

サングラス密かに正視するために

夏痩せて老いのいよいよ狭量に

夏痩せて疑ひ深き眼となりぬ

藻の花やあの世を覗く如く見て

地下街にまた地下のある昼の灯蛾

己(し)が影に蹤いてゆくなり炎天下

病葉や不意に酒欲る夜の街

ものごとに後戻りなし蚊遣火も

誘蛾灯ふるさとの灯の一つなり

夕焼けて我らは太古より淋し

冷夏なれやそしらぬ態(てい)で雲流れ

撫でやりつ猫に嘘つく冷夏かな

日日並べて(かがなべて=日数を重ねて)待つこともなき冷夏かな

西日中おのれの影をふと憎む

涼しさや手話びとの手のよごれなく

放浪と云へなくもなし蝸牛

地回りの青大将にけふも遇ふ

夜の蟻ひとつキーボードの迷路ゆく

蝿飛んで人間のゐる気配かな

蝿ひとつ思想の中をとびまはる

海月見る海月もものを思(も)ふのかと

燦然と座礁してあり夜光虫

暗黒の破船縁どる夜光虫

読経せし口も愚痴云ふ暑さかな

端居してさだめの如く独りなり

蝉とほく聞こゆるときの記憶かな

山椒魚(はんざき)にめぐりあひしも僥倖か

大家族負へる男の昼寝かな

死にし猫鈴鳴らしゆく夏の闇

猫葬る汗と泪とあるばかり

猫葬る涼しき黄泉の土探す

短命の猫を葬りし冷夏かな

猫の墓小鳥の墓の木下闇

猫の死に悔なしとせず夏寒き

噴水の音の中なる読書かな

抱籠(だきかご)の拒むことなき不幸かな

見下ろせば蟻と変らぬ営みなり

冷し酒黙りしときは怒りしとき

水中花ガラスの傷に屈折す

網戸より己れの不在覗きをり

ちちははの永遠の留守古簾

夏草の裾より海の始まれる

西日より熱く若き身ありしこと

遠くより見て滝といふ静止かな

滝音に濡れてゐたると言ふべけれ

独り酌めばいつも深酒真夜の蝉

病葉や深酒となる町外れ

開かぬ百合完黙といふ自己主張

やることもなくて金魚の争へる

鏡拭いてをんなはしるく夏痩せす

悲しみの怒りにかはる夾竹桃

サングラス後ろ姿は欺かず

裸とは蛇にそゝのかさるゝこと

片蔭もゆかしき京の町家筋

美しき飴ひさぎゐる夜店の灯


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