5月

父の忌の風音高き五月かな

喪主われの肩に重たき夏日かな

聖五月ナイフフォークのすぐ汚れ

すつぽんを食べてみやうか首夏なれば

すつぽんの生血呑まされ夏は来ぬ

目玉焼目玉潰れてよりの朱夏

夏立つや少年の丈草の丈

夏めくや雨に濡れゐるパイプ椅子

自転車のよろけて通る麦の秋

麦秋の端から端へ飛行雲

我一人怠けてをりし麦の秋

夜の街にぶらりと出るも薄暑ゆゑ

父の忌の黒服に耀り薄暑光

炎帝の父の二の腕想ひ出づ

風鈴を亡父の打ちし釘にかな

裸婦像は木隠れてゐて風薫る

短夜の階(きざ)踏み外す夢ばかり

短夜の夢には和解してをりし

短夜や父の一生を語りゐて

明易きシャワーの中の五体かな

抛(ほう)られし如くに五体明易し

明易し脛の古疵まざまざと

明易く目をこすつても現し世なり

明易き朴の香りの中にかな

端居して旅する如し過去未来

永訣の刻も生き身の汗滂沱

いつの日か死ぬること思(も)ふ夜涼かな

雲上にあり薔薇色に明易き

雲海を俯瞰す此処もこの世にて

よべの雨とゞむる薔薇に朝日影

微醺(びくん)とも薔薇の香りに酔(え)ひしとも

咲かむとし気根とゝのふ牡丹かな

牡丹の位置をたしかに咲く静か

日を送り月を動かす牡丹かな

図書館の窓開けてある新樹かな

寒がりの老師に吹けり青葉風

葉桜の奥に吹奏楽部かな

花は葉に嫁ぎしひとゆ便り来ぬ

やるせなく病む者は病む若葉かな

たかんなの早や食べられぬ背丈かな

尼寺に飼はるゝ如く蛇のをり

亀何を考へをるや石の上

山国にみさゝぎのありみちをしへ

でで虫や為すべきことを為さずゐて

何をしてひと日過さむ蝸牛

一人暮し初めて仔猫拾ひけり

ごきぶりが驚きさうな声出しぬ

なりはひの靴の片減り蚯蚓踏む

縁側に父すでに亡き蚊遣かな

香水のいつも強くて淋しいひと

定刻に沖を見て佇つ白日傘

石塀小路打水の後ひつそりと

水打てば鐘が鳴るなり東山

光悦垣美しく蛇入りゆけり

京の鱧東男に食はせけり

水母浮く怒りし後の虚しさに

見よがしにくちづけてをる熱帯魚

熱帯魚遠くにネオン明滅し

金魚飼ひて人づきあひは苦手なり

金魚飼ひて愈々しづかなる暮し

一人暮し金魚見てゐること多し

淋しくて夜の金魚の辺に寝たり

たくさんの金魚を飼ひて人嫌ひ

金魚とふつれなきものを愛しけり

熟睡(うまい)覚め赫(かっ)と日の射す青葉かな

逢ひたしと思ふ新樹の風にゐて

カーテンをレースにしたるみどりの夜

野々宮の黒木の鳥居青葉闇

苔生して天鵞絨(ビロード)のごと木下闇

蚊に喰はる去来の墓に屈みゐて

蝿不意に親しくなりし旅路かな

捕へてみて水にかへしぬ沢の蟹

山蟹や穢さぬやうに水跨ぐ

夏蝶に赫と瞠(みは)りし仁王かな

箱庭の電気で回る水車かな

飽きられて我楽多箱の水中花

湯を出でし裸や病なき如く

夕端居遠嶺が闇に沈むまで

ぽつねんと亡父の如く夜の端居

いつしかに猫の侍れる端居かな

東山なほ暮れ残る川床納涼(ゆかすずみ)

叡山に灯(ひとも)るが見ゆ納涼川床

新聞を顔に被せて籐寝椅子

籐椅子の籐のほつれも形見かな

風に眠り風に覚めたる昼寝かな

相席もよろしかりけるビールかな

亡き父母の話となりし梅酒かな

焼酎に火照りて闇へ出でにけり

酔ふほどにその夜哀しき冷し酒

瞭かにうろくづ見えて夏柳

どの家か蕗を煮てゐる町家筋

鯖鮨や縁よりの風青みたる

母の日や遺りてながき鯨尺

羅(うすもの)を被ても密かな胸裏かな

衣更へても胸襟を開かざる

衣更へて仰げば雲の迅きかな

篁(たかむら)の風音を聴き衣更ふ

潮風に吹き包まるゝ更衣(ころもがえ)

風音を身近にしたる更衣

腕傷(かいなきず)しみじみ古りし更衣

白きとは哀しきことよ卯波せり

瀑落ちて水あらたなる天を得る

滝壺を出られぬ木片(きぎれ)見てゐたる

五月来ぬ夕青空にビル屹ちて

麦秋の胸まで濡らし驟雨せり

兼好の墓詣づるに風薫る

一の丘二の丘渡り薫る風

卒塔婆の古りて騒立つ青嵐

美しく痩せたるひとや夏の月

己(し)が髪を畳に拾ふ西日かな

西日中螺旋階段めくるめく

夕焼に攫(さら)はるゝごと世を去りぬ

半生をたつぷり使ふ端居かな

ビール干す左遷恐るゝ友の辺に

冷奴酒断つことの難かりし

喪も済みて戻りし暮らし冷奴

菅公の代より都の雷恐し

倒木の白骨と化す泉かな

滴るや終には巌(いわお)穿つべく

劫初より滴れるごと滴れる

夏河の見えぬ底ひを畏れけり

嘶(いなな)いて馬大人ぶる夏野かな

草笛の母の音色の遙かかな

葉桜になほ残りをり花の冷

余花ありてをとこ一人に見られけり

買うて来しあぢさゐの先づうすみどり

人死んで七日七日の四葩(よひら)かな

薔薇園に薔薇しかなくて倦みて来ぬ

食傷ぎみよ薔薇園の薔薇の渦

ぼうたんの崩れて醒むる白昼夢

ぼうたんの崩れてはたとうつつの地

朴咲くや亡き父のことおもふとき

朴の花純情の花天に咲く

薪能(たきぎのう)済みても盛るほむらかな

鬼面出で猛火となりし薪能

薪能其の上の闇現じけり

バードウィーク鳥ほどの自由欲し

少女をも怖れて離(さか)る鹿(か)の子かな

鹿の子の大きな眸逸らしけり

枝蛙きらきらと鳴く日照雨かな

蝦蟇(がま)を聞くきのふと同じ己が貌

鳥小屋を震撼させて蛇過る

なにものも蛇の孤独を妨げず

蛇這ひて毫も汚れぬ身をもてり

はづれまで蛇捨てにゆく母の郷

門灯に身過ぎの守宮ひた待てる

何をしに浮み出でたるゐもりかな

はんざきを一人見にゆく人嫌ひ

隠棲を羨(とも)しと見たり山椒魚

清滝の瀬の昏れ残る河鹿かな

おほかたのひと聞き逃す初河鹿

月更けていよゝ高音の河鹿かな

近寄れば遠ざかりたる河鹿かな

かにかくに白川好きな通し鴨

孤独とは耳敏きこと青葉木莵

青葉木莵耳に棲みつく奈落かな

淋しさに消さぬ灯火青葉木莵

町外れこの世のはづれ蛍狩る

幽明の境と思ふ蛍かな

蛍火のあの世に灯りこの世に消ゆ

蛍火のもつとも強き恋の時

水吹いてほうたるの火をあらたむる

開きたる口の数だけ燕の子

親燕百姓も皆いそしめる

烏の子まだ憎まれず歩きをり

夏鶯双ヶ岡にひとつ鳴く

水打ちて一見(いちげん)の客入れぬ店

紅燈に白き卯の花腐しかな

きぬぎぬのさゝめきに朝凪いでをり

夕凪やはろかなるひとおもふとき

夕凪や沖を見やりて波止のひと

薫風や卑弥呼の墓と人の云ふ(箸墓)

木の根道つまづきながら風薫る

雷近づく二階に朴の香りして

藺座布団どう座つてもはみだして

麻布団掻き抱きつつ眠りをり

横寝して湖を見やれり夏座敷

緑蔭に今買ひし書を開きをり

緑蔭や暫し仮面を脱ぐごとく

緑蔭に言葉しづけく生れけり

緑蔭に貌も心もとゝのふる

片蔭を出でて己れを恃むのみ

片蔭の黒猫の眼に見られけり

別れ来てタバコを捨つる卯波かな

皮を脱ぐ竹にも迷ひありぬべし

竹落葉猫戯れてきりもなし

縁側に寝まりて永き竹落葉

竹落葉起きてよりまだ何もせず

石仏は目瞑れるまま竹落葉

乙訓(おとくに)の風やはき日も竹落葉

若竹に塵青みつつうごきけり

屈託もなく若竹の真直ぐなる

若竹に星の生るゝ静夜かな


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