4月

戦争をテレビに見入る万愚節

春うらら電話しながら歩く人

銭湯にわざわざゆくも遅日にて

描きさしの画をそのままに遅日なる

長閑さに買はねど陶器見て歩く

永き日の眼鏡汚して帰り来し

永き日や隣りの屋根に眠る猫

帰り来て真水欲るのも花疲れ

春の夜の京人形の秋波かな

麗かや犬にピンクの服着せて

春昼へふらりと出でて行き処なし

春燈やセピア色して父と母

春月や番ひと思ふ鹿の影

春月やなど偲ばるる古りし恋

春深し草に棲むもの草の色

恋人と鳴き砂を踏み春深む

春の潮一夜の恋に満ち満つる

花の宴正座が楽と云ふひとと

花衣京の日照雨(そばえ)にそと濡れし

花疲れ甘味処に入りたる

鍵善(祇園鍵善良房)に葛切食うぶ花疲れ

岩の秀(ほ)の乾く間もなき春の川

人生を生きなほすべき春怒濤

どの窓も半開きなる春愁ひ

春陰や亡父の打ちし釘を抜く

春水の主(ぬし)の片鱗ひかりけり

穴出でし蛇に蹤きゆく九十九折(つづらおり)

勿忘草つひに濁らぬ水のあり

桃咲いて村中の見る白昼夢

花の夜のおのが身ぬちの水の音

霾天(ばいてん)の彼方に見えぬ戦さかな

霾(つちふ)るや静かに滅びゆくものに

朧夜やつなぎ団子の提灯に(都をどり)

花咲いて京に五つの花街かな

東風吹かば顔ははろかへ向きにけり

ふるさとや眼路(めじ)の果てなる白き蝶

国宝の春の愁ひや泣き弥勒

春月に大きな鯉の鰓(あぎと)へる

色紙の裏に色なき春愁ひ

花篝祇園の闇はやはらかし

物情の騒然たるに花しづか

醍醐山花の色して日照雨せり

あをあをと花冷の空ありにけり
(4月6日花の寺、大原野神社「浮寝鳥」吟行・句会にて)

花冷の花の寺なる裏参道

茅花野やコロボックルを遊ばせて

鳥巣立ちしづけく残る大伽藍

巣立ちたる鳥の嬉しき山河かな

夕燕雨気(あまけ)に舞へる山河かな

いくたびもつばくろを見て雨ごもり

春寒し茶店の奥の暇な貌

笑ふ山うつして笑ふ田となれり

春の夜をひとりワインに更かしけり

春風に不安なきごと吹かれをり

いそぎんちやく寂しきものよ造物主

白き蝶墓石の裏にふつと消ゆ

若芝にやうやく午後の陽の斜め

牛蛙雨に濡るるを喜べり

耳を澄ませ田螺(たにし)が何か言うてをる

母の死のまた遠ざかる桜かな

花一片鰓(あぎと)ふ鯉に呑まれけり

花嵐うつくしきひと狂ふがに

いざ然らば風のまにまに花は散る

奔流の果て知る如く花筏(はないかだ)

花筏万のおもひをのせてをり

花吹雪風に姿のありにけり

ふくいくと三人の老婆桜餅

桜餅をんな三人姦しく

桜餅をとこの指も馥郁と

吟行の流れ解散して遅日

南座を出でて蕎麦食ふ遅日かな

象の鼻孔ちかぢかと見て遅日なる

思ひ出すことのみ多き遅日かな

桜漬きれいな夢を見られさう

はんなりと生きて寡婦なり春袷

いつまでも冷ゆる京(みやこ)の春ショール

春装や哀しきことのなき如く

塔高し御室の花の低ければ

南禅寺三門にあり春惜しみ

長湯してふやけしゆびや夜半の春

春満月水を湛へてゐる如く

春の星回転木馬ひそまりぬ

うしろより鐘おぼろなる京の坂

朧夜の京に辻子(ずし)とふ小道かな

朧夜の鬢(びん)の香りとすれちがふ

朧なる小路を上ル下ルかな

できたての赤ん坊です春満月

海と空一枚にして揚雲雀

天といふ大き空室鳥雲に

桜漬お白湯(さゆ)と言うて京のひと

柳恕とぶ海のかなたに陸(くが)あれば

とりとめもなきこと想ふ柳恕かな

蝿の子を打ちそこねたる自嘲あり

春愁の眼鏡の三つ四つかな

春愁や無数の時計時計屋に

長閑さになるやうにしかならぬなり

あたたかに石ころの貌皆ちがふ

晩春の歩々に重たき頭(つむり)かな

春の夜の近くて遠き汝が肩よ

猫抱けば草の匂ひや春深き

行く春や思惟仏のまへ去りがてに

春惜む窓も障子も開け置きて

春惜むべしゆつくりと歩くべし

ひと駅を歩きて春を惜しみけり

春惜む鈍行といふ電車かな

春惜む心に歩き疲れけり

永き日をまたぞろ象が喰みてをる

いつ見ても急かされてをる寄居虫(ごうな)かな

かなしいほど足動かして寄居虫這ふ

清盛も古りし木仏や竹の秋(祇王寺)

ふらここにふつと別の世見えにけり

まろび寝の夢の中にも囀れる

春雨や都の湯葉の波模様

栄螺(さざえ)にがし男同士の酒ながし

丁寧にひと日を生きて青踏みぬ

青踏むや身ぬちに何かよみがへり

青踏めばよみがへる悔ありにけり

青踏むや日輪かろく雲かろく

来し方も行方もおもひ青き踏む

行く春や弥勒の思惟のとこしなへ

春燈やうつむく影が我を見る

高々と蝶舞ひあがり村貧し

春の蚊の去らぬ一間や母は亡し

桜鯛紀淡海峡晴れ極む

曇れども跳ねては光る桜鯛

つばくろや他郷といへど親しくて

夕燕ちちはは在りし日の空に

燕黒く白く黒くひるがへる

風やめば川音(かわと)聞こゆる柳かな

更けてより華やぐ路の柳かな

夕暮れを舞妓のいそぐ柳かな

渦潮を見て来て深く深く睡る

長閑けしよのど飴舐めて人に逢ひ

飛花落花コンクリート群塊にも

亡き父のもの燃す春の焚火かな

恋人に短きたより花は葉に

若草や靴の踵(かかと)が耗つてゐる

惜春や4B鉛筆すぐに耗り

書けばすぐ鉛筆折れし啄木忌(4月13日、石川啄木忌)

春陰を一分うごく大時計

浮雲の塔にかむさる暮春かな

護謨(ゴム)の葉に日の匂ひせる暮春かな

美しすぎて蝶々を殺(あや)めけり

亀鳴けば一番星のともり初む

蜥蜴出づ目鼻も失せし石仏に

徒労とも思ふ人生蜷の道

蟻出でて斥候のごと行きゆきぬ

淋しさや磯巾着の揺れやまず

生かされてあした煮らるる蜆かな

限りなく釣れて虚しき桜魚(=公魚)

二の腕に種痘痕見え春暑し

止り木にまどろみてあり夜半の春

駘蕩として嵐電を待ちてあり

ちちははの永遠の不在や春深し

煩悩は尽きまじ蝿の生(あ)るるごと

麗かに出し巻になる卵かな

深く吸ひて身ぬちも朧なりにけり

花吹雪にまぎれて一人身罷りし

春惜むチンチンバスに乗りてあり

永き日の一つの机一つの書

永き日や窓より見ゆる時計塔

ぶらぶらと御苑の日永愛しけり

殿(しんがり)のやうやう出づる蟻の列

蝸牛(かたつむり)またぞろ石になつてゐる

蛇出でてだんだん恐い貌になる

蛇出でてまたにんげんをそゝのかす

花人に死人もまじる篝かな

魂魄(こんぱく)の出でて遊ぶや花篝

花辛夷紙の如くに汚れけり

夕永しつかの間に済む一人の餉

母も逝き父も逝きけり鳥雲に

鳥帰るむかしむかしの茜雲

鳥帰る夕星(ゆうづつ)よりも小さくなり

若駒に少年の眸で見られけり

晩春や鳶のなぞれる気怠き弧

大干潟己れの影に刻を知り

春空の鳶の眠たき弧を仰ぐ

したたかに農婦を濡らす穀雨かな

にほやかに乙女も獅子も春の星

春暁や半熟の黄身透く如く

春昼の稜線ねむき東山

春昼の髪を刈られて眠りをり

春の暮おのれの影を友として

俯くは祈るに似たり春の暮

汝を待ち四条小橋の春の暮

春宵や更けて逢ふこと契りゐて

桜蘂(さくらしべ)降るばかりなり二十日月

「四月の花」

ロベリアの白の畔の逢瀬かな

ロベリアやベンチのふたり恋人らし

フリージアけふも薫りてけふも病む

翳もなきチューリップ見つおもはゆし

一輪のむしろ寂しきチューリップ

スノーフレーク少女は恋を深く秘む

わが胸に棲むひと一人吾妻菊

濃山吹思ひつめては散りにけり

再会やリラ冷えの空あをあをと

リラ冷えといふ美しき酸素吸ふ

林檎咲く太郎次郎は帰らねど

花林檎修司憎みしあを空に

花黄楊(はなつげ)もこぼるゝ頃となりにけり

碧眼と墓地に出逢ひし勿忘草

 

まなかひの蜂よわたしは敵ぢやない

父の忌の近づく松のみどりかな

松蝉やとろりと暮るる与謝の海

しほさゐのあはひに鳴けり春の蝉

春蚊出づ青磁香炉のほとりより

春蚊出づ伽羅(きゃら)の香の小抽斗

春蚊出で香の燻(くゆ)りを逸れゆけり

蝶舞ひて悲しみまさる訣れかな


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