2月

よそゆきの顔になる猫春隣

泥濘(ぬかるみ)に靴を汚すも春隣

とりあへず逢ふ約束に春近き

中年の背中に聞くよ鬼は外

やらはれし鬼の如くに夜をゆく

やらはれし鬼の背中か止り木に

豆撒くやほんたうの鬼知らぬ子も

やらはれし鬼人界に紛れけむ

鬼やらひ身ぬちの鬼を如何にせむ

黄なる花買ひて我が冬終らしむ

去り行かむとし冬帝が哄笑す

冬終る不意の睡魔となりゐつつ

贄(にえ)のごと人を死なしめ冬が去る

旧正の一日を遊ぶ中華街

春節の列なして待つ中華そば

寒明の肩をみづから揉んでをり

立春の鳩来て豆を啄(ついば)める

立春の花舗に暫しの立話

立春の地卵の殻の硬かりし

立春の蚯蚓と思ひ暫し見る

春立つや猫の見るもの皆うごき

雲を追ふ雲の迅さも二月かな

骨太の風に吹かれて寒戻る

山陰線まだ見えて来ぬ余寒かな

残寒や暗渠に入りて川喚(おら)ぶ

春寒料峭欠席に○したる

春寒の裸電球切れてゐし

春寒のうどんを食ふや鞍馬口

五十なる吾が節々(ふしぶし)に春早し

冴返る壁の中なる水の音

冴返る生簀(いけす)の烏賊の白さにも

冴返るガラスのビルのガラスの空

旧正のしづけき朝の舫(もや)ひ船

遺されし庭下駄に踏む春の土

うすらひも朝月も消えてしまひぬ

ひそひそと寝ねて話しぬ春の闇

芽吹かむとして一雷を呼びにけり

虫けらを掬ひてかへす春の水

いつしかに音のとゝのふ春の川

野焼の火意思ある如く走りけり

淡雪やねもごろに仮名ふりてをり

淡雪のそのつもりなく酔ふ夜かな

淡雪や別れかねゐる夜の街

淡雪にむかしばかりを思ひをり

淡雪のときをり頬に融けにけり

木の芽季別れがそこに来てをりし

猫のため春の炬燵となりにけり

春炬燵しまひて猫に嫌はるる

春塵を払はれてゐる逢瀬かな

春塵の眼鏡のままに疲れけり

春塵や鏡にうつる不精者

春塵の中に東京ありにけり

ひとりつ子ばかりの国のしやぼん玉

いつの日か私も消ゆるしやぼん玉

しやぼん玉の壊れて消ゆるほどのこと

風船の海境(うなさか)越ゆるつもりらし

天暗く春水暗く我もまた

春水のかくまで暗く昃(ひかげ)れる

恋猫のこゑを怖るる去勢猫

四五匹のこぞりて鳴くよ捨仔猫

捨仔猫鳴く他なくて鳴いてをり

長ずるにおたまじやくしの遅速かな

蝌蚪(かと)の群れ見つめてをりぬ一人っ子

小糠雨してゐるらしき朝寝かな

大鳥居濡らしきれずに春しぐれ

濁世とはかゝはりもなく蝶失せぬ

初蝶の現し世を逸れ我を逸れ

仮の世を仮の姿の蝶舞へり

てふてふの翅閉づるゆゑ摘まみたる

くろぐろと富士の山影耕せる

山笑ふ記念写真のうしろかな

山笑ふ未だに比叡笑はねど

山笑ふ大きなおほきな握り飯

囀るや瞑(めつむ)れば吾れ木の如し

囀る木囀らぬ木とありにけり

囀れば森近づける如くなり

囀りのいづくに失せし星夜かな

ちちははをおもひださせて終ひ雪

亀鳴くやこんな筈ではなかりしを

恋猫のつくづく雄のうら哀し

斑雪(はだれ)ゆく道あやまたぬ犬連れて

寝て聴くや母の里なる遠蛙

山国の山の闇負ふ蛙かな

一村の蛙の中に寝しづまる

そのベンチ座ればいつも熊ん蜂

蜜吸ふや蜂うつくしき尻見せて

巣を作る蜂を見てゐて疲れけり

働ける蜂を見てゐてふと哀し

春浅し地階よりジャズ聞こえ来て

春浅き細川(さざれがわ)なり跳び越せり

雲を洩る日矢あつめけり猫柳

近寄れば触りたくなる猫柳

北野にてばつたりと逢ふ梅日和

石の牛撫でてつめたき梅見かな

今年また母好きなりし梅に佇つ

うしろ姿亡き母に似る梅見かな

きつぱりと心決りし梅真白

紅梅へ踵をもどす日和かな

梅薫る天神さまの細道に

通りやんせどの細道も梅薫る

たとふれば逃水追へる如くなり

山椒の芽母の佃煮思ほゆる

ほんのりと芽山椒にほふ京みやげ

ちちははの杳(とお)さに雉の啼きにけり

初ひばり日本晴とぞ申すべき

触れ合へる嘴(はし)光らせて鳥の恋

鳥の恋嘴と嘴より始まりぬ

精一杯孔雀の恋は尾をひろげ

ゆくりなくビルの谿間に初つばめ

初音聞く双ヶ岡に詫び住みて

兼好の墓詣づるに初音せり

一の丘二の丘揃ふ初音かな

鶯のきちんと啼いてくれにけり

百千鳥かくも好き日を人の死ぬ

目薬が目を逸れ風が光りけり

風光る紙ヒコーキが屋根越えて

風光る誰より速く走る人

翼あるものの数だけ風光る

春風の信号の黄を走りたる

逢へぬひと想ひて飛ばすしやぼん玉

椿咲き逢へば別れがあるばかり

小吉で良しとするなり梅二月

春はあけぼの珈琲はアメリカン

山笑ふバスはなかなか来ぬけれど

わたくしの息風船のいのちかな

誰となく吹く口笛に春めきぬ

子を生(な)さずおたまじやくしを飼うてをり

人生の残り時間に蝌蚪飼ひぬ

一つまみ猫にも呉るる白子干(しらすぼし)

其処に鳴くきのふのけふの捨仔猫

蝶の名を良く知るいつも一人の子

春ひとり家族のビデオ巻き戻す

捨仔猫ゐずなりしより無口な子

会社四季報寝て読むほどの春の風邪

吊革にゴトリと醒むる春の夢

また同じ春の夢見る山手線

拭いてもふいても東京に霾(つちふ)れる

目刺など焦がすことなり独りとは

淡雪の塔を見て着く京都駅

冴返る錦市場の魚の貌

春寒や錦に旬のもの買ふも

木屋町ゆ抜けて朧の先斗町

先斗町どこ曲つても朧にて

会社四季報寝て読むほどの春の風邪

お洒落して春の風邪など引いてをり

うらうらと日あたりながら余寒あり

うららかに暗証番号忘れをる

公園の朧抜けるが近道にて

春の土きのふは濡れてけふ乾く

春虹の立てばたちまち消えかゝる

追ふ如く父も逝きける霞かな

「陽炎(かげろう)」四句

人も草もいのちあるものかげろへる

亡き人の出でて来るがにかげろへり

かげろふの奥へ奥へと旅路あり

来し方も行方もいのちかげろへる

春の霙とふ誰かの泪かな

春愁の微塵にならぬシュレッダー

大鳥居濡らしきつたる春の雨

春雨の七堂伽藍(しちどうがらん)燦爛たり

金堂へ近くて遠き木の芽かな
(「近くて遠きもの、鞍馬の九十九折・・」清少納言)

蘖(ひこばえ)や貴船の水の音聞こえ

各駅に停車するたび余寒かな

老人に踏まれて草の芳しき

くちづけを誘(いざな)ふ草が萌えてゐる

ものの芽の一気に愁ひ深めけり

草萌に倭国の一つ掘らむとす

恋の猫町家の屋根を知り尽す

老夫婦麦踏む黙(もだ)の永かりし

麦を踏む視線の先の遠雪嶺

春の虹別れゆく嘘つきにけり

蛇出でてやさしき婆の死を知りぬ

春愁のきのふのけふを舫ひ舟

海と松昃(ひかげ)る春の愁かな

変換キー押しても押しても春愁ひ

春愁の駱駝に瘤のあるかぎり

韓国海苔呉れてはお国自慢かな

沈丁の香にほつほつと夕つ雨

麦踏の暮れてやうやうものを言ふ

薄氷の有明月の暫(しま)しかな

籤引きに外れて貰ふ花の種

花種蒔く終の栖(すみか)と思はれて

花種買ふ川音(かわと)さやかに聞こゆる日

花種蒔き土に聞かるる独り言

音無の滝の音聴く木の芽かな

春昼のどこかで木魚叩きをり

罪のごと生ける白魚喰みにけり

白魚火を目に白魚を食うべけり

諸子一尾近江の湖ゆ釣り上ぐる

若駒の土傷つけて何逸る

馬の仔の二頭の性(さが)の早や違ふ

春鹿の憂ひを分つ番ひかな

もの憂げにこちを見るなり春の鹿

ぬか雨に濡れて失せけり孕み鹿

孕み鹿やさしき眸(め)とはかなしき眸

春朝の小川珈琲三条店

春昼の煎茶と京のおかきかな

蕨餅(わらびもち)先斗町まで買ひにかな(駿河屋)

梅を見て粟餅所澤屋(あわもちどころさわや)かな

豆政(まめまさ)に五色豆買ひ春めけり

うららかや京の五色の豆菓子に

ぶらぶらと四条を帰る春夕焼

春夕焼弘法さんの帰りかな

春泥を来て春泥を履いてをり

耳元に猫の鳴きをる朝寝かな

眠たしよ比叡(ひえ)も愛宕も薄霞(うすがすみ)

春眠の寄せては返す波無限

心あるものの如くに水温む

水温むこと宥さるることに似る


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