1月

「新春詠」

鳩翔ちて羽音満ちたる初御空

賀茂川の音あらたしき初日かな

仏壇の淑気にほのほ灯したり

父母に先づは詣づと初日記

迷ふとも我が行く方を恵方とす

いつしかに小雪となりて御降りす

またしても空地の殖ゆる初景色

初火事らし都大路の閑けさに

早やひと日終りたるかな初暦

生くるとは汚すことなり初暦

亡き父に賀状来てをり二三枚

遠慮なく雨の降るなる三日かな

御馳走に与(あずか)る猫や三ヶ日

五十路へと入りたる初湯熱うせり

初鏡五十の貌をまざと見て

人生五十年とふ初夢なり

買初やペットボトルの水なんぞ

買初や終夜営業せる灯にて

恋人を乗せて失せけり初飛行

乗初の祇園石段下に降る

白朮火(おけらび)振る母在る如く待つ如く

初泣やわざわざ思ひ出さずとも

初泣を猫に見られてをりにけり

辻褄の合はぬものなり初夢も

亡き母は笑まふばかりや初夢に

かちあふ刻近く独楽と独楽澄めり

石段にばつたりと逢ふ初詣

下したる靴も六日の汚れかな

あれよあれよと人日となりてけり

初日を拝む死ぬまでの野心かな

虚しさよ自嘲にも似る初笑ひ

一人勝つ虚しさ一人笑初め

嫁が君いつものとほり猫狙ふ

初便り逢ひたきことは書かずとも

初写真しばらく逢へぬ恋人と

平和とはその賑はしき初雀

 

言はずともその白息の雄弁なり

北風が絆を強くしてをりし

悴(かじか)めど消ゆることなき心火あり

寒卵日本の朝簡素なり

寒紅を引きそれからは他人かな

雪国の繭色の灯のいくつかな

都大路華やげるまま寒に入る

底冷の底へ降りゆく男坂

小寒の小腹温める駅の蕎麦

風邪重くうどんを食ふも大儀なる

寒いのは平気と御歳(おおんとし)九十

厳かにけものの死ぬる霧氷かな

雪降るとかならず昔語りかな

哀しみは雪より白き雪をんな

常とはに亡き子をさがす雪女郎

雪をんな撮れば雪降るばかりなり

なまなかな恋にはあらず寒薔薇(かんそうび)

冬蝶のかならずとまる墓がある

寒の水身をつらぬける芯となる

六根(ろっこん)に沁みとほりけり寒の水

医者がそと微笑むほどの風邪なりし

見上ぐればいよよ高きに都鳥

湯豆腐や先斗町早やとつぷりと

別れ来て夜も風花の舞うてをり

梟のひとり瞑(めつむ)る鳥類館

暖房の中に暖房鰐を飼ふ

暖房の効き過ぎてゐるアナコンダ

寒没日直線を翔ぶ鳥のをり

冬凪に白き傷負ふ貝拾ふ

冬の浜貝殻は皆傷を負ふ

鮟鱇の大き真闇を蔵しけり

鶴凍ててこの世のものとなりにけり

羽撃きて鶴より大き鶴の影

極道も馴染みの一人夜鳴蕎麦

鍋焼の熱きことから賞めらるる

鴛鴦(おしどり)の水脈(みお)も揃へる羨しさよ

水鳥の波紋の縁に憩ふかな

水鳥のしばし流るるしづごころ

浮寝鳥哀しき夢も見るならむ

寒鴉ますます人の近くかな

鷹の眼は吾が知るまへに吾を知る

杳き日の父の背に見し鯨かな

鯨の背見えずなるまで見てをりし

わたくしの記憶を泳ぐ鯨かな

荒縄の自縛のとけぬ寒波かな

カラフルなパラソルにして冬の雨

寒灯下そこに団欒ありしかな

風花の一つぶつかる眼鏡かな

みちのくの水痛さうに凍りけり

物干の下着にからむ虎落笛

洛中を濡らしきれずにしぐれけり

杖といふ哀しきものにしぐれけり

ビルが屹ち一匹増ゆる鎌鼬(かまいたち)

霜を被て微動だにせぬ国がある

霜のこゑ聴く狛犬(こまいぬ)の阿吽かな

何人も近寄り難く霧氷せる

白菜の輝くといふ白さかな

白菜の嵩ほどに幸なかりけり

葱畑あり葱匂ふ場末かな

黙々と己(し)がため大根おろしけり

枯蓮の水にも魚(いお)のうごくかな

寒紅の濃き唇や魔性とも

寒紅のおちよぼ口にて嘘つきぬ

寒紅や半玉の嘘憎からず

生みたての赤き地卵(じだま)の寒見舞

勝ちラガー顔くしやくしやに泣きにけり

寒泳の老いの抜き手の静かかな

冬雲の黒雲の上の白雲よ

冬萌にお天道様にほふかな

暖流の確(しか)と見えゐる冬木の芽

冬の蝿劣情のごと残りをり

生きてをることも大儀よ寒の鯉

一本の鉛筆で画く枯木かな

枯れの中波立つこころ失せにけり

疵痕も枯れてゆくかな身とともに

わたしにも始まつてゐる枯れならん

枯園の一人と一人かゝはらず

東京を知り悉(つく)しをる寒鴉かな

寒禽の一声を聞き一人なり

寒禽の真直ぐに翔ぶも哀しけれ

冬鳥のなぐれ翔ぶ見ゆ旅愁かな

玉子酒母の小言も遙かなる

俯伏せに寝てしまひたる寝酒かな

亡き父のしてゐしやうに寝酒かな

片手袋いづくに失せし左手よ

いつまでも餅残りをる一人かな

くらがりに置く水餅の白さかな

晴天に軽(かろ)き身ひとつ阪神忌

阪神忌虚しく晴れてをることよ

阪神忌毀れた時計は動かない

鯨鍋うしろめたくて美味かりし

猪鍋(ししなべ)に臆せずついてくる女

寒蜆(かんしじみ)澄ましの好きな母なりし

寝転がれよと枯芝が誘(いざな)ふよ

枯葎(かれむぐら)鉄条網を縛しをる

寒夕焼ビルのうらがは裏通り

しょんぼりとしてゐる日本寒夕焼

冬夕焼耳に残りしさやうなら

京阪に乗りてゆくかな河豚食べに

大阪に来たからにはと河豚汁(ふぐとじる)

てつちりや道頓堀にまぎれをる

狐出で嵯峨野の闇をうごかしぬ

土を恋ふらし雪原を掻く犬も

山眠る一湾の瑠璃抱擁し

山眠る清らなる水流しつつ

枯枝を手折りしのみよ枯山に

虚しさよ枯木を折れば容易くて

冬の比叡はどこから見ても寂しいぞ

恋々と住みて託(かこ)つや京の冷え

底冷には慣れぬものかや京育ち

底冷にやはらかきかな京言葉

毛布被り胎児のやうに寝てしまふ

大寒の猫押入れに鳴きにけり

大寒のうどんに舌の火傷かな

人けなき動物園も寒の内

お目当ての象がゐなくて寒の内

鴨撃たる己が寄る辺の湖に

水鳥をひ・ふ・みと数へ媼(おうな)をり

水鳥を数へてをりし遠視かな

ときをりは日を賜りて浮寝鳥

雪もよひ比叡(ひえ)も愛宕(あたご)も見えずして

涙腺の過敏に雪となりにけり

雪の町は古きキネマを見る如し

淋しさを怺(こら)へかねては雪降れり

つめたくて眼鏡の似合ふ女かな

革ジャンに必ず咥へタバコかな

逢へばまた別れ切なきショールかな

襟巻に顎まで埋めて不機嫌か

父の手の細さよ遺る手袋に

手袋の片手は失せて片手捨つ

余所者の顔をしてゐる冬帽子

東京に消え失せるため冬帽子

外套の大きな影を被る如し

鰭酒(ひれざけ)やをとことをんな狎れやすく

熱燗やすぐに泣く人泣かしたる

二枚目になれぬ嚏(くさめ)でありにけり

舞台女優ほんたうの咳一つせり

雪うさぎ耳から融けて哀しかり

ゆくりなく大東京の雪見酒

雨に乗り雪に降りけり湖北線

たゞ一人降るる客あり雪の駅

一軒家にあつまつてをる虎落笛

住み古るや祖父の代よりの隙間風

人生の誤算のごとく隙間風

賀茂川の鳥翔たしめて夕時雨

南座を出でしばかりにしぐれけり

しぐるるや名代の蕎麦屋匂ひつつ

下京も静まり果てゝ冴えにけり

狛犬の冴ゆる阿吽の間をとほる

息白く仁王の阿吽くゞりけり

駅弁の飯のつめたき流離かな

玻璃ぬちに待春の猫こちを見る

息をして鯉の如くに春を待つ

「日脚伸ぶ」五句

吊革にふらふら日脚伸びてをり

揺り椅子にゆらりと日脚伸びにけり

日脚伸ぶ猫のころがる古畳

うすうすと開く猫の眼日脚伸ぶ

ちちははの永久の不在に日脚伸ぶ

真っ先に翔ちたる鴨の撃たれしこと

冬の水緋色の魚(いお)を蔵しけり

抱きやれば猫しをらしく冬深む

いとけなき猫にも真顔冬深し

冬深む空蒼ければ鳶高く

ねもごろに待春の玻璃磨くかな

わたくしに無くて七癖冬籠る

ときどきは居留守をつかふ冬籠

舶造るをとこも無数冬かもめ

冬かもめ十万噸(トン)が浮いてゐる

外套が匂ふよ世にも人にも狎れ

寒卵割るつゝましき音したり

霜菊のけなげに咲くや猫の墓

寝酒また深酒となる孤りかな

茎漬をさくさく噛みて目醒めたる

鳥を見て酸茎を買うて賀茂にあり

道端に無人で冬菜売られをり

カナリアに呉るる冬菜のうすみどり

街川に浮かみて菜屑(なくず)街を去る

流れゆく菜屑を見るも儚けれ

東京の轟いてゐる冬の霧

寒林のどこから見ても湖光る

寒林の意外の景色透けにけり

寒林にわが哀しみを置いてゆく

人影の過るのみなる冬木影

冬木立淋しき者は佇める

落日や影絵の如く冬木と人

大いなる冬木残して人去りぬ

大冬木とふ存念のかたちかな

鷹の眼が見る人の眼に見えぬもの

明らかに蒲団打つ音の遠くより

睦まじき家族でありし干布団

行く末をしづかに思ふ蒲団かな

仕合せは己(おの)が蒲団に死にしこと

茶髪とて焼芋好きでありにけり

模擬店のおでんと云へど旨かりし

一しぐれ千本鳥居華やげる

焚火して離宮をけむりくさくせり

なかんづく枯れの中なる銀閣寺

哲学の道の枯るるを歩くかな

寒星やをとこに祈る刻のあり

星々の近寄り難く寒の月

寒月の揺れては直る湯浴かな

寒月に水音もなく水流る


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