12月

美(は)しき火に美しき魚(いお)焼く十二月

魚炙る極月の火は恍惚と

奇書求(と)めて鯨の如き書肆に入る

もう諦めしものをなほ落葉して

ちちはははすでにおもひで忘れ花

白き毛布汝れの体温思ひ出づ

冬蝿になかなか死ねぬ罰のあり

凍つる夜をオルゴールそと事切れし

なほ足掻きつつ若狭蟹糶(せ)られをり

亡き父の悔しさのいろ寒夕焼

生きて皆白息といふ魄(たま)吐けり

考ふる葦となるかな枯れてより

逢へぬひと思ふ枯木となりにけり

ゆりかもめ見る八ツ橋と抹茶かな

毛糸編む乙女の恋の未来形

初冬をはつふゆと書き君やさし

身の証し立つべく裸木となれり

冬日落つ螺旋階段くるくると

憂きひと日の終止符として寝酒かな

風花に滲んで読めぬ一字あり

たまさかに逢ふたまゆらを冬の虹

熱燗や妻の如くにゐるひとと

暮早きあなたはルージュひきなほす

手套ぬぎ指環はづせし手を見する

小さくてとりわけチコは炬燵猫

底冷の盆地に生きて深情け

寒林にこゑ美しく鳥の棲む

寒夕焼線路の末の車止

短日のらあめんを待つ砂時計

サイレンのドップラー効果日短か

王様が詰まされさうで咳(しわぶ)きぬ

寒灯明滅不況を偽らず

寒灯下消しゴムで消す一行詩

しがらみに冬のもろもろ滞る

雪つぶて雪に抛りて一人なり

トラックが積める残土と裸木と

一語吐き以下省略の寒さかな

欠席を○で囲みて冬籠る

小春日を白き杖ゆく通りやんせ

ふらんす語ひとつ憶えて冬うらら

寒月や骨身に沁むといふ言葉

寒月を去ぬ水銀の如き疲れ

若き日の悔いが犇(ひしめ)く冬銀河

修羅走り出し極月を商へる

在りし日の父よ枯野をゆく汽車よ

帰り咲きしこと仏の母に告ぐ

酸茎さへあればこと足る朝餉かな

アザラシを見にゆき風邪をひいて来ぬ

案の定風邪ひく乾布摩擦かな

冬麗のペンキ塗りたて風見鶏

つなぐ手のあるといふこと冬うらら

生き下手のわたくしの手の皸(あかぎれ)か

亡き父の鍵付き日記冬深む

騙し絵のいづくかに蝶凍ててをり

ロールシャッハテスト凍蝶と見たり

短日を曲り損ねし事故らしも

冬ざるる釘は抗(あらが)ふ釘抜きに

行く年を途中下車して遊ぶかな

雪に見失ふ他人の空似かな

頒つほど冬陽なけれど人集(たか)る

氷像の女神こころに融けずあり

暖炉にかざす十指より眠くなる

室咲やみづから祝ふ誕生日

やうやうに昭和末期の畳替ふ

しぐれつつ斜めに渡る交差点

京極の小暗きに入るしぐれかな

しぐるるや軒端を借りる町家筋

天狼星われを見つむる眼と思ふ

冬の蝶浄土の方へ翔び失せぬ

文殻を燃すべく小さき火を焚きぬ

冬蝿に殺虫剤の切れてゐし

しぐれゆく都大路の渋滞を

殺(あや)めしよ半死半生の冬蝶を

誰が跫音(くつおと)森羅万象凍つる夜を

冬虹に誰となく言ふ嗚呼(ああ)とのみ

寒椿言葉を濁すべからざる

人生に大差はなくて日向ぼこ

冬茜終(しま)ふ忘れよ忘れよと

たまゆらを苦海華やぐ寒夕焼

寒夕焼わが胸中に火は残る

冬蝿を宥して機嫌良き日かな

梟(ふくろう)が見てゐる闇を侵すもの

梟の目の金色(こんじき)の神の森

暮るるまでハマに遊ぶや冬かもめ

年惜むいちばん端の止り木に

月の夜を音なく跳ねて雪兎

をみな子のふにゃりと抱く白兎

月に出て越後うさぎは白うさぎ

虎落笛四面の楚歌と聞くことも

ながきながき沈思黙考冬の蝶

落葉にも序破急のあり舞ひにけり

短日の磁石に留むる些事一つ

をんな傘をとこがさして朝しぐれ

京菓子をいたゞく小春日和かな

人死んでひときは冴ゆる星のあり

話さずともわかる哀しみおでん酒

冬籠る頭の中の詰将棋

枯れ菊を焚き馥郁(ふくいく)と日の終る

熱燗にゆつくり忘るけふのこと

熱燗に修羅を宥(なだ)めてをりにけり

むささびの棲み神の棲む森のあり

微塵切りにして人参食へと云ふ

鴛鴦(おしどり)の一死に没日殺到す

とりあへず湯を沸かしゐる開戦日

鴇(とき)色は悲しみのいろ冬夕焼

室の花麻薬のやうに楽鳴らす

感情線生命線も涸れ川よ

風邪に臥て天井に蜘蛛見つけたる

言霊のしわざで風邪にうつりしか

風邪ひきぬ水族館(アカリウム)など行くからに

湯冷して美しき句を授かりし

老人の生きてゐる咳道に聞く

咳こむも生きの証しにちがひなく

雪国に育ち雪国憎みをり

瞬けば消えてしまふよ冬の虹

冬夕焼言ひさしてまたやめしこと

風邪ひいて己れに腹を立ててをり

京極に洋画を観たる日の短か

砂時計の小さな砂丘暮早し

冬草に放つておいて欲しいとき

舗装路の亀裂になんで冬青草

風花や空似と思ふ思はねば

おでん酒酔うてはゐぬと酔うて云ふ

雨となり積りたる雪辱(はずか)しむ

初雪を穢してまゐる会社かな

帰り来て京都生れに京寒し

ひそやかに恋人と逢ふ年忘れ

年忘れ済みたるのちを一人酌む

忘年の酔ひ痴れし後の記憶かな

かへり咲く咲かぬ蕾とならびつつ

シクラメン死ぬ人の眸に炎え立ちぬ

冬の象暗礁のごとうづくまる

国歌唱はず冬帽も脱がざりし

冬籠るメールアドレスをしへつつ

白鳥や熱き紅茶にしませうか

壁の中水の音せる風邪心地

仏壇の中もなにやら隙間風

蟷螂枯る死ぬまでの暇もてあまし

死ぬまでの退屈を翔ぶ冬の蝿

室の花マニュアルばかり読んでゐる

しぐれ過ぐ別れを少し遅らせて

知らぬ間に化粧ひたるひと暮早し

星冴ゆる終着駅の灯も消えて

見えてゐて枯野の果ては日本海

スクリーンセーバのごとく雪滾々(こんこん)

ポインセチア恋ともおもふちがふとも

室の花人には云へぬ恋してをり

ふしあはせ相似てをりしおでん酒

寒き夜を心に施錠して帰る

追ふ如く追はるる如く年の暮

昭和匂ふ父の形見の外套に

茫々と四十路を終ふる大枯野

制服に着替へて寒き貌になり

仮面とも素顔とも思(も)ふ寒さかな

冬眠の蛇を羨(とも)しむ目瞑りて

安らけきことの如くに芙蓉枯る

芙蓉枯るるは安らかな死の如し

冬至とふ母思ほゆる一日(ひとひ)かな

生くるとは恥増ゆること寒鴉(かんがらす)

冬桜人に知られず散りにけり

テレビ見てゐては癒えざる風邪なれど

山眠る發破(はっぱ)の谺響(とよ)むとも

美しき水を吐きつつ山眠る

冬の水底ひを見せて深かりし

聖樹の灯ネオンサインに紛れざる

会社の灯いくつともしても寒き灯

数へ日の巷を行きて葬に遇ふ

数へ日の何をたがへし人の死や

行く年の篩(ふるい)にかくるいのちあり

数知れぬ寒灯を東京と云ふ

陋巷にイエスを見失ふ聖夜

雑沓にふとキリストの寒き貌

心臓の音のしてゐる白き息

雪をんな尻尾(しっぽ)があると噂せり

年の瀬の人の流れにさからはず

終生の人嫌ひなる枯野かな

択び来し孤独の果ての枯野かな

冬座敷亡父(ぼうふ)の威厳なほのこる

亡き父の冬帽被る鏡裡かな

つきつめて考ふるから寒くなる

冬萌の如くに恋ふるひとのあり

熱燗にそろりと涙もろくなり

これがかの枝垂桜の枯木かな

底冷の京にも時におこしやす

幸せを装ふポインセチア買ひ

電動式鼻毛カッター冬籠る

をさな子の囁きかくる雪達磨

おでん酒きのふのけふの客ばかり

おでん酒をとこの背中みな哀し

中年のかはゆき恋の冬さうび

遺されしもの冬星を愛しけり

星冴えて哀しき者は正視せる

番ひらし群より離れスワン二羽

寒椿自我といふものありて咲く

我にかへる蛹(さなぎ)の如く毛布被て

狩人のその眼光とすれ違ふ

列島の背中に重く雪の降る

電子メール四通八達(しつうはったつ)年惜む

遠き景遠き人見て年惜む

深爪の疼きも年を越さんとす

大枯野そろそろ列車睡くなり

梟が一部始終を見てをりし

ラグビー観る我に遙(はろ)けきものとして

口数も少なくなりし隙間風

北風を衝(つ)き逢ひにゆく逢ひにくる

高層の除夜深海の暗さかな

除夜一人哀しくなつて笑ふかな

ひとふりの七味美し年を越す


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