俳句 田畑益弘俳句の宇宙

 

田畑益弘 俳句 短歌


1999年1月〜3月

1999年4月〜6月

1999年7月〜9月

 

10月

十月を美しきひと闊歩せり

つるべ落し線路の末に車止(くるまどめ)

母の亡き秋夜(しゅうや)や早く寝るほかなき

鰯雲(いわしぐも)忘る忘るる忘るれば

不安なり何か燃やすものないのか

胸冷えて写真と手紙燃やしけり

秋郊(しゅうこう)にほそ長き影つれてゆく

美術展柱の蔭に待ち合はす

意志もちて鳥真つ直ぐに秋夕焼

十月を病む吾の眼に鳥迅(はや)し

秋蘭(た)けるあめつち鳥の影迅き

眼の中に銀河暗黒物質も

をとこ痩せをんなの肥ゆる秋簾(あきすだれ)

秋の蛇無性にひとを抱きたかり

うそ寒く珈琲冷めて昭和史閉づ

平成や菊を咲かせて父老ゆる

(ふどし)とふ爽涼を未だ知らざり

秋の灯にをんなの貌(かお)がまた変はる

その先は臨界となる鰯雲

二等兵老いさらばへて菊焚きぬ

老い父と老い猫の嗅ぐ菊の花

雑種なる猫にも個性秋うらら

コスモスやなりたいものがありし頃

魂魄(こんぱく)の芒(すすき)に遊ぶゆふまぐれ

つるべ落しに二〇〇〇年ふと想ふ

秋の暮うしろの正面誰だらう

汚れたる辞書ゆゑ灯下親しけれ

コスモスが揺るる泣き虫笑ふまで

(くし)の歯の毀(こぼ)れはじめて秋深む

愛さねば林檎のすぐにカーキ色

交はらず金木犀(きんもくせい)のかほりして

木槿(むくげ)挿(さ)して頼りにならぬ男なり

人待ちてひと美しき花芙蓉(はなふよう)

蜻蛉(とんぼう)の静止つぎは翔ぶしかない

小鳥来て寝てゐる猫の耳うごく

心といふ空室ありてうそ寒き

衣衣(きぬぎぬ)の歯を磨きつつ月白し

(わら)焼きのけむり棚引き日本なり

未亡人南天植ゑて事もなし

畦を行かむ蜻蛉の群れに誘(いざな)はれ

泣き顔の仏に供ふ猫じやらし

民宿の家人明るし赤まんま

京の山みんななだらか良夜かな

蒼然(そうぜん)と秋深めけるばせを(芭蕉)の碑

高原のさみしさ蘭(らん)を香らしむ

美しき酸素を吸ひに天の川

万年青(おもと)の実活けて我が家の神域なり

蒼茫(そうぼう)たる陸(くが)より吾に小鳥来る

松虫草(まつむしそう)風やさしくて人やさし

(ひよ)啼いて遅刻しさうな朝である

松茸を眺めては眺めては誉(ほ)む

気がつけば四方八方茸(きのこ)かな

陸続たる茸の兵に孤立せり

墓に今生(あ)れたる如く秋蝶翔(た)つ

零時にて既にきのふの桐一葉

露草(つゆくさ)に近寄ればほら月の粒

登頂のしるしと置きぬ吾亦紅(われもこう)

(は)れよアルピニストの銅像に

うつむきてひと美しき百合の花

手花火に汝(なれ)の面差しやヽやつる

おもかげも知らぬ祖母の忌無月なる

おもかげや泪の涸れし目裏(まなうら)に

目裏の母郷おはぐろ蜻蛉かな

曖昧(あいまい)にしておくことも温め酒

中洲にて野菊のほかは石ばかり

秋深き耳を澄ませば木の言葉

鳥渡る母在りし日の鳥なれや

鳥雲(ちょううん)のはろけき誰(たれ)のおもかげぞ

椋鳥(むく)死して不良少年ふと優し

羽虫の屍見て立ち眩(くら)む鬼城の忌

澄む水に夭(わか)き心が屈折する

かなしみのまぎるる如し色鳥に

空咳のをとこ消え入る無月かな

(すさ)まじやマネキン束ねられ捨てられ

広沢の池昏るるまで秋惜む

(ひかげ)ればその黄淋しき女郎花(おみなえし)

また指に包帯をして夜学の子

よく遅刻すれど休まぬ夜学の子

夜半(よわ)の雨うつくしと見つ蕎麦(そば)食みぬ

無風なり心の中の風鈴に

我が影を鳥影過(よ)ぎる秋の土

冷まじや蓬髪(ほうはつ)映る捨て鏡

短日や落つるほかなき砂時計

「曽良日記」読みて密かに秋深む

(つつが)なきにほひと思ふ秋刀魚かな

体育の日若くはないと思ひし日

酒少し弱くなりたりこぼれ萩

秋夕焼(あきゆやけ)溺れたきほど河染めて

亡母の掌の温(ぬく)かりし日へ鳥渡る

恋占ひいつも曖昧(あいまい)十七夜

十月の蒼すぎてまた自己嫌悪

葦原(あしはら)や若きこころは折れやすく

枯れきつてしまへば怖きものあらず

すべて過去大根抜きし穴ばかり

鍵つ子のいよよ淋しき木槿(むくげ)かな

自己暗示かけてそろそろ紅葉せむ

愛の羽根もつとも風に敏感で

十月のマーチの似合ふ空となり

秋風や女の視線をんなへと

鮎落ちて周山街道(しゅうざんかいどう)早や暮るる

鶴来るを想ふ陋巷(ろうこう)の寝床にて

曼珠沙華雄蘂(おしべ)のけ反るばかりなり

(いなご)跳べど跳ベど孤独にはなれず

孤独にはなれない蝗群れてをり

柔道着似合ふ真乙女(まおとめ)柾(まさき)の実

陸奥(みちのく)の或る道の辺の男郎花(おとこえし)

縄文へ野菊もろとも掘り返す

東京の灯に蜉蝣(かげろう)と人間と

秋暑し三面記事になるほどに

野菊は咲けど東京の早歩き

秋雨の胃にしくしくと降る如し

秋深き机上物故者名簿かな

伝へ聞く人の死とみに秋深む

失ひし絆(きずな)のゆくへ野分雲(のわきぐも)

新宿に未知の闇あり虫時雨(むししぐれ)

秋の汗ひとすぢ胸のくらがりへ

秋ともし影がひとつになりたがる

明日死ぬ蜉蝣(かげろう)のとぶ夕山河

葬送曲流るる如く蛇穴に

梨食(は)みてかろくあかるく考へよ

誰の声か林檎盗めと囁(ささや)くは

卒然と高鳴るピアノ蔦紅葉(つたもみじ)

しづけさに秋深めける地獄耳

虫の夜の耳が最後に眠るかな

耳朶(みみたぶ)の冷たきを知る舌の先

いつも手が冷たきゆゑに汝を愛す

実らざる恋こそ燃ゆれ曼珠沙華

曼珠沙華炎ゆる女の斜面にて

一切れのレモンに歓喜さんざめく

捨て猫が野菊の傍(そば)を離れない

猫じやらし各駅停車のみとまる

末枯(うらがれ)に猫拾ひては飼うてゐる

残菊にきのふもけふも独り酌む

逢ふまじと決めて水草紅葉(みずくさもみじ)せり

告ぐべきか否か水草紅葉かな

草紅葉円空仏(えんくうぶつ)に飴供ふ

菊人形人混んで来て人匂ふ

菊人形生身(なまみ)の鼻にかほりけり

移ろふや菊人形も現(うつ)し身も

徒労とも思ふも秋の汗かいて

見失ふ絆と決めし秋の星

人行きて人ゆきゆきて秋深む

風流の誰が名づけし紅葉鮒(もみじぶな)

断崖(きりぎし)をなんで択びて秋薊(あきあざみ)

草紅葉猫より小(ち)さき犬吼えて

つめたき手うつくしき手を恋ひわたる

朱欒(ざぼん)剥くと唇(くち)にささ波寄せて来る

鶴来(きた)ると聞くこころの汚れかな

ひとひらの古き切手に雁(かり)啼けり

老い父の泪もろさに萩こぼる

栗剥きつ自分に歌ふ子守唄

秋深む固きチーズを削るたび

啄木鳥(きつつき)のつつきて深む月日かな

一語吐けば深く重たく夜業かな

我のみぞ知る末枯(うらがれ)に星無数

考ふは悩むに似つつ夜長かな

生きてゐる愉しみ犬と草の花

中年の秋思自嘲に相似たる

(あ)ふために耳たぶ寒くゆきゆきぬ

逢ひたしや長距離電話虎落笛(もがりぶえ)

秋の虹あすを疑ふ眼には見えず

つめたき手につめたき手を重ねけり

甲高き女の鋭声(とごえ)紅葉とは

冬籠(ふゆごも)る愛撫の記憶手のひらに

冬籠る酒と煙草と嘘少し

美しき独断として薔薇頽(くず)る

レコードがリフレーンしていわし雲

初恋のやうな恋して薄紅葉

晩秋や手を見つむれば淋しかり

秋深む鉛筆で描く自画像に

素描せる鉛筆の音秋涼し

不遜なる生き方風邪をこじらする

月浴びて父すさまじく老いたまふ

もの言へば声透りゆく秋まひる

柳散る切れ長の眼の都人(とじん)へと

終るべく二人の距離に霧が降る

落葉してジグソーパズル終らない

鈴虫に羊の数を忘れたり

肩の辺りやや老いたりし秋思かな

足跡にまた雪の積む流離(りゅうり)かな

人おもひおもひせまりし紅葉かな

いみじくも同じ月見る電話かな

晩秋やさまざまの人遠々(とおどお)し

銀漢(ぎんかん)や我らは知的生物か

夕霧に心と心寄らむとす

三島忌の三面鏡の顔顔顔(三島忌・11月25日)

冬苺(ふゆいちご)をんなの秘むるもの怖し

猟解禁ああ憎々(にくにく)と空青き

秋惜む雲また湧きて流れゆく

行秋や見えずなるまで飛鳥(ひちょう)見て

赤とんぼ見るとき俺はぼくになる

冬籠りしてわたくしは俺になる

落葉していよいよひとを溺愛す

落葉せりくちづけといふせつなさに

迷ひ路や落葉の中に捨てしもの

逢へぬ日を数ふ落葉をかぞふごと

絡まりし指と指にて寒からず

株価読む顔から昏れて冬に入る

爽やかと思ふいつかは死すること

紙幣ののばして老いの小六月(ころくがつ)

汲み置きの水の硬さに冬立てり

合鍵をひとに渡して冬籠る

冬に入る鉄の手摺(てすり)の鉄の階(きざ)

冬が来る象の不在の大いさに

冬日の象悲嘆の色に塗りつぶされ

雪原にわざわざ転び若きかな

君かへす朝のしぐれに女傘(かさ)がない

紅葉且つ散りやみがたく人思ふ

掌のと紙幣のと寒き銭(ぜに)

残菊や少年の貌(かお)老い易き

東山薄目になりて冬めきぬ

冬ぬくし誰も知らざる洞(ほら)ありて

はつふゆや亡母は靴下嫌ひだつた

牛乳屋十分遅れ冬に入る

冬が来る鉄の階段四畳半

山眠るわけにはゆかずダンプ来る

「在日」の人々もまた冬に入る

抱きたくなるそのセーターを着てくると

(ふくろう)が鳴くと日めくりまた黄ばむ

黒幕になる梟の真似すれば

柚子(ゆず)の香に亡母の不在の三年目

もの言へば愚痴になりつつ落花生(らっかせい)

落花生ぼそぼそ話しぼそぼそ食ふ

落花生食ひ散らかして孤りなり

たまさかに父と子の食ふ鋤焼(すきやき)なり

寄鍋(よせなべ)といへどもふたりぽつちかな

区役所裏まづ灯ともせる焼鳥屋

焼鳥や名前は知らね顔馴染み

焼鳥や新宿区役所裏通り

誰も来るなこの焚火には過去が炎ゆ

湯豆腐や腹にいちもつある様子

酸茎桶(すぐきおけ)京は足から冷えてくる

出稼ぎの男と呑みし一会(いちえ)かな

出稼ぎが張りつく高層ビルの壁

コンピュータ正すも年の用意にて

老い父がニトロ舐むるも冬用意

辞めてゆく男の背なも冬景色

毛糸編むひと二〇〇〇年を哄(わら)へり

鉛筆で描く自画像の木の葉髪

屋上は孤島にも似て秋高し

冬の陽に抜けない指環のみ光る

方言のかなしみに雪降つてくる

末枯野(うらがれの)わが胸底(きょうてい)につながりぬ

湯気が湯を離るるやうに人の死ぬ

甘藍(かんらん=キャベツ)やエプロン姿また似合ふ

紫苑(しおん)咲くそばにひとゐる静けさに

亡き母の丈より高く花紫苑

メールアドレス数人削除秋深む

言ひ負けて寧ろよろしき燗酒(かんしゅ)かな

「君が代」をマスクしたまま歌ひけり

鶴悉(し)るらむ天のもつとも青き場所

子狐の智慧(ちえ)育てゐる月明り

鹿の子の自我芽生えつつ小(ち)さきつの

遠火事に別れしひとを何故(なぜ)おもふ

罪抱きて銀河の下の二人なり

落穂拾ふ二十世紀の夕暮れも

独りの灯ともせば淋しともさねば

古疵(ふるきず)におもひで溢る秋燈下

秋の寺をとこはらりと泪せり

海の色静脈の色冬に入る

うかうかと気づかずに過ぐ帰り花

来年はビルの建つ土地素嗄(すが)れ虫

おもひでを手繰り寄せれば通草(あけび)の実

「ひかり」から「こだま」に替えて秋惜む

十分ほど駅に逢ひたる秋の虹

駅爽やかにくちづけの一、二秒

愛されずして新宿に虫鳴けり

毛布被(かぶ)り胎児の姿勢にて眠る

椰子(やし)の実を羨(とも)しく思ふ秋の潮

鳳仙花自(おのず)と爆(は)ぜて何深む

朝の陽に新酒は立てり壜(びん)の中

淋しかり超特急といふ野分(のわけ)

秋惜む動く筈(はず)なき石を見て

秋深む待つといふこと教へられ

加齢とは坂のぼること月早し

行く秋の船に乗りたし何となく

雲二つ合ひて別れて秋の果

めぐりあふ人はゐずとも枯野行く

落花生食(た)うぶと話暗くなる

日本海吼ゆ北窓を塞げども

北窓塞ぐ二千年厭(いと)ふごと

ポケットに裸の紙幣焼鳥食ふ

こほろぎや寝ものがたりのとぎれがち

西下せる車窓に秋を惜むかな

逢ひし後の疲れにふつと隙間風(すきまかぜ)

黒髪を畳に拾ふ一葉忌(樋口一葉忌、11月23日)

消閑(しょうかん)の茶房にありつ秋惜む

暖冬や地下街の花舗匂ひすぎ

かなかなに鏡の奥の奥光る

老い父がまた湯を沸かし秋深む

和みつつ淋しきこころ枇杷(びわ)の花

血は錆(さび)の味して乾く秋の風

秋蝶を眼で虐(しいた)げて孤独なり

返り咲く乳房のやうな丘がある

盗みたきもののひとつに冬昴(ふゆすばる)

11月

自嘲して十一月が来てしまふ

十一月遠きひとほど麗(うるわ)しき

父の手に似てきたる手や秋深き

人間の澱(よど)みの頭上燕去る

もの縫へる亡母思ほゆる夜長かな

冬晴れを蹴り上げて子の逆上がり

老い父の派手なジャケット馬券買ふ

寒いのに妙に勝気になつてゐる

逢ふためのただ逢ふための目貼りかな

スプーンで御飯食(た)うぶ子文化の日

しぐれをり拾はねば死ぬ猫のをり

枯野より戻りて人を怖れけり

紅葉に紛る愛執(あいしゅう)の鬼面して

冬の雷三島事件をふと思ふ

北窓塞ぎ逢ふための闇つくる

人集(たか)りそれぞれ冬陽頒(わか)ちけり

(こがらし)に泣かねば目玉乾きけり

セーターを脱ぐとき不意に青春期

母逝きておもひでとなる玉子酒

美しき小春日和の訃報かな

東京のわたしの帰る蒲団(ふとん)かな

したたかに老女の笑(え)まふ風囲ひ

また誰か猫捨ててゆく神の留守

猟夫(さつお)の眼猟犬の眼に黙殺さる

霜晴れてアエイウエオアヲ青々と

寒き寒き我が頬打ちて泣きにけり

冷やかな君のリセットボタンかな

雪積みてやがて忘るる日々が来る

小鳥来てお茶の時間にしませうか

毛虫焼く蝶を愛する吾なれど

冬に入る故人もまじる人名簿

塞翁(さいおう)が馬嘶(いなな)ける大枯野

舗装路を雑草(あらくさ)が裂き虫が鳴く

寺町(てらまち)の仏具華やぎ暮早し

冬すみれひとりで遊ぶひとりつ子

二十五時きのふの寒さなほ引摺(ひきず)る

やうやうに昭和を生きし畳替ふ

天狼(てんろう)の孤独の中に自由あり

短日や磁石で留むる逢瀬のメモ

マルボロに黄ばみつつ指悴(かじか)むも

無防備に出て木枯しをさ迷へる

灯油缶ころがりゆけり凩(こがらし)に

冬に入る銀貨ひとひら地に光り

ひとは来ず雨から霙(みぞれ)そして雪

世紀から世紀へ渉(わた)る冬が来る(来年ですが・・。)

血走るは我が両眼か寒茜(かんあかね)

コンビニの光をさがす夜業人(やぎょうびと)

平成の脂肪太りが着膨れて

なんとなくふやけし国の冬ぬくし

ピノキオの隠れてしまふ冬木立

冬に入る誰も真顔で不真面目で

無住寺にひと木ひつそり冬桜

冬に入る老父にともす常夜灯

浮かび来る亡き人の顔皆爽やか

ゆりかもめ昔男に迅すぎる

落葉してもう出なくなる幽霊よ

凍港や星条旗のみ動きをり

短日のくるまに(ひ)かる影法師

それはそれは退屈な日の落葉です

骨折せり十一月の眩(まばゆ)さに

ただならぬ鴉(からす)のこゑに寒波来る

寒すぎるビルに必ずカラスゐて

夜爪切る既に母亡き寒さ抱き

鳥渡る亡母のうたひしうた聞こえ

(かんごい)の重心じつと沈みけり

(だま)し絵のピエロ現る落葉して

すこやかに或る日死ぬため寒卵(かんたまご)

たかが猫されど猫毛布掛けやる

たまさかに日章旗見し明治節

パトカーの騒然として狂ひ咲く

凩に岩波文庫売り払ふ

しのび逢ふ冬の狐の嫁入りに

アメリカの亀など捨てて冬ぬくし

夢のごと塵(ちり)のはなるる干蒲団(ほしぶとん)

啄木鳥(きつつき)のつつく一寸先の闇

冬夕焼翔ばねばならぬ鳥を見き

君は君我は我なり冬の星

(かりがね)に深夜葉書を投函す

冬の日をかなしき象に集むべし

星流る願事(ねぎごと)もなき一瞥(いちべつ)に

くれなゐのその一念の寒椿

日記買はず地球とともに回るのみ

黒衣婦人紅葉且つ散る奥に消ゆ

生きて死んで死にたる後の蒲団かな

ここだけの話を聴いて冬ぬくし

骨の如き白き流木冬の浜

冷めたピザ誰も食はざる夜業かな

(さば)ずしの青うつくしきしぐれかな

真剣に歩む足にて冬に入る

生真面目に生きてなんたる寒き貌(かお)

冬晴るる「美少年」とふ酒貰ひ

種を採る祖母の忌日と思ひつつ

菊焚きて言葉なさねば寂しき日

ここかしこ虫鳴く闇を村といふ

用もなく歩く愉しみ帰り花

別れゆく寒くないのに衿(えり)立てて

壁の中水の音して冬深む

(こがらし)が君を他人にしてしまふ

凩や中年の目に敵ばかり

亡母が来るこぼれさうなる白萩に

(きざ)のぼる影歪みつつ美術展

ひとすぢにこほろぎは鳴き君は産む

東京に近づく虫の闇抜けて

すきま風シャツの釦(ボタン)をかけ違へ

廃ビルに寒鴉(かんあ)と寒鴉なに話す

寒茜(かんあかね)カラスのこゑを染めしのみ

寡黙なるひと北風を父とせり

いらいらしもやもやしつつ暮早き

毛糸む君は未来を語らずに

公園の蛇口ひねれば凩(こがらし)す

冬曇る大きな(まゆ)に入る如く

冬の陽は舌先のごと君の肢に

冬晴れの断片としてビル屹(た)てり

団地群一万世帯寒夕焼

寒月や切りし夜爪の象(かたち)して

夜も晴れて全裸の寒き月のぼる

秒針を暫し眼で追ふ寒暮かな

小春日の猫の拗音(ようおん)美しき

小春日や約束もなく用もなく

いつまでの父の空咳冬茜(ふゆあかね)

寒き寒き受話器の底に君がゐる

寒き壁ヌードポスター貼りしまま

ラガー見る何かに敗けてゐる両眼(まなこ)

忘れむとしてしがらみの紅葉かな

冬の川捨てし怒りが滞る

雑踏にまぎるる君も風花(かざはな)よ

地下鉄の揺れにまかせて冬暮るる

にんじんは嫌ひ給食想ひ出し

(いさか)へど冷凍食品すぐ解けて

疵癒ゆるしづけさに似て冬凪ぎぬ

山茶花の前に始まる鬼ごつこ

亡母のためまた父のため茶は咲けり

都市は劇場小道具の枯葉散り

(うつ)し世に白鳥の舞ふ夢うつつ

帰り花見つつ己れを宥(ゆる)しけり

東北をとうほぐと云ふしまきかな

あめりかの舶(ふね)に愛され冬かもめ

山眠る動かすまじき亡母の家具

怒るごとく過去(すぎゆき)を消す焚火かな

単線の鉄路のゆくへ雪催(ゆきもよ)ひ

夜食とる手の皓(しろ)きことふと哀し

(ほだ)の火を見つむる心癒(いゆ)るまで

荒壁や榾火(ほだび)に屈(かが)む影法師

天餌なき寒禽(かんきん)はみな低く翔ぶ

枯蟷螂(かれとうろう)末期の色も草ととも

トロ箱に売られて怒る若狭蟹(わかさがに)

最果(さいはて)や岬の雪は横に降る

寒暮来るコンクリートの群塊に

天網(てんもう)の天よりかくて霜一面

葬列が紅葉の奥に吸はれゆく

古歌(ふるうた)の如き恋せむ男郎花(おとこえし)

逢ひに来て逢はず帰りし冬銀河

(とお)き恋くれなゐの火に焚くよ今

わが原景に敗れたるラガーあり

さ迷ふや我が前生(さきしょう)の枯野人

紅葉燃ゆ結界(けっかい=禁制区)に入る女人ゐて

黄落(こうらく)し白刃の如き三日月湖

黄落のあを空ゆゑの淋しさか

すきま風吾にも黙秘権がある

寒き整列ビルの窓ビル映し

毛皮着てひと美しく恐ろしく

酔ひ痴れてげに空白の年忘れ

劫初(ごうしょ)より巌(いわお)はそこに大枯野

麗しき炎に寒暮愉しけれ

凍蝶(いてちょう)に死の近からむ落暉(らっき)かな

鬼の面外してみれば狂ひ咲く

詩に痩せて寒き頬して死ぬべからず

百年の家のくらがり茎の石

かつかつとハイヒール来る寒三日月

冬蝿とゐる茫々と雨の午後

霧の夜の不在証明(アリバイ)君の唇に

犬吼えて工場跡地寒夕焼

疲れたる漱石のゐる社会鍋

毘沙門(びしゃもん)の瞠(みは)れるままに山眠る

返り咲く躑躅(つつじ)燃ゆべし不動尊

半分は非業の死なり寒茜(かんあかね)

寄りゆけば焚火せる人ほほゑみぬ

はらわたに燗酒(かんざけ)ひらく合歓(ねむ)のごと

人間が淋しく群れて熊を見る

不思議なる己の素顔木の葉髪

寒鴉(かんあ)鳴けり我が青春の遠景に

やわらかな言葉を択ぶ暖炉かな

老い父の悔しさのいろ寒夕焼

諦めし吾が視野をなほ落葉せり

ハイパント晴れ晴れとして冬雲雀(ふゆひばり)

落葉やむしろがねの日のしづごころ

まなうらに片翅(かたはね)の凍つるのみ

半分は憂ひつつ呑む新酒かな

短日といへど終止符打ち難し

猟銃の色気の如きもの光る

生真面目といふ淋しさや朴(ほお)落葉

線香のいま灰になる冬野かな

線香を消さずにしぐれ過ぎゆけり

北風にときどきひとの掌を握る

北風がまたわたくしを怒らせる

木枯しがポスターの偽善を剥ぐよ

冬虹見つ長く短き人生なり

(みごも)れるひと安らけく毛糸編む

美しくこときれてゐる冬の蜂

昏れて来て曼珠沙華とは怖き花

素嗄れ虫徒食の耳につきにけり

木枯しに形相(ぎょうそう)といふ顔がある

冬の川流るる意(おもい)残しけり

人呼べば地声となりて大枯野

木枯しに何と哀しき地声かな

(うた)はむと涸れざる河を見つめけり

老い父は枯れたる崖を背なに負ふ

小春日の綺麗な小石拾ひけり

マンションの或る空室の鎌鼬(かまいたち)

ビル林立す間(あわい)より鎌鼬

革手袋手相の如くみけり

冬帽子昏(くら)き眼なほも昏うしぬ

遠目には諍(いさか)ふ如き白息よ

ぬくぬくと我が身の真闇鮟鱇(あんこうなべ)

ブルーギル釣りては殺す湖寒き

骨折の日々来年を杳(はろ)かにす

(そり)の鈴睡魔は遥かより来たる

雪蛍あしたの見えぬ曇天に

猪肉(しし)を食ふ上下二対の犬歯かな

我一人の戦(いくさ)の如く枯野行く

人生のどのあたりなる夕焼河(ゆやけがわ)

老骨が遊び華やぐ枯木山

まろ寝して屁(へ)をひりて勤労感謝の日

空漠と明日あり勤労感謝の日

席つめてコートの裾に座らるる

咳つづくコンダクターの出づるまで

冬の雨滲(にじ)んで読めぬ一字あり

冬水や日は傾(かたぶ)けど静心

冬陽玻璃の無数の傷を暴きけり

鶴嘆く垂直に天仰ぐとき

白骨となるまで寝ねむ芒原(すすきはら)

(こし)の国の木の実いろいろ賜りぬ

小鳥来てをり隣人を愛すべし

弔ふや現(うつつ)の白き息吐きて

野良犬も飽食にして冬ぬくし

雪女郎(ゆきじょろう)何に荒(すさ)めるわが眼なる

目裏(まなうら)の疲れに笑まふ雪女郎

帰り咲く亡母の悔しみ思ふ日を

虎落笛(もがりぶえ)亡母の呼ぶ声まじりをり

聞こえぬも裸木(らぼく)の中を水流る

底冷えや賀茂から鴨へ下る音

胸底の枯野の漠(ひろ)さ告げ難し

わが若く恋ひたるひとの木の葉髪

年の瀬や吾は逃げつつ追ひすがる

肩の荷を降ろせば肩が寒くなる

年詰まる浮雲(ふうん)過ぎ行く迅さかな

鉄叩く音など吸ひて雲凍つる

(はがね)組むの如き凍土(とうど)掘り

(ぶり)来ると海色を見て老いの云ふ

蜜柑山三男坊が継ぐと云ふ

蜜柑山雲雀(ひばり)の如く人語あり

鉛筆の鋭く寒く若き日よ

不意に寒し向ひホームの列車発ち

独りなのに誰に憚(はばか)る(くさめ)かな

すきま風亡母は何処(いずく)に行きしかな

(もだ)し噤(つぐ)み応へぬ唇(くち)の紅冴ゆる

流星の気配妊れるひととゐて

みどり児にさんざめくなり枯山河

暮早しビデオテープを消し忘れ

忘れ難き禍福あざなふ年忘れ

十のうち九つ哀し手毬唄(てまりうた)

うらうらともの思ふがに冬木影

京都市をはみだす京の底冷えが

かぐや姫知らぬ子供にクリスマス

くちづけてうつらぬ風邪の哀しけれ

白息と白息二人生き急ぐ

少年のケーキ見つむる水つ洟(みずっぱな)

枯野越えたかだか県の境越ゆ

冬帽子目深(まぶか)逢ふこと悪事にて

都心なり室(むろ)の花売る販売機

吾と汝の異なる未来星寒き

人体に月偏(つきへん)数多無月かな

見飽きたる汝(おまえ)の全裸暖房機

物語り寒き部屋から始まりぬ

炎赦し人をゆるさじ結氷期

首筋の寒さ即ち老い兆す

瓦礫(がれき)とも墓とも見ゆる寒茜(かんあかね)

鳥影の思ひ出となる冬の空

冬日向腕のケロイド見せられて

星凍てて金米糖(こんぺいとう)になつてゐる

籾摺唄(もみずりうた)泪ぐましき日本かな

蓮枯れて亡母の魂もう来ない

ポインセチア泣いても笑つても暮れて

同じ樂(がく)鳴らしつぱなしポインセチア

冬木の芽硬き乳首でありしかな

みちのくの歯応へ美(は)しき赤蕪(あかかぶ)よ

枯木影正客として奥座敷

畳替ふさやけき木影客人(まれびと)に

冬晴れの玻璃鋭角に切られけり

白菜の晴れ晴れしさを買ひ来たる

渇きたる眼にはるばると冬菜見ゆ

唯一人冷たく嗤(わら)ふ癖がある

水銀の如きしづけさ寒の月

風邪の眼に青き炎が消えかかる

生くるとは恥増やすこと寒鴉(かんあ)見つ

安らけし冬木二本の影二本

いつしかに凍てし仮面を脱げずなり

寒風裡四、五歳老けて見られけり

Uターン禁止の夜道年詰る

ぬばたまの闇のほとりに寒施行(かんせぎょう)

むらぎもの心に施錠して寒夜

冬籠(ふゆごも)るわたしの中の卑怯者

12月

極月(ごくづき)のネオンと思ふさんざめく

(な)が中に火の柱ある寒声(かんごえ)か

己が身を匿(かくま)ふ如く冬構へ

宇宙の齢見つめてゐて湯冷めせり

暗黒物質見ゆる筈(はず)なき水つ洟

霧深き脳のいづくに私ゐる

まだ硬き冬菜のスープ母とほし

(うみ)凍る去りたきものを去らしめて

湖凍る翔べないわたし閉ぢ込めて

寒紅(かんべに)と白き八重歯に惚れてゐる

警官の視線の先の寒き髭(ひげ)

塗椀(ぬりわん)に割られて笑まふ寒卵

ヴィヴァルディ「四季・冬」鳴りて湖凍る

東京になかなか死ねぬ冬の蝿

老眼にのみ見えてゐる冬の星

師走空(しわすぞら)前のめりしてあてどなし

せつかれて師走に死して忘れらる

行く年が篩(ふるい)にかけし人の死か

行く年にふり落とされて青年死す

勝ちしラガー裂けし唇にて笑ふ

言ひさして再た言はざりしすきま風

昧爽(まいそう)や雪嶺(せつれい)燃ゆる鮭色に

完黙と寡黙の間(あわい)すきま風

断崖(きりぎし)に佇たねば見えぬ冬銀河

(くさめ)してコンクリートが落ちてくる

年の瀬の追ひ越してゆく背中見る

大枯野遠き一人も親しけれ

刃物砥ぐをとこのほとり虎落笛

白鳥(スワン)見ににんげんの群れ脱けてゆく

晩年を梟(ふくろう)だけが悉(し)つてゐる

梟を見に行き梟に見らる

寒いから鼠(ねずみ)は寒い夜を(かじ)る

愛さずに愛され毛糸編まれゐる

ろうそくの科学聖夜の無神論

媚売れる男に見えぬ天狼星(てんろうせい)

ひとつ淋し無限も淋し冬灯(ふゆともし)

眠れねば眠らず木莵(ずく)を真似てみる

石蹴れば石にぶつかり枯野なる

遠街(おんがい)の灯に零(こぼ)れつつ冬銀河

ぬばたまの闇梟に目守(まも)らせよ

消防車救急車過ぎ暮早き

冬ざるるこの地も不良債権か

更地から更地へ走る鎌鼬(かまいたち)

冬の夜半おのれの一語おのれ聴く

摩り減つてサラリーマンの寒き靴

夢に出て鮫(さめ)は必ず笑つてゐる

老い父が(うそぶ)くことも小春かな

皓皓(こうこう)と黙示の如く湖凍る

過敏にして且つ動かざる冬の水

雲跋扈(ばっこ)して凩の性(さが)見ゆる

そこはかと風囲(かぜがこい)して老恩師

やゝ進む時計正さず年詰る

歳月を負ふ外套の重たさか

外套を苛(さいな)む雨の他郷なり

虎落笛(もがりぶえ)聞け吾は黙して怒る

小春日の亀を見てゐる疲労かな

小枝のやうな少女にからむ虎落笛

凩と「あばよ」の似合ふ男かな

憧れの樹氷に消えてしまひけり

思ひ出す父が風垣(かぜがき)たりし頃

遠き冬のあの日の父は防波堤

合鍵が懐炉(かいろ)の如くあたたかし

高層の玻璃に水底の如き冬天

(ふすま)閉づ二人のこころ開くため

東京のすれつからしと云ふ枯れ方

寒月下大東京の貌こはばる

真冬日の魚類の如き真顔かな

昼酒が短日さらに短くす

夕霙(ゆうみぞれ)迷子の猫を知りませんか

風花(かざはな)や迷子の父を知りませんか

フライイングウインドウズと云ふ風花

冬陽美(は)し京のみんなみ山なくて

芝居見て映画見て年惜むかな

蔵書寄付され美しく枯れたまふ

大枯野まなかにカジノあると云ふ

凍蝶(いてちょう)の待つもの近き没日影(いりひかげ)

裸木(はだかぎ)と云へどネオンに(つや)めきぬ

墓前にてすべなく濡るる初しぐれ

みやこびと時雨と悉(し)りてうろたへず

石蕗(つわぶき)と海鳴りが好き島の猫

石蕗(つわ)の黄と海の青見て晴るる

木の葉髪白髪するどくまじりけり

夜遊びもまた忙しき年の暮

(かじか)んで笑へば泪出でにけり

寒茜(かんあかね)平家辿りし渓(たに)に落つ

瞑想か惰眠か冬の猫羨(とも)し

冬日向猫の瞑想深遠なり

寒鴉(かんがらす)また青空が壊れけり

夢現(ゆめうつつ)虚虚実実の日記果つ

嘘ばかり書きて読まする日記買ふ

偽れず冬の真水の己(し)が真顔

襟巻(えりまき)にしぐれの名残り逢ひに来し

裸木(はだかぎ)にといふもの猿滑(さるすべり)

中年男ポインセチアとバスの中

人妻にもどる化粧(けは)ひに暮早し

冬オリオン見てよりどこか引き締る

冬銀河夥(おびただ)しき死その後の生

帰るさの小温もりなるおでん酒

茫々と四十路(よそじ)の枯野行くほかなし

木枯しが哄(わら)ふ鉄骨組む音を

冷たき手あたたかき背な掻き抱く

わが独語冬の真水に容れられず

白地図の白きままにて山眠る

雑念(ぞうねん)も食うてしまひぬ鮟鱇鍋(あんこうなべ)

日本の輪郭きびし冬波濤(ふゆはとう)

話しつつひつそりとしてすきま風

木漏れ日にまぎれて消ゆる冬の蝶

冬の星一人への愛凝(こ)らしゐる

悪食(あくじき)の寒鴉(かんがらす)見つ愁ひ消ゆ

もの言へど夜気うごかざる冬銀河

十二月美しき火に(ぶり)焼きぬ

寒泳を見てゐる吾が慄(ふる)へをり

ラガーらのさもありなんの部室かな

大火なれど思ひ出は燃え残るのだらう

水つ洟(みずっぱな)惨(みじ)めな吾も吾である

オルゴール凍つる如くにこと切れし

枯野から新宿といふ枯野に帰る

(ず)の中を空つぽにして日向ぼこ

勤め人修羅場へ急ぐ白息か

淋しくて空咳をしてふり向かす

酒断ちし夫婦の小(ち)さき焼鳥屋

おでん屋台怒ると怖いおやじなり

疲れたる紙幣ばかりや漱石忌(夏目漱石忌・十二月九日)

しのび逢ふ約束天皇誕生日

開戦日知らぬ間に過ぎ平和なり

十二月八日さう云へば真珠湾

銭金の話のほとり元気

夜神楽(よかぐら)の鬼の哀しみ吾が哀しみ

寒釣の無口に離れ無口なる

焚火にてネガは炎ゆれど汝(な)が記憶

亡母思ほゆ遠き雪嶺(せつれい)見ゆる日は

エキストラ斬り殺されて空つ風

靴音の近づく寒気はた殺気

兵士みな枯草色の写真かな

出征の寒き真顔の写真なり

若く寒き頬の兵たり老い父なり

ラガー見る吾にも殺気立つ心

ビルの階梯(きざ)(くさめ)が先に昇り来る

猟夫(さつお)の眼深き眼窩(がんか)より光りぬ

日記果つ来年こそとまた書きて

返り咲く椿もやはりはたと落ち

凩にナイフを買ひて帰りけり

冬籠りしつつ喇叭(ラッパ)の穴覗く

風花の風の先端戯(たわむ)るる

冬帽に匿(かく)れ路頭に画を売りぬ

昧爽(まいそう)の雪など降れるゆめうつつ

冬薔薇の棘(とげ)と君には触れざりし

目刺見て即身仏をふと思ふ

大根引く多産系なる腰曲げて

数へ日の人影過(よぎ)るばかりなり

加湿器を後目(しりめ)にこころ渇ききる

凍蝶が死してナイフになる話

ハンバーガー食(は)みつつ参るおん祭(春日若宮おん祭)

ジルコンの指輪などして寒すぎる

(むろ)の花飾りて愛の終りかな

帰れない出稼ぎのゐる晦日蕎麦(みそかそば)

帰れない男の背なにしぐれけり

哀しみが固まつて冬の象になる

凍星(いてぼし)や誰にも告げぬ誕生日

昏れ急ぐ誰にも告げぬ誕生日

中年寒し自ら祝ふ誕生日

誕生日おでん屋台で祝はるる

只ならぬをとこが引けり焼芋屋

雪眼鏡はづせば柔(やわ)なお坊ちやま

外套に昭和末期の匂ひふと

冬帽子目深だんまりを決め込まる

逃避してやがて哀しき冬すみれ

短日やつまらぬ映画見てしまひぬ

ラガーらに傷つけられし土匂ふ

手袋を脱ぐよく働いた手が出る

滝涸れて人語溢れてをりにけり

冬薔薇のかほりに寄りて恋始まる

冬薔薇の棘に触るるも恋ひをれば

生も死もかろし風花舞ふ空よ

枯野中ひとすぢとほる恋路なり

石蕗(つわ)の花水平線に直立せり

着ぶくれや戦ひを見て戦はず

敗将の鎧(よろい)の如くコート着て

すたすたと歩み去るべき冬至かな

冬至湯に中年の貌いつ弛(ゆる)ぶ

美しき水吐きて山眠りけり

汽車見れば父思ほゆる冬野かな

大欅(おおけやき)枯れて星空掃く如し

いつしかに懺悔録(ざんげろく)なる日記果つ

鎌鼬(かまいたち)彷徨うてゐる古戦場

大原の団子ぬくしや時雨くる

ラグビーの土にぎやかに裏返る

地下街にパン焼く匂ひ冬ぬくし

冬ぬくし机上の埃(ほこり)許しつつ

人に狎(な)れ世に狎れコート匂ふかな

雪晴れて今生れたる星光る

雪晴れて未知の星空顕(あら)はるる

雪明り陶(すえ)の狸(たぬき)のかぶり笠

雪卍(ゆきまんじ)鳶(とび)の笛のみ確かなる

冬浪が来る鷲掴(わしづか)む手のかたち

寒き星見つめて一つ齢をとる

寒き星唇(くち)もて数ふ誕生日

寒茜(かんあかね)蜂の古巣に終(しま)ひけり

霧降ればほのかに唇(くち)と唇触るる

冬の水雲しらじらと渺々(びょうびょう)と

雪嶺や星屑どちのささめごと(ささめごと=私語)

風花の速度で時が過ぎてゆく

風花と筋違(すじか)ふスクランブル交差点

何も無い関ヶ原のみ雪が降る

着ぶくれて耶蘇像(やそぞう)を売る男かな

肝臓のあたりでつつ冬至の湯

ギブスとれし腕いとほしき柚子湯(ゆずゆ)かな

明日あれば生きねばならぬ柚子湯かな

後半生思へば昏らき冬至の湯

愛宕山(あたごやま)雲被(き)て暗し寒鴉(かんがらす)

亡母に遇はむ落葉何万枚踏み行き

年の瀬や何かと用の高島屋

雪よりも足跡無数満員なり

鉛筆をいつも尖(とが)らせ冷たきひと

愛なんて聖樹のイルミネーションよ

目貼りして邪(よこし)まな恋始まりぬ

真顔にて愛など語る寒いから

寒いから真面目な貌に見られけり

枯枝にさ迷ふ父の帽子かな

淡墨(うすずみ)の雲うごかざる冬の水

熊野路や神に仏に冬の霧

熊野路の行く手の狭霧((さぎり)拝(おろが)みぬ

冬蝶も旅人としてすれちがふ

梵鐘(ぼんしょう)の余韻の中に山眠る

虫籠(むしかご)に虫の出られぬ扉(と)のありぬ

時計みな狂ひてをれど冬至の陽

古暦早めに捨ててしまひけり

亡母すでにおもひでとなる枇杷(びわ)の花

母の亡き寒さが解るだんだんと

親不孝者のみに吹くすきま風

冬霧の巖(いわお)神とも仏とも

巖々を神々と見し冬の霧

枯木宿きちんと靴は脱ぎたまへ

孤独なり真夜の水道奔(ほとばし)り

裸木(はだかぎ)は残り男気滅びけり

後ろから見てくたくたのコートかな

正座とは寂しきかたち冬日影

神様に休業のある滝涸るる

滝涸れて深傷(ふかで)を晒(さら)す如くなり

雪眼鏡かけて世情に疎くなる

枯れてゐる化けてゐるとも申されし

平成の柔な手として悴(かじか)みぬ

(あかぎれ)も昭和も遠くなりにけり

寒き夜の夢に戦争してをりぬ

冬茜象の眸(ひとみ)に炎えて消ゆ

木枯しが石を凶器にしてしまふ

着ぶくれし心とおもふ貯金して

わが枯野夢捨てに来て夢拾ふ

あすさへもわからぬけふの一寒灯

疑ふとますます寒くなつてきた

愛さず愛されず蜂の古巣見て

どの壁にも潮騒を聞く風邪である

二匹ゐて多分夫婦の冬金魚

冬深むわたしの中の静電気

冬の虫誤植の如く書にとまる

産声が乱反射して冬木の芽

知らぬ間に若くなくなり年惜む

冬蝶の乱舞卑弥呼の墓だらう

片隅の火虫の骸(むくろ)掃納め

雪山に行きて還らぬ大嘘つき

行く年の電車の中を歩いてゐる

手毬唄(てまりうた)起承転転終らない

太陽の貌(かお)生真面目に冬至かな

吾一人浚(さら)ひ忘れし冬の潮

細い字を書くなますます寒くなる

白き毛布胎児の眠りより醒めず

カステラと紅茶がよろしスワン見て

猟犬のすぐ昏らくなる小屋がある

亡母のもの増ゆることなき枇杷の花

トルソーの後ろに潜む鎌鼬(かまいたち)

入口が出口の園や年詰る

師走の手師走の水に濡れて美(は)し

年を越す蝶を見えずなるまで見つ

冬蝿も身を賭して世を渡りをる

天才棋士セーターを着て十五歳

目裏(まなうら)の火事消し難く昂ぶりぬ

仮面とも素顔とも思(も)ふ寒き貌

なぜ冬の烏(からす)は大きく見ゆるのか

焚火して火を怖がらぬ猿である

パソコンに橙(だいだい)飾つたのは誰

冬蝿に生きねばならぬ罰もある

晩年の三島由紀夫といふ裸木

眠る山眠る渓あり生活(たつき)あり

白鳥の胸ふくらかに母想ふ

年の瀬の右往左往も昏れにけり

縄文式土器より出でて冬の蝶

夜闇見て飽かざり年を越さむとす

東京が淋しくなつて大晦日

冬日向猫に視線をそらされし

木枯しに見て見ぬふりの喧嘩かな

冬の暮闇に手を突つ込んで探る

もの云へよ話せよ寒いぢやないか

静けさに音ある如し冬の蝶

輪飾りに母在りし日の釘健在

きのふの詩既に古びて年明くる

やヽ永きくちづけの間に去年今年

詠はむとただ詠はむと去年今年


俳句 田畑益弘俳句の宇宙 HOME MAIL