11月

虚を衝かれ十一月の蚊に喰はる

秋日影颯と地下鉄地下を出で

末枯れてゆく満目の青の下

人間の欲望がその冬の蝿

行く秋の既に出船となりにけり

行く秋の発車ベルにも余韻かな

神の留守塵も芥も消え失せぬ

こつそりと帽子目深に発つ神あり

人間に化けたる神も旅立てり

一対の白狐残して神の旅

恋の如し紅葉の径をふたりして

マネキンの臥す空地より冬が来る

らあめんの美味しいお店冬に入る

野良犬が冬将軍に蹤いてくる

番犬が冬に向つて吼えてをり

外人の働く背中冬に入る

目薬の頬に溢るる寒さかな

からからと哄ふほかなき寒さかな

泣いても笑つても一人なる寒さ

冬らしい冬などと云ふテレビかな

帰り咲くまなうらにある面影も

「短日」七句

コンビニで御飯を買ひて日の短か

短日の玉子ぶつかけご飯かな

短日のすぐ重くなる小銭入れ

短日の背中押されて足が出る

短日の胸にブルブルする電話

短日の鋏なければ噛み切りぬ

字足らずの俳句にも似て日短か

凩や都会は人の吹き溜り

カネを恃みに凩をゆきゆきぬ

隙間なき蒼天に冬立ちにけり

土不踏立冬の音踏みゆけり

冬ぬくし眼鏡汚して人の中

小春日のこゑ美しき猫のをり

枯蟷螂わが友として見つめけり

目薬のこの一滴の冷たさよ

冬の暮亡きちちははの間も灯す

父母亡くて吾にあつまる隙間風

裏返す枕の中も虎落笛(もがりぶえ)

寝返れば背後にまはる虎落笛

「冬の蝶・凍蝶」八句

日に舞ひて月に凍てゆく蝶々よ

水止まり蝶凍てて画となりにけり

まなかひに含羞(はじら)ふ如し冬の蝶

冬の蝶陽の中に失せ以後知らず

凍蝶のとけて再び羽たゝきぬ

あの日より我が眼底(まなうら)に蝶凍つる

引き算のさみしさ冬の蝶ひとつ

ひとつ舞ふひとつ凍てたる蝶の傍

冬なれば少し真面目に暮します

稲妻の見ゆる窓好き怖いから

冬桜ついでに弥勒仏も見る(広隆寺)

よそゆきを着てまだゆかぬしぐれかな

小春日のよそゆきを着てゆきどなし

小春風わが猫ミーとチコを撫づ

小春日や食ぶるに惜しき京の菓子

冬めくや己れ驚く静電気

父の背のぬくかりし日の冬夕焼

底冷に千年の古都美しき

星冴えて街のをちこち電子音

透明のしぐれ傘買ふ嵐山

しぐれてもまたしぐれても別れない

おでん屋台となりも独り者らしや

おでん屋台過去を語らぬ親爺ゐて

すぐに泣くやくざな男おでん酒

ウィンナー巻とか云ふもおでんかな

おでん食ぶわざと芥子に噎せもして

賀茂の水高野の水と合ふ寒さ

底冷に腰掛くるごと京都駅

湖国とは違ふ寒さの京に入る

ほいほいと安請合ひも小春かな

冬紅葉しづかな恋でありにけり

内海も外海も紺みかん山

耳朶を冷たく痛く歩みゆく

初冬の街淋しくて美しき

不況の町落葉も人も吹き溜る

吹き晴れて寧ろ淋しき落葉季

木の葉散るこの一歳(ひととせ)をおもふとき

順序ある如くに散れる木の葉かな

枯野ゆく一人とふこと凄まじき

亡き父かと見つめてゐたり枯野人

いつか我も一切を捨つ枯野人

来ずなりし人の噂やつぐみ焼

焼鳥や逝きたる客の話など

いつしかに常連となるおでん酒

おでん酒ネオンサインの街遠く

現し世に背を向けてゐるおでん酒

狸見る吾も眠たき顔をして

虫喰の穴もをかしき柿落葉

涸川に何を欲るらん犬の鼻

冬籠り猫に聞かする独り言

冬籠る二匹の猫を家来にし

暦日を×で消しつつ冬籠る

つまるところ一寒燈で足る一人

己(し)が帰る己が点けおきし寒燈に

ふらんすにゆきたしと云ふ冬薔薇

室咲の舌を噛むよな名前かな

室の花一人が好きで淋しくて

室咲や液晶カラーテレビの辺

もう忘れよと一斉に黄落す

人の死の軽さ黄落とめどなし

紅葉且つ散るたまさかに逢へる日を

亡き母の言よみがへる紅葉川

わが胸を燃やさむポインセチア買ふ

恍惚として日溜りに枯葉かな

もう逢はぬしばらく落葉見てをりし

安らけく水底(みなそこ)に積む朽葉かな

逢へぬ日がつづくよ落葉また落葉

鉄棒も鯨の肉も嫌なりし

欠伸して泪が少し小六月

母死後の五年をなどて冬ぬくき

仮通夜の閉めても締めても隙間風

葬り路をいま渾身の紅葉せり

棺出でし後不意に殺到する寒気

遺されしもののひとつに竈猫

猫もまた遺されしもの寒夜鳴く

遺されし猫しきり嗅ぐ冬帽子

人形が怖い寒灯ともしおく

裸婦像の微笑みながら凍ててをり

霜を被て霜の本読む金次郎

鎌鼬(かまいたち)座敷わらしもダムの底

空瓶の立泳ぎする冬の浪

抜け路地の多き京(みやこ)の鎌鼬

小春日の猫の見つくるてんと虫

逢瀬とふ儚きことにしぐれけり

しぐるるや地下に高山彦九郎

八ツ橋のかほりしてゐる初しぐれ

冬の家一人の音に昏れんとす

古道具売りて寂しき一葉忌(樋口一葉忌・11月23日)

枇杷咲いてゐてひつそりと一葉忌

冬籠り夢に逢ふひと美しき

リアス式海岸げにも冬波濤

おのがじし己れ砕きて冬怒濤

冬波のつねに怒濤でありにけり

樹氷せよ屍を美しく眠らせよ

壁に掛け外套は己(し)が影法師

いまにして遠火事に似る青春よ

案の定母郷に到くと嚏(くさめ)かな

海鼠腸(このわた)をすゝる音のみ一人酒

独酌やよべもこよひも酢海鼠(すなまこ)に

涸川と云へど密かに水音(みおと)せり

冬河原髑髏(どくろ)の如き石のあり

冬の川子供の尿(しと)に穢れけり

枯園に一人とふこと安らけき

枯園に人ちらほらと係はらず

とあるベンチに枯園の日をほしいまま

京北のそぼ降る雨の鬼火かな

鬼火は遠し父母はなほ遠し

パソコンにオセロ負けつつ冬籠る

激浪の蒼海見ゆる室の花

硝子窓まつたく曇る室の花

冬ざるる獣のをらぬけものみち

人生をまた急がする寒茜

三島忌の断崖(きりぎし)に見し寒茜(三島由紀夫忌・11月25日)

三島忌の風花に手がとどかない

三島忌の虹の出さうな東京よ

三島忌の薔薇決然と崩れけり

目瞑ればおもかげとなる忘れ花

室の花造花のやうと褒めらるる

正視して正視されゐる寒月に

天眼(てんげん)として寒月を怖るべし

冬の星美しき眼をもちたまへ

暮早き地下一階へ降るる段(きだ)

ひとりごつ一語に暮の早さかな

冬蝿の観念したる静止かな

蟷螂の枯れおほせたる静かかな

青春に寒き部屋ありき思ふべし

山眠る電池の切れし置時計

寒燈にひらきて対ふ遺稿集

鼻痒く己れの顔も冬ざるる

約束の刻しぐれつつ過ぎゆきぬ

逢ふわけにゆかぬひとあり冬銀河

冬蝶に逢ふも逢ひ得ぬひとのあり

放心といふたまゆらを小春風

枯れ菊は焚くべし荼毘に付す如く

焼くまでは海のいろして魚寒き

彼らとは断層のある寒さかな

尻あぶる漁夫沖を見る焚火かな

したたかに存(ながら)ふる者火を焚けり

冬の日に起居(たちい)の塵のしづかかな

寝ねんとす刻たがはざる寒柝(かんたく)に

密やかにもの思ふべき襖かな

もの思ひもの書く障子閉めにけり

父も逝き家ぢゆうのもの冴えにけり

玉子酒母の小言はもう聴けぬ

一輪の我を励ます冬薔薇(ふゆそうび)

冷たき手の優しきひとでありにけり

悴める手をつなぎ合ふ逢瀬かな

土地の子に雪起しとぞ教へらる

またしぐれ来る北嶺(=比叡山)の機嫌かな

ゆりかもめ京(みやこ)の水にあを空に

きらきらと冬のひばりの言葉かな

寒鴉(かんがらす)啼くよ都に棲み馴れて

東京を知り過ぎてゐる寒鴉(かんあ)かな

飽食の国の都の寒鴉(かんあ)かな

生哀し枯野の起伏行くに似て

死ぬ人は見し吾知らぬ冬虹を

雪嶺の裾曲(すそわ)に誰か花捧ぐ

マンモスに逃げられさうで結氷期

冬ざれて各駅停車のみとまる

言葉もて人傷つくる我が寒さ

母のことよく夢に見る毛布かな

利き腕に古傷多き寒さかな

寒暮とふ重たき靴を履いてゐる

冬麗や一輪挿しに二輪挿し

ハツといふ心臓を食ふ寒夜かな

青春のにぎりこぶしが寒すぎる

寒すぎるにぎりこぶしが二つかな

金色(こんじき)の蝶夢に舞ふ冬籠


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