10月

十月の美しき飯供ふべし

ちちははに炊きて供ふる今年米

北山の杉の匂ひや新豆腐

酒旨し飯美しや新豆腐

行人の背なしみじみと秋の暮

秋の暮蟻にも後ろ姿かな

甘口の古酒のよろしき雨夜かな

長月の酒ぬる燗で呑むべけれ

独り酌む酒人肌に温めむ

大いなる乳房か臀か文旦は

落花生落第生と読みちがふ

落花生食ひ散らかして孤独なり

記憶喪失落花生の殻ばかり

母郷着先づは五右衛門風呂と柚子

天狗茸見るだに怖く離れたり

家猫も野良猫もゐる草の花

下京に出でて買ひたり新豆腐

千年の古都の雫や新豆腐

菊活けて古き良き日の如くなり

菊活けて悲喜こもごもに想ひ出づ

高きに登る遠街(おんがい)を見むがため

秋日落つ描きさしの絵のうしろ側

秋深む独り酌むもの同士にて

有耶無耶のよろしきことも温め酒

晩秋や皆ほそ長き影曳きて

秋の虹きのふはすでに昔なる

色鳥に遊ばれてゐる眼(まなこ)かな

色鳥の去り茫茫と時間あり

しみじみと雨月に逢ひて愛ふかまる

遥かにて素嗄る虫聴く地獄耳

白はちまき紅はちまきに秋高し

天高し体操服の白無数

秋風に乾きて白き素手ふたつ

地芝居の斬られて死んで片目開く

虫の音の夢の入口出口かな

虫の音に醒め虫の音に睡りけり

釣瓶落しカーテンコールしても駄目

すぐやんで寧ろ淋しき秋しぐれ

半泣きのあを空ありし秋しぐれ

一山の半分濡れて秋しぐれ

ちちははに薄(すすき)の風を供へけり

花すすき風のまにまに吾もゆく

明うして明うして籠る秋霖雨

秋深む形見の一つ鯨尺

恋の終るやうに秋の蝶去りぬ

恋人のごと秋蝶を見送りぬ

秋蝶にたまゆら人を恋ほしむも

秋薔薇小さくかはゆく活けらるる

十月の蜂の如くに働ける

黄菊白菊亡きちちははに香らしむ

ねもごろに菊誉むるべき日和かな

菊の香に馴染みて長居してをりぬ

親しくてはた哀しくて菊の香は

母に訣れ父に訣れし菊枕

菊の香や仏を前のしづごころ

あまつさへしぐれて来たる崩れ簗(やな)

生業の哀しき囮守に遇ふ

囮哀し碧空へこゑ澄むほどに

上野発芋煮会(いもにかい)へと帰る人

天窓の秋陽あつめて猫睡る

石庭に瞑想長く秋深き

むかし父に教へられたる鳩を吹く

父よりも大き手となり鳩吹くよ

別れ来てふつと爽気の中にあり

朝日浴び一人とふこと爽涼たり

竹の葉に燦々とあり秋の風

秋蝶の巷に舞ひて穢れなし

石庭の色なき風に目瞑れる

梨喰みて唇かろく嘘つきぬ

ありの実をさりさり喰みて忘るべし

黙々と葡萄を喰みて諍はず

忙中に閑あり葡萄独り食ぶ

林檎の香とほき病室想ひ出づ

林檎剥きくれ私の母になりたがる

ネオンサイン夜業の窓を彩れる

夜食とる午前零時を区切りとし

ピエロまだピエロのままの夜食かな

鳥渡る宙(そら)に起伏のある如く

洛北を今去る燕見送りぬ

洛北の水うつくしく鳥渡る

高野より賀茂をゑらびて渡り鳥

佇める人さかしまに水の秋

菊人形あでやかでふと虚しかり

秋の蛇はゞかりながら過りけり

穴まどひ半袖で良き日和なる

野良猫にからかはれゐて穴まどひ

蛇穴に入る人の世を一瞥し

「月」七句

寄り添へるひとの温もり十三夜

抜け路地に暗き灯ひとつ十三夜

熱くしてちびちびまゐる十三夜

木屋町にほろ酔ひきげん十七夜

高瀬川とろとろ流れ二十日月

束の間を隠れ逢ひける無月かな

一人降り一人残りし雨月かな

かの人の遙かなる夜の鰯雲

秋暮るるふり返ること多くなり

蜘蛛の囲のほつれたるまま秋の風

冷まじく鬼となるほかなかりけり

冷まじや哄ふ如くに木乃伊仏(みいらぶつ)

身に入むや御地蔵様のひとり濡れ

芋の葉の踏んばりきりし芋嵐

台風圏わが体内も騒がしき

どうせひとりよ長き夜を長湯して

トンネルを出ても長き夜長き旅

釣瓶落し家に入らねば攫(さら)はるる

空高くはろばろ海を見にゆきし

病みて臥す稲妻に頬削られて

稲光かいま見し闇はてぞなき

天界のふところ深き稲光り

鳥渡るちまちまと人働けば

来しことなきに懐かしき花野かな

来世またこの花野にて遊ぶべし

かにかくに一人が好きできりぎりす

幼な日より心に飼へるきりぎりす

飲食(おんじき)の短さ夜の長さかな

一人の餉長き夜いよよ長うせり

昃(ひかげ)れば愁ふる貌の秋の嶺

ひとと見し闇のあなたの白芙蓉

高きに登る断崖(きりぎし)に立たむため

灯火親したまさかに書くへたな字も

秋の昼ジャムを煮詰むる香りふと

何故に老人と菊よく似合ふ

菊の香が好きと言ひつつ老けてゆく

人病みてはた人死んで菊貰ふ

秋嶺の影鋭角に川冷ゆる

晩秋のふとはろかなる家路かな

何食はむ青天井の澄む真昼

朝刊も古紙にて釣瓶落しかな

気持ち良く水飲み干して天高し

霧といふ真白き闇の中にゐる

どうしても視線合はさぬ菊人形

きりぎりす死ねば籠ごと捨ててやる

ネクタイをゆるめてあるく夕月夜

空つぽの虫籠吊られ十三夜

風鈴をしまはず秋も暮るるかな

ひとりゆけば小舟の如し芒原

百舌のごと叫びたき日もありぬべし

欠伸噛み殺す泪の夜業かな

晩秋や塔より塔の影長く

かのひとはもう眠りしか星流る

秋麗の孔雀はありく意識して

水澄みて河馬も屈折してをりぬ

ライオンにも木の葉髪などありぬべし

白犀の汚されてゐる秋の風

台風が来さうで象を仕舞ひをり

林檎食ぶるに象の鼻手の如し

四分の三汝の食うぶ林檎かな

四分の一だけ欲しい林檎かな

新米を一掴みして安らけき

姿見の裡から秋の日の暮るる

生きたままピンで止めたき秋の蝶

穴まどひ不惑をすぎてまだ惑ふ

雁渡し北へ北へと鉄路錆ぶ

行く秋の人の背中が気になりぬ

秋風にふつと死角のありにけり

右向けば左は死角秋の暮

福神漬いつも残して夜業の友

蟷螂の怒気眼の玉に充満す

蟷螂枯れ少し親しき虫となる

枯れてゆく親しくなつてゆくに似て

十字屋に楽器眺めて秋うらら

小鳥来て三時のおやつは文明堂

秋澄めるシンクロナイズドスイミング

秋白雲まだちぎらるるつもりかな

愉しさの淋しさになる星月夜

秋虹を見なければ忘れられたのに

秋日影鉛筆の芯尖らせて

釣瓶落しいつかまた以下省略

こほろぎに酌む「百年の孤独」かな

すがれ虫わが裡なる詩未完なる

冷えきつて諍ふこともなかりけり

しあはせな人の少なき良夜かな

我が影のあと蹤いてゆく十三夜

かかづらふことなどなくて秋の川

冬近きことお互ひに二三言

何一つ変らぬ場末小鳥来る

冷まじく表札残る空家かな

冷まじく掠れて読めぬ墓銘かな

冷まじく石とも墓石とも分かず

何も遺さず一生(ひとよ)また流れ星

もう見えずニーチェ読みたる日の銀河

人生は錯覚すぐに霧晴れて

死の刻に晴るる狭霧を生きてゐる

晩秋や祖父の眉間の皺まねて

長堤を行けるだけ行き秋惜む

墓碑銘をつぶさに読みて秋惜む

秋惜む猿(ましら)に豆をやりゐつつ

亡き父母の話となりし秋の夜

陽が射して秋のしぐれの尻尾かな

サプリメントきちつと飲んで冬隣

凩や小銭落として見失ふ

凩に奪はれさうな顔ひとつ

凩やどの窓からも比叡見え

凩に研ぎ澄まされて君を恋ふ

咽喉もとの釦(ボタン)はづして月夜ゆく

伝説の湖のさすがの狭霧かな

中年の恋の意外に紅葉燃ゆ

眼路に追ふ秋の川面を急ぐもの

山といふ塊寂し秋の暮

勤めゆく真顔そろへて冬近し

秋陽斜め出合ひ頭にめくるめく

秋の昼静かに遊ぶ一人っ子

秋草にそと触れて発つ母の里

秋草と吹かれて待ちぬ鄙のバス

死ぬわけにゆかぬ蟷螂枯れにけり

白波の暮るるまで秋惜しみけり

日帰りの東京にして秋没日

うろくづ敏く秋水を掬ふのみ

きのふ読みけふ書き灯火親しけれ

凩や犇いてゐて皆他人

凩を必死にゆきて皆他人

凩をゆく静脈が透けてゐる

冷まじく鏡に病める貌がある

身に入みて首を廻せば骨の音

身に入みて薬と水と胃腑へ落つ


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