7月

梅雨深き己れを舐むる猫の舌

傘買ひてすぐに忘れて半夏(はんげ)かな

熱帯夜不良の振りをしてをりぬ

ひとひらの半紙にそよぐ涼しさよ

笹の葉さらさらをとこの恋清(すが)し

端居して笹の葉のごとひとを恋ふ

夏旺ん零るる如く人死ぬるも

都市朝焼け屍(かばね)の如く人眠り

光陰の澱みの如く梅雨長し

ワイパーが拭いても拭いても梅雨の闇

異次元の下闇なせり鞍馬山

香水の強さ妬心の深さかな

ちちははの世を懐かしむ扇風機

汝が裸身エヴァの子孫に違ひなし

柵越ゆる少年に咲く鉄線花

人は業でで虫は殻負ひにけり

燕来ぬ母郷に知らぬ顔増ゆる

痩せぎすに亡父の籐椅子など軋む

夏雲や人馬一体疾駆せる

夜の蟻を潰して己れ虚しうす

がらんどう蟻を殺(あや)めて我一人

冷ますべき心火ビールをたてつづけ

躬(み)の内の鬼を宥(なだ)むる冷し酒

窘(たしな)むる者既に亡き冷酒かな

窓開けて出でざる蝿は殺しけり

だしぬけに鳴き初蝉となりにけり

たまさかの昼酒美(くわ)し洗鯉

一泊の旅のめあての洗鯉

毒浴びてごきぶり痴れたまま逃ぐる

梅雨晴間銀輪のひと口遊む

梅雨晴間とまれ四条に出でたるも

梅雨冷の左手(ゆんで)の疵の履歴かな

枇杷実る窮屈さうに種子蔵し

熱帯夜ペットボトルの水買ひに

熱帯夜パジャマの人とすれちがふ

夏の夜半ひとり暮しの米を研ぐ

夏雲にそのまま使ふ白絵の具

お花畑天意のままに降られけり

杳(とお)き日の雪渓仰ぐ同じ位置

雪渓に醜(しこ)の大岩位置変へず

水母白し戦場(いくさば)たりし蒼海に

街娼の美しかりし白夜かな

 

「幼な日の夏」六句

夕立を独り占めしてサッカー部

大人びてプールの深き方へゆく

平泳ぎして蛙(かえる)には程遠し

臨海学校少し大人にされてをり

お嬢様金魚のやうに泳ぎをり

皆裸非武装にして平和なり

 

人間の腕の淋しき更衣

冷酒や嘘と知りつつ聞いてゐる

あきらめてゆるして大河夕焼る

猫が見てゐし片蔭のくちづけを

幸薄くしあはせさうに日傘さす

蚯蚓(みみず)這ふその一念を見つめをり

蚯蚓這ふ一つの思想ある如く

無思想に且つしたたかに蝿群るる

大夏木にふと人格を感じけり

御来迎待つ人間臭き話して

人の訃をあつけらかんと聞く盛夏

己(おの)が身を騙して使ふ炎天下

克明に己(し)が影を見る炎天下

夏満月独酌の灯を暗うしぬ

今の今まで泳ぎゐし鰻食ふ

金魚激し餌を争へるひとときに

河鹿聞く山陰線の音絶えて

矍鑠(かくしゃく)と余生を泳ぐ抜手かな

夜のプール唇蒼くたゆたへる

夏痩せてをりあをあをと太虚あり

しんかんと過疎の青田や飛行雲

焼酎や軍歌の他は知らぬ人

あを空を怖れて夏の風邪重し

書に埋もれげに黴臭く生きてをる

梅雨晴れの団地ひらひらひらひらす

鉛筆も木の匂ひもつ梅雨じめり

外野席閑散として涼しけれ

炎天下頭(ず)を空っぽに穴掘りぬ

花火見る薄き縁(えにし)の群集裡

日本海に両眼(まなこ)を浸し泳ぐかな

片蔭をとほる町家の奥見えて

女将とのみ青梅雨の酒旨かりし

はした金得て喜べるサングラス

川流れ校歌聞こゆる夏柳

我に遥(はろ)けき少年の花火鳴る

パンの耳残して捨てて朝曇る

抜けぬ釘も父の形見や軒簾(のきすだれ)

鶴折れば戦(いくさ)知らぬ手折り殺す

つつましく八月を待つ紙の鶴

一散に蝉の七曜はじまりぬ

炎天ゆく身ぬちの鬼を立ち上げて

炎天に列をつくつて耐えてゐる

ビール飲めば治まるほどの乱である

飲みさしのソーダ水ある別れかな

話から外れて端居したきとき

夏の風邪きつねうどんを啜りをり

日本を良き国と思(も)ふ鮎の宿

爆心地夏の日が射す日が昃る

明易く造花とわかる安ホテル

不機嫌な少年少女熱帯夜

町工場冷房効いてゐるのやら

何もないところと云ひて帰省せる

誘蛾燈ありまだ丸きポストあり

かの人の愛でしワインや遠花火

父も母も亡く音無き花火見ゆ

痩せぎすも父の遺伝子夕焼る

肌脱げば亡父に似て来るあばら骨

端居して端居してゐし亡父思ふ

生涯の片想ひなる端居かな

愛人の如く金魚を飼うてをり

淋しくてまた香水を買うてくる

香水を匂はせいつもひとりかな

香水の遠ざかる背の老いてをり

日蔭街そつと老いゆくひとを訪ふ

爆竹の音だけ同じあの夏と

晩夏光象も去年(こぞ)より老いてあり

兜虫死に魂の分かろくなる

キャベツの山政治が悪くても平和

飽食の世のまつすぐな胡瓜かな

母逝きて早や五年(いつとせ)の梅酒かな

死火山と云へどしきりに滴らす

夜半の夏蛇口を舐むる猫がゐる

ランドリー廻りて無人夜半の夏

ハンモック本持ちてゆき本読まず

籐椅子へ津波の如く過去寄する

いつ見ても閉ぢられし窓蔦茂る

おやすみと受話器を置けば明易き

背泳ぎのしなやかにして老後なる

夕虹を見過ぎて夕餉淋しうす

かの日より虹が淋しくなりしかな

人間に疲れて猫と端居せり

過去を消すがに香水をきつくせる

砂丘へと裸足になりにゆきにけり

砂を踏む裸足がむかし思ひ出す

水着きて首も手足も無きマネキン

マネキンの方が多くて涼しけり

帰省せりわたしの好きな縁側に

正論吐いてビアガーデンである

こころざしすぐに崩れて冷奴

長老は哲学として暑に耐ふる

五月雨や一軒消ゆる喫茶店

明易し無言で遊ぶ電子音

自販機の兜虫買ふ堕落かな

プール涸れて意外の深さ晒しをり

籐椅子にまどろみ亡父に似て来たる

籐椅子に寝てゐる眠つてはゐない

湘南の夕凪げば混むグリルかな

短夜の逢瀬のための時刻表

ハーモニカ聞えて淋し夏の星

冷房に一人で遊ぶ電子音

自販機のごとりと落す熱帯夜

汗かきてお金にならぬ事しをり

昼寝覚しばらく遠き世間かな

西日の壁に永遠の造花かな

ごきぶりを殺してけふもこの世を生く

片蔭の町家のひとつ消えてゆく

人を拒みセメント乾く旱(ひでり)かな

亡き父の嗚呼ロレックスが狂はない

事無げにをんな紅ひき明易き

コーヒーは濃い目に寡黙夏未明

炎天へ出るコーヒーを苦くして

炎天へドライカレーがよろしかろ

薀蓄(うんちく)を聞かされて食ぶ心太

家ぬちに老婆の眼ある片蔭り

迷ふ日の迷ひ匿せるサングラス

我を通し孤を通しゐるサングラス

嵐峡の水うつくしき暑さかな

是れがまあ京都盆地の暑さかな

欠伸してまた猫の寝る片蔭り

悲劇めきはた喜劇めく夏痩せよ

水虫の痒き人生喜劇かな

放心の白雲あふぐ炎天下

仰ぐとは嘆くに似たり炎天下

線香花火しあはせさうな母子家庭

骨納む冥く涼しき穴のあり

夜に入りてなほ水打てる祇園かな

生きて死ぬそれだけのこと蝉が鳴く

ひよつとして人生はその夏落葉

扇風機おのれを熱くして回る

昼寝してまことに巨き臀である

胡座より横寝となりし夏座敷

夏座敷寝ても一畳占むるのみ

窓開けて一人が淋し夕立あと

炎天へ綺麗な水を買ひにゆく

水買うて帰つて来たる炎暑かな

時計屋の無数の時計日の盛

日盛りにふと秒針の音聞こゆ

ちちははの在りし世うつる水中花

水中花置かれし日より時とまる

涼しさの文机のみ遺されし

陽の中に乱反射して蝉時雨

蝉時雨いづくにゐても眩しき日

あす死ぬるいのちか知れず夜の蝉

蟻地獄雲の影追ひ雲の影

蟻地獄に蟻を落として子の遊ぶ

ごきぶりにいづれ敗るる人間なり

ごきぶりは不滅か我ら滅ぶとも

昼寝癖つきていよいよ夜を寝ねず

昼寝して儚き夜を醒めて在り

平成や肥えたる猫に肥えたる蚤

猫から我に平成の蚤が跳ぶ

香水の美しき瓶捨て難し

遺されし香水しまふ小抽斗(こひきだし)

夏帽を友の如くにひとり旅

サングラスかけて寝につく機上かな

サングラスかけたる深き妬心かな

サングラス少しく離れこの世見る

暑中見舞清しき花の切手撰(え)り

トンネルの数憶えゐる帰省かな

母亡くて母郷のとほき夏休み

学校に幽霊の出る夏休み


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