6月

雑草(あらくさ)の饒舌けじめなき六月

薫風に樹々の語らひ聞こえけり

憤怒の如し六月の雲黝(くろ)み

炎炎とサルビア咲けり人の死後

年寄りのすることもなく明易し

明易く既に化粧ひしをんなかな

会ふたびに老いて香水つよきひと

すれ違ふ男もすなる香水と

走馬燈早や七七日(なななのか)なりにけり

蚊火ともす亡き父母をおもふとき

ときをりの夜風の匂ふ蚊遣かな

どうせ嘘どうせ短夜なりにけり

香水のひと淋しくてよく喋る

夜の海のそこに来てゐるテラスかな

ベランダは岬よ船に手を振つて

これもまた父の形見や籐寝椅子

不敵にも乙女寝そべる雲の峰

雷にも由緒あるべき京の空

白雨せり三十六峰晦(くら)まして

夏のれん女将の立ち居透きとほる

夏百日一心に婆(ばば)鶴を折る

朝曇りいよいよ寝起き悪くなり

己(し)が裸おのれ愛しくなりて見る

朝焼失せ非情の街が動き出す

人生半ばか夕焼て立ち止る

敗者またまぬがれがたく夕焼る

昼寝覚わたしがわたし探しをり

冷素麺をとこやもめは飽かず食ふ

とりあへず酒とりあへず冷奴

いつもの店いつもの席の冷奴

冷奴ネクタイゆるめ憚らず

更衣いきなりボタン落ちにけり

白服や海の逢瀬を懐かしむ

二条城見下ろして酌むビールかな

誘蛾燈さんざめきつつ死にゆけり

なるほどに女傑ふえたるビアホール

朝刊も夕刊も読む端居かな

花茣蓙(はなござ)に寧ろ日中の深睡り

花茣蓙に寝ころぶ無為を愛しけり

漁夫の眼の青葉潮見て狂ひなし

五十男時にかはゆく苺買ふ

著莪(しゃが)咲いて雨脚見ゆる暗さかな

売らざりしマルクスもまた曝しけり

父の忌も早や杳(とお)めける四葩(よひら)かな

蜻蛉生る川の始まるところにて

自分史の始めの方の目高かな

劣情のほとりの蝿の羽音かな

交みつつ蝿飛んでをり平和なり

追はれたる蝿戻りくる愚かかな

蝿は打たるる愚かなる弧を描き

貧しくて平和で牛の臀(しり)に蝿

昭和の記憶に蝿の屍(し)がぶら下がる

蝿殺す浅ましき思ひを殺す

井守浮きて我が顔色を窺へり

門灯の家守ゆるして一人棲む

涼風や死におほせたる猫の墓

小さすぎる去来の墓の涼しさよ

氏素性明かさずに飲むビールかな

塵ひとつ許さず矢車菊供ふ

一片の夢の哀しき籐寝椅子

蜻蛉生れて未(ま)だ人間を疑はず

胸底の荒野にいつも西日かな

プラットホーム手向けのごとく揚羽舞ふ

遮断機の音も濡れゐる入梅(ついり)かな

冷房やどのマヌカンも遠まなざし

マヌカンの視線合はさぬ涼しさよ

涼しさやチョゴリのひととすれちがふ

人波に揺れ逢ひに来る日傘見ゆ

日傘のひと濁世に顔を隠すよに

母逝きて遠のく母郷川とんぼ

片蔭を老婆に譲る老爺かな

黄泉(よみ)にても端居してゐる父ならむ

現し世をゆつくり逸れて蝸牛(かたつむり)

現し世の角を曲れば蛍の夜

悪者の微笑絶やさぬ五月闇

一匹の蝿に執して猫幼な

近寄れば修羅のこゑせり誘蛾燈

絵本から出でて天道虫となる

現実を慌てて走る天道虫

天道虫飛んで絵本のよな山河

天道虫ひとりぽつちの子と遊ぶ

天道虫おとぎの国へ帰れない

燦々と貧しかりしよ遠き夏

羅のひと線香を撰(え)りゐたり

けものみち択ぶが近き泉かな

道をしへ京(みやこ)をとほく陵墓あり

いつしかに現し世を逸れ道をしへ

斑猫(はんみょう)と入る異教徒の墓域かな

梅雨闇や白帆の船が壜の中

梅酒飲む母の遺せしものとして

剃られたる喉(のみど)涼しき夕つ風

守宮の喉生きの証しにヒコヒコす

涼しさや読み了へし書のカバー剥ぎ

カバー剥ぎ書も素裸にしてやりぬ

梅雨の電車が立ち睡りに動き出す

蟇(ひき)出でて道化の如し桜桃忌(太宰治忌=6月13日)

太宰忌や黒き破れ傘江に浮きて

太宰忌の骨の折れたる傘捨つる

空梅雨か身ぬちも乾(から)ぶ桜桃忌

空梅雨か烏の哄ふ太宰の忌

蟻の列いざこざなんぞなき如し

兜虫鍬形虫とたヽかはす

蟻どもが今際の際の蝶をひく

赤光の噴水の秀(ほ)の火の粉めく

滝のまへ水に流せぬことのあり

大瀑布しばらく人を忘じけり

町内の日盛りといふ静寂(しじま)かな

黒衣(くろこ)めく西日の壁の己が影

遠流(おんる)めく藺茣蓙を敷きて端居して

後の世の団欒おもふ端居して

目玉焼つぶれてからの溽暑かな

ビアガーデン必ず誰か壮語せる

只ならぬ睡魔に昏らむ梅雨の昼

梅雨空や鬱といふ字は書けませぬ

そのうちにうたた寝となる端居かな

薔薇咲いて男と女眠くなる

しらじらと雑魚寝に明くる夏暁かな

明易し着の身着のまま雑魚寝して

寝返れば寝返るほどに明易し

明易きいまから眠る安息日

つぎの世を見てゐる如し冷し馬

夜の蟻わが落涙に足掻きをり

避暑の宿ピンポンの他なにもなし

男噤めば女饒舌ビアホール

甃(いしみち)に下駄履きて出る夏満月

湯上りの月も吹かるる涼みかな

夏の燈のはろかの一つ見て涼し

回送車よぎる蛍光灯すヾし

干草に匿れよ保安官が来る

青芝の漠(ひろ)さに武器を売る会社

青蜥蜴一匹見えて続けざま

誘蛾燈またこの径を来てしまふ

合席になるも縁(えにし)やビアホール

冷酒呷(あお)るかはたれどきの星を見つ

空梅雨の日に異(け)にポトス艶まさる

走馬灯かの世のひとに廻しをり

人恋ふる遠まなざしや閑古鳥

川に足浸けて語らふ夏柳

瞬くも惜しき虹なり瞬かず

滝壷に雄鹿の白き髑髏(しゃれこうべ)

捕虫網いまにも走り出しさうな

父母を置いてけぼりの捕虫網

日焼して齢隠したつもりらし

遠蛙聞き澄ますべく一人かな

夏負けてつくねんとゐる吾と猫

夏痩せていよいよ酒の旨かりし

汗ひきしその一服の旨かりし

汗ひけば所詮虚しき行為なり

汗ひくと男虚しくなるばかり

箱庭の小さな小さな太公望

箱庭に橋置き嵐山とせり

昼寝覚この世の人語聞こえけり

梅雨の蝶来て美しきもの思ひ

梅雨の蝶ひらりと何か思ひつく

汗しとど行者めきたるサウナ風呂

汗ひいてふつと一人が淋しけり

夕焼を斜めに渡る交差点

夕焼て浪ふつふつと犇ける

夕焼て東京といふ綯(な)ひ混ぜよ

嫌悪して且つ愛ほしき裸なる

蝸牛行けどもゆけども退屈なり

蝸牛退屈だから動きをり

平等にお臍がひとつ皆裸身

四コマ漫画読んで笑はぬ梅雨電車

長梅雨や漫画を読みて笑はぬ貌

過ぎし日をおもふ両眼(まなこ)に梅雨滂沱

在りし日の写真出で来る曝書かな

在りし日の写真にも燃え百日紅

在りし日の時計は刻を夏座敷

人死んで廻つてをりし扇風機

眠るべし短夜の書を読みさして

エルキュール・ポアロとともに明易し


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