4月

目覚しのまだ鳴つてゐる春霞

倦怠や都市漠々と霞をり

嘘つかぬロボット殖ゆる万愚節

四月馬鹿長生きといふ不倖せ

無造作に喰みてひとりのレタスかな

レタス齧りてサリサリと醒めてゆく

レガッタのすでに黒ずむ漢(おとこ)たち

競る二艘しろじろとして水尾(みお)滾つ

三鬼忌と思ふたゆまず句を作る(4月1日・西東三鬼忌)

酔ひつぶれてをり春灯つきしまま

花人の濡れて愉しき狐雨(きつねあめ)

花しぐれ花の下にてやり過す

花時雨すぐに日照雨(そばえ)となりにけり

花冷やショール忘れしひとと逢ふ

空もよひ気にしてをりし花衣

花衣高島屋にもちらほらと

蒸鰈(むしがれい)夕青空へ炙りをり

春塵や亡母の鏡も拭はねば

棚引いて三十六峰春霞

父母の失せしままなる霞かな

初音してけさ樹々の香の殊に著し

仔猫鳴くビルとビルの間夕焼けて

浮浪者に懐(なつ)いてをりぬ捨仔猫

拾はれよお地蔵さまに捨仔猫

永き日をまるまる使ふショベルかな

永き日といへど別るる刻せまる

野遊びのゴールポストは二本の樹

のどけさや猿にも食はすポップコーン

河馬が歯を磨かれてゐる長閑かな

のどけさや審判のゐぬ草野球

十八回裏となりたる遅日かな

帰るさはそぞろ歩きの遅日かな

なにするとなく暮れかぬる街にあり

竹の葉の限りなく散る遅日かな

もとほりて丸善に入る遅日かな

老猫の死ぬる覚悟や花は葉に

もてあます流れ解散後の遅日

夜桜やいにしへもかく浮かれけむ

頬杖に春深き頭(ず)を支へをり

頬杖に支ふ春睡五分ほど

駆け抜ける言霊さくら北上す

花散るや四条小橋の数歩にも

鳥雲に橋半ばにて佇めば

古都のビル皆低ければ鳥雲に

並びたる家族(うから)の遺影鳥帰る

病みをるかじつと一羽の残り鴨

剪定に風颯々(さっさつ)と生まれけり

「考へる人」の気づかぬ恋雀

囀りのけふもこだはる老樹あり

囀りを聴き澄ます孤独だと思ふ

紋白蝶こどものピアノ鳴り出しぬ

はぐれ来て恋せる二羽か鳩羨(とも)し

鳥の恋やがて二羽にて翔ちゆけり

東京の友来て酌みて春惜む

酔醒めの真夜に咲かする桜漬

母子草母逝きてより気になりぬ

春日のまろび寝に良き畳かな

揺椅子の春の陽射の中にあり

あの日のよに沈丁の香に降り出しぬ

蝌蚪(かと)の国むかしむかしの貌映る

美しき湖の魚(いお)喰み春惜む

「逝きし猫ナルに・・・」十一句

今更に死にし猫抱き夕永し

亡骸の軽さや仔猫にはあらね

声かけつ愛猫葬(はふ)る朧かな

春の土しとどに柔し猫の屍に

猫を葬る我のみの知る春の闇

猫の屍に猫しのび寄る春の闇

葬りし後どの春星も潤むかな

下萌や小石積みたる猫の墓

花どきに逝きたる猫の果報かな

愛猫は逝き花は葉になりにけり

亡き猫に似たるこゑせり春の闇

昼蛙待ちくたびるる無人駅

蛇塚にげにも出でたる蛇を見し

まろらかな瀬音聞こゆる朝寝かな

我が猫に耳舐めらるる朝寝かな

静かなる煙雨となりし朝寝かな

光年を旅する如し蝌蚪の紐

よべ葬りし愛猫の墓別れ霜

接木(つぎき)して焼きのまはりし男かな

雲雀鳴くいにしよのまま青き空

まだ青き空のまほらや夕雲雀

あをあをと空のまほらの雲雀笛

天に国境なし雲雀鳴くのみぞ

雲雀鳴く膨らんでゐる水平線

油掛地蔵こつてり春深し

ひとすぢの雲にも愁ひ春暮るる

デッキより島の灯の朱に春惜む

去勢猫抱きつつ春を惜みけり

晩鐘の聞えて重き暮の春

春祭済めばふるさと発つと云ふ

半分で良いと仰有る鶯餅

蓬餅(よもぎもち)比叡あをしと見て喰ひぬ

霞草どの花束も似てをりし

贅沢な暮し眼を剥く豆の花

パンジーを置き団欒のある如し

杏咲きをれば闇夜を怖がらず

村人は皆やさしくて花杏

清水の舞台の遅日去りがてに

参道はいづれも坂の春夕焼

二年坂三年坂の春暑かな

清水ゆ祇園へ値千金の夜

夕永し好みの猪口(ちょこ)にきりもなく

用もなく四条に出でし暮春かな

大丸の屋上に在る遅日かな

死ぬ人を見舞ふ麗日が悲しい

朧なる路地に迷ふも木屋町なり

蒲公英の辺によそゆきの上着脱ぐ

白昼夢見させてくるるチューリップ

ライラック明りに冷ゆるパイプ椅子

夜に入りて風向変る雪柳

ころあひの距離といふもの藤見るに

モネ展より春の日傘の似合ふひと

象の檻ゆ麒麟の檻へ蝶舞ひぬ

顎だるし遅日のガムを噛みすぎて

蜘蛛の囲に遅日の夕陽ひつかかる

しまうまのしまのみとなりかげろへる

めっかちの猫の臥てゐる暮の春

麗かやポトスを外に出してやる

春の夜の電話あしたがけふになり

春昼のテレビをつけて寝てをりし

春昼の時計停まりしままの部屋

雲丹(うに)舐めて上戸の舌の罪深し

いまさらに肝をいたはる蜆汁

九十九里寄居虫(やどかり)の歩々たどたどし

海遠し寄居虫の宿重すぎて

うすうすと切りあはあはと鮑(あわび)食ぶ

蝿の子に猫の手空を斬りにけり

春蝉の陽をきらきらと零しけり

刺さざれば打たず春の蚊捨て置きぬ

ある宵の春蚊逸れゆくうすあかり

我すでに仏か蝶の来てとまる

春しぐれ阿国の像もすぐ乾く

ねもごろに猫を弔ひ春惜しむ

春満月帰らぬ猫を探しをり

石の階(きだ)半ばに坐せば春暑し

老妓来て寝酒すゝむる桜冷え

みちのくの星蒼ざむる桜冷え

春泥の参道なれば行くほかなし

雑草(あらくさ)の丈宥しゐてのどけしよ

いつしかに雑草の丈夏近し

名も知らぬ黄なる小花と春惜しむ

今年また父の字遺る苗札挿す

朝顔蒔けば父の忌の近づきぬ

病む人に温めたる部屋フリージア

映画館出て真っ向に遅日光

雁帰る廃れし鉄路錆ぶばかり

鳥帰る鉄路の果てのうすあかり

鳥雲に入り残りたる湖西線

春の夜の誰の吹きゐるハーモニカ

春水の泡(あぶく)がものを言つてをり

帰り来て夜雨振りちらす猫の恋

春星ひとつ愛猫の墓に耀る

父の忌の近づく緑立ちにけり

父の忌の近づいてゐる挿木かな

春光に水撒きをれば虹生めり

春陰や喪中といへど人笑ふ

花は葉に明治の時計なほ動く

遠足の子も猿の子も笑ひをり

地球儀をまはしたりして春愁ひ

桃色にをんな酔ひける春の宵


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