3月

ケチャップがとろりと垂れて春の昼

春昼のチキンライスの好きなひと

用足しに猫の出掛くる春の土

まだ翔べぬ子鳥を拾ふ春の土

碧眼のマネキンに合ふ春の服

重力にさからつてゐる春の服

春服の浮力のやうなもの纏(まと)ふ

春愁や歩行者のみの天国に

春しぐれ南座を出で蕎麦屋へと

地下鉄線地下より出でて朧ゆく

ローカル線かげろひながら遅れ来ぬ

駅頭に人を見送る雪の果

別れ雪駅のホームは岬なり

淡雪や去りゆく人の花束に

みづ色はそら色春の田がゑまふ

眠らむとすれば春濤荒々し

囀りに醒め囀りに睡るかな

山かげの残雪にある県境

陽炎やふつと姿を消したき日

もの言はぬ鸚鵡(おうむ)のほとり春愁ひ

怒りつぱなし春七曜のマント狒狒(ひひ)

そろそろ帰ろ麒麟(きりん)の首に春夕陽

貝寄風(かいよせ)やもつ焼いてゐる大阪に

もういちど鹿撫でて去ぬ春夕焼

鹿撫でて春暑き日を疑はず

驚かぬ鹿と聞きをり春の雷

春雷に何すなどるや湖の舟

春の雷薔薇一輪の香りせり

啓蟄のいきなり鳥に咥へらる

あたたかやイルカの芸に拍手して

あたたかや天神さんの銅の牛

麗日や気どりて孔雀羽ひらく

春の雷無聊の熊が寝返りぬ

蛇出でて知りぬ優しき人の死を

テレビ見てゐては治らぬ春の風邪

母の死もまた父の死も春落葉

一人の餉明るくしたる花菜漬

買うてきて母在るごとし木の芽和

春愁の髪切りに行く床屋かな

髪切つて軽(かろ)くなりたる春愁ひ

いくつまで生くるつもりの挿木かな

蛇穴を出てたちまちに修羅の貌

朧なる弥勒菩薩に見惚れをり

蜃気楼見てきたる眼に都市みにくし

捨仔猫いのちを懸けて鳴きにけり

ホームレス夜のふらここに揺れてをり

遺跡群わがゆびさきにかげろへり

かぎろひて浮かんでをりし石舞台

陋巷の空へ無数のシャボン玉

ビル風に汚れてをりぬ風車

蜆汁おのれの立つる音淋し

かのひとをおもひつづけて水草生ふ

誰が吹くオカリナ春の夕焼に

火星にも水あるらしき朧かな

終焉や超新星といふ朧

星朧星の一生(ひとよ)を想ふとき

蟻の出る穴に西口東口

持ち飽きて紫雲英(げんげん)の束捨ててゆく

看取られず逝きし一人や雪の果

たまさかに出て河原町春暑き

最強の紙ヒコーキに風光る

春愁の真白き鶴を折り殺す

春愁といふ薄曇りほどのこと

長閑さの時計の電池切れてをり

鳥帰る形見の時計巻きをれば

にやにやと蝿の子生(あ)るる未来都市

蛍烏賊光りて昏らし日本海

裏表に靴下はきぬ春寝覚

もの憂さやなかなか繁き春落葉

恋占や春星うるむ三丁目

生れし蝿ゐて人の棲む気配かな

今生れたる蝿の命を狙ひけり

ぼんやりと春の蚊出でて潰さるる

眉目わるきかの野良猫も孕みしか

四匹ゐて一つ拾はる捨仔猫

捨仔猫なつきて再たも捨てらるる

捨仔猫人が通ると鳴きにけり

蹤(つ)きくれば飼ふほかなくて捨仔猫

捨仔猫鳴くたびに夜の更けてゆく

なだらかに春の闇なす東山

去勢猫春愁の手で撫でてやる

まつ先に夜の明けてゐる花菜畑

パソコンのエラーにあらず目借時

春昼や皆外出して皆空室

春昼のあつけらかんと一人かな

剪定し空のすがたを整ふる

わが供華に双つ遊べるしじみ蝶

蝶生るわが秘し匿すこととして

墓原に生れし蝶か翔びゆかず

墓原に蝶多きこと見そなはせ

燈を消せば鏡に朧あつまりぬ

灯さねば春の闇なり亡母の部屋

風船の萎(しぼ)んでをりし商店街

文字化けのメールかはづのめかりどき

春の夜すぐに泣くひと泣かしけり

社を去る者春コートの襟立てて

なかなかに猫帰り来ぬ朧月

わが猫の遠出してゐむ朧かな

朧夜へちょいと遊びにゆくところ

捨仔猫一所懸命媚びてをり

捨仔猫捨てられしこと未だ知らず

詰襟の似合ふ少年初桜

青年の門出を濡らす春の雪

ふらここに座りて揺れて老夫婦

長閑けさの己れゆるして怠けけり

鳥雲に忘るべきこと憶へゐて

今更になにをか悔ゆる鳥雲に

鳥帰るむかしのひとを思ふとき

破りたる契りがひとつ鳥雲に

おもひではさよならばかり鳥雲に

三月の日照雨(そばえ)に濡るる約束よ

三月の綺麗な魚炙(あぶ)りをり

土いぢりしてゐて蝶に慕はるる

野遊びを外れて一人少年ゐる

野遊びを遠まなざしに見てゐる子

失業者増えゐる古都よ春北風(はるならい)

鳥雲に空室多き高層ビル

三条ゆ四条を見やる橋おぼろ

朧夜をつなぐ大橋煌々と

朧なる島影むすび橋あかし

父母おもふ遠まなざしに桜散る

癌死せし父母おもふ花曇り

いぢめつ子奉られて卒業す

春水の鳥を浮かべて暮れなづむ

春水のはづれに暮るる舫(もや)ひ舟

タンカーの遅々と出でゆく春の湾

いちやついてゐて春雷を知らざりし

囀るや諍(いさか)ひし後のだんまりに

日あたりて鳩の恋せる庇(ひさし)かな

言ひさして言はざりし日や鳥雲に

虚空より一縷降りくる春の夢

朧なる古鏡を過る逝きしひと

桜見にゆくかんばせを美しく

花咲きぬ日本人のまなざしに

花咲いて綺麗な目見(まみ)をあつめをり

鳥雲に野球少年たりし日よ

春睡を美しき魚(いお)よぎりけり

水槽のくらげ見てゐる春愁ひ

生業(なりわい)に哀しく暗く霾(つちふ)れる

まぼろしの如しよ父母の死も花も

撫で肩の山ばかりなる春夕焼

三月やてのひらの肉刺(まめ)やはくなり

サーカスのテント春昼のど真ん中

囀りやぴくぴくうごく猫の耳

碧空と雲雀のこゑで心足る

花人の目見うつくしくすれ違ふ

遺されし者の頭(ず)のうへ鳥帰る

校舎のみ残る母校や燕来る

鶯の言祝ぐ如しけさの晴れ

野遊びや日もすがらなる白き雲

囀るや仮寝の耳にこそばゆく

独り酌むこの夕暮れの遠蛙

ネクタイをゆるめて帰る朧かな

青天の青の極みへ揚雲雀

つれづれに双(ならび)の丘の青踏みぬ

只ならぬ恋をしてゐる花の夜

花篝(はなかがり)花も火の粉もたゆたへる

灯さねば午後(ひる)も小暗き花疲れ

まなうらになほ花咲ける花疲れ

竹秋を過る鉄路の錆色よ

竹秋の只中にあり鄙の駅

上り鮎短き一生(ひとよ)ましぐらに

若鮎の一散にゆくいのちかな

若鮎のゆきゆく瀬々の光かな

夜桜をうしろに現し世へかへる

木蓮を咲かせ庭付き一戸建

チューリップ幼なの瞳穢れなし

男(お)の子とも女(め)の子とも見えチューリップ

純粋で無垢で幼くチューリップ

行き帰り眼をひかれゐしアザリア買ふ

沈丁花ひすがら雨となりにけり

草萌ゆる斜面自転車倒しおく

下萌(したもえ)に来てより指をからませる

淋しいか一人静(ひとりしずか)のかたまれる

死ぬ人の眼に渾身の花吹雪く

いち早く風をつかみて辛夷咲く

白れんやかのひとの忌を思ひ出づ

蒲公英(たんぽぽ)の傍にしやうよお弁当

泣くひとや勿忘草の咲く水辺

地球儀をまはしてをれば小鳥引く

春寒くひよこ売られてをりにけり

燕来や亡父の時計のすゝみ癖

この町のこの辺が好きつばくらめ

喧噪のうへ音もなく鳥雲に

雪解川しがらみに来て逆巻ける

温みたる水音(みおと)のみして村静か

日溜りのやうな明るさ蜷(にな)の道

うらうらと陽のゆらめける蜷の道

田螺(たにし)はたと小石のやうに沈みけり

春愁の胸なにもなきレントゲン

春愁や頭の透けてゐるネガフィルム

春愁の輪切りの脳を見せらるる


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