2月

寒旱(ひでり)汝が唇も乾ききる

冬薔薇中年の眼にはにかみぬ

おでん酒なほわだかまる心もて

寒き暮つきまとふ者ゐる如し

寒紅や愛憎ふかく幸うすく

去り難く早梅の辺に冷えゐたり

梅早し既に去年も懐かしく

単純に考ふべしと枯木見る

老人のまぎれてしまふ冬木立

一寒燈淋しきものは佇める

一盞のつもりで寄りし春しぐれ

鬼打の豆追ひかくる猫あはれ

やらはれし鬼が屋台に独り酌む

豆蒔けどわが身のうちに鬼がゐる

春風邪のわざわざ起きて来ずもがな

寒明の拳開きて掌を見する

寒明の肩のちからを抜きなさい

立春のいきなり猫の喧嘩かな

春立つやたまさかに買ふ宝籤

せせらぎにこころほぐるる猫柳

恋心兆すにも似て春めきぬ

犬ふぐり散りて愉しき日も終る

白梅に古き良き世のありにけり

白髭の尖のさきまで恋の猫

恋の傷舐めてゐるなり恋の猫

雛菊や椿事待ちゐる昼下り

デージーやきのふのけふの頬杖に

雛菊が咲く退屈な人生に

はうれん草ポパイのやうになりたかりき

白魚の透きて命のありどころ

朱の箸に白魚(しらお)儚く崩れけり

白魚食べそつと優しくなつてをり

春浅し貰へば食うぶチョコレート

美人秘書一と日休みし春の風邪

遠き何かきらきらとして春めきぬ

鯉跳ねて春の水面(みなも)を驚かす

待つことありきのふよりけふ春めきぬ

春を撒き散らす子供のホースかな

風光らせて悪戯(いたずら)な子の鏡

無人駅建て替へられて無人駅

梅東風(うめごち)や受験子の絵馬騒然と

如月を風落ち着かずせめぎ合ふ

春月や猫追ひかけて猫過ぎる

猫は猫人は人見る春色に

如月の頬うつくしく逢ひに来し

逢瀬より帰る一人に春寒き

朧なる別れ汝が背な見失ひ

料峭(りょうしょう)の早やかの人の一周忌

瘡蓋のうずうずとして寒明る

落ちつかぬ猫の寝耳や春の風

去勢猫まどろむ膝や春寒き

西陣の路地の奥まで梅東風す

春の闇覗きに猫の好奇心

春愁やキャットフードを食はぬ猫

春寒や駅の蕎麦にも七味ふり

冴返るまさかと思ふ人の死に

凍ゆるみ我が身の芯も疼き初む

建国記念日ベッドに寝ねてテレビ見る

両隣り空室にして春寒し

中京(なかぎょう)に子供少なく春寒し

意地張つてゐる薄氷(うすらい)の消ゆるまで

冴返る逢瀬の夜はかへらねど

流浪記の序に薄氷を踏みしだく

ゆるされよ寒き仲間を捨てしこと

眩しむは笑まふに似たる雪解光

バレンタインデー食べてしまへば終りなり

春の風邪人に知られずひいてをり

春風邪のなかなか重き斜陽かな

春の風邪孤独にひいて薬買ふ

春眠にだんだん遠む朝の音

春の夢かなしき恋をしてをりし

遥(はろ)けきひと想ひ出させて春の夢

春睡へ羽毛のやうに落ちゆけり

和尚さんが自転車でゆく雪解かな

京は先づ東山より笑ひ初む

春しぐれ土産物屋にやり過す

あはゆきといふうつくしきしましかな

抜け路地に数ふるほどの牡丹雪

離れねばならぬ肩なり牡丹雪

只ならぬふたりに触れて牡丹雪

春陰の母在る如き厨かな

逃げ水を追へる人生かも知れず

自転車で見に来てをりぬ雪解川

艇庫あり水の匂ひの余寒して

船倉に海の匂ひの余寒あり

父あらば早寝するころ冴返る

春寒し各駅ごとに席空いて

春寒きドア各駅に開きをり

父の世の古時計鳴る朧かな

春昼の坐りの悪き首(こうべ)かな

地の下の無数の耳に春の雷

冴返る古疵多き左腕

春炬燵よべの徳利ころがれり

ぐうたらな私いつまで春炬燵

母亡くて繰り言もなき春炬燵

久々にパンダ見にゆく春の服

溜息に玻璃戸の春の闇くもる

花種に触る男のゆびを清潔に

花種買ふひとりで生くる愉しみに

花種を蒔かむ淋しさ消ゆるまで

老人もお洒落になつて青き踏む

青き踏むこころは鞠(まり)の如くなり

白雲につながる青き踏みにけり

雪しろや沖は真青き日本海

耕人を喚んでゐるなり夕陽の窓

てふてふと女子軟式テニス部と

屋根づたひどこへもゆける猫の恋

風光るとりわけシースルーのビル

風光る出窓切り窓連子窓

風光る高層ビルにぶつかつて

がつくりと項けだるき春燈下

目瞑ればつどふ家族(うから)や春燈

目瞑れば団居(まどい)遥けき春燈

春昼の何か忘じて在る如し

舟あらば舟に乗りたき水は春

水温む花のやうなる幼なの掌

にこにことゑまふごとくに水温む

ねもごろに眼の玉洗ふ春の水

春水を舐めて美声になる猫よ

去勢猫抱きて歩める春夕焼

書肆(しょし)に寄り花舗をのぞきて春の暮

わが胸にすむ人思ふ春の宵

春宵の人なつかしきネオンかな

三十六峰最後に比叡(ひえ)の山笑ふ

斑雪(はだれゆき)犬は真直ぐに行きたがる

春水に従(つ)きて巡りぬ城下町

温む水大きな鯉と目が合ひぬ

水温む銀のうろくづさ走りて

水温む銀鱗に日の乱反射

春泥に遊んで国を生んだとさ

春泥の混沌子らの未来かな

水温む飛行機雲のふやけゐて

見てないとまた春の水溢れたがる

船の灯の朱にともりたる春の海

春海や島の灯船の灯も潤み

望郷の泪の中を鳥帰る

雀にも重さのありて春の土

春の土いぢりて過す安息日

家捨てて流氷見たき一と日かな

流氷期失踪したき日々でもあり

人生変へたし流氷見にゆきたし

陽炎やむかしむかしの城の址

青年僧その剃髪に春の雪

目刺齧る目のありし穴もろともに

鳥帰る空にも起伏あるごとく

水筒に小さな磁石鳥雲に

鳥雲に入るまで見遣る孤児のよに

鳥帰る汝が呉れし文燃(も)しをれば

花種を蒔く厭世を独りごち

花種を蒔きて片思(かたもい)終らしむ

花種を蒔く母の忌に咲かすべく

球根植う小鳥の墓のかたはらに

真心のチョコ貰ひしよ卒業す

春の雷寝物語をこはしたり

まれびとと母を語りし春夕焼

夜目遠目あまつさへ月朧かな

春の夢見てゐるやうな寝顔かな

春睡の美酒を置きたる枕もと

身のうちの水も温める欠伸かな

もう逢へぬ人かも知れずかげろへり

ゆつくりと沿ひて歩むや春大河

春雨やネオン綾なす路の面(おも)

野遊びの白球一個数十人

パソコンに倦む眼風船昇り消ゆ

荒東風(あらこち)におろおろ吹かれ無宿者

長湯してふやけたるゆび朧の夜

山峡の川響かせて風光る

切れ切れの夢も愉しき朝寝かな

懐にゆらりと入るる春の風

春風や手乗文鳥手にのせて

恋人と語りて更かす春の夜

春寒やうどんにするかラーメンか

春光やゑまふごとくに眩しめる

鳶の描ける春光の大き円

「朧(おぼろ)」五句

水底に亀とおぼしき朧影

部屋ぬちも朧に充たす窓開けて

朧の方へ曲りたき二人かな

遠街(おんがい)の灯も喧騒も朧なる

学校に幽霊の出る朧かな


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