俳句 田畑益弘俳句の宇宙

田畑益弘 俳句 短歌 新作


1999年1月〜3月

1999年4月〜6月

7月

梅雨の森無数の蝶の息づきぬ

一輪の薔薇手折(たお)り来て寿(ことほ)ぐよ

端居して軍歌(いくさうた)しか父知らず

炎天にいきどほろしや軍歌

大原の梅雨寂莫(じゃくまく)とうつくしき

北限の桜花なる滾(たぎ)ちかな

泳ぎ来てなほしなやかに乙女の息

水着きて奇声も既に少女なる

容赦なき豪雨となりし六月尽(ろくがつじん)

梅雨冷の椅子に待ちゐる再検査

プール出て若き肉叢(ししむら)早や乾く

キャンプして月の僕(しもべ)になりしごと

夜の蟻をつぶせばさらに淋しきに

夏の川芥(あくた)の川と一瞥(いちべつ)す

老い父にいつまで八月十五日

西日より重き濁世(じょくせ)の何々ぞ

略奪され略奪する民を見る何かが壊れた誰が壊した

難民が難民を生むコソボ見る憎しみだけが残りたる町

なぜ共存できないのかと老女云ふ質(ただ)されたるがに吾は息のむ

(NHK「クローズアップ現代」の映像より三首。7月1日夜)

パソコンに疲れ金魚を見てをりぬ

人生の半ばか夏の河濁る

梅雨寒やカレー煮ゆる香ふと親し

こげ臭き虫の匂ひに虫売りぬ

裸さみし齢(よわい)の汚れ兆しゐて

熱き碑(いし)に戦没者の名いま刻む

終戦忌ながき起伏(おきふし)父にあり

しろがねの雨を降らせり虫の闇

欠航のかの日の霧に執着す

死ぬ母も全身に蝉浴びてゐし

癌の母にまた来ると言ひ夕焼る

母と癌のせめぎ合ひなる汗激し

暑く暗く人あつまりぬ終焉(しゅうえん)に

夕立つてくる竹叢(たかむら)を先づたヽき

朝焼て人がをらねば浄土なり

翔べるだけまし炎天の鴉(からす)の飢ゑ

無宿者死ねば涼しくなると云ふ

花火すれどネオンに負けてをりにけり

あすは母の日かとおもふ母なくに

雑踏にこころまぎれて不死男(ふじお)の忌

巴里祭(パリさい)やランチに小(ち)さき国旗立て

会議室会議なき日の涼しさか

さみしさの相似てをりし冷酒かな

アンニュイやきのふのけふのきりぎりす

梅雨闇の見えぬ彼方も吾は信ず

何もかも擲(なげう)てばさぞ涼しかろ

炎天に出でむ心の鬼起し

花火見て帰る汝(な)が掌(て)の名残り掌に

相似たる姿に老いて草刈りぬ

生業(なりわい)の日焼と思ふふと侘(わ)びし

夏風邪の父が愚図愚図云ふ時刻

長梅雨の書に倦(う)みたれば何もなし

或る秘密梅雨深むほどかヾやきぬ

梅雨明る海に星屑(ほしくず)ぶちまけて

椿事(ちんじ)待つ心に薔薇の崩れけり

生き難し蛇は哀しく前進する

やり過ごす蛇の横顔哀しと見つ

窓開けて梅雨ちらと見て窓閉ぢぬ

卒然と吹奏楽部葉桜に

フリュートの流れて風を薫らしむ

夕凪やハーモニカ吹くランドセル

だしぬけに鼓笛隊出る梅雨晴間(つゆはれま)

サングラス国籍不詳ジープ去る

プラネタリウムまことしやかに涼しかり

花蜜柑(はなみかん)匂へり未来けぶるとも

山頭火(さんとうか)背なに蜜柑の花にほふ

水着にて自負傷つくる写真あり

炎天に恋文焚きて近寄らず

熱帯魚過去燦燦(きらきら)と話さるる

暑いとふその口癖をやめたまへ

ヘリ飛んで警官のゐる草いきれ

灯を消してなほほのひかる水中花

夏深き睡魔の襲ふぼんのくぼ

ここにも夏が棲む亡母の小抽斗(こひきだし)

昼寝覚先づは時計を疑ひぬ

(ひで)る夜のなにやら哀しファクシミリ

旱る夜の軋(きし)むは椅子か己(うぬ)が身か

遠花火再会したる現実に

炎天にむしろをかしき鬼瓦(おにがわら)

夕されば獣ら喚(おら)ぶ夏の園

老木を今年の蝉が鳴きつぎぬ

祈りつつ汗美しき乙女かな

夏星や祈りの如き乙女の黙(もだ)

岬裏(さきうら)のうねりは既に晩夏光

終戦忌父は言葉をつつしみて

祇園囃子(ぎおんばやし)へ橋をたがへて帰るかな

夏負けて汚れぬ皿も淋しかり

飲食(おんじき)の音のかそけく夏を病む

五月雨(さみだれ)て歌舞伎町さへ日本なり

愚かな街に愚かに生くる踊りかな

原爆忌なりビル風に罵倒され

青山や中年の目に熱帯魚

夕映や陸(くが)に杭打つ影法師

マネキンの脚に驚倒草いきれ

鈴虫を睡眠薬のやうに飼ふ

牡丹(ほうたん)に添ひて撮らるる晴れ晴れし

(とり)鳴いて牛啼(な)いて喜雨(きう)大粒に

百姓の仰向く貌(かお)に喜雨真直ぐ

糸蜻蛉とまりて少し風青む

カクテルにドレス汚して熱帯夜

高気圧しつかりヨット散りばめて

裸の背に反骨といふ骨がある

古書漁(あさ)れば戦争が立ちはだかる

陋巷(ろうこう)にはつと青條揚翅(あおすじあげは)かな

かなぶん来る己が羽音(はおと)のうしろより

とこしへの仮死燦燦(きらきら)と黄金虫

ナイターに影もたぬ者闘ふも

(あくが)るる心失せけり薔薇活けても

バッタ跳べど亜細亜の空の端である

新茶汲(く)む母亡きことに父の慣れ

風鈴を吊るして亡母を待つ如し

手花火や子もさみしさの貌もちて

勝者なき灼熱の地の風紋よ

ゆきゆきて熱砂の端に水買ひぬ

手鏡が輝き夏のデッキなり

父還らず少年の眸に灼(や)くる塔

恋恋(れんれん)と聞かされてゐる熱帯魚

河を出て鵜(う)の目の碧(みどり)汚れなし

少年や捕虫網柄(え)を継ぎてなほ

玉虫や少年の日の大欅(おおけやき)

全天全周魚影なほ冷房

(れんじ)より婆(ばば)の眼ふたつ鉾覗く

陸橋(はし)越えてカンチューハイを買ひにゆく和泉式部町のコンビニへ

「ヒコーキが飛ぶこと未だに不思議」とすちゆわあですの君は笑へる

母死ぬれど我が身に生くる母想ふミトコンドリアその他もろもろ

一心に蝉の屍(し)はこぶ蟻の群れ 終らむとする夏の重たさ

蝉の屍に無数の蟻の群れゐるは「作法」と思ふ粛(しゅく)と見てゐつ

地下街にまた地下があり降りゆけば少女のやうな花店ありたり

一冊の売れまじき本探さんと鯨の如き書店に入りぬ

ビル林立底にプールが叫喚す

近視にて蚤(のみ)に逃げられ忘れけり

イッセイのシャツ着て帰省二日ほど

涼しさのうろくづの影玻璃(はり)過(よぎ)る

まじまじと昼寝の足の大きけれ

洛外に住みてはろけき(はもまつり)

(あじ)焼いて父の孤食のすぐに済む

(のが)れ来し帝(みかど)の陵墓みちをしへ(京都府、常照皇寺)

ごきぶりの侮(あなど)りてゐる殺意あり

母の死後耳に棲みつく青葉木菟(あおばずく)

稲妻や殺気溢るる水面鏡(みもかがみ)

持ちつけぬ金ふところに溽暑(じょくしょ)なる

好きなものばかり摘(つま)むも夏料理

恋をして悔を残して蛇の衣

夏寒き足裏(あうら)の疵(きず)にオキシフル

やうやくに修羅場抜け来て冷房に

逢へば早や昏るる林間日蔭蝶(ひかげちょう)

恋人と泉掬(むす)びて汚しけり

ジーンズの膝の縫目(ぬいめ)は在りし日の母の繕ひ暫し撫でゐつ

黄泉(よみ)の母訪ぬる如く乗り継ぎて陽炎(かぎろい)燃ゆる母郷に立つも

露涼し死んでしまへば無と思ひ

虫鳴けば真闇(まやみ)に何か見むとする

夕焼けてあはれ巨象の(しわ)の数

てんとう虫おにぎりの上(え)をはしるなよ

母病みて少年の眸に蝶哀し

去り難き祗園囃子の遠音(とおと)なり

明易き大家族なる洗濯機

白夜なる夢に女を殺(あや)めけり

コンドーム浮きつつ流れ夏の川

母の死を早めて蝉が鳴いてゐた

汗拭いてげに俗物の貌(かお)である

あかあかと半裸ですごす亡母の前

古書漁る古書の海原大暑なる

(ほお)咲くや遠く見るのは泣かぬため

(いちご)憎む母なき卓に置かれあれば

端居して亡母に遅れし父います

涼しさの白髪頭のデニムかな

予備校の前通るとき夏寒き

日焼せぬ予備校生の会話聞く

古書漁るきのふのことも忘れつつ

浜日傘(はまひがさ)華麗なる老い笑へりき

アパートをマンションといふ暑さなり

無人なる熱砂を踏むもレイプかな

汗みどろ一人への愛研ぎ澄ます

美しき鼻梁(はな)も汗かく修道女

捩花(ねじばな)の草もろともに刈られけり

蝸牛(ででむし)の熟睡(うまい)に星の降るばかり

わが足に蟻のかき足這へり

都市に闇あればすかさず虫鳴きぬ

だしぬけにビールの味のキスとなり

酸欠の金魚が空を食べてゐる

冷房が情(こころ)にも入る会社である

冷蔵庫開けて一句も出て来ぬ日

ニッポニア・ニッポンに恥づ朱夏(しゅか)の空

寡夫父のよるべの如き夜の団扇(うちわ)

海猫の海に死にたき老躯(ろうく)とぞ

人格をしのびつつ寄る大夏木

向日葵(ひまわり)の黒瞳(くろめ)いつぱい恐ろしき

漠然と不安の日々の浮葉かな

人生の帰路もダーリア鮮烈に

暑にふは父の裡(うち)なる兵卒か

揚羽来れば暫し閉ぢ込め私生活

仮名書きの一行のよに夏痩せて

檸檬(れもん)切られて搾(しぼ)られて捨てらるる

油蝉一兵卒に鳴き継ぐや

淋しさを狎(な)らす白夜の灯も白し

湖の魚(いお)食(は)みてより涼しかり

まろ寝して山頭火読む涼しさよ

朝顔にすかさず濁世(じょくせ)しのび寄る

放蕩やがらんとひろき夏夜空

吾が影に吾がしたがへる炎天下

金魚の死儚(はかな)しといふ独り言

梅雨闇の頭(ず)より音楽漏れてゐし

青春の深傷(ふかで)が夏を厭(いと)はしむ

捩花(ねじばな)に眼の遊びゐるしばしかな

隠れ逢ふことに疲るる夜蝉かな

人は哀し独り言にも虫止みて

サボテンを一鉢買ひて暑に真向ふ

遠花火妻と決めゐし掌(て)とおもふ

大衆の暑き孤独に雑(ま)じりゆく

山滴(したた)る亡母は炎にまみれゐむ

淋しい人か夏の灯を早やともし

夏の海家族は舟とふと思ふ

空き缶を蹴り蹴りつづけ夏が逝く

すでに諦めしことなり遠花火

汗垂れて汗拭かず摘(つ)む母の骨

金魚睡りて血の如く寂(しず)かなり

今日を逃げて捩花の辺(へ)に踞(うずくま)る

裏町の飲み屋灯蛾(とうが)を宥(ゆる)すべし

少年の夏茫々(ぼうぼう)と変声期

晩夏ゆゑ死ぬほど飲んで生きてゐる

避暑地にて帽子とりかへ親しめる

野垂れ死ぬ夢に朝蝉鳴いてゐし

(しの)突く雨見ながらもよき洗(あらいごい)

独酌(どくしゃく)の丑(うし)三つ刻の羽蟻かな

空港の二人淋しき十七夜(じゅうしちや)

夏痩せても負けず鴎外(おうがい)に肖(に)るをとこ

の数夢の数とぞ漁夫帰る

「ほんとうに削除していいですか?」とパソコンが訊(き)く君のメールを

仕合せなことの少なき星月夜

捩り花コップに活けて少女なる

(ほそ)きゆび解(ほど)きにくくて汗ばみぬ

よこしまな恋をしてゐる涼しげに

始まりも終りも夕立(ゆだち)さやうなら

接吻(くちづけ)に捩花がまたねぢれたり

禁断のくちびるひらく青葉闇

うしろめたき接吻(くちづけ)ありし青葉闇

キス永し夏の終りを哀しびて

蝉逃げて掴(つか)みそこねし幸に似る

旱天(かんてん)へ塩ふく岩を踏みて攀(よ)づ

水着痕(みずぎあと)吾ひとり知る黒子(ほくろ)あり

虹消ゆる速度で齢(よわい)かさねゐる

ちまちまとなほ恋ひ残る手花火か

夏痩せてなほ酒啖(くら)ふをとこなり

洗ひ髪括(くく)れば鬢(びん)に古き疵(きず)

梅雨ゆゑに色に飢ゑし眸絵の具買ふ

苺つぶし喪中の如き父の黙(もだ)

夜の蟻を追いかけてゐる手暗がり

水族館(アカリウム)仄暗きこと涼しかり

平和とは(けだ)るき雨かキャベツ剥(む)く

街川のぬらりくらりと朝曇る

すヾしげに百済観音(くだらかんのん)胸ふくらむ

夜のバスを待つは淋しき月見草

無縁なる衆にまじりて冷房に

(とり)の瞳のいよよ鋭き旱(ひでり)かな

(いわしぐも)吾も未だに死を知らず

夏雲がうごく哀しみ圧(お)しつけて

性欲の不意に哀しきの音

雪あらぬ富士若々し夏の天

中年を生くるほかなき晩夏光(ばんかこう)

(のみ)跳んで銀河の端に消え失せり

水甕(みずがめ)に水を満たせば秋の風

充たされぬたまゆらあれば幾本か燐寸(マッチ)を擦りて炎つくりぬ

少年はうつむきやすく夏帽子

まひまひや自問自答の終りなく

レモン搾(しぼ)れば燦燦(さんさん)と朝日早や

なんとなく良からぬ予感いわし雲

熱風や曳かるる犬は天を見ず

滝は何をひきおろさうとしてゐるか

新宿や虫は夜毎に闇を替へ

ほととぎす空青ければ聲(こえ)青し

いたづらに時の過ぎゆく百日紅(さるすべり)

一生の如きたまゆら虹を見つ

うつしみを抱く香水の香の中に

香水や見知らぬひとが裏町に

白雨(ゆうだち)が欲しいと思ふさやうなら

秋風や煙草咥(くわ)ふる口の端

遠花火言ひそびれたる一語ありき

手相とは哀しく枯るる河と思ふ

神前を憚(はばか)らず汗滂沱(ぼうだ)たり

たとへば白夜パンティーの舞ふ乾燥機

8月

蝸牛(ででむし)になる夢を見て過労なる

夾竹桃(きょうちくとう)くをんな憩ひをり

緑陰やしまひ忘れしパイプ椅子

女の髪畳に拾ひ昼寝せり

日時計の如き吾の影日の盛り

鉛筆で書き消しゴムで消し夏終る

病人の目に秋の蛾(が)のうごかざる

蛍消え吸殻のなほ燃え残る

夏雲に馬憤然と嘶(いなな)けり

荒涼たる胸を日に焼き中年なり

母に触る位牌の指紋月に似る

香水を少しく残し死ににける

夏痩せや傘の骨組み痛々し

詩人には黒き斑(ふ)のあるバナナ遣(や)る

自殺せぬ蛇は鉄路を越えゆけり

蝉の屍をあつめてまこといとけなし

自転車で銀河を帰る一マイル

墓碑銘(ぼひめい)を読む汗読めぬ汗のあり

蒸し暑き盆地に生きて多恨(たこん)なる

帰燕(きえん)見てサラリーマンの二三人

夏の逝く淋しさ金を遣(つか)はしむ

何よりも己(おのれ)の暑き心火(しんか)かな

言ひさして言はざり花火また揚がり

死ぬまで生きて蝉の屍が落ちてをり

欲望よ憤怒の如き夏雲よ

先見の不明雷雨にはれて

蜥蜴(くろとかげ)失す白日の暗点に

夏痩せて骨ばつてなほ妥協せず

忘れてもいいことばかり髪洗ふ

生き物の如くうごきぬ盆の月

父の裡(うち)に老いぬ一兵八月よ

鬼の手が背中を触る秋の暮

月光や孤(ひと)りで生きて死ぬと思ふ

終末来ずごきぶり這へば殺しけり

吾も従(つ)くにんげんの列蒸し暑き

カタルシスやつぱりあらぬ暑さなり

前が見えない背泳ぎを愛しけり

ヘビメタも演歌も鳴らす海游(およ)ぐ

嫁ぐ妹(いも)が荒野に開く日傘かな

ルージュなき涼しさ女将(ママ)は休暇中

ねむれねばシャワーを浴びて電話して

冷し馬にプルトニウムが通りゆく

吾が家に知らぬ場所ありちちろ鳴く

炎天に生業(なりわい)の火を燃やしをり

御遺体と呼ばれて亡母の帰宅せり

大の字に大地にまろ寝夏の雲

汝が皓(しろ)き水着痕へと残暑光

夏雲と井戸水る洗面器

夏風邪と云ひにこにこと昼酒か

たそかれて流れ解散せる晩夏

地蔵盆捨て子地蔵に子が集ふ

恐る恐る白湯(さゆ)入れてみる暑気中(あた)り

(うさぎ)もぐもぐもぐ俺は夏痩せて

無限から夢幻へ流れ星消ゆる

夕焼る一人に一つづついのち

赤き絵具扱(しご)き出すべし原爆忌

原爆忌の普通の雲と飛行機雲

ホラー映画早送りして終戦忌

キネマの人みんな早足(はやあし)終戦忌

熱帯夜麻薬のやうにロック鳴る

飽食の国を閉ぢ込め冷蔵庫

チンピラがラーメンを食ふ扇風機

風鈴や黒き機械の見ゆる窓

風鈴は鳴りパソコンは喘(あえ)ぎゐる

悲喜(ひき)越えて滝に打たるる心かな

水母(くらげ)浮く生き疲れたる思ひして

冷房に死後硬直の亡母を置く

ハンカチは愛しきひとに汚さるべし

ハンカチも恋もくしやくしや十五歳

踊らねば迷子の如し盆踊り

爽やかな死か忽然(こつぜん)と世を去るは

遺影の笑み爽やかゆゑに哀しけれ

既に亡き星も光りて水澄めり

サーフィンを見てゐる吾はモアイ像

どの雲も迅(はや)し見る見る秋に入る

爽やかに過ぎて多情と思はるる

秋蝉もまじりアジアの猥雑(わいざつ)よ

きりぎりす一声の間を接吻(くちづけ)る

白き脛(はぎ)見えたるやうな草いきれ

一人去に一人残りし夜業人

夜学出て咥(くわ)へ煙草の家路ゆく

喧騒(けんそう)に吾はやすらぐ秋の蝉

骨立(こつりつ)の骨の音聞き秋に入る

風鈴にすぐ来て風の上機嫌

怒声より冷やかな笑み恐ろしき

秋めいてそろそろ別れたくなりぬ

夜店の灯『されど我らが日々』見つく

サルトルとボーヴォワールも曝書(ばくしょ)せり

昼の灯を消して大暑の古本屋

野の蛇口もう滴らず夏終る

眸を細め初秋の沖をとほくせり

ゆびさせば消えてしまひぬ流れ星

西瓜(すいか)食ひ(あご)を汚すも独りゆゑ

虫の夜の死ぬまでつづく心臓(しん)の音

真更(まっさら)の釘打ち据ゑて秋立ちぬ

中絶をして来て日蝕を見てをり

暗黒や(くすぶ)るのみの揚げ花火

(なれ)抱きし灼(あつ)さ幸とも不幸とも

半開きの唇(くち)にくちづけ明易き

夏終らしむ身の中に獏(ばく)飼ひて

秋風に別るわたしの天邪鬼(あまのじゃく)

秋に入る螺旋階段(らせんかいだん)のぼりつめ

屋上に怒り捨てても秋高し

チャップリンの悲哀わからぬ秋愁(あきうれひ)

爽やかにさよなら君はまだ他人

吾もまた獣の(すえ)の大青峯(おおあおね)

夏残る少年のる空缶に

祭りの後重たき水を(ふ)に落す

河は急(せ)きて晩夏光など流しをり

昼月を浮かべてソーダ水飲みぬ

火照(ほて)る夜は月光に濡れ眠るべし

そこかしこ夏の終りが拗(す)ねてゐる

たましひの如く水母(くらげ)が浮いてくる

日傘さすたび美しく加齢(かれい)せり

新涼の時計秒針まで合はす

海鳴りの暗きに抱けば夏逝きぬ

ハンカチをたましひのごと振る君よ

別れ来て古き氷を捨てにけり

母の亡き真昼淋しき金魚かな

夏終り三分の二は大人かな

好きな子が引越してゆく夏休み

(くす)に彫りし君の名蝉の殻

過去(すぎゆき)の疵(きず)の長さの流れ星

明日のこと(ささや)いてゆく秋の蝶

水ゆらぎ水の影もつ泉かな

絶叫の口美しく(あゆ)死ねり

亡母思ふ三和土(たたき)にひとつちちろ鳴き

小鳥来て何を思案の小首かな

(め)と眸より恋のはじまる秋涼し

秋の灯に影絵のごとく君抱きぬ

空蝉の辺(へ)にコンドーム落ちてゐる

愛のなきセックスをして夏と思ふ

(え)の中に蕩(とろ)けし時計原爆忌

炎天や死をかはしつつ鳥の翔ぶ

死ぬまでの秋の愁ひを(まと)ひたる

秋風の十指にあまる女かな

水草の花咲く誰も誉(ほ)めぬのに

歩くとき人は旅人秋の風

曲つても曲つても日蔭である

水更へて金魚いよいよ哀しくなる

涼しさうな時計を買ひて不倫せり

桃吸ふや背(うし)ろの闇にひと寝かせ

初恋も不倫も遠き花火とす

爽やかや別れなくとも他人にて

幾度目のひとか花火を数へつつ

よこしまな恋に捧げむ薔薇盗み

秋の暮ゐる筈(はず)のなき亡母の背に

秋夕べ他人の空似哀しかり

とりあへず湯を沸かす父終戦日

終戦忌黙祷(もくとう)の間もひと想ふ

真水飲みて大文字見て忌日なり

薔薇にれし淫らな指を洗ふべし

病人の目に早や梨の枯草色(カーキいろ)

夏惜む駅のベンチにうとうとと

噴水の永遠(とわ)の循環刹那(せつな)見し

若き恋みんな貧しく猫じやらし

母看取る晩夏の没日(いりひ)見て来し眼

盆踊り「ただいまマイクのテスト中」

大いなる西瓜(すいか)斬らねば寝てしまふ

人の死の二メートル上蝉しぐれ

母の字のかくも哀しき水母(くらげ)かな

「亡母」と書き「はは」と読ませて秋に入る

夏終る冷めたコーヒー酸つぱくて

軽薄に笑ひて夏を惜しみけり

虹消えて貝の釦(ボタン)が落ちてゐる

ブラックにミルクの溶けてゆく晩夏

秒針をしばし見つめて今朝の秋

夕立せりあとかたもなく血を流し

燕去ぬ京都盆地に吾残し

冷房にマニキュアのみが燃えてゐる

霧といふ余韻の中に佇(たたず)みぬ

霧の中ある決意のみ定かなり

三条より四条の暑き人出かな

緩慢な死を選びけり虹捨てて

たまさかの素足は猫に掻(か)かれけり

ぼんやりと見て蝸牛(ででむし)の迅さかな

殺されて目覚めし耳に邯鄲(かんたん)か

冷房にゐて少年は地図が好き

地球儀をまはしてばかり長き夜

夏深む海蛇の屍(し)を見しことも

夏深し胸に葉蔭が貼りついて

猿の手の届かぬ秋の空となり

夕顔に古風なキスとなりにけり

美といふに理由はいらぬ裸かな

ひと踊りしてくるがまだ戻らない

高層ビルは深海の淋しさなり

人生の夏終りけりさう思ふ

炎天に吾めくるめくゴッホの

にんげんを歯牙(しが)にもかけず鬼やんま

(うみ)晴れて蜻蛉(とんぼ)の翅の音(つよ)き

立入禁止銀やんまの地平なり

川の名の変る辺りの秋の(あゆ)

味噌汁の残りを浚(さら)ふ夜食かな

夜のを追ひつめて追ひつめて逃がす

この角度なら見えてゐる桐の花

秋の蝶わが眼に苛(いじ)められてをり

夢の中でも秋蝶(あきちょう)を見失ふ

林檎(りんご)の疵(きず)抉(えぐ)りて癌で死ぬ人に

秋出水あの日の父は怖かつた

なめくぢが酒舐めにくる丑(うし)三つなり

なめくぢに航跡吾になに残る

ジーンズを干せば必ず赤とんぼ

秋の蚊の姿を見せて死ににくる

「運命」のダダダダーンと土用波(どようなみ)

土用波横から見をり人生も

秋風や肋骨(あばら)が見えて腹が出て

(と)りて名前を付けて保存かな

指の間を砂ぬけてゆく夏の波

意味もなし夏浜の砂(わし)づかみ

秋陽(あきひ)さやか洪積世の人骨に

骨涼しシナントロプス・ペキネンシス

大人びて少しく汚れ新学期

ポケットを探れば小銭秋めきぬ

秋しぐれ空に涙腺あるごとし

終ひゆく秋の夕焼朱(ときいろ)に

秋風やに少しく剃り残し

白秋や何も書かざる想文(けそうぶみ=恋文のこと)

野路の秋俄(にわ)かにとほき人となり

都会派の塩辛蜻蛉(しおからとんぼ)斜に構ふ

殺人者夜霧に消ゆる母郷へと

秋風の中に集まるフリーター

明るくて晩夏の雨の淫らなり

老人がしやきつと歩き涼しさう

髪乾きもう泳がないつもりなり

終電に間に合ふ夜蝉鳴いてゐる

踊りのひとのもまはるかな

夏終る死ぬほど笑ふ映画見て

炭酸の気泡(あぶく)見てゐる恋晩夏

夏行けど行方不明の男女かな

涙腺(るいせん)の過敏なる日の秋白雲

秋湖(あきうみ)の水に薄むる青絵の具

新涼(しんりょう)の風に乾きし水彩画

冷房にむしろ紅唇燃えやすし

燕去るひとには重き錘(おもり)あり

三日月の(あご)の辺りを帰燕(きえん)かな

星月夜孔雀(くじゃく)はに瞑(めつむ)れる

秋と思ふ閑(しず)かに草を喰(は)む犀(さい)に

稲雀(いなすずめ)沖積平野一望す

秋水(しゅうすい)に鏡洗ひて刃のごとし

ねんごろに眼(まなこ)を洗ふ秋の水

鰯雲(いわしぐも)出る刻いつも偏頭痛

昼花火いのち少なき母と見し

新涼のいよいよ肌の白くなる

秋は先づ老いたる象と象つかひに

流星の千夜一夜のものがたり

原爆忌ボタンを押せばカブトムシ

宵闇(よいやみ)の階段の猫踏んぢやつた

ドアマンの立つ辺り早や秋の風

まちまちの湯呑みが楽し秋の午後

秋嶺(しゅうれい)にのぼるは海を見むがため

誰れ彼れの墓に紛れず秋の蝶

まほろばや秋津の目(ま)守(も)る陵の水

雲の名を覚え少年の休暇果つ

人工の星も美し天の川

(またた)いて銀河の誰か吾を見る

酔ひ覚めの水月光を呑むごとし

一人愛する一人が泳ぐ秋の海

吾が裡(うち)の秋潮(あきしお)けふも引いてゆく

無花果(いちじく)深紅かりそめの恋ならず

胡桃(くるみ)が割れないスプーン曲らない

夕陽にも浪花(なにわ)のにほひ西鶴忌(陰暦八月十日)

酔ひ痴れよ中上健次の忌日なり(八月十二日)

ひた泳ぐ唇(くち)に水平線はさみ

匿名の水着姿になりにゆく

夏終るサーカス団の去る如く

虹消えて元に戻つただけである

覚束(おぼつか)なわたしの秋の体重は

せせらぎのひかりにまぎれ秋蛍(あきぼたる)

秋めくよ君のファジィな微笑みに

秋めかぬ漢(おとこ)よ腕(かいな)剥き出しに

曖昧(あいまい)に応へて己(おの)が秋めきぬ

星涼しグラスに氷触れて鳴る

秋の虹ふり向けば消えてしまふよ

星に鳴いてたぶん最後の蝉と思ふ

石抛(ほう)れば石に当りぬ秋の暮

長き橋秋の暮へと架かりをり

縄張つてととのへられし秋の土

さつきからモーツァルト鳴る星月夜

秋風の入りて出てくる暗き洞(ほら)

霧の中われ思ふゆゑわれ在りぬ

秋風を波に見むとて遠江(とおとうみ)

満月に真向ふ肉体(からだ)満潮なり

油小路(あぶらのこうじ)本能寺址虫の闇

空の下秋風の中橋の上

踏み出せば(ひ)かれて死ぬる秋の暮

たれの背も嘘のつけざる秋の暮

虹に向けて大遠投の石だつた

卒然と蝶を(さら)ひし初嵐(はつあらし)

近江(おうみ)過ぎ遠江(とおとうみ)過ぎ初嵐

原罪とはならぬ蝗(いなご)を食うてゐる

燕去る真つ直ぐに空引き裂いて

稲妻やツアラトゥストラかく語りき

(めつむ)ればただ虫の鳴く闇である

鰯雲(いわしぐも)薄るるあたり放下(ほうげ)かな

秋草や放つておいてほしいとき

水筒に小さな磁石つばめ去る

三叉路に迷ふてふてふ八月尽(はちがつじん)

小鳥来る小銭ばかりがよく貯まり

墓地ぬけて生き更(かわ)りたる揚羽かな

涼しげにもの思ふべき齢ならず

白滝を眼前にして亡母思ふ

牛小屋は暗きガレージ盆の月

新聞を読まで過ごせり盆休み

秋の雷杳(とお)き母郷の方見やる

嘘のやうに今年の蝉も終りけり

薄野(すすきの)を帆船のやうに過(よ)ぎりゆく

西日中花屋は花を売つてをり

ジーパンの裸の紙幣にも吾が汗

こげ臭きまで八月の永さかな

八月永し老兵の父病みて

夏惜む午前三時に窓開けて

薬臭き汗とも思ふ肝病みて

秋愁や観覧車より巷(ちまた)見て

新涼や白湯さして呑む御吸ひもの

父に似る哀しみもあり鰯雲

露の世か過労自殺といふ言葉

許されぬ男女一対(いっつい)渦を見に

夫婦にはなれぬ新酒を酌(く)みにけり

濁り酒ふたりで呑みてもう戻れず

ふたりには今しかなくて流れ星

光りつつ蜻蛉交(つる)むを羨(とも)しとよ

不倫とふ言葉を憎む汗ばむまで

恋ひをれば眸(め)を瞑(つむ)りても紅葉せり

たまゆらをふたりに見えし虹のこと

ホテルよりふたりの母校秋澄みぬ

朝涼しスメタナの鳴る茶房へと

我が愛すジャン・コクトーといふ涼しさ

9月

振り向けば既に暗がり震災忌

しづかなる二百十日の飲食(おんじき)なり

なかんづく九月の情緒不安かな

雑念(ぞうねん)や九月の雲は皆ちぎれ

とりあへずトランキライザ飲む九月

性欲の面倒臭き残暑なり

にんげんの後ろめたさに秋晴るる

嘘つきて逢ひし無月(むげつ)の黒真珠

つるべ落しひとはルージュをひきなほす

爽やかに嘘つく己(おのれ)訝(いぶか)しむ

夭折に真夜も青野の青むる

スケルトンの時計のしぐさ秋確か

時計透けて秋の心臓見る如し

遠花火見てゐてゆびにふと触る

河骨(こうほね)のまことに骨に咲くあはれ

秋川さびし迅すぎて蒼すぎて

あをあをと韋駄天(いだてん)走り秋の川

一瞬の魚瞭(あき)らかに秋の川

わが身ぬち秋の川音(かわと)に洗ふべき

石投げて水面(みなも)の秋思(しゅうし)砕けども

詩の如き死のあり芒(すすき)銀色に

いつの日か野垂れ死ぬべき青芒(あおすすき)

コスモスが揺れてゐるから怠業(サボ)ります

放課後のこころはいつも秋ざくら

服装に気張らないひと秋桜

とんぼ来る亡母に繋(つな)がる物干し竿

モジリアニの絵の女より秋に入る

あの女爽やかにして薄情なり

鈴虫のレム睡眠に落ちてゆく

星月夜レム睡眠の頬ゆるむ

丈高く聡き真乙女(まおとめ)白帝は

銀漢(ぎんかん)や待つ人がゐる待つ吾を

縁うすき人の喪にあり秋暑き

星月夜腕の時計も蛍光(けいこう)す

長き夜のすぐに嫉妬のほのほかな

深爪のしみじみ痛き銀河かな

小鳥来ずひとを疑ひ疲れたる

捕虫網少年になる魔法かな

天の川水の美味しい村といふ

矩形のビル矩形の空の良夜かな

裸になれば別人の貌(かお)をする

仄光る裸となりて灯を消しぬ

わが塒(ねぐら)今宵銀河の三丁目

(し)れ者に待たれて星の流れけり

ちちろ虫ひとりぽつちの味方なり

唖蝉(おしぜみ)に風のなき日となりにけり

笛吹けばしんじつひとり秋の星

体中(からだじゅう)騒然としてレモン齧(かじ)る

羚羊(かもしか)の視線をそらす秋涼し

とこしへに秋の涼しきデスマスク

美女娶(めと)るやはり飛蝗(ばった)のやうな貌(かお)

蛇穴に入るや活断層避けて

秋の蝶美しすぎて捕らはるる

不機嫌に見ゆる佳人の秋思(しゅうし)かな

開くる窓閉むる窓ある秋思かな

きのふよりとほきところに秋の蝉

月光に老ゆる直面(ひためん=素顔)世阿弥の忌(陰暦八月八日)

このところ空地が殖えて泡立草(あわだちそう)

この道に名前はなくて猫じやらし

銀河見えず他にも見えぬものがある

秋苑(しゅうえん)にいつも閑(しず)かな石と水

ぎす鳴いて刻一刻と貌(かお)老ゆる

故郷に在りても孤独きりぎりす

はろかなる十歳(とお)の神童秋の雲

化野(あだしの)へ秋の白雲ちぎれけり

十三夜指環(ゆびわ)はづして逢ひに来し

萩散りて汝(なれ)と逢はざる日数(ひかず)かな

草の海草の波ありきりぎりす

容赦なく鶏頭(けいとう)燃ゆる火宅(かたく)なり

夏痩せて木椅子の如き父の膝

七十歳(しちじゅう)を過ぎて派手なり父に秋

(けが)れなき処女(おとめ)の素足蟻も踏まず

つきつめて自我ひとつなり秋風裡(しゅうふうり)

2Hの鉛筆で書き涼新た

秋の寺死ぬ振りをして子の遊ぶ

亡母のこと話さずにゐて秋麗(あきうらら)

長き夜の父三合でできあがる

貞淑に不貞に揺れて秋ざくら

月蝕に昏(く)らみてひとの妊(みごも)れる

木の実独楽(このみごま)ピエロの素顔誰も知らず

サーカスはなんで哀しい木の実独楽

秋の夜の独りが佳かりブランデー

秋涼や石屋の前の老い二人

色草の色移り初む愛執(あいしゅう)も

うそにうそかさねてもなほ空高し

秋天に気位高き乞食(こじき)たれ

人死んで音絶えしより水澄める

残暑とは猫の抜け毛の如きかな

秋川の澄み極まりて怖ろしき

死ぬならばかく美しき秋の江に

水澄みて美しき死をなほ思ふ

月光に寝顔の如き死に顔よ

秋光(しゅうこう)の墓石並(な)みて売られをり

秋爽(しゅうそう)へ少しく早く出勤す

こんこんと秋の泉は冥府(めいふ)より

父の焼く父の孤食の秋刀魚(さんま)かな

母亡くて秋刀魚焼く父咽(むせ)ぶかな

虫の夜の「寝顔美人」とふと思ふ

水澄みて釣糸垂るる人も澄む

秋川の澄みては巌(いわお)蒼ざむる

人避けて逍遥(しょうよう)せるも秋思かな

(たましい)のとほると揺るる芒(すすき)かな

有りの実(梨のこと=ナシを忌みて言う)を死にゆく母に剥きにけり

大西日見渡す限り団地なり

倖せにひとつ足りない九月かな

鰯雲(むし)られてをり死の如く

コスモスの裏に隠れて狡(ずる)休み

遠方より友は来たらず鰯雲

忘れたる女の名あり秋の風

風の日も風のなき日も桐一葉

地芝居(じしばい)のおらが爺やのはまり役

幼児(おさなご)の葬儀に仮借なき秋暑(しゅうしょ)

ジュゴンとも人魚とも見ゆ月明り

晩夏の黙(もだ)ナイフフォークの音ばかり

秋の暮黙れば頭重くなる

鬼が先づ親に呼ばれて秋の暮

「マタイ受難曲」鳴らせばいつも油虫

秋の蜂に不思議と好かれ未亡人

涼しさやスーチー女史の映りゐて

星今宵(ほしこよい)亡母の分まで父生くる

秋に入る螺旋階段に蝉の屍

秋の蝶衰ふる陽にまみれざる

秋冷や抗生剤を飲む真水

冷やかに経口避妊薬飲みぬ

わが中の濃霧をゆくか内視鏡

朝顔に中年の翳(かげ)荒涼たり

長き夜昭和史図録など開く

百歩譲つてがちやがちやを聞いてをり

秋愁の三面鏡に貌(かお)無限

返信に返信の来る夜長かな

長き夜のメール短きほど恋し

霧の崖あり人生の漂泊に

稲光り北方天(ほっぽうてん)の御座(おわ)します

人生の隠喩(いんゆ)の如く竹咲きぬ

負飛蝗(おんぶばった)つひに男は餓鬼である

朝顔の紺や正夢見る如し

なかんづく鵙(もず)と歯医者は嫌ひなり

乾坤(けんこん)の乾の切り傷鵙高音(もずたかね)

鵙高音きゝし朝より偏頭痛

熟睡(うまい)してわが脳天の秋晴るる

秋風やひとつ失ふ永久歯

石英と雲母のにほひ秋の風

桔梗(きちこう)に端座して見る水のあり

真夜中の静寂(しじま)といへど秋の声

鳥渡る中年の眼に茫々と

ニーチェ閉ぢて銀河見つむる癖がある

秋水と石のみ禅味(ぜんみ)漂へる

どうせ嘘の世秋空は澄み切れど

コップ酒呑みて出でゆく秋祭

新涼の若き胡麻塩頭かな

赤飯に胡麻塩ふりて敬老日

旧仮名にも慣れて灯下親しめる

菊枕(きくまくら)聴き澄ますときほのかほる

「しうかう」と書きさうなひと秋耕す

秋蛍(あきぼたる)人つ子ひとり来ずなりぬ

うそ寒く曲筆されし歴史読む

無月にて水銀気圧計ひかる

死者一人記事数行の秋出水

男気(おとこぎ)といふまぼろしの秋嶺(しゅうれい)よ

送る人送らるる人菊香る

指先に愛などなくて猫じやらし

いみじくも星の流るる新枕(にいまくら=初夜のこと)

夜の蟻つまみそこねてつぶしけり

秋蝶の屍(し)に蹲(うずくま)る立ち昏らむ

頃合ひの距離たもちつつ小鳥かな

碁敵(ごがたき)といふ友ありて小鳥来る

恐るべし弱兵のゐぬ蟻の列

空高し不思議と邪飛(じゃひ)に打ち取られ

世に拗(す)ねて台風圏に北兒(ほくそ)笑む

秋の蛾のもう翔ばざれば影もたず

火蛾の屍の栞(しおり)の如き辞林かな

天の川鄙(ひな)にも銀座通りかな

秋高し核の傘とか云うけれど

母の眸はもう瞬(またた)かぬ星月夜

拗ね者は高きに登り降りて来ず

高きに登り赤光(しゃっこう)を背に帰る

詩人みな貧しく孤独流れ星

月無くて高層ビルの灯が哀し

天窓に天高きまま昏れゆきぬ

吾もまた夜の貌(かお)もつ稲光り

秋の暮背中を閉ぢて帰るかな

汗かかぬ程度に抱いてしまひけり

落ち着いて抱けさう虫の声ばかり

流星も君の乳首も苦かりき

それ以上近寄れば捕る秋の蝶

もち方を知らず秋蝶殺しけり

かなかなに裏鬼門(うらきもん)より昏れて来ぬ

窓開けておくかなかなのこゑ入れて

桔梗(きちこう)の花瓶を選び迷ふかな

着痩せする女とおもふ秋袷(あきあわせ)

夕星(ゆうづつ=金星)の燦(きら)めく風の麻畑(あさばたけ)

旱星(ひでりぼし)河原の石に光りけり

秋思とも十七文字の愁ひとも

秋晴れて人の言葉もせせらぐよ

湾曲の涯(はて)まで秋の潮白き

障子貼る終(つい)の棲家とおもはれて

秋の暮なに見るとなく振り返り

星月夜トライアングル鳴りつぱなし

山脈の日に異(け)に哀し秋没日(あきいりひ)

虫の夜は愛器奏(かな)づる如く抱く

哄然と笑ふ向日葵田園都市

銀河見えず田園詩人にはなれず

雨の降る兆しのやうに柚子(ゆず)かほる

梨喰(は)むや己(おの)が梨喰む音の中

見事な柿よ絵心のなき眸にも

卓に柿しばし静物画の如し

とほき一人旗めいてゐる秋の浜

大き林檎齧(かじ)る少女や栗鼠(りす)のやう

雲呑(ワンタン)をひらひらと食ふ夜寒かな

潮騒のとほざかりゆくきりぎりす

嫌なこと夜食のときに思ひ出す

秋の暮のつぺらばうの出る横丁

秋晴れて詩を書いてゐる無宿者

「大菩薩峠」に長き夜も白む

爽やかに消えし女や全部嘘

高空(たかぞら)に雲の絹糸秋水にも

鰯雲電信柱多き町

大地震の話などして秋遍路(あきへんろ)

秋晴れて心はとほき大欅(おおけやき)

登高(とうこう)や名も無き山は安らけく

お金より菊水天牛(きくすいかみきり)欲しかった

聞きあぐむ囮(おとり)のこゑと知りしより

姿なき男を憎む囮籠

森の径昏るるに囮鳴きやまず

拗ね者が集ふ酒場や油虫

鰯雲眉間(みけん)の皺につながりぬ

秋晴れて嫌な会社も見えてゐる

星涼し北指してゆく旅人に

花火見る湯上りの君桃色に

(なれ)と吾の宿世(すぐせ=宿命)を思ふ手花火や

秋風も道も岐(わか)れて蝶ひとつ

秋灯下(しゅうとうか)このごろ手相気になりぬ

朝顔の顔の縁(ふち)より衰ふる

熟睡(うまい)にも淵瀬(ふちせ)のありて天の川

美しき泉へと折れけもの道

秋嶺(しゅうれい)に水飲めば早や逢魔刻(おうまどき=たそがれ)

母方(ははかた)の祖父につながる案山子(かかし)かな

秋水(しゅうすい)に賢き魚の姿かな

コスモスになほ夕つ日の戯(たわむ)るる

秋嶺にひやひや逢魔ヶ刻(おうまがとき)せまる

をととひが昔の如し秋の虹

鉦叩(かねたたき)淵へ淵へと深睡る

梨喰へば口にせせらぎ生まれたる

鋭角に生きて孤独よ秋の星

星飛んで咥へタバコを落しけり

眼薬の頬を流るる銀河かな

昼銀河喪(うしな)ひしもの眼に見ゆる

己が身を濯(すす)ぐ如くに墓洗ふ

をちこちの墓に遊びて秋揚羽

鳥渡る何で人の名忘れけむ

夜寒にてテレビの上に猫がのる

風の日に雨の日忽(こつ)と秋深む

裏日本潮ぐもりしつ帰燕かな

母の忌の奇(く)しくも居間に秋の蝶

定本に異本(いほん)に灯火親しめる

かなかなのこゑどこまでもがらんどう

誰か泣くつるべ落しのいづくかに

つれづれに口遊(くちずさ)みゐる秋簾(あきすだれ)

独り言聞きし後秋の声ばかり

びいどろに斜陽すなはち秋没日

美しき光陰めぐる芒(すすき)かな

砂時計砂落つる見つ涼新た

長き夜を恋歌うたふ恋もせず

古切手眺めて親し菊日和(きくびより)

灯台が吾を見てゐる秋の海

小鳥来る吾が生くる眼を動かしに

秋愁か彼女の寡黙気にかかる

美しき口唇(くちびる)の黙(もだ)秋思添ふ

アスピリン買ふ秋の没日の重たさに

けふも来てかなかな吾を哀しうす

秋晴れて空虚を埋むる何もなき

芋名月(いもめいげつ)古地図の日本まろきかな

恍惚と水澄めりけり笛の音に

鬼城忌(きじょうき)の蜂とおもへば歩きけり(九月十七日)

子規の忌のこのあを空は子規のもの(九月十九日)

秋水に翳(かげ)あり人に思ひあり

亡母の座に猫の寝てゐる夜寒かな

くちづけの乾き易くて秋涼し

蟻の列へぐゎらりと桐の一葉かな

鳥渡らせてけぶり立つ昴(すばる)かな

鵙高音(もずたかね)天上天下(てんじょうてんげ)鵙高音

鵙の贄(にえ)娑婆(しゃば)の虚空に掛りけり

秋風に心の乾く病かな

逢ふためにまた昼顔を踏んでゆく

秋果(しゅうか)盛り客人(まれびと)を待つ卓となる

鰯雲(いわしぐも)訃報はいつも唐突に

鰯雲はるけく来つる思ひせり

少年の短き泪(なみだ)爽涼たり

秋夕の鴉(からす)の乱舞死にしは誰(た)そ

父に聞けりバナナ・マラリヤ・戦病死

しみじみと父老いたまふ温め酒

うそ寒や血を採られゐてその血見ゆ

霧の中汝(な)が唇は深紅なりき


俳句 田畑益弘俳句の宇宙 HOME MAIL