1月

初夢に父母見失ふ迷子かな

初墓参胸のつかへの降りしごと

水注ぐ御降りに濡る墓なれど

初比叡なれば颪(おろし)に貌晒す

星死して光の残る去年今年

手毬つく子もゐず四駆とほりすぐ

父逝きしことの重さに寝(いね)積まむ

洛外に棲みてさみしき寝正月

さみしくも愉しかりける寝正月

亡父のこと云ひて翁も初泣きす

相席の人と一献初列車

暗転に我にかへりし初芝居

日も少し永くなりたる初句会

買初の手袋すぐに嵌めてゆく

社旗国旗掲ぐるまさに初仕事

置時計とまつてをりし初仕事

先づひとつ欠伸の出たる初仕事

蝉丸も小町もとられ負け歌留多

歌がるたをみなに負けてやりにけり

五十より百が元気で寒に入る

吾が黙(もだ)と庭石の黙寒に入る

正月の貌引き締めて寒に入る

寒紅をひきて鏡のおませかな

寒紅のおちょぼなれども下戸ならず

愛称で今も呼び合ふ初電話

白きこと不安に似たる初日記

目つむれば逝きし家族(うから)や初湯殿

日のかはる静けさに入る初湯かな

来し方も行方もおもふ初湯かな

にほやかに吹かれて春着たれを待つ

ほつほつと春着のふゆる四条かな

初暦ひらく大海ある如し

未来まだ美しくあり初暦

去年今年読みさしの書を伏せしまま

去年今年屋台のラヂオ聞いてをり

集つて鳩もよろこぶ初詣

福引の水引かけしティッシュかな

双六の上りのまへの陥し穴

初旅の行く先々で拝(おろが)みぬ

一陽来復の白鳩と仰ぎけり

亡き父母に詣づることを恵方とす

資本論遥かたらふく雑煮食ふ

亡き父に来たる賀状を一瞥す

寒暁や猫の真似して丸くなり

寒波来る自縛自縄のブランコに

ほどけない結び目寒波来てをりぬ

寒四郎歩めば響く土不踏

風花や嫁して異国に発つひとに

雪しまく美しきひと育みて

寒の雨天も一息入るるがに

悴(かじか)みて靴下嫌ふ亡母なりき

悴める中にて悪が育まる

悴める街堕つる者は堕ちゆく

天眼(てんげん)として寒月を怖れけり

幼な日に還れる丘の冬菫

冬の草みな背伸びして海を見る

死にさうで死なぬ人ゐる寒の内

冬深む蝿の如くに手をすりて

京都府ゆ京都市に入る寒の猿

どう見ても寒鴉に虚仮にされてをる

寒鯉のほとりそこだけ刻とまる

美しき生死の間(あい)に蝶凍つる

冬りんご暖の如くに夜の卓に

室咲(むろざき)の花溢れしめ世を厭ふ

室咲を愛し人間嫌ひなる

福寿草達者な老いの起き伏しに

女房は丈夫にかぎる福寿草

初詣ゐる筈のなき父探し

初夢のあと愕然と齢をとる

半生の顎まで浸くる初湯かな

人の世へとんでゆきけり枯野の蝿

なかなかに烏したしき枯野かな

正視して眉間にとらふ寒の星

耐へ切れぬ思ひに燃ゆる寒茜(かんあかね)

北風が詩を書く人の頬削る

寒いけど遺されし者星を見る

遺されし一人の閉ざす襖(ふすま)かな

飴舐めて昔をおもふ帰り花

寒風や人間の貌穴だらけ

冬籠るときどき指の疵舐めて

枯野行くにをんなの紅のなんで濃き

枯野出て世間の方へ歩みゆく

虎落笛壁にムンクの「叫び」かな

辛き世に背を向けて酌むおでん酒

場末とはこのくらがりのおでん酒

冬蜂の一足掻きして事切れし

別るるや睫毛に融くる雪ひとひら

冬の猫咄相手(はなしあいて)にもならず

遺されし者も餅食ふ口開いて

葱の秀(ほ)のそのとんがりに凍つる日よ

場違ひな大尽(だいじん)もゐて焼鳥屋

寒風裡買ひたる檸檬(れもん)恃みとす

冬麗や窓あけて見る子の遊戯

風花の行方もあをき太虚かな

目に見えて融けながら降る牡丹雪

冬ごもる鏡のをとこ嫌ひなり

めらめらと音立ててゐるシクラメン

溜息も白き息なり勤めゆく

悪友の酒を奨むる寒見舞

淋しくて灯をともすなり真冬なり

釣銭もしぐれに濡れて物売女

寒月を浴びてきて入る地下酒場

冬菊の花弁も欠けず笑むごとし

水餅となり日常が戻り来る

地下道の寒く大きな影法師

冬耕の人死にかはり冬耕す

寒さうな猿を見てゐる寒さうに

鶴凍つや諦むるべき恋として

人逝きしをなどかくまでも梅早き

大寒のなんで欠伸の泪かな

身ほとりに三匹の猫冬深む

吾が猫も待春の髭長うせり

一服のタバコのいとま日脚伸ぶ

抜けさうな奥歯一本日脚伸ぶ

日脚伸ぶ四条小橋にひと待てば

なかんづく寒の石庭竜安寺

淋しさを欺く冬の林檎置き

倖せを装ふ卓の冬林檎

倖せであるかのやうに室の花

今宵また付けで飲みたる焼鳥屋

威厳なほ遺りてをりし冬座敷

梅探る人妻を連れ密やかに

しとどなる山路も踏みて梅探る

寒釣の背な淋しさう愉しさう

寒釣のをとこばかりの無言(しじま)かな

寒釣の名は知らねども顔見知り

行き場なき男の如く寒の釣

どん底ゆ見し寒星を忘るまじ

冬深き隣りも独り暮しかな

古都の空美しけれど寒波来ぬ

寒月にくもるばかりの玻璃戸かな

三寒の夜の四温へと雨気(あまけ)かな

寒卵亡母の繰り言思ひ出づ

よそゆきの貌になる猫春近し

日脚伸ぶ電車の席の一睡に

吊革に揺られて日脚伸びてをり

明治より生きてゐる人寒泳す

飢じいか跛(びっこ)の犬が蹤いてくる

寒月や東京の夜の傷だらけ

真白なる光背のあり冬満月

月冴えて水の如くに夜空あり

冬麗とは比叡(ひえ)の機嫌のよろしきこと

まろびても海が見ゆるよ冬青草

霏霏(ひひ)と雪降れど拡ごる我が空虚

春近き看板描く泥絵の具

鹿の眸に優しく見られ春近し

凍つる夜のとき刻む音うつくしき

冬の星一人で死ぬること想ふ

冬の蝿貧しき昭和想はしむ

しばし見て寒の水なり美味さうな

寒水の鴨より賀茂へいや蒼き

日脚伸ぶいつものバスの遅れ癖

瑠璃色の石得て嬉し涸れ川に

鷹ヶ峰春未だしき星のいろ

鷹ヶ峰禽(とり)鳴きやめば虎落笛

夢のごと冬蝶に逢ふ光悦寺

愚かなる人間として鷹の眼下

想ひ出し笑ひの如く冬菫(ふゆすみれ)

憧れは小さき幸なり冬すみれ

二人来てひそと見てゐる寒牡丹

ひたむきに寡婦の咲かする寒牡丹

寒木瓜(かんぼけ)にとろりと暮るる日のありぬ

冬苺もつたいないから食べちやつた

底冷を溜めしまま暮る盆地かな

底冷の底掘つてゐるをとこかな

不況の街人声ひそと冷えにけり

光年の先に冴ゆるか星の謎

使はねば亡き父のもの皆冴ゆる

列島の背筋が震ふ北颪(きたおろし)

北風にちゞむ幼きちんぽこよ

煮凝(にこごり)や母とほくなるばかりなり

煮凝やゆふべの泪よみがへる

寒玉子明るく朝の始まりぬ

充ち足りて目覚むる今朝の寒卵

朝の日の卓のまばゆき寒卵

冬籠る愚かしき世の裏側に

冬ごもり寧ろ世間を気にしをり

一語憶え一語忘れて冬籠る

空想の翼生えたる冬籠り

霜の夜は遺影の掛かる間に眠る

日向ぼこ少し壊れたベンチにも

出し置きて四温に坐るパイプ椅子

日脚伸ぶ首をころころ回しゐて

春近き立話なり猫抱きて

春近き花舗を覗きし家路かな

鴨川の水艶めきて春近し

鮒なんぞ釣り上げ春も遠からじ

春隣猫出たがれば出してやる

おのれ揉むおのれの肩も寒の内

凍港に宿世(すぐせ)の如くめぐり逢ふ

寒月を見るほどあたま冴えてくる

悪食の寒鴉宥して辻地蔵

独り酌むことにも慣れし凍豆腐(しみどうふ)

諍ひし後の沈黙に霙けり

榾の火にほてりて麦酒よろしけれ

口噤(つぐ)みゐること春を待つ如し

噤むほど人うつくしき寒の紅

身のうちにさざなみ立ちて風邪つのる

心やましく寒星に顔背け

人はみな罪人冬の星鋭ど

人に罪つぶての如く冬の星


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