12月

逝きし人思ひ出しをり十二月

十二月麗しき火と浄き水

極月を燦と灯して不況なる

珠の如き御子生れたまふ冬青天(12月1日内親王御誕生を祝す)

葱(ねぎ)臭き道となりたる場末かな

葱畑見えてそろそろ町外れ

人参が嫌ひですぐに五十なり

さみしき夜蜜柑の色はやさしかり

父母二度と帰らぬ家や霙(みぞれ)降る

寒風裡待つもののなき家に去ぬ

一人棲み一つ点ずる冬灯

冬星と矛盾だらけの己れかな

正視して哀しくなりし冬の月

迷ひ犬寒夕焼を嗅ぎまはる

寒風に裏切りたき我かも知れず

短日と云へど徒食の日の永き

生き残りし一人の如し枯野中

はたと見る枯野の如き掌(てのひら)よ

手に蒼き静脈透る寒さかな

老いの手が寒い血管隆起して

明日からは他人と決めし空つ風

初氷猫が己れの貌を知る

冬濤に真向ふ背骨まつすぐに

冬波濤己れを叱咤して生くる

毅きひとなり冬濤を見て育ち

冬怒濤決意を固く固くせり

冬木立間(あい)にペンシルビル林立

冬川のかそけくとゞく日本海

ありなしの水に鳥ゐる冬の川

あはあはと一人在り経る冬木影

いくそたび水仙の香を吸ふ日かな

磔像(たくぞう)の貌より昏るる日の短か

口数も少なく巷(ちまた)昏れ急ぐ

一杯の燗酒呷(あお)りし家路かな

たまゆらの冬虹に逢ふ切なさよ

寒き街また銭金の話して

雲間より冬の陽颯(さ)つと刃のごとし

番(つがい)らしスワンの仲を飽かず見る

帰り花父母在りし日の如くなり

冬麗の舟に乗りたき池畔かな

東京のまんなか温き冬の蝶

逆光に見失ひしは冬蝶か

外套をはたけば過去の匂ひせり

寒き暮カウントされて通り過ぐ

短日をカチカチカチカチカウントす

恍惚と赤き埋火(うずみび)さぐりあつ

亡き祖父の手を想ひ出す古火鉢

祖母の手の恍惚たりし炭火かな

うちとけて名前も知らずおでん酒

ふるさとを言はぬ女とおでん酒

一炊の夢見てゐたり風邪に臥て

室咲か造花かそつと触れてみぬ

忘年会いづくに帽子忘れたる

山河枯れ送電線が跨ぐのみ

草枯れてこんなところに分譲地

鳶一つ視界にありて冬枯るる

名も知らぬ遠雪嶺を恃(たの)みとす

枯れきつて安らかに山寝入るかな

とりわけて天狗の山の深睡り

冬田道冬田見て過ぐ無表情

何求めて枯園に来し我ならむ

一人ゆゑ一人せしむる枯野の陽

月に冴え星に冴ゆるや冬桜

水仙や生前のまま母の部屋

冬薔薇よ頑なに嫁がざるひとよ

冬薔薇己(し)が終焉は己が決むる

過疎といふ寒さの中に一村あり

冬凪いで航跡長く白く長く

主逝きて冬の風鈴鳴つてをり

湯冷せり二十四時間レストラン

青春期何か待つ寒き部屋ありき

白障子からくれなゐの刹那あり

冬の蜂事切れてをり殺さずとも

冬蝿を死ぬべき時と死なしめき

人減らす噂たちまち冬ざるる

世を疑ふ毛布被つて丸まつて

地下鉄の轟音に抱くポインセチア

落葉踏みゆきて還らぬ人ありき

夜焚火にどん底の日々思ほゆる

常(とこ)とはに父母不在冬座敷

いつしかに分別くさく冬籠る

急かれつつ急きつつ枯野越す二人

太陽光発電施設枯野宿

あまつさへ救急車過ぐ寒暮かな

寒夕焼ガラスの傷に染み入りぬ

真冬日を真面目な顔をして暮らす

冬ぬくき鏡にうつる天邪鬼

しぐれつつ弥次喜多像のほゝゑまし

冬ざるるもののひとつに唇も

もの言はぬ汝が紅唇も冬ざるる

父の死に触るることなき年忘れ

洛外ゆ洛中へしぐれゆきけり

オルゴール停まりし後の凍夜かな

霙るるや自づとともる昼の灯に

冬うらら映画村にて殺陣眺め

老いさらばへ狐火のことまた話す

寒風に逢ひしよ絆断ちがたく

味方からいきなり背なに雪礫(ゆきつぶて)

小さき子と大きな犬の雪遊び

上製も並製もある雪達磨

一人つ子ひとり言ちつつ雪丸げ

雪兎跳ねてゆきしか昼の陽に

雪仏つくる空虚の大きさに

雪礫一人投げしよ一度きり

折からの日銀短観悴(かじか)める

保津峡の水より昏るる冬紅葉

しぐれ来て周恩来の詩碑と濡る

いつの世も恋は悲しく雪をんな

煮凝(にこごり)を食べたくて入る小料理屋

水底の鯉の緋色や冬の水

着ぶくれてゐて荒涼と身の痩する

寝タバコをして冬暁にまだ出でず

底冷えが膝小僧まで来てをりぬ

駅の階降り底冷えの京踏めり

寒昴美しき眼を持ちたまへ

年詰る誰かに背中押されけり

行く年や舟を眼に追ふ橋の上

年の瀬を零るるやうに人逝きぬ

田吾作のうつつを抜かす雪をんな

夢に出で現(うつつ)の如し雪をんな

愛されて愛して悲し雪をんな

故郷をさ迷ふ如し冬霧に

地吹雪をヘッドライトの近づき来

冬帽子目深に逢ひてあやふき恋

鏡見て亡父の冬帽被つてみし

落人の如し外套の襟立てて

外套を脱ぐ影法師捨つるごと

外套掛け己(し)が背姿を見る如し

外套の過ぎゆきを負ふ重さかな

外套の背は断崖の淋しさなり

彼は誰れの吾ひとり知る細雪

はんなりと着こなしたはる細雪

細雪傘も綾なす大路かな

屋台の灯滲むごとしよ雪催(ゆきもよい)

うごかさぬ亡父の文机冬座敷

ロボットの犬のみ動く凍夜かな

好日の暗転したる冬の雷

鎌鼬(かまいたち)片減り靴で踏んづくも

年の暮捨てむとすれどまた仕舞ふ

寒柝(かんたく)の終りの一打聴きて寝る

一寒灯アリバイのごと点しおく

寒灯下おのれの影を怖れけり

花嫁が荒野にともす一寒燈

空風(からかぜ)に咥へタバコの女ゐる

言葉なく冬霧を吸ふ別れかな

鰭酒(ひれざけ)にまた酔ひ痴れて不孝者

おでん酒他人同士の身を寄せて

おでん酒酌めば酌むほど淋しき夜

おでん屋台また暗き眼の一人来る

くらがりに哀しみ集ふおでん酒

冬日向やがて死ぬべき蝿舞ふも

蝿現(あ)れて枯野人間臭くなり

冬銀河下駄履きてゆく外厠

尿(いばり)して背筋の震ふ冬銀河

天狼星(てんろうせい)断崖に立つ者に見ゆ

枇杷の花律儀に咲いて淋しけり

冬芽赤く少年はいま反抗期

蜜柑盛る誰れも訪ねて来ぬものを

枯菊焚く終焉の火を美しく

茨枯れてなほも没日を傷つくる

星寒しいつも孤独を択び来て

燗酒や我は泣き上戸かも知れず

ポインセチアに荒みたる胸匿すべし

独り暮し我がために買ふポインセチア

ポインセチアわたしがわたし祝ふべく

枯野人はろかに我も枯野人

枯れてゐる死んでゐるのとは違ふ

鷲掴む手のかたちして冬怒涛

狩人の深き眼窩と擦れ違ふ

同じ眼をして狩人と狩の犬

猟犬の矢のかたちして走りゆく

裏町もさゝやかなれど聖樹の灯

落葉してとゞのつまりの木といふ字

冬至の陽沈むあたりが裏鬼門

万骨の声あらざるに霜のこゑ

霧の花屍は美しく眠らせよ

死ににゆく獣のために樹氷せる

ちまちまとした聖樹置き核家族

魑魅(ちみ)の音魍魎(もうりょう)のこゑ虎落笛

あをき色みづ色怖る風邪の眼に

風邪に臥て聞けり身ぬちの潮騒を

風邪に臥ておいてけぼりの思ひかな

風邪の熱身ぬちに頻りさざなみす

東京のかたすみに敷く蒲団かな

一畳の蒲団の下の荒野かな

病み臥せば蒲団のまはり荒地めく

毛布被る己れの匂ひを被る

風花や望郷のごと北を見る

冬至と云へば亡き母と南瓜かな

ビタミンC口に酸っぱく年暮るる

父の死も早や遠めきて年暮るる

北風に晒されてゐる真顔かな

北風にひたと昃(ひかげ)る鞍馬口

北風に鉄骨犇(ひし)と組み上る

つきつめて考ふる癖冬深む

夜に入りて慟哭に似る虎落笛

正調も変調もあり虎落笛

聴き澄ます哀調として虎落笛

夭死せし御霊か虎落笛吹くは

虎落笛わが胸底の荒野にも

虎落笛吹くは哀しき蕩児かな

雪空やプラネタリウム出でしより

雪起し猫も起してしまひけり

冬茜淋しがる間もなかりけり

寒茜怒りこらふる暫しかな

玉霰新郎新婦祝(ほ)ぐごとく

星宿を語る毛布に二人寝て

山彦と出逢ひしのみや眠る山

昏早し落とした銭の音探し

年の瀬や亀の甲羅の垢落し

寒椿自我を通して咲きにける

しぐるるや恋々として京に住み

父の死も過ぎし時雨の如きかな

冬日向いつもの椅子にいつもの人

まざと見てふぐり淋しき柚子湯かな

年の瀬の人の流れにしたがへり

醒めきりて月下に生るる氷柱かな

憐れまずこの鮟鱇の眼の虚ろ

わくわくと恋の生まるる榾(ほだ)明り

榾火とろとろと昔をほぐしゆく

榾の火につぎつぎ思ひ出づること

榾燃えてゆつくり言葉ほぐれをり

榾燃えて影法師から温もりぬ

年の夜を寝そびれてをり用もなく

大年の観念したる静寂(しじま)かな

恋心最初はみんな冬木の芽

冬萌(ふゆもえ)のやうに密かに人を恋ふ

湯冷して中年の胸うら哀し

冬の水白雲うごきさうもなし

寒林のどこ通つても帰れさう

裸木といふもの思ふ姿かな

これがかの枝垂桜の枯木なる

生臭き人間として枯野ゆく

枯れきつて軽(かろ)くなるなり人も木も

枯れいそぐもののひとつか我もまた

新巻のもの言ひたげな貌しをり

亡母のごと亡父のごと落葉焚いてゐる

落葉焚きて父逝きし年終りとす

毀れたる木馬もまはる大晦日


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