11月

行く秋をそぞろ歩くやきのふけふ

竹春をそぞろにゆけば直指庵(じきしあん)

秋惜む広沢の池もとほりて

秋惜む潮美しく曳くを見つ

そそくさと十一月がやつて来し

玻璃窓に十一月の陽は冷えて

十一月まばゆきまでに刃研ぐ

神の旅山陰線が妙に混む

小銭入れ旅路の木の実入れてゆく

白湯滾つ夜業に苛つ心のごと

天狼や独りの心尖りきり

明日逢はむワインレッドの秋夕焼

冬めくと姿形を正す一樹かな

美しき十一月の稚魚を喰む

秋惜む野鳥図鑑を片脇に

父も母も亡く鋤焼また残る

狐の眼狸の眼ある釣瓶落し

黒猫の赤き鈴鳴る小春風

ペルシャ猫抱いてゆくひと小春風

忘れずについでに酸茎(すぐき)買うて来よ

湯豆腐食はむと見知らぬ街さ迷ふ

鍋焼や風荒びゐる鞍馬口

洛北の風に灯せる焼鳥屋

洛北の風に向ひて焼芋屋

おでん屋台同じ時刻に同じ客

思ふほどかはらけ飛ばぬ紅葉谷

竹林を行きゐて知らず初しぐれ

しぐるるや大橋小橋足早に

冬うらら弥勒の思惟のゆび真似て

酸茎買ふ用のみもちてバスに乗り

冬に入る凛々と真白きハイヒール

どことなく人つつましく冬に入る

冬帝が来る諦めよと告ぐべく

凩に家路はろけき夕つ星

凩を来て地下酒場に燻(くすぶ)る

凩の街逢ひにゆく逢ひにくる

子が減つて学校減つて文化の日

たまさかに古書を漁りて文化の日

ロボットの犬可愛がり文化の日

父が舞ふ真似て子が舞ふ文化の日

爺様より婆様(ばさま)元気に冬に入る

陸続と婆様の通る紅葉かな

かくも世に婆様の多き冬うらら

死ぬること忘れし婆と枯蟷螂

枯蟷螂婆様が摘み放り出す

もの言へば言霊となる神渡し

冬に入る美しき耳凛と張り

冬に入る遠き風景遠き人

立冬や真紅の花を買ふこころ

冬雨のしばらくぶりの逢瀬かな

初しぐれ己れ濡れても書を庇(かば)ふ

しぐれつつ構はず人と犬遊ぶ

濡るること厭はぬ恋の小夜時雨

このひとの過去は知らねど冷たき手

はんなりと帰り花あり広隆寺

枯葉が似合ふ東京の靴音に

美しき地下街のあり冬の雨

落葉踏み枯葉踏みとうとうひとり

いつ見ても禿山アフガン寒すぎる

マネキンに最も似合ふセーターか

小さき子の大きな欠伸小春空

小春風猫の欠伸が伝染し

亡き父母に告ぐ桜が返り咲きました

寄鍋に集ふ倖せ不倖せ

おでん屋台ビルのあはひに明日が来る

倖せに背を向けてゐるおでん酒

おでん屋台この世の隅に灯しけり

新宿に馴るる暮しのおでん酒

ときどきは泣き上戸なるおでん酒

新宿の真夜中が好き焼鳥屋

憂世からぶらりと入る焼鳥屋

おでん酒不幸に馴れてゐるひとと

おでん屋台に地獄を知つてゐるをとこ

鴨の群あり銃口のしづけさに

冬の鵙黙りつぱなし早や黄昏

辻風に散るも浄らに白山茶花

風募りつつ山茶花のときめける

上賀茂にとろりと日あり浮寝鳥

青空にまた白雲に浮寝鳥

デッサンによき裸木となりにけり

鉛筆で画くによろしき冬木立

鉛筆とスケッチブック冬に入る

清しさの十一月の素描かな

冬の星神を信じてゐし日々よ

八ツ手咲く陽気な叔母がやつて来て

柊(ひいらぎ)の香がしつかりと神の留守

茶が咲いてそれはそれは平和な村

茶の花や凶事(まがごと)多き年なれど

草枯れて金貨眩(まばゆ)く拾はるる

問はるれば恙なきとふ寒さかな

冬麗の鳩に鳩豆蒔きにけり

冬麗の鳩に慕はれ佇むも

毛糸編むひとのほとりに安らぎぬ

毛糸編むひと長病みの傍らに

怒りの時悲しみの時毛糸編む

セーター白く馥郁(ふくいく)と乙女なり

初冬の頬美しきひとに逢ふ

毛糸編み今てふてふを翻(ひるがえ)す

帰り花淡々しくもひとを恋ふ

二三輪呟くごとく帰り咲く

ほのかなる牝猫の媚態小春風

親あればいつまでも子よ玉子酒

鰭酒(ひれざけ)にむかしの恋を語らうか

毛布被りて何もかも明日のこと

疲れては帰る独りの毛布かな

毛布のみ寨(とりで)の如き部屋に棲む

毛布被り蛹(さなぎ)となつて寝てしまふ

短日や追突事故を見て通る

短日や一人暮しの鍵の束

短日や階(きだ)暗がりへ暗がりへ

人波の歩調合ひたる日の短か

群集裡迷子の如き冬日昏る

蕎麦食ふ間しぐれて晴れてしぐれけり

カレンダーひとひら残し木の葉散る

落葉枯葉逝きし父母思ほゆる

寝ぬるには惜しき寝酒となりにけり

亡き母の小言思ほゆ寝酒かな

事もなくひと日の終る寝酒かな

死ぬるまでダンディーたりし冬帽子

酒場に燻る冬帽脱がぬまま

一人暮し一言もなき日の短か

草色の一筋美(は)しき枯蟷螂

枯蟷螂目玉切なく晴れにけり

碧落を眼に溢れしめ枯蟷螂

独り棲みて空家の如し虎落笛(もがりぶえ)

中年の独酌に聞く虎落笛

鎮むべし我が胸底の虎落笛

樹氷せり翔びたき鳥のかたちして

虚空より羽毛落ち来し氷湖かな

短日につまづいて靴脱げちやつた

おいそれと死ねぬ蟷螂枯れにける

晩年にも似たり落葉舞ふ坂に

晩年の父思ほゆる朴落葉

門寒く南京錠の錆びてをり

陽が寒しコンクリートの屋上に

不況なり地下寒々と用度課あり

職安も休み勤労感謝の日

野良猫の寒き眼に見られてをりし

オリオンの矩の浄らけく冬来る

大き靴が来る冬夜の彼方より

ぽきぽきと勝気に鳴らす寒き指

はにかみて冬の日がもう昏れたがる

真夜逢ひし手袋の手をつなぎつつ

知らぬ間に枯葉一片別れの肩

小春日の汗の愉しき丘にあり

湯豆腐を頂く腹を探られつ

コート脱がず気を許さざるつもりなり

木の葉髪だんだん父に似て来しか

職辞するをとこが一人寒茜

冬菊の咲くのみ父も母も亡し

朴落葉真上あをくてさびしくて

幸薄きひとと見てをり雪蛍

外套のうしろを過去がついてくる

己が飯おのれ炊(かし)ぎて寒き暮

冬苺累々斜面燦々たり

電線に戦(わなな)き光る冬没日

父母亡くて癖になりたる寝酒かな

銀の匙(さじ)冷たし微熱あるらしも

熱燗にうつしみの箍(たが)緩みけり

熱燗や過ぎゆき話す嘘少し

枯野ゆく己(し)がうつしみの影とのみ

枯野ゆき小さき蜂と逢ひしのみ

羽づくろひしてゐる孔雀小春風

暖冬やびつくりしないびつくり箱

今生の天のまほらや流星雨

冬海や海猫(ごめ)の数だけ海猫のこゑ

枝々に触れつつ落葉惜しむよに

冬昴さすらふ如く家路ゆく

寒き夜を五体尖んがらせて行けり

枳殻(からたち)の垣根に眠る冬館

逢へぬ夜のかりそめならず冬の雨

枯るる中なに待ちて佇つをんななる

ひとり立つる飲食(おんじき)の音(ね)と虎落笛

古き家の哀しき音もつ隙間風

おもおもと瞼に風邪の熱溜る

水仙や香りを聴くといふ言葉

花舗と果舗燦々たりし寒暮かな

影踏んで踏まれて短日を帰る

横臥して枕の中も虎落笛

冬日向俄かに老けしひとのゐる

冬日影廻転椅子に人老けて

気ぜはしき日を冬紅葉なほ燃ゆる

木登りの上手き猫ゐる返り花

よそゆきを汚して帰る空つ風

寒雲の皆うごきゆく湖国へと

山陰線奥へ奥へと雪催ひ

冬の月鏡に対ふ貌となり

寒星や己れ支ふる一行詩

戦慄(わなな)きゐるは指先か寒星か

午後三時室の花より黄昏るる

怱忙(そうぼう)の日々室咲きを死なしめき

生者皆寒し柩を送るべく

冬夕焼洟(はな)たれ小僧今は昔

泣かされし子供の帰る冬夕焼

湖国よりつづく凍空京に入る

冬の魚(いお)みな美しく商はる

深海の真闇おもほゆ鮟鱇なり

鮟鱇の口あんぐりと虚ろ見す

都市淋し冬の灯いくつ集めても

地獄の季節過ぎ蟷螂今ぞ枯る

蟷螂の枯れきつて今やすらへる

泣くやうに亡母につながる隙間風

無言なる群集うごく寒風裡

思ふこと言ふまじ寒風に消ゆる

霜晴れて都大路の美しき

いみじくもパック旅行に京しぐれ

冬凪いで海の上でも愛煙家

小春日のリボンてふてふ結びかな

寥々とビルの裏へと冬日墜つ

冬の夜の一詩に胸の温もりぬ

読みさしの詩に昂ぶれる冬の星

山眠る活断層を走らせて

密談の二人燗酒に酔(え)ひもせず

凍てついて鳩の出て来ぬ鳩時計

凍蝶を見たるしあはせふしあはせ

生きてゆけよと冬蝶を見送る眼

酸茎買ひついでに賀茂の神拝む

穢れなし日輪白き冬の昼

我は愛すしんじつ白き冬の雲

枯草に己れのほかは信ぜぬ猫

肝臓のためにせつせと牡蠣を食ぶ

恋人なれど生牡蠣の好き嫌ひ

松葉蟹食ふや狼藉者のごと

愛猫に襖(ふすま)少しく開けておく

美しき決断冬の蝶翔ちぬ

悲しみに火の如く翔つ冬の蝶

冬の蝶海渡らむとして迷ふ

一椀の味噌汁に浮く寒灯(かんともし)


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