10月

なりはひの背広につけて赤い羽根

洋梨や五十二階の窓辺にて

蚊の名残出てしづけさを深めけり

秋深む猫に通ぜぬ独り言

跫音(あしおと)にふり向く釣瓶落しかな

蓑虫(みのむし)やまた縁談を断りて

桐一葉落ちけり我一語吐けり

あどけなき死顔となる良夜かな

霧晴れてコンクリートの街がある

秋澄む日航空母艦けし粒に

ファントムの姿は見えね秋高し

たましひの浮き立つ月となりにけり

灯を消して望のひかりに濡れてをり

かかづらふ心に遠き薄(すすき)かな

うとましき妬心の色よ曼珠沙華

荒草にまじりて清し男郎花(おとこえし)

帰るさは星と道づれ夜業人

卒然と陽の射して来る秋の蝶

我無言汝無言にて肌寒き

蓑虫や戦さあらうとなからうと

レモン香らしめ女は嘘をつく

秋灯下すでに父母亡き夜爪かな

戦さあらむかく美しき秋天下

とりたてて用なきに逢ふ良夜かな

雁渡るげに雁首をそろへつつ

深秋や暫し亡父の文机に

秋深し屋敷の奥のセロの音

いづくにも恋する男女秋闌ける

草の花摘みて却つて淋しけり

白雲の変化(へんげ)うつつに秋昼寝

冷(すさ)まじく父母の亡き家がある

忘るるため思ひ出すため温め酒

色鳥や逢ひたくなりし昼さがり

小鳥来る一人で遊ぶ一人つ子

渡り鳥見上げてみんな一人つ子

懸巣(かけす)また来てゐて集中できない

鵙の縄張にゐるらし啼かれけり

鵙の贄渇(から)ぶ仕事に倦みし眼に

老いたる馬今年も生きて肥えにけり

止まるとき猪(しし)の寂しき影見たり

猪逃ぐる己が寂しき影つれて

真直ぐに走つて猪は撃たれけり

酒盗にてちびちびまゐる夜長かな

濁り酒みちのくの星けぶり立つ

新走り蒼き山河を肴とす

亡き父のこと思ほゆる菊の酒

運動会ああ赤チンの膝小僧

落鮎の命ゆだねて流れけり

鹿の辺にそつと優しくなりにけり

月燦と音なき湖の雲母波(きららなみ)

鳥渡る風の道にも起伏あり

泣きやめよ鳥が渡つてゆくでせう

暫し見て食ぶるに惜しき柿の色

ひとひらの檸檬の笑ふ一人の餉(げ)

百姓をからかふ殿様バッタかな

誰にでも獲れて蝗(いなご)の愚か者

蝗炒るなど百姓は哀しかりき

身に入むや十分で済む一人の餉

亡き父のカメラで撮りて秋深む

冷まじく酔ひ醒めの水飲み干しぬ

背な見せて逃ぐるが如し秋の暮

秋麗の上着脱ぐひと脱がぬひと

十月を密かに肥えてをりにけり

よく散る日散らぬ日のある柳かな

しあはせな午後恋人とレモン買ひ

暮れきつて銀杏を踏む家路かな

そよ風に色ある如し榠櫨(かりん)の実

歩くこと愉しき日なり草紅葉

持ち飽きて川に投げしよ烏瓜

水筒の水大切に野菊晴

丘の上の野菊まで来て癒えてをり

見納めの父の死顔菊香る

悲しみを尖らせ棺の菊香る

菊の香を深々と吸ふ訣(わか)れかな

菊の香や死の傍にゐる思ひして

菊枯れて背骨の如き茎残る

無明(むみょう)より出でしちちろの眼の漆黒

灯火親しむ終列車の線路音

しみじみと読みて瞑(めつむ)る秋夜かな

鰯雲詩人貧しく皆痩せて

ひつそりと明日が来てゐる稲光り

髭剃りて香ぐはしきまで朝寒し

酒温む汝(なれ)の体温思ひ出で

芒(すすき)より芒の影の清しさよ

似顔画かすや爽やかな碧眼に

詮なきに猫と戯る夜長かな

夜食哀し即席麺に慣れもして

戦報聴きつせはしなく茶漬食ふ

落花生食ひてきりなき独りの夜

皆呼んで腐(くだ)ちそめたる柿食へり

すみやかに腐ちそめたる柿旨し

竹の花父逝きし日ゆ時迅し

梨齧りだして若き歯燦爛たり

人生の短さ一夜の長さかな

虫の音の一途に人は争へり

戦さなど知らず鈴虫瓶の中

三匹の猫寄り合ひて秋深む

溜息の大きく長く秋深む

秋深き一人の思ひ出し笑ひ

工場のなくなりし町冷まじき

酒弱くなりつつ秋を惜しむかな

仔細に見たり秋蝶の屍となりて

過去(すぎゆき)に哀しみ多き天の川

みちのくの静寂(しじま)を過る流れ星

喜びも悲しみもあり柳散る

つかの間の夕青空の紫苑かな

秋水の尖(さき)しろがねに光りゆく

秋水の先をあらそふ白さかな

すがれ鳴くとどのつまりの一兵か

少女(をみなご)は林檎齧りて栗鼠のやう

秋惜む山に登りて我が家見て

恋人とぶらぶらゆけば柳散る

柳散るきりきり舞ひの街がある

運ばせて賢きものよゐのこづち

村人の貌みんな蝗に似てをりし

バッタ増え百姓がまた減つてゆく

落穂拾ふや影法師と二人して

みづ色の水そら色の空秋うらら

仮病われに母は林檎を剥き呉れし

窓閉ぢしまま深秋を疑はず

未明まで独り酌みゐて秋惜む

友発ちし駅のホームに秋惜む

夜寒さや暫し洋酒を口に含み

精巧な造花に触るる冷やかに

柚子の香にしみじみ父も母もなし

独り身の机上に柚子の傷香る

まぼろしの一家団欒柚子の香に

柚子香る湯気のかなたの修羅場かな

秋草につながる記憶みな母郷

トンネルができて近づく初紅葉

牛飼と牛の見てゐる流れ星

秋麗のピアノを慕ふ子供たち

覚悟はできてゐる釣瓶落しかな

秋惜む言はずもがなのことを言ひ

諦念に似る末枯の野に佇ちて

吾亦紅密かに恋ふる人のあり

冷まじき月白雲を寄せつけず

鯊釣(はぜつり)の背がほこほこと眠くなる

草の絮(わた)片道切符だけ買つて

小さな子小さな蝶々草の花

少年と少女の秘密草の実に

バス降りて電車に乗つてゐのこづち

穂草飛ぶ月の光をちらかして

放心のひとときのあり草の絮

老人が風によろけて秋深き

まぼろしの豆腐屋の来る秋夕べ

秋惜む鮎のはらわたしみじみ喰み

したたかに烏下りたつ霜降なり

すがれ鳴く虫とこころを同じうす

浄土へと去りゆく秋の蝶と思(も)ふ

すがれ鳴くちちろがひとつオリオン座

末枯れていよいよ澄める昴(すばる)かげ

銀河冷まじ鉄琴の音したり

また出遇ふ此処らを統ぶる鬼やんま

釣瓶落し鬼ごつこの鬼泣いてゐる

穂草飛ぶなるやうにしかならぬなり

菊の香を閉ざして柩送り出す

柿の朱を点じて日本晴となる

夜霧に待ちてかりそめの恋の筈

夜霧せり思ひを馳すといふことに

再会を誓ふ異国の夜霧かな

霧の別れ一生(ひとよ)に一度誓ひしこと

夜業人機械の陰にタバコ喫ふ

星見てをり夜食後ふつと消えしひと

夜食して皆使はるる身なりけり

眠れねば残るちちろを聴いてやる

残る菊なかなか温く去り難し

笛の音の流れて夜々を末枯るる

晩秋を去る影法師長うして

秋の風こけたる頬の頬骨に

さはさはと空手(くうしゅ)乾ける秋の風

暮の秋ひとはさみしき背(そびら)もつ

勤め人の背を袈裟斬りに秋夕焼

攫(さら)はるるごとく失せけり秋の暮

滾(たぎ)ちたる白湯美しく秋深む

笛の音の高まりさやに時代祭

時代祭勤皇隊に凛と晴る

美しき馬も昂ぶる時代祭

或る秋の夜古きアルバムに親しむ

夜寒の路汝が手があらば握るものを

夜寒さや北斗傾く蕎麦屋台

北斗見て夜食は蕎麦と決めてゐる

芋食ひて愚かなる顔寂しき顔

鰯雲ほぐれほぐれて風になり

秋爽の寝息の傍に吾も寝ねむ

真夜の卓ふたつの林檎囁(ささや)き合ふ

歩々愉しなぜとなく持つ猫じやらし

剥製の鷹の眼冷えて空うつす

剥製の鷹翔ばなくに天高し

天高き忘れ梯子に暮れ始む

大屋根に月を見てゐる京の猫

秋深き白描によき天地かな

声出して己れ励ます夜業人

戦さはじまる曼珠沙華はしやぎすぎ

はたと一人や秋暮るる一ベンチ

水去来はた雲去来秋暮るる

松虫や夢の中にも水流れ

秋袷(あきあわせ)より化けそこねたる狐の尾

星月夜指環などして外出せり

汝が声の濡れてやさしき良夜かな

秋暮るる暦剥ぐこと淋しくて

秋惜む心の長き便りかな

願ぎ事のなくはなけれど神無月

いまどきの子はすぐ飽きて木の実独楽

木の実落つ早やたそかるる午後三時

拾はれて喜ぶ如き木の実かな

山々のたそかれ早き木の実かな

昏るる日に火を点じたりななかまど

燃ゆるもの胸にはあらねななかまど

国原に鶴渡り来るめでたさよ

まほろばや渡来の鶴を点じつつ

鮎落ちて今年もひとつ齢をとる

項(うなじ)より人の老けゆく十三夜

函に猫捨てられてゐて末枯るる

やつれたる野良猫の貌冷まじき

冬近づく段ボール箱好きな猫

影法師いよいよ長く秋惜む

夜食とる明日が今日になる静けさ

中年を冷やかに待つ褥(しとね)あり

反故(ほご)破り反故捨て冬を迎ふべし

黄落やおのれの木霊淋しくて

新宿のビルが見ゆるよ黄落季

黄落の遠くとほくに都あり

秋しぐれ去来の墓とやり過す

去来の墓去年もすがれ鳴いてゐし

秋惜む去来の墓に戻り来て

雨の夜もからだ濡らして残る虫

秋深き母校無くなる噂かな


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