9月

新涼の歩歩を愉しむあしたかな

新涼の風におのづと微笑める

秋風裡なにかをかしく笑ひをり

すつかりと景色変へたる荻の声

神妙に猫の侍れる秋の夜

父も母も逝きて我と鈴虫と

虫の音にきのふもけふもあすも独り

新涼や作務衣(さむい)とふもの初めて着

新涼の御苑の松の香かな

秋の川迅し尖りつつ光りつつ

止みて知る草の匂ひや秋の雨

きのふよりけふのうすいろ秋ついり

秋の虹途切るるビルの怒り肩

大阪の雨懐かしき西鶴忌

おもしろうをかしう生きむ西鶴忌

雲は秋恋せるものに水辺あり

御仏の朱の唇の秋暑し

新涼の塩の馴染める握り飯

紅き玉白き玉舞ふ天高し

鯨尺捨てむとすれど秋愁ひ

秋の蝶風を躱(かわ)して逸れゆきぬ

背筋伸ばして秋峰を眺望す

一山の騒然として露しぐれ

肥満なる閻魔に見らる残暑かな

閻王と視線の合ひし秋暑かな

丹(に)の橋の塗り直されし秋暑かな

月光のそゝぐ鳥のゐぬ鳥籠

恋人のよそ見してゐる流れ星

思ほゆることども多き夜長かな

灯火親しセピア色して父母と吾

秋日向うつらうつらと老いの生く

秋うらら羊毛の筆使ふべし

とりどりの鯉のよそほひ秋の日に

青龍に齧(かじ)られてゐる鰯雲

鰯雲ことなく昏るるけふなれど

爽やかに砂丘うつろふことやめず

鰯雲住めば都となりにけり

気がつけば五十路の手前馬肥ゆる

切株に残る香や天高し

遠稲妻忘れつつあることなのに

青々と山河ひろごる新酒酌む

またひとつ眼鏡を買ふも秋ゆゑに

時折に眼鏡をはずす夜長かな

大阪の橋しとどなる雨月かな

父母の亡きことに似る無月かな

眉月や優しいひとにめぐり逢ふ

少年が幾度も月に石抛る

新宿を俯瞰(みおろ)してゐる秋思かな

生くるのも死ぬるも嫌と秋愁ひ

秋風に眠り過ぎたる貌おろか

荻のこゑ河童のこゑもまじりをり

秋の蚊の姿しつかり見て打ちぬ

蜻蛉の交む光りや恋すべし

秋色の独り歩きの人ばかり

掌に豆腐なかなか重き秋の暮

鬼やんまゐますと現地説明会

バス十分徒歩十分の猫じやらし

新涼や男らしい男がゐて

新婦すでに妊婦と聞きし秋暑かな

亀ぢゃないあれはすっぽん水は秋

秋の虹頬の泪はすぐ乾く

街抜けて高きに登りたき日なり

つれづれに行きて高きに登りけり

海底の人透けてゐる九月かな

笑ふとは狂ふに似たり大花野

芙蓉咲く正座が楽と云ふ伯母に

新涼の素手の白きが双つかな

秋風に拳開きて何もなし

人の名を忘れ始むる秋の風

死者送る眼を乾かして野分せり

きりぎりす永き仮寝となりにけり

死に顔に変る寝顔やぎすの昼

白昼夢見てをりきりぎりす鳴けり

秋晴や木椅子に座せば木椅子鳴る

青北風と思ふ喪服の襟に吹き

かなしうておもしろき世や蟇(ひき)鳴いて

ビールでも飲まう秋暑の河原町

ビヤホール混みゐて四条秋の雨

たまさかの舟に忘れし秋扇

忘恩のひとつふたつや秋の風

秋雲を食べに大鯉浮き上る

玉葱の流れてゆきし残暑かな

秋うららモナリザのごと猫微笑む

捨仔猫釣瓶落しに鳴き始む

秋高き乙女が槍を投げにける

脚長き乙女に狭霧(さぎり)晴れてきし

父母を偲びて酒を温めゐる

寡黙なる青年と逅ふ鹿の辺に

秋思ああ三分の二は既に経し

夕焼けて烏の塒(ねぐら)大きいぞ

肩脱ぎの背な美しき祭かな

二の腕の美(は)しきをとこの祭笛

新涼の二の腕白く淋しけり

秋星やダブルベッドに一人寝て

昼酒の気づけば釣瓶落しかな

湖は秋異郷の如くビル屹(た)ちて

秋の土猫喜びて転びをり

聴耳の遠くとほくに秋のこゑ

秋の暮筒を覗けば筒の闇

秋の汗知られぬやうに掻いてをり

目瞑りて銀河を想ふ都会かな

高層都市捨印のごと月浮かむ

居酒屋出でまた居酒屋に月今宵

野分あと楠(くす)の大樹を見に行かむ

わが家に暫く住めるちちろかな

別れこの松茸飯をおもひでに

酒旨き国に生(あ)れしよ秋の夜

青年のざくざくと掘る銀河かな

新涼の一握の砂こぼれゆく

秋風や送りし葉書戻り来て

秋風が齢(よわい)隠せぬ背なに吹く

妹も弟も去ぬ釣瓶落し

或る日より秋涼の棲む耳の穴

訪ぬれば既に亡き人昼の虫

秋燈に照らされゐつつ闇を負ふ

ががんぼの脚がほろりと不眠の夜

亡き父の部屋に籠りて胡桃割る

遠空へ修羅走り出す曼珠沙華

鵙鳴いていよいよ戦はじまらむ

勤めゆく身や鵙の贄(にえ)けさも見て

亡き父母の諍(いさか)ひ偲ぶ敬老日

栗食みてしみじみ亡母の里にあり

一人とは気兼ねなきこと桃を吸ふ

いつになく短き便り星流れ

紅茶など愉しむ小鳥来てをれば

戦争が始まりさうで蛇穴に

木犀やけふがきのふになる星空

燕去る喜怒哀楽の貌の上

大花野ゆきゆく母に逢へさうな

秋の蝶ファッション雑誌より翔ちぬ

しのび逢ふ秋の蛍のゐるところ

買うてきて淋しくなりぬ秋蛍

木の椅子のよく乾きたる秋陽かな

わが視線悟れる美人秋気澄む

そのかみの暴れ川なる鱸(すずき)かな

をみな否をのこ化粧(けは)へる秋の街

一人なり夜食の皿の音たてて

若きいのち死してつながる銀河の尾

銀漢や窓開けてある外厠(そとかわや)

天の川少年の尿(しと)きらきらす

流星や生き過ぎしかとふと思ふ

知らぬ顔年々増ゆる帰省かな

栗剥くや母亡き母の故郷に

ゆくりなく頂く新酒酔うて候

友の忌のはしなくも酔ふ温め酒

コスモスと一緒に揺るるてふてふよ

秋刀魚食ふ東京人の機嫌かな

白露に大いなる月充満す

露の玉満々と月湛へけり

大花野ゆきてこの世に飽きてくる

秋の燈に生き残りたる影法師

おほどかに唄ひて死ねよ残る蝉

秋雲を愛して我も遊子かな

百代の過客に銀河近々と

狼狽(うろた)へて背筋を走る秋の汗

微笑の意味つたはりし秋気かな

しがらみは心にありて水は秋

掌に置きて何の鍵なる秋深む

露の音の終曲近しひとつづつ

逢引の濡れてゐるなり露月夜

月今宵死にゆく人の微笑める

檸檬(れもん)切り溢れしめたる街騒音

檸檬にはぎつしりと歓声が詰つてゐる

鈴虫にもう寝返りをうたずなり

佳き夢の入口に鳴く月齢子(げつれいし=鈴虫)

いつまでも食細けれど新酒かな

木琴の遠音(とおね)聞こゆる小鳥かな

夜寒さや舌を焼きたる駅の蕎麦

このごろの風やはらかき花薄(はなすすき)

薄活けて遺影の家族(うから)ゑむ如し

夕風を薄とともにもちかへる

薄野のさつきしろがねいまこがね

秋天やはろばろと来る人を待つ

訪れし近江はすでに水の秋

気兼ねなき一人暮しの酔芙蓉

しづけさの極まりとして白芙蓉

蜉蝣(かげろう)のその渾身のひと日なり

秋晴の紙ヒコーキの入り来たる

人なんぞ眼中になき鬼やんま

夜業人ビタミン剤を手のひらに

いましがた晴れてをりしが萩に雨

いつしかに国境越ゆる大花野

長き夜の原稿用紙あれば足る

月光にいつも濡れゐる水際かな

束ねられ竜胆の見る悪夢かな

橋一つ渡りて秋のさだまりし

老犬が老人を曳く秋夕焼

長月の星に呟くこと多し

邪(よこしま)な恋の只なか曼珠沙華

猫じやらし御地蔵様に供へあり

鉄分が足りない秋の愁ひかな

とろろ飯ひとりの餉(げ)にも慣れてきて

冷やかに見て不器用に生きてをる

灯火親しポテトチップをつまみつつ

片減りの靴で踏んづく釣瓶落し

勤め人の背中哀しき秋の暮

高きに登る遠き日の挫折見に

鬼の顔般若の顔の曼珠沙華

鵙叫喚す背(そびら)より袈裟斬りに

白日の白日ゆゑの秋思かな


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