8月

「踊り」五句

踊りをり死にたる人に瓜二つ

背姿の亡母に似てゐる踊りかな

手も足も魂(たま)も揃ひて踊りけり

父祖の地に影もさやけく踊るかな

輪の中に死人(しびと)もまじる踊りとよ

納骨を済ませてきたる端居かな

納骨も済み茫々と文月来ぬ

百姓の影くろぐろと旱(ひでり)かな

旱る地に滂沱の汗を零しけり

蝉の屍のまことに軽(かろ)き吹き溜り

黙祷の血潮の色の晩夏光

触るれば毀(こぼ)る八月の弾痕か

砂になつてゆく八月風化して

「原爆忌」四句

一分の短く永き原爆忌

唖蝉の一日の永き原爆忌

口開いて仰ぐあを空原爆忌

機上よりヒロシマを瞰(み)る原爆忌

「終戦忌」七句

位牌拭く懇(ねもご)ろに拭く終戦忌

父母逝きて昭和はとほし終戦忌

窓開けて蝿を逃がしぬ終戦日

地に羽撃(はたた)く片翅の蝶終戦日

蝉の屍のみんな仰向け終戦忌

落蝉の落ちてなほ鳴く終戦忌

真顔とは哀しきかほよ終戦忌

端居してペットボトルの真水かな

七夕竹雨をいざなふ夕風に

星合の夜の美しき雨あがり

星合のグラスの氷触れて鳴り

母も父も逝きてひとりよ星祭

夜の秋こころ細げに猫の鳴く

亡き父母のすでに来てゐる夜の秋

しんみりと独りごちたる夜の秋

ほんとうにひとりとなりて盆用意

真水飲み身ぬち綺麗に星まつり

こころもち軽き身となり星まつり

中年の願ぎ事さもし星祭

流れ星猫に一瞥されしのみ

遠花火おもひおもひの闇抱きて

遠花火せつなき闇を残しけり

どうかもう忘れてください遠花火

花火ひらくそら似と思ふおもざしに

秋立つや雲美しく儚くて

残暑へとガチャリと鍵を掛けて出る

くらがりに老いの坐しゐる残暑かな

さりげなく哀しきけふも水を打つ

なかんづく母偲ばする南瓜(かぼちゃ)かな

母偲ぶ何はさておき南瓜の黄

烏瓜(からすうり)咲き白きレースに夜来てをり

縁側に海を見ながら西瓜食ふ

西瓜冷されゐていつ食ふいつ食ぶる

泣き顔のひとが水やる朝顔なり

朝顔がけさも父母偲ばする

朝顔に父母すこやかな日々ありき

美しき家族の日々や牽牛花(けんぎゅうか=朝顔)

露草の一所懸命咲きにけり

人は泣き露草は露こぼしけり

がつくりと椅子の昼寝の永かりし

コンビニもスーパーもある帰省かな

誰もゐぬ縁の蚊遣火盆の月

母亡くて他郷の如し盆の月

流れ星あすのことすらわからない

星流れ消え陋巷に死する者

父母のいのち敢へなく星流る

秋立つや川音(かわと)に耳を澄ますとき

蝶と見し舞ふ葉一枚秋立ちぬ

膝小僧抱きて見つめて今朝の秋

今朝秋の酸素少しく美味くなり

今朝秋や痩せたる脛を蚊に喰はれ

光陰の早や初盆となりにけり

明うして明うして父の新盆なり

家ぢゆうの灯をともし迎火(むかえび)とする

よごれた貌が犇(ひしめ)いてゐる残暑

秋めくや硯洗へばすぐ乾き

初秋や翼ある魚(いお)ひらめきて

家ぬちにちちろ鳴きをる夜食かな

唯ひとつ見ゆる星見て夜食かな

濁り酒天の昏らきに酌まんとす

行く雲の影あはあはと秋の嶺

秋水にうつろひやすき日和かな

秋水のほとりに思索生れけり

うろくづのけざとくなりし秋の水

秋川の近づくほどに急ぎけり

金魚静謐に台風来つつあり

忍び入る繊き風の音(と)秋めきぬ

残暑見舞老いの筆跡矍鑠(かくしゃく)と

秋しぐれ葉書に滲む女文字

独酌のよろしかりける夜半の秋

秋声を聴くべし独り酌むべけれ

秋声を聴けり亡き人思ふとき

うろくづを殲(ほろぼ)して水澄めりけり

爽やかな天さやうなら告げしより

かへりみて別れとふもの皆爽やか

死するなら秋天の下仰向けに

小さき悪ひとつ覚えて休暇明く

秋風が哄ふ少年老いやすく

諸人の背に吹き始む秋の風

人生を爽やかにして別れけり

終点まで寝てしまひたる夏の果

羽蟻死してをとこに酒を煽らしむ

たまさかに墨を磨りゐる涼新た

銀河見てなかなか酔はぬ酒となり

煽られて落蝉の鳴く秋風裡

秋風につむじ生るる狭庭かな

蝶と遊べり台風の目の中に

水澄むや星のひかりを蒐めては

花野より帰る会社の事務机

天高く鯖鮨がまた食ひたしよ

観覧車に独り乗りたる天高し

天高し我は地に坐し地に寝ぬる

父逝きてともさぬ秋灯ひとつ増ゆ

父母に先づは供ふる新豆腐

ふるさとの月うるはしき秋の蚊帳

秋蚊帳に母在りし日と同じ月

生き急ぐ心に秋の川音して

水澄むや人の正座の美しく

我は梨汝は洋梨恋ながく

明日あたり食べごろになるラ・フランス

梨を喰む白歯さびしく病みにけり

梨喰める独りの音は淋しけり

桃吸うて顎をよごして独りかな

亡父の分亡母の分まで桃食うぶ

水密桃すすりて孤独忘れゐる

「秋の蝉」七句

喪疲れの今頃出づる秋の蝉

初盆も済みて閑かや法師蝉

ひぐらしに昏るる山国むらさきに

蜩が鳴き継ぐ過去を忘るなと

蜩に耳奪はれて飯を食ふ

蜩に耳より冷ゆる湯浴あと

蜩を聴き水底(みなそこ)にゐる如し

秋めくや雲ちぎりたる綿に似て

新涼の雲より白き白亜かな

美しき人見失ふ大花野

大阪や残る暑さのしたたかに

かかづらふ些事よ残暑の大阪に

京都びと秋暑きこと託(かこ)ち合ふ

爽やかに生き薄情と謗(そし)らるる

石の影木の影そこに秋の声

猪(しし)撃たれ漢(おとこ)二人に担がるる

秋の蛇女性(にょしょう)の如く恥らひぬ

穴に入る蛇と思へば追ひもせず

秋の風をんな淋しく太りけり

陶枕も飽きてきたりし八月尽

大花野ゆく眼がやがて草臥(くたび)るる

花背人(はなせびと)秋の早さを云ひて去る

秋風の京に七口ありにけり

少年がよく知つてゐる夏の川

大花野空似の女ふつと消え

甘きもの少しく食し秋に入る

新涼の小さき決心献血す


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