7月

忌も明けて訪ふ人もなき簾かな

一人死に広くなる家半夏生(はんげしょう)

光陰のいよいよ迅き半夏かな

忌明けの青水無月の虚ろな眼

七月の人出の中に父は亡し

溺死しにけり早々と日焼けして

日焼子の眼が何しに来たのだと云ふ

蝸牛われは父亡き家を負ふ

杳(とお)きものたとへばピアノ揚羽蝶

一小節おもひだす唄糸とんぼ

短夜の夢のとほりの別れかな

地獄絵を見る炎熱の世を赦し

東京の空も綺麗よ梅雨の月

青嶺夜も青し哀しくとも生きよ

橋涼し口笛吹いて渡るとき

銀髪の少女に出逢ふ白夜かな

白夜の河なほ舟唄をうたはしむ

自販機が兜虫吐く夜の底

体温の名残シーツに明易き

麦の波ゆけどもゆけども人に逢はず

桜桃供ふ父の遺骨にささやいて

浜に臥ていついつまでも夏の星

働き蟻移りゆく世を知ることなし

屍に群るる蟻のいとなみじつと見る

未亡人毛虫殺すを日課とす

慶事ありて毛虫殺すを忘れける

しんかんと毛虫焼き殺す音のみぞ

けふもまた毛虫焼きし後夕餉とす

反古(ほご)燃して毛虫焼く火としにけるも

溽暑(じょくしょ)なる赤信号に苛立ちて

炎天のけふも遅れて来るバスよ

ジープ去りゆけど夏草靡(なび)くのみ

暑がりの癖にSL見に行けり

骨箱のうしろ燈蛾の死んでをり

御陵とも丘ともわかず茂るかな

亡き父の説教を聞く昼寝かな

喪の家の門灯に殖ゆひとりむし

喪主われに纏(まと)ふ山蝶一つをり

虫干しの明治大正昭和かな

病葉(わくらば)を癌センターの前に踏む

紫陽花や七日々々の忌を重ね

中年のくちびる乾く青あらし

炎天を吸ひ込まぬやう口塞ぐ

紅唇をあけて艶めく汗のひと

夏雲がうごくと胸に湧きくるもの

まなざしを遠く朴へと父偲ぶ

烏しきりに鳴く渇水注意報

わが猫が裏声で鳴く空梅雨か

月蝕といふ涼しさを見て佇ちぬ

大いなる月蝕といふ夜涼かな

数人が地図覗き込む茂りかな

夏盛ん地図に離島を見つめゐて

中年きみ空蝉拾ふ稚気残し

蝉鳴くのみまこと閑けき飲食(おんじき)に

蝉聞いてしんじつ一人なる夕餉

峠越す蝉時雨越す帰郷なり

喪の家にはりつきしまま唖蝉(おしぜみ)よ

日記白きまま蝉の鳴くばかり

蝉の穴四十九日も過ぎにけり

東京で汚れて帰る素足かな

夏蛙まだ凸凹の径残る

若きらの体臭のする熱帯夜

子供より老人多き路地夕焼

青春はいつも空腹昼花火

昼顔にささめきごとを聞かれける

若造よビール如きに本音吐き

鉾立や綺羅の裏側あからさま

裏路地の奥の奥まで祇園会なり

暗がりや祇園囃子に身を浸し

風涼し二階囃子の聞こえきて

片蔭に朽ち葉のごとく臥てをりぬ

一人客ばかり日蔭の喫茶店

日蔭街疲れたるもの皆坐る

片蔭や間口の狭き家ばかり

久々の雨を見てゐる金魚かな

照るもよき降るもよろしき祭かな

日雷(ひがみなり)聞こえ意表をつくバント

イチローを見つつ昼からビールかな

ハンケチを振るや膝まで波に濡れ

網戸ごし真夜の海神(わたつみ)そつと見る

天地(あめつち)に響(とよ)む昼寝の大いびき

天界のもの月鉾の月すでに

鉾見に行かむ喪の家に鍵掛けて

炎天も美しかりし鉾の先

兜虫死んで少年の恋はじまる

靴下を脱ぎしばかりに蚊に食はる

己(し)が立つる飲食(おんじき)の音夏深し

日の盛りおのが心音ふと聞こえ

初蝉と思ふ父在りし去年(こぞ)思ふ

諸人を励まし噴水が立ちあがる

疲れたる靴に病葉絡(まと)ひつく

洗ひ髪乾きて風を生じけり

空梅雨のトランペットは♯(シャープ)して

亡き母の箪笥の隅の吉丁虫(=玉虫)

炎天や皆慟哭の貌もてる

刺青の裸体勢ふ神輿(みこし)かな

茄子漬のこの色亡母を想はしむ

夏痩せわれに生き物のいのち食へと

威勢良く切られて美味き鰹かな

瓜冷す町家の奥の暗がりに

ビール飲み干す午後七時の蒼き空

夢の中でもひとりぽつちの昼寝かな

昼寝覚震度2といふ字幕見て

玉繭の如くに二人眠りたし

切なき香して己れ食ふ胡瓜揉む

ひとりにも慣れて豆飯炊いてをり

パソコンに熱帯魚飼ひ孤独なり

夕雨の香のたゞよへる胡瓜揉み

忽として男失せたる夏野かな

蝶の屍と野ばらの花と流れゆく

バケツにて夏海陸(くが)にぶちまける

中年の骨身の硬き浴衣かな

あばら骨さすりて淋し古浴衣

浴衣着てげに骨ばりし中年よ

眼下夏海死ぬること易きかな

鉾すでに帰り囃子の淋しさよ

はんなりと祇園囃子の中かへる

冷房に入りマネキンの貌に似る

灼熱に遺跡の如く街のあり

炎昼をたゞ秒針の動くのみ

裸女踊る鋏のやうな脚もちて

夏の夜の寝乱れてゐる脚線美

ベッドより落つこちさうな熱帯夜

孤独なり唯一匹の蝿憎み

雑沓に鰻焼く香の漂へる

木屋町のホテルを出でて鰻食ふ

若き日を思ひ出すとき草茂る

草茂る中年の眼にもの憂きほど

夏草や町を離れて町眺め

青芝に臥して水平線遠目

中年の脛傷つけて青芒(あおすすき)

青芒眼から清しくなりて行く

男気の滅びし世なり青芒

草いきれ警察犬の嗅ぎまはる

青年が渇く草いきれの真中

恍惚と雲の湧きたる草いきれ

しんかんと泣く子も黙る大暑かな

ビル骨格底ひの暗き大暑かな

溶接の炎(ほ)の美しき大暑かな

骨ばつてなかなか死なぬ大暑かな

遁世に一油蝉つきて鳴く

瞑想に入らんとして鳴く蝉か

蝉しぐれ父亡き家をつつぬけに

夜蝉聞く一人暮らしも身につきて

夜の蝉己(し)が択び来し孤独なる

あす死ぬる如くに夜蝉鳴きしきる

昼寝覚音立てて雨降つてゐる

パソコンとオセロしてゐて汗ばむも

コンビニにマンガ読みをる熱帯夜

太陽をあつめてをりぬ紐水着

水着被て未来ある者うつくしき

仮の世にあらず生身に汗滂沱

一塊の裸となりて考ふる

炎天に吸はれゆく如なにもかも

病葉も事切れてゐる蝉も掃く

しみじみと若くはあらず暑気中り

夜明けなば別るる部屋の水中花

昼寝覚なほ一些事に執着す

亡き母へ亡き父へ摘む夏の菊

三伏や死亡広告に眼がゆく

極暑なり喪服の列とすれ違ひ

蟻なんぞ苛(いじ)めて一日怠けけり

死ぬものは死なしめて夏旺(さか)んなり

鬱々と少年の群れ熱帯夜

爆竹を鳴らしても鬱熱帯夜

熱帯夜の星見て家出少女かな

涼しげに微笑む別れさりげなし

さりげなく別るるためのソーダ水

虹消ゆる一秒々々を過去にし

独り身のいい歳をして寝冷えかな

歳々に己が裸体を寂しむも

幻の蝶にこだはる捕虫網

悪縁と云ひて別れず花魁草(おいらんそう)

青味泥(あおみどろ)よこしまな恋秘めておく

青田とふ切なきものを見に帰る

瞑れば青田見開けばビルの街

冥きへと遺骨納むる日の盛り

炎天のそこだけ冥し骨納む

炎天の死角に納む父の骨

奥津城に父を納むる晩夏かな

渓流の水の切れ味冷奴

臀(しり)のした川の流るる夏料理

水彩画添へて呉れしよ夏見舞

町川に油の虹の晩夏光

雑沓の一人見つむるサングラス

大いなる薄縁(うすべり)香る夏座敷

水涼し水色絵具薄めゐて


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